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『壊れた器に 』
鞍馬 真ka5819

 重体でもないんだから私はいいよ。私より、他に必要な人のところに行く方がいい──とこのような気持ちを正直に言うと、結局その後の押し問答のために余計に彼らの時間を奪うことになるというのはこれまでで既に学習したので、鞍馬 真は一旦は大人しく彼らの治療を受けることにした。
 幸いにして重体者として担ぎ込んだ仲間も間もなく状態は安定したらしい。その知らせと共に、貴方ももうしばらくはここで大人しくしてて下さいと厳命されて、已む無く診療所のベットに再び転がる。さて、どれほど大人しくしていれば彼らは納得してくれるだろう。こんなことしているより……と、ハンターオフィスに行こうとしている自分を自覚して苦笑する。またすぐに依頼を受けて──またすぐに怪我をするのかと思うと、やはり、酷く不毛なことをさせたような申し訳なさがあった。壊れた器に水を注がせるかのような。どうせ、入れた端から零れていくのに。
 何気なく思い付いただけそれが酷くしっくり来て真は笑いだしそうになった。壊れた器。まさに自分はそうなんだろう。だから空っぽな訳だ。一頻り心の中で嗤って、そうしたら眠気を感じた。処方された薬の中にそんな成分でもあったのだろうか。まあいいや、と思った。どれほどここで待てばいいのか、それを考えるのが煩わしい。目が覚めたら出ていこう。それがいいと──

 ──馬鹿か。こんな気分の時に見る夢なんて最悪に決まってる。

 それは途中まではつい先ほどまで起きた現実だった。
 途中からは予測だ。真がその経験から察してしまった結果。起こり得ていたこと。
 見届けるしかない力の流れを受けて、彼の身体が崩れ落ちて地面に倒れる。
 ふわりと意識が上昇する。俯瞰した視界の中で認識する。立っているのが自分で、倒れているのが守るはずだった相手だった。認識して──

 跳ね起きた。
「……大丈夫か?」
 声は。
 隣のベッドからだった。
 そこで身体を起こしてこちらを見つめてきたのは、今倒れた筈の人間だった。
 ……いや。記憶を修正する。そうだ、彼は──伊佐美 透は、無事だった。
 違わないのは。
「……大丈夫じゃないよ」
「誰か呼んで来……」
「きみのせいだ」
「──……」
 違わないのは、今そこにいる彼が。自分を庇ったという事実だけだ。そのことに、かつてないほど落ち込んでいる自分を自覚する。
「次に庇ったりしたら絶対に許さないよ」
 恨みすら込めて本気で言った言葉は。
「……難しいんじゃないかなあ」
 相手には、いまいちピンと来ていないようだった。
「あんなの、つい咄嗟のことで、考えて動くようなもんじゃないだろ」
 困った顔で言う彼に、分かっていない、と首を振る。
「なら認識しておいてくれ──私は、護るような命じゃないんだ。苦痛にも、死にかけることにも慣れてしまった。最早生きたいのか死にたいのかすら定かじゃない」
 言葉を繋ぐのに、一度息を吸って、吐く必要があった。
「──こんな人として歪んだ私を守るために、誰かが生命を賭けるなんてことはあってはいけないんだ」
 聞かされて嫌になるだろう言葉を、嫌われたくは無いと思う相手に言うのは。
「きみの生命は、きみの夢と未来のためにある。私のような空っぽの人間のために使わないでくれ。……頼む」
 それでも、言った。言うべきだと思った。さて、怒られるか、拒絶されるか、失望されるか。それでも……嘘はつけなかった。彼にも、己にも。
「……君が。空っぽというのが、俺にはどうもしっくり来ない。空っぽの人間は、そんな顔をしないと思うが。……あの時俺を助けてくれた時だって」
 やがて、静かに彼は言った。
「感情は、あるよ。でも……私には無いんだ。私自身の望みとか、生きる意味なんかが」
「……誰かの力になりたいって事だって、望みの形じゃないかな。君が生活のために必要な以上に依頼を受け続けることだって、」
「ただ時間をもて余すのが嫌なんだよ。何かしようとか何かを残そうとか……そんなのじゃない」
 何かを為すのはそこに願いや意志を抱いた人たちだ。自分は一時それを寄る辺にさせてもらってどうにか外側を保ってきただけ。だから中身は、空っぽのまま。
 それを伝えると彼は暫く沈黙して。
「……。でも、役者が居るだけじゃ、舞台の幕は上がらないんだ」
 それでも、再び話し始める。予測したどれでもない話を。
「大道具。舞台装置を動かす人。セットを整えてくれる人。音響。見えない場所で尽くしてくれる人が沢山いて、俺の夢はそれに支えられてやっと叶うもので、いつもそれを感じてきた、から」
 まるで見当違いの方向に飛んでいったようなそれを、だから無視できない。何が言いたい?
「だから、観客には俺たちしか見えていなくても。その声は、称賛は、彼らにも届いてほしいと思う。届かせて……受け取って、欲しいと。影に居るそうした人たちを取るに足らない、と思ったら、俺は終わりだ」
「……きみはやっぱり、死ぬべきじゃないよ」
「死のうとして死ぬ気は金輪際ないさ。……俺が言いたいのはだから。君が誰かの命を助けて、あるいは手助けをして叶えられた夢が、想いがあるなら、そのいくらかは君に還るべきだと俺は思うし、還ってる、筈だ」
 そんなことは無い、と、言おうとして、何故か声になる前に詰まった。でも──だって。私は。望んでない。何かを求めて、そうしてきたわけじゃない。だから。
「還ってるよ」
 確信に満ちた声で、彼はもう一度言った。
 そうして突き刺さっていくのは……彼の言葉では、無かった。
 これまでの依頼。それまでに受け取った感謝の言葉。それから。
 友人たち。明るい報告に。ふとこぼした愚痴に。何気なく、惜しみなく、重ねられていった言葉。
 ……どうして。
 壊れた、器に。
 何を、何度、注ごうが。
 何も、残るはずが、無いのに。
 何度もそう言って見せたのに、それでも。それを教えてもなお、どうして君たちは、そうしてまた。
「──君が空っぽだとは、俺には思えない」
 そんなの。
「だから『難しいんじゃないかな』って言ったんだ。黙って死なせてくれと言うには、君は多分色々な人に与えすぎた。庇われるのが嫌なら、そういう人たちの前でなるべく死にかけないようにするしか、無いんじゃないか」
 そんなのは──辛いよ。希望を語るみたいな声で絶望的なことを言わないでくれ。
 愕然とする真に次に聞こえてきたのは、ふぁ、という呑気な欠伸だった。
「すまん。なんだか急にやたらと眠い」
「……え」
 ちょっと待てと思いながら、真はさっきの自分を思い出していた。よくよく考えたらあの精神状態から眠りこけたというのは中々に大概じゃないだろうか。やはりそういう事なのか。同じ治療を彼が受けたなら。
 でもやっぱりちょっと待て。ここで寝落ちで終了!?
「まあ大半屁理屈だからあまり気にするな。要は俺にとって君は大事な友人で、死なせるのはどうしても目覚め悪いよって言って君が納得してくれるならそれで済む話だ」
 最後にそんなことだけ言い残して。
 それっきり、彼は反応しなくなった。
 取り残された気持ちで、真は天井を見上げる。どうすればいいのか──ああそう言えば、目を覚ましたらハンターオフィスに行こうと思っていたっけ。思い出してもなんだか暫くそんな気になれなくて。
 心の在処が分からないまま、真はそうしてしばらく、診療所の天井を見つめていた。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5819/鞍馬 真/男性/22/闘狩人(エンフォーサー)】
【kz0243/伊佐美 透/男性/27/闘狩人(エンフォーサー)】(NPC)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注有難うございます。
好きなようにと言われたのでこの際だから一度NPCが言いたかったこと全部言わせてやろうかと思いました。
まあifなので全部無かったことになりますね。微妙に口惜しいのですがしかし本編でNPCがこんだけ喋れる字数なんてどう考えても捻りだせないためやはりここで言うしかないと思いました。あれです。供養。
ifという事で大分勝手に解釈させてもらいましたが、その上でこれらの言葉をどう受け止めるかは勝手に決められなかったのでそこはぼかしました。実際どうなんでしょうね。
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凪池 シリル クリエイターズルームへ
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2018年06月22日

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