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『執炎の影 』
アリア・ジェラーティ8537
 初夏。まだまだ冷え込む日もあったりして油断はできない季節だが、それでも日に日に温度は上昇。道行く人のシャツの袖は短くなって、その生地は薄くなる。
 結果、アイスが売れる。
「ご注文を確認させていただきます。ストロベリーレアチーズケーキ・マーブルキャラメルバニラ・ワイルドチョコレート&マイルドミントのトリプルですね。ありがとうございます」
 強すぎずに張りすぎない、はきはきとしていながらやわらかい、完璧な接客で客の注文を捌いていくアリア・ジェラーティ。
 いつもの彼女を知る者なら首を傾げたかもしれない。が、一旦商売というスイッチが入ればアリアは変わる。ぽんやりからしっかりへ――それはもう真逆の人格へだ。
 アリアは鷹さながらの鋭い目を巡らせる。列を作る人々、こちらを気にしている通行人、買ったアイスを口に入れる客。さらにはSNS用に撮影し終えたアイスを、店の脇に設置したゴミ箱へこっそり捨てに来る“蝿”。
『アイスってカロリーすごいし!』。“蝿”はそう言うだろう。
 アリアにしても商売である以上、売ったものを客がどうしようと文句は言えない。
 しかし彼女の売るアイスはすべて、彼女自身がフレーバーを考え、味を調整し、お友だちに試食を頼んで改良を進め、その果てにようやく完成した一品ぞろい。……確かにトリプルだと、組み合わせ次第でラーメン完食くらいのカロリーになったりはするけれど、だからって食べてもらえず捨てられるなんてあまりに悲しすぎるし、お行儀だって悪すぎだ。
 それに昔から言うじゃないか。もったいないことをするとお化けが出るぞ。
「あ」
 ぴんときた。そうか、もったいないからお化けが出る。そういうことか。
 ――百里の道も一歩から、だよね。
 ディッシャーをカシャリと鳴らし、アリアは決心した。


 人気のアイス屋さんがある街で、とある噂がささやかれるようになった。
『食べられることなく捨てられた廃棄品の怨念が魔物となり、捨てた者を喰らう』
 当然のことながら信じる者はなく、苦笑が交わされた後、忘れ去られるばかりのネタ……そのはずだった。
 しかし。SNSへ積極的に投稿していた“蝿”がぽつりぽつりと更新を止めていくことで、いつしか人々は苦笑の代わりに不安を突き合わせるようになる。
 最近、あの子のこと見た?
 ううん。家にも帰ってないみたいなんだけど。
 家出、ってアイツひとり暮らしだっけ。じゃあジョウハツ?
 これ、噂なんだけど。捨てられた食べ物が怨霊になって捨てた人のこと食べるって――

 営業を終えて片づけもすませ、アリアは自分用にとっておいたブラックチョコレート&ホワイトチョコレートのアイスをひとかじり、息をつく。
 最初に魔物うんぬんの噂を流したのはアリアだ。
 それは笑い話として人々の間に広まるだろう。ある程度世間に浸透したら、今度はアリアの能力で“蝿”の数人を氷像化する。数日放置してお仕置きすれば、さすがの“蝿”も食べ物を捨てるようなことはしなくなるだろうし、人々も「怖い話」を意識し、気をつけてくれるようになる。そう思っていたのだ。
 なのに今、街では“棄霊”などというワードが行き交い、人々の好奇と恐怖を煽り立てている。さらには実際に失踪する人々が出始めて、今もその数を増していた。
 とにかく、調べてみなくちゃ。
 氷の女王の血を引く母より与えられた守護の力宿す鏡のペンダント。その確かな硬さを胸の上で弾ませて、アリアは街へと踏み出していった。


 年齢に加えて無口であることもあり、聞き込みを始めとする調査ははかどらない。それでも耳を傾け、キーワードを拾い上げて追うことで、気になる情報を得ることができた。

●失踪しているのは基本的にSNSに入れ込んだ女性たちで、互いに面識などはない。
●その中にひとりだけ男性が混ざっている。
●男性が失踪したのは、最初の女性が姿を消した直後である。
●最初の女性と次の男性は、どうやら知らない仲ではないらしい。

 丸まっこい字で書きつけたメモをながめやり、アリアは考える。
 最初にいなくなった女の人と、その次に消えちゃった男の人、どんな関係だったんだろ?


 ネットカフェのパソコンに向かい、アリアは最初の失踪者の名前――すでに話が広まっていることもあり、調べるまでもなかった――をぽちぽち打ち込んだ。
 彼女がSNSで語った言葉や投稿した写真はある日時でぶつりと途切れ、反比例するようにまわりの友人や野次馬の投稿が増える。
 彼女を語るそれらの言葉や写真のひとつひとつが、まったくの他人であるアリアがワンクリックするごと、本人の意思によらず彼女の姿を曝け出してしまう。
 彼女が最後に目撃された場所ばかりではなく。彼女の普段の生活サイクル。表で装っていた顔と、裏で晒していた本当の顔。友だちだと言いながら彼女を嗤い、嫌っていた者がどれほど多かったか。そして。
 彼女の影でちらつく、次に失踪したという男性。
「……核、かな」
 針金を濃い塩水に浸せば、針金を核にして塩の結晶が仕上がるもの。
 話も同じだ。他愛のない噂が信憑性を得ることで人々の“心”という核を得て、真実の恐怖へと成長していく。都市伝説などはその典型と言えるが、それらは時としてアリアのような存在をも脅かすほどの化物となりうるのだ。
 もちろん、そこまでの力を蓄えるにはそれなり以上の時間がかかるし、多くの人の恐怖心を集めるSNSという文化によって加速したとしても、多人数になるほどあやふやとなる人心がひとつに固まるまでには、やはりある程度の醸成期間が必要。
 例外は、確固たる形を持つなにかを核にした場合、だ。
 たとえばそう。SNSを通して育んだ恋情を拒絶した女性を、この噂を利用して害するチャンスなど窺っていた男の“妄執”ならば、核として申し分なかろう。


 再び街に出たアリアは女性が消えたと思しき場所へ向かった。
 周辺には警察官や報道関係者がうろついていて、とても近づける状況ではないが……ここからなら充分だ。
 アリアは冷気を風に乗せて放つ。風の内に魔力は拡散し、涼風となって現場に立つ人々の間を吹き抜けた。
 魔力耐性を持たない人々が芯を冷やされる感覚に思わず体をすくめるただ中に、見つけた。アリアの冷気を拒む残留思念が。
 妄執の思念は不可視の足跡となり、アスファルトの上に転々と燃え立っている。アリアが放った冷気は微弱なものではあったが、その魔力を寄せ付けないだけの熱を、残されていただけの念が帯びていた。侮れる相手ではない。しかも。
 ……今はもっと手強くなってるはず。何人分も心と魂、食べちゃってるんだろうから。
 だからといって逃げるつもりはなかった。準備を万全に整えるつもりも、もちろん助けを呼ぶつもりも。
 化物を育て上げたのは身勝手な人間たちだ。
しかしその種を撒いてしまったのは、不本意ながらアリアだから。
「私が……終わらせなきゃ」
 通行人を装い、現場をすり抜けて思念の行方を追いながら、アリアは手を握り締めた。
 この先のどこかに、コミュニケーションが苦手で、それゆえに女が描き出したデジタルの虚構に入れ込み、方向違いの暴走をしでかした男だったなにかがいる。
 彼の執炎を永遠に消えぬ氷に封じ、鎮めよう。
 それこそが氷の女王の末裔(すえ)たるアリアの責務であり、慈悲なのだ。


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【アリア・ジェラーティ(8537) / 女性 / 13歳 / アイス屋さん】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年06月01日

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