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『灰銀の小鬼 』
ソフィア =リリィホルムka2383

 腐りかけの木目が砕け散って、壁に大きな風穴があいた。
 小太りの男が細かい木片と一緒に大粒の雨の中に身を投げ出されて、ごろんごろんと濡れた雑草の上を転がってやがて止まる。
 ぐったりとした彼の表情は完全にノびていて、室内から見つめるソフィアの瞳がそれを冷ややかに見つめていた。
「おーけい、話は分かった。それならこっちも誠心誠意“交渉”させて貰おうじゃねーか」
 彼女が視線を廃倉庫の中へ戻すと、数個のランタンが照らすだけの薄暗い室内で大勢の男たちが身構えるのが伺えた。
 一番うろたえたように後退った恰幅と身なりの良い小男。
 彼の金製の丸眼鏡がランタンの火で上品にきらめいたのに反して、その表情は醜くゆがんでいた。
「ほ、本性を現したな雌狸めッ!」
「それはどっちの事だか……!」
 ソフィアが大きく踏み込むと、数人の男達が進路上に割り込んでくる。
 彼女は真正面の1人を手にしたスタッフひと振りで殴り倒して、倒れざまの身体を足場に宙へ飛び上がった。
 男達が構えた銃ごと天井を見上げると、梁に手を掛けくるりと大回転した彼女の身体がそのまま重力に任せてふわりと落ちてくる。
 彼らが照準を合わせて引き金を引くよりも早く、彼女の手にした魔導銃が爆ぜて向けられた銃口を次々と打ち抜いて弾いた。
 手首を抑えながらうめき怯む男達の輪の中に着地して、下段足払いから立ち上がりざまのエルボー、そして再びスタッフの強打が3方へ流れるように飛び交って3人が崩れ落ちる。
「い、行くぞっ!」
 その様を見定めもせず、小男は数人の部下を引き連れて裏口へと駆け出した。
 ソフィアは慌てて追うような真似はしないで、コツリコツリとうごめく男たちの間を歩みながら値踏みをするように男の丸まった背中を見つめる。
「安心しろよ。必ず取り立ててやる――どこまでもだ」
 言うや否や、残った男達が一斉に彼女へ飛び掛かる。
 仮にも見た目小柄な少女相手に大人げないようにも見えるが、今の一連の流れを見せつけられて1人ずつ掛かっていくほど彼らも学がないわけではないようだ。
 ソフィアはその勢いを意に介す様子もなくスタッフを構える。
 手足にマテリアルの炎を纏うと、手入れされたツインテールが鈍い輝きを放って揺らめいた。

「――なーにが取り立ててやるだ。商品さえ受け取ってしまえばこっちのものだ」
 外に待機した馬車に詰め込まれるように飛び乗りながら、小男はぶつくさと漏らす。
 走り出した車体の後ろには工房の印が押された木箱が3つ。
 日が暮れてから急に降り出した雨の中で、防水シートを被りながらもしっとりと濡れていた。
 車内で乱れた髪を整えながらひと心地ついた彼は、懐から高そうな木製のケースを取り出して中の葉巻を1本咥える。
 そしてランタンから火をつけようとするものの、雨で湿気たしまったのかどうにもつきが悪い。
 何度か試した後に諦めて、舌打ち混じりに窓から葉巻を放り捨てる。
 そのままふと道の後方を振り返ると、1つの小さな光がこちらを追いかけてくるのが見えた。
 不審に思って目を凝らすと、それは夜空を裂く流星のように光の尾を靡かせながら高速で馬車の後方に接近している。
 距離が近づいてくるにつれて、次第に明らかになる輪郭。
 それが小さな人影とマテリアルの輝きだと気が付いた時には、『彼女』の放った銃弾が馬車と馬とを繋ぐ細い木の柱を撃ち砕いていた。
「何だ!?」
 銃声に驚いた馬が猛スピードで闇の向こうへ走って行って、動力を失った馬車は慣性の望むままに街道を駆け抜ける。
 脚からマテリアル光を噴出しながらついに並走した少女――ソフィアの表情は、どこか愉し気に笑っていた。
 濡れた地面すれすれを滑るようにし滑空しながら、ソフィアが馬車の側面に張り付く。
 銃声と共に弾け飛んだ車輪が小窓から覗く小男の視線をかすめる。
 それもほんの一瞬のことで、バランスを失った車体が横転してけたたましい音と共に街道を転がっていった。
 衝撃で投げ出された小男は、雨に打たれながら蠢くように身を起こす。
 その鼻先に小さな足が踏み出されて、びくりと肩が震えた。
 恐る恐る見上げると、火をつけたばかりの咥え煙草でほほ笑むソフィアの姿がそこにあった。
「ど、どうやって追いついた……!?」
「少し本気出しゃ、馬車より速く駆けるなんざ造作もねーよ」
 言いながら突き付けた魔導銃の銃口が、小男の額をゴリゴリと撫で回す。
「さーて、耳を揃えて代金払ってもらおうか?」
「あ、あんな状態で払えるわけがあるかっ!?」
 仮にも裏社会で生きる男。
 向けられた銃口に必要以上に怯えることもなく、衝撃で破砕された馬車を指差し声を荒げる。
「あれくらいでお釈迦になるような仕事はしねーよ。何なら1発試してみるか?」
 壊れた木箱の中から覗いた銃身が雨に濡れてぬら光る。
 男はぷるぷると首を横に振ると、大人しくなって地面に突っ伏した。
「こんな時代だ。抑止力として武器を持つのは当然だし、わたしも商売ならそれを止めやしねぇ。だけどまぁ……職人なめくさったのはいい度胸だと言ってやる」
「……はん、大人の怖さも知らねぇ小童が」
 小男は捨て台詞を口にしながら身を起こす。
 その懐から筒状の物体が転がり出て、ソフィアは咄嗟に目の前に障壁を張る。
 次の瞬間、筒から噴き出した煙が辺り一帯を包み込んでその視界を奪い去っていた。
「けほっ……くそッ!」
 せき込みながら銃を構えなおすと、おぼろげな視界の先に小男の姿がない。
 彼女は唾を吐き捨てると、マテリアルを身に宿して駆け出していた。

 命からがら郊外のアジトにたどり着いた小男は、玄関の扉を潜るなりエントランスにどっかりと身を晒して大きく肩で息をした。
 激しさを増した雨の音が耳に響いて、時折走る稲妻が窓から光となって差し込む。
 あまり使わない逃走ルートを使って追手は完全に撒いた。
 自分のテリトリーに戻ってきた安堵に彼は表情をニヤつかせたが、異変に気付くのはすぐのこと。
――夜とはいえ、アジトがあまりに静かすぎないか?
 思えば、建物の中に光がない。
 いや、稲妻がときおり部屋を照らし出すがそういうことではない。
 人気がない。
 誰もいない?
 そんなわけはない。
 悪寒がして飛び起きた小男は、目を凝らすようにあたりを見渡す。
 何度目かの雷鳴が轟いて、昼間のように照らされた室内。
 そこに、幾重にも折り重なって倒れる部下たちの姿が映し出されていた。
「――まいどあり。遅かったじゃねぇか」
「おおおお、お前は……!」
 エントランスの階段に腰を下ろすソフィアが、短くなった煙草をぷかりとふかす。
「うまく撒いたつもりだろうがよ、目的地が分かってりゃ意味ねーよな」
「あ、あああ……」
 摘まんだ煙草の火を階段の板目でもみ消して、軽やかに立ち上がったソフィア。
 その姿を前に男は膝から崩れ落ちて、力なく頭を垂れた。
「約束は命削ってでも守るのが社会の掟だ。理解できたか“若造”が」
 彼女の言葉は聞こえているのかいないのか。
 ただ少なくとも、もはや小男に抵抗の意思がないことだけは確かであった。
 
 後日、周辺の街でしのぎを削る組織が1つ立ち消えて勢力図が一変したという話がまことしなやかに囁かれる。
 元構成員と思われる関係者は一様にこう証言したらしい。
 “灰銀の小鬼”が脳裏をちらつく――と。
 
 
 ――了。

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【ka2383/ソフィア =リリィホルム/女性/14歳/機導師】
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2018年06月12日

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