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『百合の困惑 』
スノーフィア・スターフィルド8909
 スノーフィア・スターフィルドは困っていた。
 一歩踏み出すどころか窓から顔を出すだけで恋愛フラグが立ってしまうこの世界で、もともとおじさんの現在女神が平穏に暮らすためにできること、それはもうドアも窓も前部閉めて引きこもること。
 冷蔵庫はいつの間にか食材が補充される仕様だし、ガス水道電気の料金は謎ルートでちゃんと引き落とされているので止まらないし、着るものはゲーム時代の装備品がたくさんあるし、ネット環境も整っている。暮らしていけないことはない。
 それでもやっぱり、外に出ないといけないんですよね……。
 なぜか頑なに納品されないビールを始め、スノーフィアにはどうしても欲しいものがいくつかある。
 一応、通販を使ってみようかと思ってネットを見てみたのだが、今ひとつ信用できなかった。だってビールは炭酸ですよ? 心ない業者が適当に運んでくるにちがいありませんし(偏見)、この前の運送屋さんだったらイベントが発生してしまいかねません!
 だから外に出るための普通の服を買おうかと思い立ったはいいが、今度はサイズ感がどうなっているのかがわからない。身幅ってなに? 女性の場合は胸もあるわけで、そのあたりはどう考えれば?
 ビールはともあれ、ちょっと心惹かれるアイテムにしても、やはり実際目で見て触ってから買うかどうかを決めたい。おじさんぽいのかもしれないが、そこだけは譲れなかった。
 でも。外に行くには外に着ていける服が必要で、そのためには誰にも会わずに買える通販を使うよりなく、そうなると通販会社以上に信用できない自分のセンスと対峙することに……
「これ、堂々巡りですよね」
 スノーフィアは皺の寄った眉間をおじさん臭く揉みほぐしつつ考えた。
 目的を達成するには、自分の抱える規制を一部解除する必要がある。ようは妥協しようってことだ。
 外に出るのは、正直怖い。いつ何時フラグを立てに“主人公”が襲来するかわからないから。
 マンション内も同じだ。当たり前のことだが男性は多数存在するし、それこそ宅配始め外部からの訪問者も多いから。
 こうなれば安心できる誰かに部屋へ来てもらうしかないわけだが――フラグ回避を考えれば女性一択。さらに言えばマンション内にいて、知り合いのいないスノーフィアでも気軽に話しかけ、洋服についての相談に乗ってもらえるような人。
「って、ハードル高すぎませんか?」
 と、セルフツッコミした次の瞬間、閃いた。
 いるじゃないか。すべての条件に当てはまる希有な存在が。
「コンシェルジュさん!」


 というわけで、連絡してみたスノーフィアだったが、コンシェルジュの第一声は『申し訳ありませんが、そのようなサービスは行っておりません』。
 考えてみれば、向こうの仕事はマンション管理にまつわるもので、個人的なサービスではない。
 がっくりした彼女に、コンシェルジュはふと声音を和らげて。
『同じ女性として、個人的にお手伝いさせていただくことはできますが』
 同じ女性として! なんてすばらしい響きだろう! これならフラグに怯える必要はない! スノーフィアは一も二もなくすがりついたわけだ。

「失礼いたします」
 ダークスーツをまとい、黒髪をきゅっと結い上げたコンシェルジュが、眼鏡の奥に隠した瞳をやわらげ、一礼した。
「素敵なお部屋ですね。ご容姿にふさわしい品格があります」
 スノーフィアはサラリーマン時代に培ったあいまいな笑みで受け流す。なにせこの部屋の素敵さに、スノーフィア自身の手柄はひとつもないのだから。
「今、お茶を」
 プレッシャーを感じつつ、コンシェルジュが思ったとおりの貴婦人を演じなければと肚を据える。うまくやり抜けば、多少おかしなことをお願いしても、身分が高そうな人だから世事に疎いのかもと勘違いしてくれるにちがいない。
「いえ、お茶でしたら私が――なぜなら私はコンシェルジュですから!」
 ええ!? 立ち上がり、キッチンを物色し、茶を淹れ始めたコンシェルジュ。その予想外な展開に、スノーフィアは胸の内で驚愕した。
 コンシェルジュさんって、ここまで住人に仕えるもの!?
 その疑問を読み取ったかのように、コンシェルジュはきりっとスノーフィアへと眼鏡を向けて。
「突然の無礼な振る舞い、お赦しください――姫」
 姫っ!?
 さらに驚くスノーフィアだったが、ついには驚きも消え果てた。
 コンシェルジュの前に、三つの選択肢が浮かんでいる……!
 呆然とスノーフィアが凝視していることに気づかないまま、コンシェルジュは二番目の選択肢『礼儀正しく押し切る』を実行。
「私は旧家の出身で、先祖はさる藩の姫に仕える従者でした」
 キャラの設定語り来ましたー! しかも現状とぜんぜん噛み合わないお話ですよー! 旧家の人がマンションのコンシェルジュって無理ありすぎですけどー!
「先祖の姿を寝物語に聞きながら育つうち、いつしか私も思うようになったのです。この身のすべてを尽くしてお仕えすべき姫と巡り逢いたいと」
 ピコン。この前嫌になるほど聞かされた好意値上昇音が聞こえてきた。
 ギャルゲーってどうしてこう、展開が強引なんでしょうね? いや、数値上げなんかの作業があるせいでイベントがぶつ切りになりますからしかたないんでしょうけど。それよりむしろ百合エンドありなんですね『英雄幻想戦記』って。ああ、女性主人公を選んでいたら私もスノーフィアと――
 うふふー。引き攣った笑みを浮かべて現実から逃げ出したスノーフィアは、それゆえにコンシェルジュの接近を防げなかった。
「出逢いとは突然に訪れるものなのですね。……姫、私の忠誠と、そして愛をお受け取りくださいませんでしょうか?」
 片膝をつき、手を伸べる。
 今からでもスキルを発動して全部なかったことにできないだろうか? いやいや、この世界で攻撃魔法やら剣技やら発動したら、相手はダメージを受けるどころかあっさり死んでしまう。
“言霊”なら――もっとだめだと女神の本能が教えてくれた。フラグだらけのこの世界で頻繁に言霊を発動させていたら、どこかにかならずしわ寄せが来て世界自体が歪んでしまう。それは女神として絶対に避けなければならないこと。
 考えるのです私。
 なによりも冴えた言葉でこの場をうやむやにって、そんな話術があったら前世もきっとうまくやれてましたよね……。それでもやらなければ。心はおじさんですけど、この体は女神スノーフィアなんですから。けして穢してはいけないんです。
 スノーフィアはそっとコンシェルジュの手を取り、優美にかがみこんでやさしく押し抱く。
「私の身はすでに捧げられたもの。ですのであなたのお心だけ、この手にいただきますわ」
 どうでしょう!? 誰に捧げたとか、気持ちに応えるとかは一切言っていませんよ!! これがサラリーマンの上級スキル、「作業は確約しないでクライアント様にただ共感」です!
 果たしてコンシェルジュは感極まった表情をうつむかせ、自らの手を静かに取り戻し。
「この日のことを、私は生涯忘れません。失礼をいたします、我が君」
 見事な一礼を残して部屋を出て行ったのだった。

 我が君とかさりげなくグレードアップしてましたけど、この場はなんとか切り抜けられたと思っていいんですよね?
 深い息をついたスノーフィアだったが。
「外に着ていける洋服の相談!」
 まったく目的を達成できていないことに気づき、頭を抱えてうずくまるのだった……。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【スノーフィア・スターフィルド(8909) / 女性 / 24歳 / 無職。】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年06月21日

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