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『 ■ 愛しき竜の庭 ■ 』
ファルス・ティレイラ3733)&シリューナ・リュクテイア(3785)


 どうやって見つけたものか1人の客が、いつもは馴染みの客ばかりで人気のないその店の扉を開けた。太い眉に翡翠の目、精悍な顔立ちで、破れた袖から伸びる浅黒く日焼けした二の腕は筋肉隆々、筋骨逞しくてファンタジーゲームなら格闘家のジョブが似合いそうな風体の、少なくとも魔法薬屋とは無縁であろう…そんな男。更に付け加えるなら店の棚に並ぶ小さくも高価な薬瓶を買えるほどの金を持っているようにも見えない男だった。
 店の奥で暇そうに座っていた主人は男を一瞥して気の無い風にそっぽを向いた。客ではなく迷子、といったところか。退屈凌ぎになりそうにもない。それよりも仕事で出かけてしまった妹のような存在の弟子の帰りをひたすらに待ち侘びる。
 と、男はやはりというべきか店内の商品には目もくれず、入ってきたままに大股で主人の元へやってきた。帰り道でも尋ねるつもりなのだろう。
 ところが、かけてきた男の言葉は意外なものだった。
「ある薬が欲しい」
「あら、対価はおあり?」
 主人は素っ気なく返す。
 男は懐から一巻のスクロールを取り出し主人の前に置いた。
「俺には無用の長物だが、あんたならいい値で引き取ってくれると聞いた」
 誰に、とは尋ねなかった。ただ、主人はスクロールを手にとって中身を確認し一転、満面の笑顔でこう応えた。
「どんな薬がご入り用なのかしら?」
 胸の内ではそれはもう、好きなものを好きなだけ、という気分で。


 ▼


 ティレイラが配達の仕事に出かけたのは昨日の事だ。わざわざ本性である竜に戻っていたから異界を渡って遠くまで行くのだろう。竜の羽ばたきでも、なんでも屋の仕事と合わせると数日かかるという事だったが、何より普段から巻き込まれ体質なので、もしかしたら予定より数日遅れるかもしれない。寂しいというわけではないがつまらないというのが正直なところだ。
 だがそんなティレイラの帰りを待ちわびるシリューナの退屈はこの日終わりを告げた。
 早速、本日休業の札を出して瞬く間に魔法薬屋を店じまいにすると、シリューナはその奥にある自分の工房へと急いだ。
 所狭しと無造作に置かれたガラクタを面倒くさげに隅へ追いやって、先程手に入れたばかりのスクロールをテーブルの上に広げる。思わず問答無用で商品と“等価”交換してしまったものだ。
 そこには、魔法の術式が描かれていた。
 これを売るならシリューナにしろと男に勧めた御仁はよくよくシリューナをわかっている人物であり、幸いにも同好の志ではない者であったのだろう…そこに描かれていたのは、有機物(生物)を無機物(オブジェ)に変える術式だったのだ。それも、シリューナが知らない術式であったから興味も一入である。
 その多くは道具に内包され魔法道具として、ある条件下で発動するように仕込まれていた。そういった道具を見つけてきては、それをティレイラや他の誰かに試して堪能するのがシリューナの楽しみの1つであったのだが。
 今回は魔法道具、というわけではない。道具に書き込む前の素体である。
 要するに、好きな道具に書き込んで、自ら発動条件を設定出来るという代物なのだ。
 こうなってみると、ティレイラが出かけ中でよかったと思う。
「迷うわね…」
 椅子に座って両手を組みその上に顎を乗せて机の上のスクロールを見下ろしながらシリューナは呟いた。
 道具を選べる…選択肢が増えるというだけで悩ましい事この上ない。
 とはいえこれを考えなしにやるととんでもない事になるだろう。
 たとえば。
 よくあるところで鏡なんかがあるだろうか。発動条件は鏡に映ったら…などと安易に設定すれば、うっかりシリューナも映り込んで、気付けば誰にも愛でられる事のないオブジェが2つ、どこかの森のお姫様よろしく放置なんて事にもなりかねないのだ。
「鏡は却下ね」
 たとえば。
 靴に仕掛ける。発動条件は靴を履く。きっと歩きだそうとしたところで足下からオブジェ化が始まり、上半身だけが前に進んで転ぶだろう。地面に顔をぶつける直前によしんばオブジェ化を終えたとしても、重心を考えれば靴を地面に固定していない限りオブジェ状態で地面にキスだ。
「バランスの悪いオブジェになりそうね」
 だからといって、迂闊にあらかじめ靴を地面にくっつけておけば、履き辛い以前に怪しすぎてティレイラでも履かないだろう。いや、好奇心の固まりで出来ているティレイラなら或いは…。
「……」
 シリューナはううむとスクロールを睨みつけた。
 そもそもだ。このスクロールの術式では靴のような小さなものには仕掛けられないだろう。最低でも1m四方は必要だ。だからこそこれは、魔法道具ではなくスクロールで出回ったのだろう。相応の大きさのものでは持ち運ぶのに別のアイテムを要する。売り捌くにしても面倒だ。
 大きいもの…。
 いっそ地面に仕掛けるか。しかしそれこそシリューナも貰い事故を起こしかねない。愛でられることのないオブジェが2つ…(以下略)。
 術式の中に魔力が内包されるため、魔力をこめて発動させる必要がないというのは、任意に発動出来ないという点でデメリットかもしれない。まるで罠か呪いだ。条件さえ揃えば発動するという点で。
 シリューナは肩を竦めて息を吐く。
「何でも出来そうなのになかなか難しいわね」
 なかなかいい案が思いつかずシリューナは立ち上がると何かの参考にと工房を出た。1m四方以上の大きなものを探すようにリビングやダイニングを歩く。テーブル…壁…窓…棚…カーテン…絨毯…。
 発動条件を細かく設定すればどうにかなるだろうか。
 そこでシリューナは何事か思いついたように立ち止まって両手をパチンと合わせた。
「そうだわ!」
 スクロールの使い道がようやく決まった。



 ▲


 ティレイラは仕事を終えて帰路を急いだ。
 余計な事にうっかり首をつっこんで拐かされシリューナに心配をかけた事は記憶に新しい。だからティレイラは竜の姿のまま異界の空をまっすぐ疾風のように翔けた。
 程なくシリューナの待つ魔法薬屋の上空に達する。
 風の声を聞いたのかシリューナが「おかえりなさい」と広い中庭に姿を見せた。竜の巨体ではそこに舞い降りるしかない。
『ただいま帰りましたー!!』
 元気よく咆哮をあげながら紫の翼を広げ舞い降りる。
 そうしてティレイラが人の姿に戻ろうとした時だ。
 シリューナが突然、両手で持つような大剣を取り出した。笑顔を浮かべながらもその切っ先を自分に向けてくるシリューナにティレイラは半ばパニックを起こして人の姿になり損なう。
 竜のまま逃げ惑うティレイラをシリューナは大剣を振り回しながら追ってきた。
 もう、ティレイラには何が何やらさっぱりわからない。
 混乱状態で頭もまわらなかったから、もちろん、誘導されているなんて事には微塵も気付かなかった。中庭が模様替えされていた事にも地面の芝草の感触が硬質な金属のそれに変わっていたことにも気付かぬまま。
 ただただ。
『なんで!? なんで!? なんでーーーっ!?』
 そんな絶叫にシリューナの「かーくーごー!!」という声が重なって、姉であり師でもあるその人が大剣を振り上げ地面を蹴ってきた。
『キャーッッ!!』
 とティレイラは大きく飛び退って翼を翳すようにしながら、目をぎゅっとつぶった。
 しかし切りつけられるような痛みは一向に襲ってこない。
 恐る恐る目を開けたティレイラにシリューナの呟く声が届いた。
「人の姿に戻られると困るのよね」
 ティレイラの頭の中は疑問符で溢れかえる。
 ただ一つだけ、シリューナがもう襲ってくる気配のない事に安堵した。
 安心して、動こうとして、ようやくいろいろな事に気付く。
『え?』
 金属の台座の上に立つ自分だとか、足がそれと一体化しつつあるとか。
『一体化!?』
 首を下げてのぞき込むと膜のようなものが足から徐々に這い上がりティレイラを包み込もうとしているのが目に入った。
『なっ!? キャーッ!! 何ですかこれーっ!?』
 ティレイラは慌てて足をあげようとしたがビクともしない。翼を広げ飛び上がろうとしたが足がそこから離れる事はなかった。
 まだ動く首を捻ってシリューナの方を見やる。
 シリューナも同じ台座の上に立っていた。
『お姉さま!? 大丈夫ですか!?』
 咄嗟にティレイラはシリューナを気遣った。自分を覆い始めた膜と台座は同じ材質にしか見えなかったから、どう考えてもこの台座がオブジェ化を進める魔法道具だと思ったのだ。
 そしてそれは間違いなくそうだったのだが。
 当のシリューナは。
「素晴らしいわ…」
 などとうっとり呟き、膜が覆い始めたティレイラの翼に手を伸ばしたりなどしている。
『どーゆーことですかー!?』
 自分だけがオブジェ化している事実にティレイラは声をあげた。納得がいかない。理解の範疇を越えて再びパニックが彼女を支配する。
 じたばたともがこうとするが冷たい皮膜が動きを奪い、体温も奪って、冷たく硬く全てを閉ざそうとしていく。その侵食されるような感覚に。
『うわあーん!!』
 嘆きの声をあげた。
 その慟哭がどれほど続いたものか。喉の感覚すらなくなり、舌も動かなくなり、視界が真っ黒に塗り固められるようにティレイラの思考も真っ暗になって途切れた。



 ▼


 魔法道具の発動条件は台座の上に乗ったもののその質量にあった。
 だから人に戻られると困るのだ。竜の姿のティレイラはオブジェ化して人の姿のシリューナはオブジェ化しなかったのはそういう次第であった。
 シリューナは満足げに笑むと台座の上で嘆く等身大の竜のオブジェの背に跨がった。哀しげに伸びた舌に手を伸ばしそっと撫でる。これだけ毎回毎回オブジェ化を体験しているのに、いつまでたっても、パニックに陥るせいか魔力での抵抗すら試みない弟子に、ちょっとだけ呆れなくもない。
 もちろん、そこが可愛いところでもあるのだが、弟子の成長を願わない師もいないのだ。
 とはいえ、抵抗された上に逆襲するまでに成長してしまったら、それはそれで面白くないというジレンマもある。
 いつまで、こんな風に嘆く弟子のオブジェを愛でていられるのだろう。
 その内、「あーまたですか。はいはい、どーぞどーぞ」と呆れた顔しかしなくなって、作り笑顔を浮かべるようになるかもしれない。
 そうしていつか、あっさりオブジェ化をはねのける日がくるのだとしたら、今はたっぷり愛でて楽しまなければ、とも思う。
 今回も美しく仕上がった。台座に乗る等身大の悲嘆に暮れる竜のオブジェ。その細かな表情は、どれほど精巧に真似たとしても、どんな名工の手によっても決して作り出し得ないであろう、そんな、生の…その瞬間を切り取ったオブジェだった。
「素晴らしい…」
 陳腐と笑われるかもしれないが、感嘆の呟きはただただその一言に尽き、それ以上の言葉を必要とはしない。
 紫色の翼もその巨体も今や常闇のそれに覆われている。けれど深みがあって、どういった具合だろうその表面は光を虹色に跳ね返していた。形容しがたい美しさを放つ魔法金属。それが鱗の細部にわたるまでを象り煌びやかに飾っていた。
 その一つ一つを優しく撫であげて、金属の持つ滑らかな質感を味わうようにしてシリューナは目を閉じティレイラの…竜の長い首に抱きついた。薄いクロス1枚を身に纏っただけのシリューナの体温を冷んやりと奪っていくそれを満喫するように――。


 竜のオブジェをたっぷりと楽しみ尽くすために入念に準備された中庭で。
 やがて夜が訪れ大きな窓から部屋の明かりが庭を照らす。そよと吹く風に緑が揺れて可憐にオブジェを彩った。
 湯上がりの火照った体を冷まそうと竜のオブジェに寄り添って、それからシリューナは一晩中オブジェを堪能した。
 テラスにテーブルとイスを並べて朝食をいただきながら遠目に眺める竜のオブジェもなかなかに乙であった。
 人が持つそれとは異質な曲線美。人が持つことのない翼。2本の角。どれをとっても愛らしくて、日がな一日ティレイラは飽きることなく眺めては撫で回し目で耳で舌で鼻で全身で感じて悦楽にふける。
 それが明日も明後日も。
 随分と長い間続いたのだった。



 ■END■






━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3785/シリューナ・リュクテイア/女/212/魔法薬屋】
【3733/ファルス・ティレイラ/女/15/配達屋さん(なんでも屋さん)】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもありがとうございます。
 楽しんでいただけていれば幸いです。

東京怪談ノベル(パーティ) -
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東京怪談
2018年06月13日

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