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『無自覚の病室 』
アーク・フォーサイスka6568

 静まり返った廊下を、ひとつの足音が駆けていく。
 普段潜めている靴音も、今日ばかりは甲高く鳴り、合間に弾んだ息が零れた。



『要石防衛に臨んだ龍騎士隊、射手を除き全員重体――』

 報告に寄ったオフィスでその一報を目にし、アーク・フォーサイス(ka6568)は息を飲んだ。
 隊長である友人が件の任務に参加すると知っていたし、相手が元龍騎士――彼の先輩にあたる手練だと聞き、密かに案じていた。どうか無事であるようにと託したお守りに祈り、いけないとは知りつつ依頼中もつい気にかけてしまう程に。
 居ても立ってもいられなくなり、そのまま転移門で龍園へ飛んだ。



 彼が収容された先は、龍園オフィスの職員から聞き出した。龍騎士隊の精鋭達が破れたとあって、オフィスも詰所も混乱を極めており、誰にも咎められずに彼がいる部屋へ辿り着く。

「シャンカラ……!」

 アークは、扉に掛けられた『面会謝絶』の札に気付く余裕もなく飛び込む。
 扉の向こうは、酷く質素な作りだった。仮にも隊長が収容される場所とは思えない、飾り気のない小部屋。
 けれど、奥の寝台に横たえられているのは、確かに龍騎士隊隊長・シャンカラ(kz0226)だった。
 想像していたような、医療器具に囲まれているといった事もなく、ただただ寝かされているに等しい状態に、一層不安が募る。長らく鎖国状態にあった龍園の医療技術は遅れており、術師の回復魔法に頼るか、自然治癒を待つくらいしかないのだ。

「……シャンカラ」

 声が上擦る。呼びかけても、閉ざされた瞼は開かない。
 窓から忍び寄る夕闇の中、横顔の白さがいやに際立つ。布団から覗く胸には幾重にも包帯が巻かれ、うっすらと透けた紅が痛々しい。
 耳の中で反響する自らの鼓動が、早く、喧しくなっていく。
 ぴくりともしないその姿に、不慮の事故で急逝した師匠の姿が、どうしようもなく重なって――

「……ッ」

 アークは嫌な妄想を振り払うべく、寝台に歩み寄る。今しがた派手に蹴立てた足音は、無意識の内に潜めていた。踏み出すたび、彼の様子が明らかになってくる。
 枕の上で乱れた髪。一筋不自然に短くなっているのは、敵の白刃に斬られたものか、銃弾が掠めたものか。直撃していたらと思うだけでぞっとする。
 生気のない肌は蝋のよう。乾いた唇に色はなく、碧い鱗もどこかくすんで見える。
 槍で貫かれたという胸は、少しも動いているように感じられず、アークは震える手をそっと彼の顔の前へ翳した。
 いよいよ煩くなる心臓の音に堪えながら、じっと手に意識を集中させていると――かすかな呼気が、アークの肌を撫でた。

 ――生きてる。

 張り詰めたものが一気に解け、へたり込む。下がった視界に、寝台の端から垂れた右手が映り、思わず握ろうとした。けれど怪我に障るかもしれないと思い直し、触れる寸前で手を下ろす。
 すると、長い指がかすかに動いた。白い睫毛がゆっくりと持ち上がり、見知った碧い瞳がようやくアークを捉える。

「……?」

 アークさん、と唇が動いたものの、掠れた呼吸音が響くばかり。
 そのまま起き上がろうとするシャンカラを、アークは慌てて押し留めた。動いたせいで胸の赤い染みが広がり、もう生きた心地がしなくなる。

「だめだよ、寝ていないと」

 碧い瞳が物言いたげに、傍らに置かれた硝子の吸い飲みを示した。アークは冷たい水が入ったそれを手に取り、口許へ運んでやる。力なく上下する喉に零れた雫が伝った。

「ありがとう、ございます……アークさんが、どうしてここに……夢でも見てるのかな」

 掠れて張りのない、囁くような声。
 けれど、それは確かにシャンカラの声で。

「……アーク、さん?」

 アークは驚く彼を見て、自分が泣いていることに初めて気付いた。一度堰を切った涙は、次から次に止まらなくなる。

「――……良かった。……自分が受けた依頼をこなしている間も、君のことが気になってしまって。良くない事だと分かっているけれど……また、俺の手の届かないところで失ってしまうのではないかと……師匠が死んだ時を思い出してしまうんだ」

 涙で声を詰まらせながら、やっとの事で言葉を紡ぐ。シャンカラはアークが携えた聖罰刃を見、「あぁ」と呟いた。

「アークさんが、常に帯刀しているのは……そういう経験があるから、余計になんでしょうね」
「俺の事を言っている場合?」

 こんなに心配させておいてどこか呑気なシャンカラを、アークは軽く睨む。けれどすぐに肩を落とした。

「……ごめん、何もしてあげられなくて」
「そんな。アークさんに会えただけで、充分嬉しいです。……わざわざお見舞いに来てくれたんですか?」

 こくりと頷いて見せると、シャンカラの両目が嬉しそうに細まる。

「俺が居たら眠れない、よね……でももう少しの間、側に居てもいいだろうか」

 尋ねると、今度は彼が微笑んだまま目で頷く。そして右手を持ち上げようとして、痛みに顔を顰めた。

「動いたらだめだよ、また傷口が……!」

 シャンカラは口篭り、布団の上の手を開いたり閉じたりする。

「水?」
「いえ、」
「何か欲しいものでも?」
「いえ、その」

 それからもう一度腕を上げようとして失敗し、憮然とぼやく。

「怪我なんて、するものじゃないですね」
「何を言ってるんだい」

 今更何をと脱力したアークを、彼は真面目な顔で仰ぐ。

「こうして大怪我してしまうと……アークさんが泣いても、涙を拭ってあげることも、頭を撫でてあげることもできないんだなぁ、って」
「……何を言ってるんだい。泣かせたのは誰?」
「すみません」

 素直に詫びて、しょんぼりとため息をつくシャンカラ。アークはくすりと苦笑した。そして諦め悪く右手の指が動いているのを見つけ、悪戯っ子を嗜めるように軽くつつく。

「シャンカラのご家族や……将来お嫁さんになる人は、大変そうだね」
「どうしてです?」

 その有様でまだ「どうして」とのたまうのか。アークはますます苦笑を濃くし、

「本人がその認識じゃあ、ね」
「そうですよね……ハンターさんや隊の皆にも迷惑をかけてしまいました。本当に申し訳な、」
「んー、そうじゃないんだけれど」
「?」

 どうもシャンカラは、自らを軽んじていると言うか、傷つく事に恐れがなさすぎると言うか。
 個人としての幸福を顧みず、青龍に、ひいては世界のために尽くそうとするのは龍人の性質らしいが、どうも彼はその気が人一倍強いようにアークは感じる。
 だからこそ心配で堪らなくなる。いつか、容易くその命を投げ出してしまうのでは、と。
 シャンカラ自身を案じている者もいるのだと知って欲しいけれど、言葉にしようとするとどうもうまくいかない。
 なのでアークは、先日シャンカラが自分に言った言葉を思い出し、告げた。


「もし……、もし傷が残ってしまってお嫁さんが出来なかったら、俺が嫁ぎに来ようか。――なんて、ね?」
「!」

 シャンカラの顔が見る間に赤くなっていく。
 それを見たアークも、結構恥ずかしい事を言ってしまったと気付き、遅れて赤くなる。
 それでもシャンカラが何も言わないので不思議に思っていると、彼の顔色に劣らず、胸の包帯もじわじわ赤くなっていき。

「大丈夫!?」
「は、はい、だいじょ……」
「誰か、誰かいるかい!? シャンカラの傷が開いた!」
「大丈夫ですからっ」


 ほどなく押し寄せてくる、慌ただしい足音。
 ふたりの静かな時間は、一旦こうして幕を閉じた。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6568/アーク・フォーサイス/男性/17歳/炎を断つ黒刃】
ゲストNPC
【kz0226/シャンカラ/男性/25歳/龍騎士隊隊長】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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重体のシャンカラを訪ねるアークさんのお話、お届けします。
ご自身の辛い体験から、怯えたり緊張したり、泣いてしまったり。
戦闘時のアークさんからはちょっと想像できないような一面を書かせていただけて、
とても楽しかったです。隊長殿が泣かせてしまいすみません……
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。

この度はご用命下さりありがとうございました!
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2018年06月01日

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