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『神威につき 』
ファルス・ティレイラ3733
 ファルス・ティレイラは拡げた竜翼で風を掴み、強く押し離す。
 次いで翼を畳み、尻尾をまっすぐ伸ばして空気抵抗を減らせば、その小柄な体は一気に加速。青空に魔力の紫で色づく軌跡を引いた。
 彼女は急いでいた。“なんでも屋さん”の仕事が予想外に長引いてしまったから。このままでは、彼女の魔法の師であり、姉と慕う古竜との午後のお茶の時間に間に合わなくなってしまう。
 絶対ぜぇったい、遅れらんない! 今日はいただきもののプラリネショコラがあるんだからー!
 この辺りは幸い山岳地帯で、人目を気にする必要も、うん、ほんの少しだけでかまわないはず。火魔法をブースターにして、一気に山を飛び越えて――
 と。
 ティレイラの目がある一点に吸い寄せられる。
 これって、もしかして?
 翼を開いて加速を止め、風に乗って吹き寄せる“におい”を慎重にたどれば。
 あの子、魔族?
 蝙蝠のそれに似た黒翼をぱたぱた、のんきに低空を飛び行く少女。当然人間ではありえないわけだが、それよりもなによりも魔力のにおいを嗅いだだけで魔族だとわかってしまうほど、ティレイラは魔族にいい思い出がないことのほうが問題で。
 だからって見なかったことにはできないよね……
 魔族の行動にはもれなく私欲が絡むもの。そして大概、欲を満たす代償に面倒なことを引き起こす。
 この世界の安寧を守り、古竜とのささやかな日常を守ることがティレイラの願いだから。彼女は意を決し、少女に気づかれぬよう高度を保ってその後を追いかけた。


 山林のただ中へ少女が降りていく。
 まだかなりの距離を開けているのだが、それでも匂ってくるのは少女のものならぬ、荘厳な霊力だった。円熟していながら瑞々しくて、おそらくは彼女の“お姉様”をも超える深みを湛えたなにかが先にあることが知れる。
 近づくにつれ、土の気配と緑の匂いが強まり、ティレイラの肌を澄んだ波動が押し包んでいく。
 学んだ知識と感覚を総動員、彼女は結論に至った。ここ、霊山なんだ。
 そして。
 地に降り立った彼女は、半ば引き寄せられるように少女の後を追い、見いだした。この山を聖域と成す、一本の大木を。
 人の世では御神木と呼ばれるそれは、節くれ立った無数の根を土に張り巡らせ、佇んでいたが。
 !!
 静寂を引き裂く音なき声が響き渡り。
 手に霊力あふれる一本の枝を握った少女が、大急ぎで御神木から駆け離れて行く。
 あの子、御神木の枝を!
 御神木が永い時をかけて蓄えた霊力は、使いようによっては大きな災厄をもたらす“信管”ともなりうる。そして少女が欲に忠実な魔族であり、御神木の許可もなしに枝を切り取ったことで、可能性はここに確定した。
「待ちなさーいっ!」
「げ! なによアンタ!? ってか待たないし!」
 逃げ出す少女を追ってティレイラは駆ける。飛ぶことができればすぐにでも追いつけたかもしれないが、木々が立ち並ぶ山中では翼を拡げることも難しい。
「その枝、御神木に返しなさい!」
「全力でお断りー!」
 まるで聞く耳を持たない少女にティレイラは奥歯を噛んだ。
 ――ここじゃ火魔法も使えない! だったら!
 引っ捕まえて、それから説得するしかない。
 木々の間をジグザクに逃げる少女。しかししょせんは生まれ持った魔力頼りの魔族だ。フェイントは単調だし、進路の選択も甘すぎた。
「なんでも屋さん、なめないでよね!」
 背の翼の開閉と尻尾でうまくバランスを取りつつ激走、ティレイラは少女に迫る。魔法使いとしてはまだまだな彼女だが、身体能力の高さとそれを駆使してきた経験値には自信があるのだ。
「しつっこい!」
 少女が声音に乗せて闇魔法を放つが、遅い。
 ティレイラは尻尾を横の木の幹へ巻きつけ、横に跳んだ。そうして魔法を避けておいて、行き当たった木を蹴って横合いから少女へ組みつき、押し倒して。
「おとなしく返したら離してあげる」
 組み伏せた少女に厳しい顔を向けたが。
「いーやーだー! アタシはでっかいことしてビッグになるんだから! みんなから「アイツちょー悪い!」って褒められるオンナに!」
「やっぱり悪いことする気だったのね……じゃあ、ちょっとお仕置きしてあきらめ」
 ティレイラが見せつけるように振り上げた竜爪が、唐突に止まった。
 おかしい。
 下から突き上げる、この鳴動。まるで山がなにかを吐き出そうとしているかのような――次の瞬間。
 黒土を突き破って伸び出してきたものは、数え切れないほどの木の根だった。
「なにだよこれー!?」
「御神木の根!?」
 少女とティレイラがあわあわ、次々と襲い来る根を避け、絡み合ったままごろごろ転がった。槍の穂先さながらの根、しかも強力な霊力コーティング仕様とくれば、ふたりまとめてあっさり串刺しにされてしまう。
「ちょっ、離れろってば! 刺されちゃうだろ!」
「そんな暇ない――って、ああっ!?」
 根は闇雲にふたりを負っているのではなかった。追い立て、追い詰め、狙いどおりに追い込んだのだ。無数の根が待ち受ける包囲陣のただ中へ。
「いぎっ!」
 四肢を絡め取られ、吊り上げられる少女。その体に一本、また一本と新たな根が取りついて、そのつま先から腰までを覆い尽くして締め上げる。
 そしてティレイラもまた、少女と同じ目に合わされていた。
「あのっ! 私っ、御神木さんの味方なんですけど!」
 右脚にぎっちりと巻きついた根が、螺旋を描いて這い上るのを一瞬止めた。
 さらには器用に根を震わせて音を成し、ぽつり。
『神威を示すがための尊き犠牲であった』
「過去形ーっ!!」
『見ておるわけではないがゆえ、さようなこともなきにしもあらず』
「なきにしもあらずって私、完全にもらい事故ですよ!?」
『詫びの代わり、汝に千年の生を与えよう』
 主たる根から突き出した繊毛状の細根がぞろり。ティレイラの肌を割ってその内へと忍び込んだ。
「ひっ」
 痛みはなかったが、猛烈に気持ちが悪い。そしてこれは、まずいやつだ!
「まったくぜんぜんいりません! お詫びしてくれるんだったら今すぐ開放してください!」
『我、細かき作業を不得手とせん。そも、我が末端盗みしものに千年の呪縛をくれてやるが肝要。尊き犠牲で』
「不器用だからごめんって、そんなの受け入れられませんからー! それに結局あの子も私も千年捕まえられるってことじゃないですか!」
 叫んでいる間にも、細根はティレイラから魔力を吸い上げ、代わりに霊力を注ぎ込む。隙間なく詰め込まれているはずの細胞のひとつひとつに壁が生じ、肉を、肌を、固く変じさせていく。
「ああああちくしょー! アタシ――」
 ぶつりと途切れた少女の声。根に覆われていないはずの喉までもが節くれ立った茶に覆われていた。
 木だ。私もあの子も、木になっちゃう……
 力を込めたため、ぴんと張っていたティレイラの尾が、まっすぐに伸びた見事な枝ぶりを成した。
 拘束から逃れんがため拡げた翼もまた、生え出す方向を誤った根のごとく変じ、今は鬚根と化した飛膜を風に揺らすばかり。
 角だった枝の先には一枚の葉が生え出し、茶一色だったティレイラをその緑で飾る。

 かくて霊山の中腹に生まれた二本の低木。
 ティレイラの魔力を辿って訪れた“お姉様”は実に興味深い顔でながめまわし、御神木に「いつ花が咲くのかしら?」などと訊ねたり……
 いろいろとあってようやくふたりが縛めから開放されたのは二週間後のことで、その間に。この辺りで修行する山伏の一団によって発見され、小さな話題を呼んだりもしたのだが……それはまた別の話。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ファルス・ティレイラ(3733) / 女性 / 15歳 / 配達屋さん(なんでも屋さん)】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年06月05日

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