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『士道 』
水嶋・琴美8036
 呼ばれた。
 街の雑踏を行く水嶋・琴美は顔を上げず、両耳につけたイヤリングの振動に神経を集中させた。
 ――地の底より異形、来たる。
 信号を解き終えたと同時に気配を断ち、人々の流れの内にかすかな香の軌跡を引いて駆ける。そして決められた手順を踏んで大通りから近づいてきたタクシーへと乗り込んだ。
「入口は?」
 運転手に短く問えば、カーナビに偽装した街の詳細図に赤いマーカーが点滅した。そこが地の底――いつかこの地を支配していた者が秘密裏に掘らせたという地下道への入口というわけだ。
 琴美がパンツスーツを手早く脱ぎ捨てると、下から現われたものはラバースーツに包まれた豊麗な肢体。そのボディラインはラバーという第二の皮膚を得ることによって一層強調され、彼女の一挙一動をなまめかしく飾る。
「追加装備の準備もできているが」
 運転手の申し出に閉ざした鳳眼を左右へ振り、琴美はパンプスを脱ぎ落とした脚にロングブーツを通し、レースを引き絞った。
「お気遣いなく。必要なものは必要なだけそろえてあります」
 スーツと同じラバーでこしらえたミニ丈のプリーツスカートをまとい、肘までを鎧うロンググローブを装着。ただそれだけの姿で、彼女は笑む。
 タクシーが停車し、琴美が座す後部座席の床がスライド。真下に顔をのぞかせたマンホールが自動的に開口した。
「それでは」
 深淵へと飛び込んだ琴美を見送ることなく、運転手はすぐにタクシーを発車させる。
 後に残るものは、元のとおりに固く口を閉ざしたマンホールばかりであった。


 音もなく地下へと滑り落ちた琴美は、闇に慣らすため閉ざしていた眼を開き、気配を探る。
 縦6メートル、幅3メートルほどの角張った通路は土壁のあちらこちらをコンクリートで補強されており、今も誰かの手で管理されていることが窺えた。そして、人の手が入っているからこそ。
 人ならぬものの気配は紛れることなく際立つ。
「数は、6」
 琴美のうそぶきに導かれるがごとく、闇奥から矢が飛来した。
 手にしたナイフで払い落とし、琴美は前へ。突き出された槍の穂先へ横から外膝を押しつけていなし、その足で踏み込んで槍の持ち手を短刃で巻き取るように刈った。
 カッ! 固く乾いたものを断つ手応え。琴美は正体を確かめるより先に床へ転がり、続く敵の攻めをくぐり抜けた。
 ガヂッ、ジャリギャリ。剥き出しの黄ばんだ歯を噛み鳴らす音と錆びた具足のこすれあう濁った音とが地下道に響く。
「死人(しびと)」
 肉も臓腑も戦国の世に失ったのだろう骨武者どもが、踵を返して琴美に迫る。身なりからして足軽大将とその家来たる足軽の混成部隊らしいが、今となっては身分の上下なく、ただただ生者憎しの怨念で集っているらしい。
 一斉に襲い来る槍と薙刀。あの錆びついた刃で肌をこすられれば破傷風の毒を擦り込まれ、琴美は遠からず彼らの同胞となるのかもしれない。
 だからって結果を確かめてあげるつもりはないけれど。
 数にまかせてひとりを突き抜こうとすれば、当然刃はひとつところに殺到する。だから。
「ふっ」
 刃の交差点に指を付いて支点とし、琴美はその身を宙へと巡らせた。
 生者ならば少なからず動揺したのだろうが、死人に心はない。すぐさま刃を返し、ゆるやかに半円を描く琴美を追って突き上げにかかる。
 でも、それは始めからわかっていることよ。
 このときのため、彼女はあえて低く跳んでいた。交差点が刃ならず柄で形成されるように――ここになら、どのようにでも指をかけ、手がかりとすることができる。
 交差点を左手で握って体をずらし、刃をかわすと同時に骨武者どもの動きを封じておいて、琴美は体重を乗せた踵を一体の武者の頭蓋へ叩きつけた。
 パギン! 割れ砕け、脛骨ごと下へ落ちた頭蓋をさらにヒールで踏み躙り、沈み込んだ琴美は頭を失った武者の膝裏へナイフの柄頭を打ちつけた。人の関節は構造的に外側へは曲がりにくく、内へは曲がりやすい。破壊するなら外へ曲げてへし折ればいいし、“曲がる”ほうへ思いきり関節を曲げてやれば。
 体勢を崩して他の武者を巻き込み、倒れることになる。
 それでも互いを掴み合い、体勢を立てなおそうとする武者どもを見やり、琴美は現状を確かめた。
 やはり、頭を失ってもまだ動く。でも細かに砕いた頭蓋が動く様子はないわね。なら。
 息を整えた琴美が無頭の武者の足を蹴り刈った。
 大きく跳び退き、今度こそ巻き込まれるを避けた他の武者どもが、前後から琴美を挟撃する。
「闇雲が連携の代わりになると思う?」
 倒した武者の具足の隙間へヒールを差し込んで骨をひねり折りながら、琴美が回転。槍をナイフで弾き、掌打で薙刀を払い落とし、その間に倒した武者の腕を引き抜いて他の武者を打ち据える。
 魂なのか術なのかはともあれ、依り代となっている骨が動く状態にある内は武者もまた戦い続けるはず。ならばその骨が動作できないまでに破壊してしまえば、少なくとも脅威とはなり得まい。
 同胞の骨に殴打された武者は、その骨と共に割れ砕けてよろめき、後じさった。これだけ乾いていれば当然もろい。そして得物である槍も薙刀も、混戦の図式を敷かれてしまっては取り回しの効かない邪魔者と成り果てるのだ。
「どうして今さら沸いてきたのか知らないけれど、おとなしく寝ていなさい。あなたたちの時代はもう遙か昔に終わってしまったんだから」
 槍の半ばを取って攻めかかってくる武者ども。
 倒れた一体の四肢と背骨とを砕き終えた琴美は、先頭の武者へと前蹴りを放ち、同鎧の中心につま先を突き立てた。衝撃を鎧越しに内の骨へ伝え、揺さぶって砕く“通し”。
 胸骨と肋をまとめて砕かれ、支えを失くして胴鎧をぶらつかせる武者の背骨に通り過ぎざま踵を打ち込んでへし折った反動に乗り、琴美は横へ。
 すぐに他の武者が槍を振り込もうとしたが、背後の壁に引っかかってその動きを封じられた。……これまで武者どもが長柄の武器を使いこなせていたのは、狭さに阻害されない刺突に徹していたからだ。数を減らされ、槍襖の圧力を減じられれば刺突に隙間が生じ、横へ逃げられれば当然、長さの恵みは逆に枷となる。
 琴美は壁を蹴り、上へ跳んだ。
 武者どもが嬉々として、得物の長さに邪魔をされることのない上へ槍を突き上げる。
 が。
 跳んだはずの琴美はその場で一回転したばかりで、今も地にあった。その体をつむじ風のごとくに横回転、上へ伸び上がってがら無防備の体を晒す武者どもへ回し蹴り、掌打、鍵打ち、膝蹴り、肘打ち、頭突き。あらゆる打撃で打ち据え、砕いた。
 そして。
 最後に残った武者がゆらり。左に佩いた打刀を引き抜いた。
 刃を高くかざす八相の構え――薩摩の国に伝わる示現流に伝えられる“蜻蛉”を成す。
 ナイフを逆手に握った琴美は腰を据え、甘くささやいた。
「いいわよ……尋常に、勝負」
 刃を投げ落とすように振り込まれる武者の斬撃。生きていれば武者の顔には笑みが浮かんだかもしれない。それほどに迅く強い、最高の一閃であった――
 !
 ――武者が肉のない頤を大きく開いた。心を失くした武者の驚愕が、根元から断ち斬られた刃を越えて迫り来る琴美の笑みに塗り潰され、断ち斬られた。

 斃れ伏した武者を置き去り、琴美は先を目ざす。
 彼が立ち上がることはもうないだろう。剣士にとって尋常の勝負とは、なにより重く、価値あるものであるからこそ。
 かくて琴美は心の内から武者の最期を払い落とした。
 彼女の勝負はまだ終わってなどいないのだから。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【水嶋・琴美(8036) / 女性 / 19歳 / 自衛隊 特務統合機動課】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年06月18日

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