▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『今はもう、遠き日々 』
大伴 鈴太郎ka6016

 丁寧に灰汁を掬ってから、煮汁を一口味見する。……うん、良いかな。皆で食卓を囲む頃合いにはいい感じに味が染みている筈。
 料理はもう、苦手じゃない。得意とも違う、これはもう、ただ日常動作の一つとして馴染んでいた。敢えて気合いを入れる必要もなく毎日作るべき理由が存在していれば、自然変な意地も肩肘の力も抜けていく、そうやって積み重ねた結果として。
 鍋にかけた火を弱火にしておたまを置くと、背後で音が生まれた。宿題を終えた娘がリビングに降りてきたらしい。聞こえてくる会話はテレビのものだろう。夕暮れのこの時刻、放映しているのは今連続放映中のドラマの再放送のようだった。娘はそれに大して興味があるというわけではなく、単に、静けさを嫌ってなんとなく点けただけらしかった。その音に乗せるように、料理を続ける彼女の背中越しに、とりとめもなく話しかけてくる。
 娘。当たり前のように日常動作を続けられた大切な理由の一つ。その名付けの際に望んだことは一つだ。間違いなく女の子と分かってもらえる名前を。旦那の優しい笑みと共に受け入れられたその願いの通り、程よくも可愛らしい──夫婦二人の自認では──名を受けた娘は、無事に彼女の苦悩を受け継ぐことはなく伸び伸びと育っているようだ。
 ……問題ない、と言い切るには少し、おませさんだろうか? 話題に適当に相槌を打ちながら、彼女は苦笑する。それでも。さやいんげんの入ったザルと小皿を手に、娘が座るダイニングテーブルの隣に腰かけると、何も言わずに筋取りを手伝い始めた娘に、うん、いい子、と彼女は微笑み、思い直す。
「今日のご飯なあに?」
「鳥と里芋の煮物」
 ……だけでは、彩りが悪いので盛り付けの時にさやいんげんを添えるわけだ。
 献立に、娘はふうんとだけ答えた。とりたてて期待も失望もないメニューだったらしい。そうしてその話題はさっさと打ち切られて、娘は先程からの話題を再開した。
「……でね、初恋なんだって」
 娘が話していたのは学友の誰それちゃんが好きになった人が居るだとかそんな話で。
 丁度その時──
 聞こえた音に、彼女は顔を上げていた。
「ねえ、」
 娘はまだ話すことに夢中で、彼女の変化には気付いていないようだった。そして、
「ママが初めて好きになった人ってどんな人?」
 その質問の、
 余りにもなタイミングに、つい。
「……この人」
 だから、答えてしまっていた。
「……?」
 娘は答えの意味が分からなかったようで、一度目を瞬かせて彼女を見つめる。彼女は、観念するように苦笑して、そして。
「だから……その人」
 そうして、改めて答えたのだった──テレビに映る俳優の一人を指し示しながら。

 この人? 誰だっけ、と名前を思い出そうと首を捻る娘に対して、伊佐美 透だよ、と教えてやると、ああ、聞いたことあるかも、という顔をされた。舞台俳優としてはわりと有名になった方だと思っていたが、そういえばこうしてテレビに出る機会などはそう多くない。さほど興味がない子にはこんなものなのかもしれない。
 そうして、娘は一度納得したような顔をしてから、
「……ええー?」
 と、やや呆れ気味の声を漏らした。初恋の人が芸能人、というのは、随分子供っぽい話に聞こえたのだろう。
 ……というか、今やってる役の問題もあるかもしれない。きっちりと黒スーツとネクタイを纏った彼は白髪が混じり始めた髪をオールバックにしていて、凶悪さを感じさせる笑みと静かながらも重みのある広島弁で背中合わせに会話する青年を青ざめさせていた。幸いというか如何にもなチンピラと言うわけではなく中々に貫禄のある幹部どころといった風情だったが。
 しかしやっぱり、よりによって、だ。久しぶりに見た彼は彼女に色んな方向での若気の至りを思い起こさせた──認めよう。確かにあの時のアタシは子供っぽかった。但し娘が思うのとは違う意味で。
 気付けば互いにあまり興味が無かった筈のドラマにいつしか、なんとはなしに並んで視線をむけていた。どうやらヤクザの家系の青年と一般女性の恋をテーマにしたラブコメディで、任侠ものと言うには暴力的でも無さそうだったから教育に問題は無さそうかな、とまず母親として考えながら。
「……テレビの向こうに憧れてたのとは違うんだかンな? ママとこの人は昔馴染みなんだよ。ハンターだった頃の」
 そうして。
 話し始めたのは……やっぱり、なんとはなしに、だったのだと、思う。
 かつて。ハンターとして肩を並べ、共に戦っていた日々。その中で、戦う理由を、目指す道を見つけた彼は、だけど、傍目にはもどかしいだけの理由で立ち止まることも良くあって。だからつい、声をかけてやって……。
 そんな風に話していると、娘はますますピンと来ないような顔をしていた。
「ダメなトコも結構あったけど、演技にかける想いを貫いて舞台に立つトールはホントカッコ良かったンだぜ?」
 慌てて、フォローするようにそう伝えると、テレビの場面は丁度アクションシーンを迎えたところだった。対立するヤクザの抗争、そこで日本刀を手に鮮やかな動きで三人纏めて相手にしてみせた彼の立ち回り、その瞬間に、娘の見る目が変わったことに彼女は少し得意気な気分になる。
 そのまま続く思い出話を、娘は興味津々に、しかしどこか遠い世界のように聞いていた。
 ……それでいい。この子は苦味も悲しみも、必要以上に負うことなく人生を全うできるなら、それが。
 再び視線を戻した液晶の向こう側で、彼は今先程のシーンで説教していた青年の肩を優しげに叩いていた。カメラはそのまま若い役者の方を大写しにして、彼は小さく、その肩越しに歩き去っていく。彼ももう、主役というよりは脇を固めるベテラン勢として、若手を引っ張りつつ立てて行くような役割に変わりつつあるのだろう。
 彼女は娘を見つめる。
 世代が、時代が、変わったのだ。
 それくらいの時が、あの頃からもう、流れていて。
「──今はパパが一番だけどな」
 思い出はそうして、語ることに何の感傷も抱かないくらいには、もう、過去になっていた。
 ……これでつまり、本当に。
 サヨナラ、なのかな。
 そう思ったとき、画面の向こうに彼はもう居なかった。
 寂しさは──やっぱり、無かった。自覚するのは、そうした結果の先にある、今得たもののかけがえの無さだ。
「今の話パパには内緒だかンな」
 そうして、彼女は冗談めかして話をそう切り上げて、筋取りの終わったさやいんげんを手に再び台所に引っ込んで行く。
 ご飯の支度はまだ終わりじゃない。味噌汁と、箸休めにもう一品。毎日の繰り返し、だけど、決しておざなりには出来ない。

 ──もうすぐ、等身大のアタシを愛してくれて、等身大のアタシで愛せる、あの人が帰ってくる。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【ka6016/大伴 鈴太郎/女性/年齢 ?/職業 ?】
【kz0243/伊佐美 透/男性/年齢 ?/俳優】(NPC)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
この度はご発注有難うございます。
IFの未来という事で、こちらでもつい……てことはあいつは若めに見積もってもアラフィフか……?
などと色々想像が膨らんでしまいました。
結果としてご要望は親子のほのぼの会話だけだというのに割と無駄に出張りすぎた感もあります……ね。
大変申し訳ありません邪魔なら消しますでも一つだけ弁解するなら「名前だけ聞いて分かるような奴なのかなあいつ」感が拭えませんで、
で一旦このような形に。はい。
改めまして、ご発注有難うございます。
シングルノベル この商品を注文する
凪池 シリル クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2018年06月08日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.