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『【任説】小宮雅春の場合 』
小宮 雅春aa4756

 不気味なほど静かな夜だ。
 煌々と照る月がひしめく石造りの建屋を見下ろす中、普段であれば活気に溢れているだろう酒場も今日ばかりは暖簾を下ろして沈黙している。

「うーん、困ったなぁ」

 そんな、ネズミの走る音すら聞こえぬほどに静かな夜の街を、困ったような様子で歩く男が一人。
 癖のない亜麻色のストレートロングを揺らす後ろ姿は、ぱっと見だと女性に見えるかも知れない。だが、困ったようにぼやく声も、着込んだ服の隙間からのぞく手足の骨格も、紛う事なき男性のそれである。

 不気味なまでの静けさに包まれた街を、まるで燦々と太陽の照る真昼に歩くかのような気楽さできょろきょろ視線を巡らせながら歩く、男。
 旅行者なのか、大きな鞄を片手に持ち、月の光に地図を透かして眉根を寄せている。見てくれだけは平々凡々な凡夫のそれだが、周囲の状況がその男の不気味さをまざまざと見せつけていた。

「完全に迷っちゃったなぁ……これは確実に怒られちゃうよね……」

 ぽりぽりと頬を掻く様は、男が心の底から困っていることをありありと伝えてくる。

「誰かに道を聞こうにも、誰も居ないし……。ノックしても無駄だったしなぁ……」

 言いつつ、固く閉ざされた酒場の扉を見やる。
 もう宵の口は遠いとはいえ、夜中にはまだ遠い。本来であれば街には人が溢れ、軒には明かりが灯されているのだろうが……。

「……ま、仕方ないか」

 ついに男は地図を頼りに目的地を探すことを諦めたらしい。というか、そもそもこの暗闇では地図など読めていないに等しかったのだが。
 ぱたりと音を立てて地図を閉じ、開き直った顔をした男はそのままずんずんと道を行く。歩いていればいつか目的地に着くだろう、という、行き当たりばったり精神を発動したらしい。

 さて、いっそ鼻歌でも歌い出しそうな様相で街を練り歩いていた男だったが、ついに自分以外の人の姿を見ることになる。

「……」
「あ! もしかしてこの街の方ですか?! すみませんが『トロイカの子馬亭』へはどうやって行けば――」

 道の先で見つけた人影に、ようやっと目的地の足がかりがつかめると、ぱぁっと顔を輝かせて駆け寄って。

 その人影が振り向いた瞬間、己の首筋を狙う白い歯が見えて、男は持っていた鞄を目の前の不審者にフルスイングした。

「ッ!!」
「あっちゃぁ、先に『アタリ』引いちゃったか……」

 フルスイングした鞄が人影の頭にクリティカルヒットした――かに思えた瞬間。

「――オマエ、なぜオレの術が効かない」

 人影が霧のように霧散し、男から数メートル離れた先で再び人型を取った。

 その瞳はぬめらかな血のように赤く、その耳は獣のように尖り、その肌は屍蝋のように白い。

 吸血鬼。
 その名を彷彿とさせる異形が、そこに居た。

 まるで射殺さんばかりに男を睨み付ける吸血鬼。だがそんな視線を受けても、男は揺らがない。

「そりゃあ、備えてるから、だよ」

 じゃらり。
 己の首元に提げられた護符を見せつけて、男は状況にそぐわない朗らかさで笑う。

「……!! 祓い屋か!!」
「ご明察。きみが、この街に巣くう怪異だね? 協定に基づき、怪異祓いを行わせていただきます」

 男の首元に提げられた護符を見た吸血鬼があからさまにたじろぐ。その様子からは三下臭がただよってくる。
 が、どんなに雑魚っぽく見えても異形は異形。人とは一線を画する存在である。
 油断は禁物。

 たじろぐ怪異に笑みを深め、男は手にしていた鞄の留め金を「パチン」と音を立てて開いた。

「さあ、踊ろうか」

 カラララ。

 軽いもの同士がぶつかり合う音を立てて鞄からまろびでてきたのは、男の身の丈半分程度の木偶人形。
 ただただ白木の木目が並ぶだけのそれには顔すらない。
 操るための糸さえついていないそれは、しかし鞄から出た瞬間から、何者かに操られるように宙空で静止していた。

 吸血鬼は突然でてきた得体の知れないものを警戒して動かない。
 それが、吸血鬼の命運を決めたと言ってもいい。

「いくよ」

 急にがらりと雰囲気の変わった男が、ピアノを演奏するかのように手を構えた瞬間。

 木偶人形が突如、魔術師のような様相に変わった。

「?!」

 驚きに目を見張った吸血鬼がその場を飛び退いた瞬間、目の前に大鎌が振り下ろされた。
 銀色の閃光が、吸血鬼の肌に薄く傷を付ける。

「なっ!?」
「驚いてる場合?」

 己に傷を付けられた事実に吸血鬼が驚愕の声を上げた。
 その隙を逃さず、木偶人形が大鎌を振るう、振るう、振るう。

 まるで踊るように大鎌を振るう木偶人形。吸血鬼は防戦一方である。

「なぜだ!! なぜオレに傷を付けられる?!」
「じゃないときみを倒せないからだよ」

 ごもっとも。
 わめく吸血鬼を冷徹にみやって、男は着実に敵の力を殺いでいく。

「チィッ!!」

 吸血鬼も隙を見て木偶人形を攻撃するが、所詮操り人形、本体をなんとかしなければ意味が無い。
 吸血鬼にだけ傷が増えていく。

「畜生がッ!!」

 ついに追い詰められた吸血鬼は、捨て身覚悟で木偶人形へ突撃し――防御の構えをとった人形を無視して操者へと接近する!
 木偶人形がその背を切りつけるが、重傷を負いつつも吸血鬼は止まらない。
 男との力量差を感じ取って、せめて最期に一矢報いようと捨て身の攻撃を繰り出した。
 吸血鬼の鋭く尖った爪が、男の心臓を狙って突き出される。

「死ねェッ!!」

 カラララ。
 木偶人形の崩れ落ちる音がした。

「――残念だったね」
「……な……ん…………?」

 けふり。
 呼吸器を傷付けられたらしく、『吸血鬼』は屍蝋のような口から赤い血を吐いた。

 一体何が起こった?
 己の身に何が起こったのか理解できなくて、吸血鬼はついと視線を下げて自身の胸を見る。

 そこに生えていたのは、一振りの華奢な片手剣。
 伸ばした己の手は、胸に生えているのを同じ装飾の剣が押しとどめている。

「人形が使えるんだから、操者たる僕だって使えるんだよ」

 己を見る男の瞳は、どこまでも平坦だった。
 吸血鬼の顔が、悔しげに歪む。

「それじゃあ、おやすみ」

 振るえる腕で胸に生えた剣を掴む吸血鬼の首を、男は躊躇うことなくもう片方の剣で跳ね飛ばした。
 怨嗟に歪んだ吸血鬼の顔は、しかし次の瞬間には細かい粒子となって風に浚われ消えていった。

「…………ふぅ」

 しばらく周囲に目を走らせて危険が無いことを確認し、男は双剣を腰元の鞘へ仕舞う。
 そうして元の木偶人形に戻ったそれを拾い上げて。

「………………トロイカの子馬亭ってどこだ」

 人形を抱きしめたまま、途方に暮れた声でそう言った。
 男の夜はまだ、終わらない。

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【小宮 雅春(aa4756)/男/24歳/生命適正】
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2018年06月04日

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