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『毒島さんの紳士的生活 』
サーラ・アートネットaa4973)&シルクハット伯爵aa4973hero001
 イギリスにおける伝統的“伊達男”姿――フロックコートにコールズボン、足元は内羽根のストレートチップ(色はもちろん黒)で決め、糊の効いたワイシャツの襟はカラーステイでぴんと立たせた――で固めたその人物は、本来手で持つはずのステッキ、そのダービーグリップを下に向け、後方へすくい上げるように振りかぶった。
「ス」
 男女の別が知れない不思議な声。
 その顔も、本来額が隠れる程度であるはずのシルクハットで半ばまでもが隠されており、造形を窺うことはできなかった。
 見て取れるのは、かろうじてまだ20台前半なのだろうくらいのものだ。
「コ」
 撓めた体の反動を充分に溜めて、一気にアッパースイング。
「ォーン」
 かけ声と共にステッキはびゅうと風を斬り。
「ナイスショット」
 目が収まっていると思しきハットの上に“ひさし”を作って中空を見透かせば、それはもうサラリーマンのおっさんが駅のホームとかで繰り広げるアレ……シャドーゴルフの完成だ。
「ナイスショットっ、じゃねーでありますよ。しかもスコーンってなんでありますかイギリスでありますか? 毒島さん上から下まできっちりかっちり紳士装備でありますが、そもそも男なんですか?」
 毒島さんと呼ばれた“伊達者”は優美に小首を傾げ――表情は鼻の半ばまで隠れるほど深くかぶったハットのせいでまったくわからなかったが――質問者であるサーラ・アートネットに答えた。
「このステッキは夜会用なので、昼用礼装のフロックコートに合わせることで着崩し感を演出しているんだよ。まさに伊達の極み!」
「知るかボケ」
 うっかり素を出してしまったサーラはむにゃむにゃ口を蠢かせてごまかしつつ、某駅3番ホームのベンチに腰を下ろした。
「……っていうか、なんで“毒島さん”なんでありますかね?」
「私にもさっぱりだね。世界には不可思議が満ち満ちているものだ」
 となりに座した毒島さんも不思議そう。
 ちなみに毒島さんはサーラの第一英雄であり、名前を「シルクハット伯爵」という。だったら伯爵と呼べばいいんだろうが、気がついたら毒島さんで定着していた。
「共和国とも関係なさげでありますし、そもそも毒島さん何者なんでありますか?」
「それを知るために私は生まれてきたような気がしなくもない」
 と、毒島さんはなにかに思い至ったような感じで顔を上げ。
「ナイスなゴルファーであることはまちがいないな!」
「1回もほんとの球打ったことねーだろ!」
「3番ホールは私の庭!」
「3番ホームの不審者じゃねーか!」
 サーラが駅に来ているのは、駅員から保護者として不審者を回収してくれるよう連絡が入ったためだ。毒島さんのおかげで、今やすっかり駅員や鉄道警察の関係者とも仲良くなってしまったわけだがともあれ。
「風が導くのだ……私をフェアウェイへ……」
「だったらおとなしくフェアウェイ行けよ。何回ネットに“駅の変態さん”とかで晒されてんだよ。うっかり人気出てんじゃねーよ」
 そう。毒島さんが警察にお持ち帰りされない理由はそのへんにあった。
 妙に人気なのだ。いや、朝の混雑する時間帯、妙な格好で妙なことをしているわけなので厄介は厄介なのだが――基本的に紳士な毒島さん、時に痴漢を捕まえたり揉め事を仲裁したりと役に立ってもいた。スイングに関するアドバイスにも素直に耳を傾け、取り入れる器のでかさもあったりするし。
 そして。
「3番ホールの“紳士”殿じゃあござらんかナリ」
 ナリ!? サーラが目を剥けば、ふたりの目の前にくたびれたスーツ姿のおっさんが立つ。その手には、なんとも使い込まれた大振りな傘が握られていた。
 で、誰でありますか――半目で訊こうとしたサーラを制した毒島さんはニヤリ。
「これは6番ホールの“大砲”殿。こんな時間にお会いするとはめずらしい」
「今日はちょっと働きたくないでござるなぁと思った矢先、“紳士”殿を発見したナリ」
 悠然と立ち上がった毒島さんはステッキを掲げて「やるかね」。
 おっさんも傘を構えて「やるでござるナリ」。
 なにやら盛り上がり始めたふたりを横目で見やり、サーラはあらためて提案する。
「いやだからここでなんかやられると迷惑なんで、打ちっぱなしでもゴルフ場でも行けよ」
「ふふふ、そういう本格的なところへ行ってしまったらこう、おしまいだろう?」
「意外に思われるかもしれませんが。こう見えて自分、ゴルフしたことまったくないナリよ」
 意外とか言われるほうが意外だっつーの。それよかホームごとにいんのかよこの手のバカがよ。
 すでに音を失くしたサーラのツッコミに答える者は当然なく、ゆえに始まる妄想ゴルフ。
「ス・コ・ーン! うむ、ナイスショット。フェアウェイのど真ん中をとらえた技巧光る一打であった」
「この一打に自分のすべてを込めて――“大砲”の名に恥じぬワンオンを見せたナリ!」
「2番ホールの“魔術師”、おふたりのお姿を拝見して急ぎ戻ってきましたわい!」
「4番ホールの“スナイパー”を忘れていただいては困るのぅ」
 とかなんとかぐだぐだあって。
 どうでもよくなったサーラにどつき倒されるまで、英雄とおっさんたちは楽しげに戯れ続けたのだった。


 サーラの手札から1枚抜き取った毒島さんは自分の手札をちらりと確認、抜き出した1枚を足して山へ捨てた。つまりはふたりババ抜きである。
「やはり食事はサンドイッチに限るね。カード遊びに欠かせない紳士の甘露だよ」
 そういいながらコンビニで買ってきた卵サンドをもりもり食す。
「紳士ならきゅうりのサンドイッチとか食べるべきなのでは?」
 手札に混ざっているジョーカーをシャッフルして混ぜ混ぜ、サーラがため息をついた。
『ゴルフ亡き紳士生活に残された唯一の光はカード遊び! きみが共に興じてくれないならば、私はここから絶対に動くことはないだろうね! ああそうだとも! 私のすべてを尽くして駄々をこね続けると、ここに誓おうじゃないか!』
 カルハリニャタン共和国統合軍謹製“バールのようなもの”の活躍でシャドーゴルファーどもをようやく解散させた直後、毒島さんはホームへ大の字になってじたばた。
 毒島さんはブレイブナイトなので無駄に防御力が高いし、なにかのはずみで守るべき誓いなんて発動されたら注目されて超はずかしい――いい大人が大の字を決めた時点ですでに超注目されていたわけだが――し、サーラはしょうがなく付き合うことにしたわけだ。
 ただ、今は午前中のど真ん中で、ここは公園のど真ん中の東屋で。
 さっきから幼児がすごい勢いで攻め寄せてきては、常識と良識のあるお母さんに「ダメよぉぉぉぉ怪人さんに連れてかれちゃうぅぅぅぅ!!」とかガチ怒りされてたりする。
「怪人さん……主に毒島さんのせいでありますねぇ」
 ジョーカーをうまく引かせたサーラは神妙な顔を左右に振り振り。
 逆にジョーカーを受け取ってしまった毒島さんは「ジェントル!」、謎の感嘆を発してサーラを見やる。
「今時の流行に合わせてショートフロックにするべきだっただろうか?」
 いや、着てる服じゃなくてさー、いやいや、ショートフロックとか言われてもなんだかわかんねーし。とにかく帽子だよ帽子。こだわりのバラクラバ(テロリスト御用達の目出し帽)にしか見えねーから。
「帽子、脱いだら怪しくなくなるんじゃないかと思うんでありますが」
 ごくまっとうなサーラの言葉に毒島さんはくわっと立ち上がり。
「聞こえないな! 私はぜんぜん! なにひとつ聞こえないよ!」
 ハットがかぶさった耳の穴を両手で塞いで子どもみたいにもだもだした。
「あいつしょーぶにまけそーになるといっつもああなんだよなー」
「がきなのよ、がき」
「あらー、そういうとこがかわいいのよー」
 ひそひそする幼児たちの様子からして、いつもこんな感じらしい。げんなり目を閉じたサーラだったが――なんだか気配を感じて目を開く。すると。
「あ」
 ジョーカーをサーラの札にそっと差し込もうとしている毒島さんと目が合った。
「おい紳士おい、なにしてくれやがってんだコラ?」
「紳士に敗北は似合わない。勝利こそが紳士を紳士たらしめるんだよ。そうは思わないか、変な態度メガネ男女くん……!?」
 ざわつく母子のみなさん。
 毒島さんが華麗におかしいので見落としていたが、そういえばあの子も左右でレンズがちがう変なメガネかけてるし、男の子なのか女の子なのか、はたまた男の娘とかなのかわからない……! あの怪人が言うとおり、変――態なんじゃなくって?
「怪人と、変態?」
 ついにそんなワードが!
「毒島さん――まさかそんな手を使ってまで私を引きずり落としにくるとは!」
 ギリギリ奥歯を噛み締めるサーラ。毒島さん、恐ろしい子っ!!
「ふっ、それもまたきみの背負う業ってやつだよ。あくまで態度が変だと言っただけなのに、まわりの淑女のみなさまにはそう見られなかったのだからね」
 今の隙にジョーカーの移植を完了した毒島さんは、ハットの縁を両手で掴んで絶対防御の構えである。毒島さんにとっての敗北とは、そのハットを脱がされることなのだから。
 ああ、一応サーラの名誉のために言っておけば、毒島さんといっしょでさえなければ編隊呼ばわりされることはなかったはず。類友とはよく言ったものだ。
「私はオトコだぁ! 設定がそうなってんだからオトコに決まったんだよぉ! これで上官殿との甘い生涯にだってなんの障害もない!!」
 性別はどっちでもいいと言われたので、多くの人の期待をあえて裏切る形で女子にしてみたのだが、いつの間にか男子で確定していたサーラである。そういえばいつの間にか身長も180センチじゃなくなってたし、ある意味報告官に油断を許さない男なんである。
「ああ、上官殿といえば、その辺りにひしめく幼子とほぼ変わらない風情だったね! そうか……公園はきみにとって祖国に勝る天国!」
「やっぱりほんとに変態よおおおおおおお!!」
「ひいいいいぃ変態メガネ変態ぃいいいい!!」
 泣きわめきながら我が子を抱えて遁走するお母さんども。
「ちょ、誤解が――私は女装してるわけでは」
「そういえばこんな写真があるのだが」
 スマホに映しだされたのは、ポップなイエローのフリフリ軍服に身を包んだ“さーらん”の有様。だから当然のごとく。
「女装変態爆誕だわあああああああ!!」
「大事な大事なむしゅめが食べられるぅぅぅ(意味深)!!」
「息子は! 息子だけはああああああ(意味深)!!」
「最後の(意味深)はやめろ日本人んんんん!!」
「外国産変態(意味深)が怒ったわあああああ!!」
「わたし団地妻(意味深)なんですどぉ、変態さんについてちょーっと確かめたいことがあるのでどうでしょぅ?」
「最後じゃなきゃいいってハナシじゃねええええええ!!」
 無力な日本人妻多数を追い回すカルハリニャタン共和国軍人を見やり、毒島さんはやれやれ、肩をすくめてみせた。
「ジェントルが足りない人々には困ったものだね」
 グリップを下にしたステッキをそっと押し出し、毒島さんは小さくガッツポーズ。
「ナイスパターっ」
「なんで原因が他人顔してんだよっ!」
 サーラに思いっきりどつかれた。


「実に充実したジェントルタイムを過ごせたな」
「午前が終わったばっかりでありますけどね……」
 伸びをする毒島さんにサーラは力なくツッコんだ。
「毎日こんなことを?」
 軍の任務には第二英雄と出ることの多いサーラである。その間、毒島さんはなにをしてるんだろうというのは常々の疑問ではあった。駅で好感度高い不審者をやっていたのは知っていたが、まさか公園で普通に不審者をしているとは……
 が、毒島さんはあっさり否定する。
「いや。普段は、そうだな。中学校の用務員室で茶をふるまわれたり、ビルの守衛室で茶をふるまわれたり、交番で茶をふるまわれたり……」
「ガチ不審者じゃねーか」
 堂々と捕まってるあたりがまたガチ度高くてやばい。いや、だからこそその度に釈放されているとも言えるが、どうせなら檻から出さずにしまっておいてくれたらいいのに。
「とりあえず今日は帰るでありますよ。私、特別情報幕僚の公務がありますので」
 毒島さんはちちち、人差し指を振ってみせ。
「なにを言っているのかな? 紳士のスケジュールは午後も予定でいっぱいだよ?」
「――は?」

 文字数の関係で丸っとカットするが、サーラと毒島さんはこの後、1時間に及ぶ逃走劇を演じて劇的逮捕される。
 身元引受人である「上官殿」の迎えはまだ……来ていない。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【サーラ・アートネット(aa4973) / 女性 / 16歳 / さーイエロー】
【シルクハット伯爵(aa4973hero001) / ? / 22歳 / 共に春光の下へ辿り着く】

 
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2018年06月14日

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