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『生者と死者が語る話 』
アンジェラ・アップルトンja9940


 その日種子島に到着した飛行機から下りてきた客の中にはアンジェラ・アップルトンの姿があった。
 事件が起きるたびに種子島へと駆けつけていたかつての日々は、自然と空港の係員とも顔なじみを作る。
 荷物の受け渡しを澄ませると、係員の女性が懐かしげに目を細め、アンジェラに微笑みかけた。

「本日はどのようなご用件で?」
「少し……死者と話をしに」

 係員は少し怪訝な表情を浮かべたが、今日の日付を思い出して得心いったと一つ、頷いた。

 今日は8月13日。この日、日本では死者が還ってくると言われている。

 係員としばしの談笑の後、空港を出て、バスで種子島を北上。
 赤い靴によって支配されていた村を車窓から眺めながらかつての戦いに思いを馳せるしばしが経過し、目的地近くの停車場でバスを降りて歩き始める。

 蝉が鳴いている。
 歩き続けてしばし、目的地が見えてきた。目を閉じればかつての情景がありありと浮かんでくる。
 毒をまき散らしながら叩き付けられたやぶれかぶれの宣戦布告。遊び相手のいない者が持ち出したおもちゃ箱。独りよがりのJe te veux。

「久しぶりだな――シマイ」

 かつて種子島を覆った驚異、その片割れ。シマイ・マナフと最後の決戦があった場所。
 忘れもしないその場にたどり着き、足を止めて目を開く。

「分かるよ楓……お前の臭いがあるような無いようなそんな気がする……目の前にいないってことは隠れちゃったのかな?
 恥ずかしからずに出てきても良いんだよ照れ屋さんだなあー」

 そこには、四つん這いになってクンカクンカと鼻を効かせながら周囲を這いずり回る外見年齢40代くらいのおっさんの姿があった。

「……」

 アンジェラは一度目を閉じ、もう一度目を開いた。テイク2。
 犯人を捜す警察犬のような、あるいはトリュフを探す豚のような真剣さで周囲を這いずり回るおっさんの姿は消えない。
 しかもこの通報待ったなしのおっさん、残念なことにアンジェラはきちんと見覚えがある。シマイ、と呼んでしまった以上気付かなかったフリも出来ない。

「楓ならここには来ないぞ」
「何だって?」

 嫌々ながらの声におっさん――シマイは四つん這いのままアンジェラの方を向いた。

「来ないなんてそんなことは無いだろう。今日はお盆、日本人の楓が娑婆の空気を満喫できる日だよ? 君が一時出所できると聞いたから今日は楓記念日」
「日本人に謝れ」

 伝統を娑婆だの出所だので片づけられてしまってはたまったものではない。

「とにかく、その辺りも説明してやるから付いて来るがいい。語り合おうではないか……かつて敵対していた頃の思い出を」

 そして、彼の従者だった、あの青年のことを。

● 
 説明してやる、という一言が効いたのか、案外素直にシマイはアンジェラについて来た。
 宿泊予定だったホテルまで戻るとチェックインを済ませ、ルームサービスのケーキセットを一人分注文する。

「シマイにはこれだ」

 テーブルを挟んだ対面、一人分なの? とでも言いたげなシマイの目線に取り出したのは、さとうきびとまだ青いパイナップル。
 でん、とテーブルに置けば、シマイが座っている椅子の方へと押しやった。

「存分に食するがいい、盆に供えると聞いたぞ」
「あのさ、君俺の事カミキリムシか何かだと思ってない?」
「失敬な。貴様と同一に扱ったらカミキリムシに失礼だろう」
「目の前にいる悪魔へ礼を失することについては何とも思わないんだね?」

 シマイの恨めし気な目線にも、アンジェラはどこ吹く風でケーキにフォークを入れて一口。
 供えられた二つに手を付けることもせず、シマイはアンジェラがケーキを食べるのを頬杖をついて眺めていたのだが、やがて溜息一つ。

「まあ良いんだけどもさ。楓が来ないってどういうことだい?」
「楓がここに居ないのは当然だ。彼はもう転生を終えている」
「え、何それ俺聞いた事ない」

 がたっ、とシマイが顔色を変えて立ち上がった。
 更なる説明を求めるようにずずいと詰め寄るシマイを寄るなとばかりに片手で追い払う。

「英国で再会したのだ。それはもう可愛らしい少年になっていたぞ」

 ちら、と懐から写真を覗かせる。十代前後の少年の姿。やや線の細い身体、艶のある黒髪と紅い瞳。

「ください!!!!!!!!」

 シマイは撃退士でも追いかけることが難しい速度で床に正座すると土下座した。

「私が嘘をついたとは思わないのか」
「楓の事で君が嘘をつくとは思えないね」
「……それはまた、随分と評価されたものだ」
「それに、楓ソムリエの俺を舐めちゃいけないよ? あの一回泣かしてから甘やかしたくなる顔を見た瞬間ピーンと来たね。あ、楓だ、って」
「余計に貴様に渡したくなくなってきたよ」

 そんなあ、とワザとらしく泣いた真似までして見せるシマイを尻目に、写真を懐にしまう。
 そも、生者と死者との境を超えることなど出来はしない。生者の世界の物を、死者は自分の世界に持ち出せない。
 シマイに出したさとうきびとパイナップルが仮にケーキとお茶であろうと、きっとシマイは手を付けることなかっただろう。

 シマイだってそれは承知しているはずだ。敵とは言え頭の悪い男ではない事は知っている。
 その考えを証明するように、写真が視界から消えた途端、あれほど喚いていたシマイは再び大人しく席についている。
 紅茶を一口飲む間を挟み、改めて正面のシマイを見る。

「当時も思っていたのだが」
「何だい?」
「シマイ…本当に楓の事が大好きだった…な?」
「面と向かって君に認めるのは癪だけれども、そうだね。きっと、あいつのことが好きだったんだと思うよ」

 だから、側にいて欲しかった。従者として共に世界を回ってみたかった。
 生前の執着心を可能な限り取り払って見てみれば、きっとそんな結論に行きつく。
 そのシンプルな結論に生前は終ぞ、気づかなかったのは滑稽な話だ。シマイは自嘲するように肩をすくめる。

「あの愛の深さは久遠ヶ原でずっと語り継がれているぞ…種子島の大戦はBL…? だったって…」
「はいそこ唐突に腐らなーい」
「シマイ総受けのうすいほんも出ていたぞ。ファウルネスから始まりギメルにウルに」
「黙ってくれよ。あのさ、君も結構いい年なんだろ? 男が二人でいたらすぐ右とか左とか考える癖いい加減矯正しないと行き遅れるよ?」

 何が悲しくて自分が出ている薄い本の話など聞かねばならぬのか。
 苛立たしげにかぶりを振ると立ち上がる。帰る、とその態度が告げていた。

「シマイ、これに乗って帰るといい。良い茄子を用意した」
「生憎、あいつがここに居ないなら、ゆっくり帰る理由も無いよ」

 アンジェラが取り出した、茄子に割りばしで手足を付けた牛を一瞥すると、シマイは部屋のドアへと向かう。

「シマイ」
「何だい?」

 背中に投げられた声に、ドアノブに手をかけたまま、シマイが足を止める。

「次は貴様も転生できるといい……三界の関係はとても変わったぞ」
「……それも、生憎だね」

 扉が、開く。

「死者ってのは数多いからさ、閻魔様もてんやわんやだよ。俺の番になるのは当分先の話になるだろうね」

 案外、次にまた会う時は地獄かもよ。

 そんな軽口だけが部屋に残り、シマイ・マナフは部屋を出ていった。


 扉が閉まって数秒。弾かれたようにアンジェラも部屋を出て長い廊下を見渡してみるのだが、シマイの姿は見られない。
 ほんのひと時、生者と死者の境が曖昧になった時間はもう終わりだと静寂が告げている。

 どこかで蝉が鳴いている。
 死者の痕跡は、もう、どこにもなかった。

(了)

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja9940/アンジェラ・アップルトン/女/24歳/生者】

【jz0306/シマイ・マナフ/男/享年不明/死者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注ありがとうございました。調子に乗って料金上乗せしたの後悔しております。(基本料金でも結構いいお値段でしたよね…すみません)
シマイってどんな奴だったっけ、と思い返すのに期間の大半を要した気がします。
いざ見てみると悪知恵巡らすタイプの割に結構積極的に殴りに出てたりして意外と熱血してたんですがこれ多分に私の趣味ですなぁははは。

一回首と胴が離れたことで生前の執着心みたいなのはだいぶ薄れたのではないかと思うんですが、
そうすると残ってるのはただの変(誤字にあらず)するおじさんですよね、ってのが今回書いてた時の感想でした。

お楽しみいただければ幸いです。
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エリュシオン
2018年06月11日

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