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『凍氷の海に揺蕩うさかな 』
オールギン・マルケスaa4969hero002)&氷鏡 六花aa4969)&アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001

 嘗て、我は七海を司る神であった。水を一掻きすれば大海の端から端へと至る事が出来た。槍を天へと掲げれば晴天にも霹靂が輝き、槍を地へと向ければ海の底の火山が震えた。海にまつわる全てが、我の領分であった。
 最高神は我に命ぜられた。海の中に生命を生み成し、育むことを。命を受けた我は、槍を以て一つの海を掻き混ぜた。海嶺から熱水を噴き上げ、天からは雷を落としながら、我はスープのように大海を混ぜた。三日三晩経った頃、ようやく一つの命が生まれた。そのまま混ぜているうちに、さらに多くの命が生まれた。最初は意思どころか、形すらも定かならぬ命であったが、時が経つにつれて多様な姿形を顕すようになった。
 殖えた命は、やがて我の手を離れるようになった。我らのように足を持ち地へと昇った。命は更にあらゆる形を持ち、世界の全てに満ちていった。

 我は月の神と共に潮の流れを治めた。月の神は潮の満ち引きを、我は潮の流れを司った。地に満ちた生命は時に我らの施した海の恵みを享けた。我が生み育んだ海の命も、幾星霜の果てに自ら殖え満ちた。
 生と死の調和。生まれた命は何時か死に、新たな命の礎となる。生命の円環が保たれ、世界は守られていた。

 それは青天の霹靂だった。北の海が氷に閉ざされ、海の生命が南へ逃れようとしたのだ。何事が起きたのか、我はそれを検めに向かった。

 そして出会った。美しき冬の女神と。

 その女神は氷雪と死を司っていた。彼女が一度世界に舞い降りれば、草木は枯れ果て、命は凍えて死に果てる。そのために彼女は遍く生命から畏れられ、また疎まれてもいた。
 彼女はこの地にある間、冷然と振る舞っていた。その眼は氷のように冷たい光を帯びている。言葉もまた、彼女の領分である冬の如くに厳格であった。
 しかし我は知っていた。彼女は心の何処か奥深くに、一抹の孤独感を閉じ込めていると。その孤独に満ちた横顔に、我は思い焦がれるようになったのだ。

 冬の女神を振り向かせようと、我は思いつく限りの事をした。傍に立って語り合いもすれば、海の命に願って真珠を作らせ、彼女に送った事もあった。しかし、凍てつく心を持った冬の女神は、我の事など鼻にもかけなかった。
 我は、なお一層心を揺さぶられた。彼女の微笑みが見たいと、躍起になった。

 故に我は過ちを犯した。彼女は冬の間にしか現れぬ。それを知っていた我は、その冬を自ら作り出そうとした。我は治めていた七つの海を氷の内に閉ざそうとしたのである。
 それによって凍りついたのは海ばかりではなかった。地にも終わりなき冬が訪れた。生命は殆ど逃れる場所も無く、寒さに凍える事になったのである。
 世界には氷期が訪れた。

 生命は死に果てていく。地上に君臨していた竜は、寒さに耐えかねあっさりと滅び去った。今ですら、死に果てていくその姿を思い浮かべると心が痛む。
 だが、己の領分を分け与えてでも、私は彼女に笑みを見せて欲しかった。もしこれで酷薄たる彼女が笑ってくれるのならば、それで構わぬと、そう思ったのだ。

 しかし、それでも彼女は笑みを見せてはくれなかった。氷の大地に降り立った女神。その冷たく鋭い眼は、神としての務めを忘れ果て、築き上げた世界の調和を乱した我を軽蔑していた。

 最高神は、我の所業を決して許さなかった。我に罰を下されたのである。

 二度と陸には上がれぬように、冬の女神に会う事能わざるように。万物の父たる神は、我に与えた巨躯たる老人の形を奪い去り、代わりに巨大な白鯨の形を与えた。
 罰はそれのみにとどまらなかった。嘗ては全ての海が我が手にあったが、父神は大陸を動かして七海を切り分け直し、七柱の神々が分掌する事としたのだ。当然の報いではあれ、我は海神としての地位を貶められる事になったのである。
 これでもなお父神の怒りは収まらなかった。それほど氷が好きならばと、神は新たに、今の人たる者共が南氷洋と呼ばう地を預けられたのである。せめて、女神の居どころに近い北の海をと願ったが、その望みは聞き入れられるはずもなかった。

 この時から我は、他の神より白鯨と畏れられ、また蔑まれもするようになったのである。

 それからまた、幾つもの命がこの地に生まれては消えた。白鯨の姿のまま、我は任ぜられた海を回った。凍れる海の底にも、逞しく命は根付く。我はその命を大難から守り続けたのである。

 冬が訪れる度、その身を冷気が包むたび、冬の女神への恋慕は万年雪のように溶けることなく積もり続けた。それとは裏腹に、我が身と心は海の涯の熱水のように熱く焦がされ続けていた。一目女神の御姿を見たいと何度思ったか最早知れない。しかし、我は堪えた。最早、二度と神としての務めを怠る事は出来なかった。それは我の中に有る神としての矜持であり、烈火の如く怒った父なる神への畏れでもあった。
 全く浅薄な身勝手であったと、我は悔い改めた。遍く生命に償いを果たさねばならぬと誓った。その意志に大海も応えた。我は全霊を注いで海と生命の守護者たる地位を全うし、いつしか、我等と同じ姿を持つ者より、“南氷洋の白鯨王”と称えられるようになったのだ。

 長い時を掛けて、世界は再び生と死の輪廻を取り戻した。穏やかな時を取り戻した世界は繁栄し、再び永い時が流れた。

 またしても、それは青天の霹靂だった。冬の女神が忽然とこの世界から消えたのだ。
 神が消え去るなど空前絶後、前代未聞の事件だった。世の命から疎まれ続けた冬であったが、それが無くなった世界は命の存在が散漫になった。命は生と死を以て一繋がり。冬と死を司る女神が消えれば畢竟、生もまた揺らぐのだ。
 世界は再び乱れた。神の手を離れて暴れ狂う大洋。天地開闢の折より海を司った我でさえ、これを治めるには苦労した。いわんや、新たに大洋を治めていた神は世界を留めきれず、海は大地を喰らいつくそうとした。

 数年の後、女神の行方が杳として知れぬとわかると、父なる神は新たに神を生み出した。失われた冬を再び治める神を。

 新たなる冬の女神は力強く冬を治めていた。その心には一切の寂寥感が無い。それを見るにつけても、我は再び彼女への想いを深めるのだった。
 己の中に孤独を押し込めていた、彼女の横顔を思い続けるのだった。

 それゆえ我は捜し続けた。神として、再び穏やかとなった大洋を治めながら、彼女を探し続けた。だが、やはり私の恋焦がれた女神は、その髪の一房さえもこの世に残してはいなかった。
 それでもなお、と私は捜し求め、いつしか、千年の時が経とうとしていた。



 そして気付けば、我はこの世界にいたのだ。



「……ん。こんな所に……誰か……?」
 氷鏡 六花(aa4969)は、氷雪の彼方に何者かが倒れているのを目に留めた。首を傾げつつ、恐る恐るといった足取りで六花は横たわる人影へと近寄っていく。さくり、さくりと足音が雪原に響く。吹き寄せる風が粉雪を浚っていく。
 黒々とした氷海の波打ち際に近づくうちに、その人影の正体が見えてきた。人間離れした筋骨隆々の巨躯、背中にまで流れる長い白髪。うつ伏せに倒れているから、その顔は見えない。
「大丈夫……です……?」
 遠くから、恐る恐る声を掛けてみる。しかし反応は帰って来ない。どうやら意識も無いらしい。六花はさらに近づく。
「(……透明になってる)」
 髪の一房まで確かに眺められるところまで近づいて、とんでもない事に気が付いた。倒れている男は、その身体が幽霊のように透けているのだ。南極のブリザードに吹かれたら、一瞬にして消えてしまいそうだ。六花はその足を速めた。彼の膝元まで駆け寄ると、雪原に座り込んで男を揺すぶる。
「……ん。大丈夫、ですか?」
 反応はない。六花はうつ伏せの男の丸太のような腕を掴むと、渾身の力で引き起こし、横を向かせる。すると、その顔が露わになった。深い皺の老成した顔に、立派な白髭。しかし、その顔もやはり消え行こうとしていた。
 六花はその姿を見て咄嗟に理解した。この老人もまた、この世界に降り立った英雄なのだと。そして、彼は今消滅の危機にまで瀕している事を。
「(どうしたら……)」
 心根の優しい六花が、これを放っておけるはずもない。六花は老人の手を握りしめる。
「……ん。おじいさん、おじいさん」
 必死に声を張り上げる。その声に、老人はうっすらと目を開いた。
「名前は……?」
「……オールギン」
 掠れた声で、半ばうわ言の様にオールギン・マルケス(aa4969hero002)は応える。六花は老人の青い瞳を覗き込み、一言尋ねる。
「オールギンさんの、望むことは?」
「……万物の母たる海を慈しむべし。以て生命の輝きを信ずるべし。生死の円環こそが世界を創り出す理法なれば」
「“海を慈しむ事、生命の輝きを信じる事”……ですね。わかりました……!」
 六花が目を閉じて願った瞬間、オールギンと六花の手の内に光が宿る。溢れた光はやがて収束し、一つの宝石となる。幻想蝶だ。その光はオールギンの身体をも満たし、透明な肉体を完全なものにしていく。
『……これは』
 オールギンはふっと息を吐き出し、今度こそその眼をはっきりと見開いた。深い蒼の瞳が、六花の姿を映す。まだ年端も行かない、幼い少女。何故か、オールギンはその名前を知っていた。
『氷鏡、六花……お前が、我を……救ったのか』
「……ん。よかった。上手く行ったん……ですね」
 六花は安堵の溜め息を吐いた。
『ここはどこだ……? 南極か?』
「……ん。そう、です」
『……それにしても六花。何故お前のような人間が、この南極にいる? ここは、人間が足を踏み入れる事叶わぬ……氷に閉ざされた大地である筈……それに、随分と見慣れぬ服を着ている……』
「六花は、元々寒いところが好きなので……。それに、もう一人の英雄の人と誓約を結んでから、それがもっと強くなった、んです……」
『ふむ。未だ理解が進まぬが……』
 起き上がろうとして、オールギンはその手を動かす。肌色の腕が視界を横切っていく。そこでオールギンはようやく気が付いた。
『元に、戻っている?』
「ん。……元に?」
 首を傾げる。オールギンはその身を起こすと、雪原の上に胡坐をかく。丁度極海の彼方で鯨が跳び上がった。オールギンはその鯨を指差す。
『我は、父なる神に罰を下され、白鯨の姿に変えられていたのだ。……父は決して、下した罰を翻されはしない。……一体何が起きている』
「……ん。ひとまず、ついてきて……ください。こんな所でお話しするのも……」
『あいわかった。参ろう』

 沢山のペンギンが群れを成して突っ立っている。どうやらペンギンのコロニーらしい。極海を自在に泳ぎ回っていたペンギンをオールギンは知っていたが、陸地に立つペンギンを見た事はなかったかもしれない。オールギンはよたよたと集まってきたペンギンを見渡し、目を丸くする。
『……陸では、このように暮らしているのだな』
「……ん。こっち、です」
 六花は先に立ってオールギンを手招きする。遠くに見えるのは一つのイグルー。オールギンが首を傾げていると、中から一人の女性が現れた。
『六花、どこに行っていたの? 帰りが遅いから少し心配して……』
 オールギンは言葉を失った。目の前に立つ彼女は、間違いなく彼が思い焦がれ続けてきた女だった。淑女然として優雅に立ち振る舞う彼女。美の女神とも張り合える美しい肢体を、羽衣一枚纏うだけで惜しげもなく晒す彼女。智慧に溢れた光を宿す瞳。
『女神よ』
 オールギンはぽつりと呟く。女神――アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)もまた眼を見開き、まじまじとオールギンの姿を見つめた。
『……貴方は』
『ああ、まさか。こんな奇蹟があるものか』
 万感に打ち震え、オールギンは足元が覚束なくなる。そのままその場に跪き、天を仰いだ。何が起きたかは、神である彼にさえ分からない。
 今彼が出来るのは、何にも掴めぬ、“運命”の采配に感謝する事だけだった。

『千年……貴方はそれほどにまで永い間、私を探していたのね……って、新しいイグルーを作った方が良いのかしら……?』
 イグルーの中に通されたオールギンは、窮屈な身体を中に押し込める。それを見たアルヴィナは思わず困ったような顔をした。しかし、オールギンは手を伸ばせば触れられる程近くにいるアルヴィナに半ば夢中になっていた。
『天地開闢の頃から幾億回も天球が巡る様を眺めてきた事に比べれば、毫末のような一時ではあるのだが……恥ずべきかな。その千年はそれまでの数億年に等しく永い時だった』
 言葉の外に込められた意味に気付いたのか気付いてないのか、アルヴィナはふっと頬を緩める。
『こっちの世界ではうんと時が長くなるわ。人の間で暮らすようになるのだから』
「……ん。これから……よろしく、お願いします」
 六花はぺこりとオールギンに頭を下げる。オールギンも静かに頭を下げ返した。それを見たアルヴィナは、柔らかく微笑んだ。
『……おもてなししないといけないわね。南極支部から何か食べ物を貰ってくるから、オールギンと六花はそこで待っていて』
 踵を返すと、アルヴィナはイグルーの外に出る。嘆息が口から零れる。
『(……彼が来てくれるなんて)』
 彼の事はよく覚えていた。乱心して大地に氷河期を齎したこともあったが、彼は努めて“生命の守護者”であり続けた、情の深い男だった。孤独に身を沈める事を受け容れていた彼女を救おうとするくらいには。
 乱心した時には軽蔑もしたが、それは愚直に務めを果たす彼を尊敬していたからだった。
『(彼なら、きっと今の六花にも良い影響を齎してくれるはず……)』
 アルヴィナはちらりとイグルーを振り返る。再び現れた彼に、復讐に心を閉ざした六花を救うよう、心からの願いを捧げるのだった。

「……ん。二人とも、同じ世界の出身で、そんな過去が……」
『どうやら……女神の事だけは克明に覚えているのだ。我ながら如何ほどに女神の事を想っていたのか、及びもつかぬ』
 六花に、オールギンは女神との経緯を語り終えた。そんな事を言いながら、オールギンは女神と再会できた喜びを隠せていない。六花は思わず微笑んでしまった。
『六花よ。お前との出会いが……彼女の頑なな想いを融かしたのかもしれぬ。嘗ての世界では、決して彼女は笑わなかったのだ。……礼を言う』
 オールギンは再び深々と頭を下げる。六花は頷いた。
「……ん。オールギンも、これからよろしく……ね」
『うむ』

 彼女を一目目にしただけで、燃え盛り心身を焦がす恋慕の情。千年もの間押し込めてきた想いを、オールギンは改めて押し込める事にした。

 今は、命の恩人であり、女神にとって無二の存在である六花を守ろう。

 六花に尽くそう。そうオールギンは心に誓うのだった。



 Fin



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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氷鏡 六花(aa4969)
アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)
オールギン・マルケス(aa4969hero002)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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影絵 企我です。この度は発注いただきありがとうございました。
前半は神話調……になってるでしょうか? なっていたら幸いです。
何かありましたらリテイクをお願いします。

ではまた、御縁がありましたら。

カゲエキガ

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2018年06月18日

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