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『複雑だけど、まぁいいか。 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 初めて遇った時は、少し驚いたものだった。

 まず殆ど反射的に思ったのは、可愛い、と言う事――それは、今目の当たりにしているこの相手を通して、己の同族にして魔法の弟子、同時に可愛い可愛い妹のようなものであるファルス・ティレイラの姿――を思わず見てしまっていたからだった、と思う。

 別世界よりこの世界に訪れた紫の翼を持つ竜族、であるシリューナ・リュクテイアは、この「彼女」を初めて見た時に抱いた自分の感覚をそう分析する。とは言えまぁ、何だかんだでもっと確り知り合ってみれば、この「彼女個人」も充分魅力的とわかっても来たのだが。

 …要するに、この「彼女」の見た目はティレイラに良く似ているのである。
 背格好も大差無い。

 ただそれでも勿論、違いはある。
「彼女」の自称は紫の翼を持つ竜族では無く異世界の魔族。但し本性が自称の通りかどうかはシリューナであっても読み切れない為、正体不明と言うのが正しくはある。そしてその身に重ねた時間は少なくともティレイラとは比較にならない程長い事は――少し言葉を交わせば、その所作を見ればすぐにわかって来る。その落ち着きや貫禄、経験と知識量はどう隠したとしても滲み出る――と言っても、別に隠している訳でも無いのだろうが。
 姿がティレイラと似ていると言うのは、あくまでただの偶然と思われる。初めて遇った時、ちょっとした話の取っ掛かりにはなったかもしれないが、それ以上の何かは、まず無いと見ていい。

 …とは言え、「趣味」、が同じである。
「趣味」に対する向き合い方もまた、殆ど同じ。

 その時点で、色々と「大人げないその手の悪巧み」を仕掛けて来る事は良くある――自称魔族だけあってか、やり方が相当に偏執的だったりする場合もある。勿論シリューナもやられっぱなしではなく、逆に「彼女」に仕掛けてみる事も多々ある。素敵だと思う「モノ」を見せ合ったり自慢し合ったり紹介し合ったりする事もある。似ていると言う当人、ティレイラを巻き込む事も普通にある。…そんなこんなでこの「彼女」は、師弟揃ってそれなりの付き合いを重ねている御馴染みの相手でもある。

 …つまり「彼女」は、類は友を呼んだ結果と思しき、シリューナの同行の士なのである。

 そして本日。
 そんな同行の士な「彼女」が――シリューナの営む魔法薬屋に、ちょっとした魔法道具を持って訪れた。











「何ですかこれ?」

 その魔法道具の見た目は、人一人入りそうな大きさの、銀色の球体である。
「彼女」が説明をするより前に、魔法薬屋に偶然居合わせていたティレイラの方がまず興味津々で――その球体を矯めつ眇めつじーっと眺めている。
 ふと、球体の中身の銀色が動いたような――たぷん、と揺れたような気がした。
 その時点で、ティレイラは、わっ、と軽く驚く。

「い、今中身が動きましたよねこれ??」
「それはそうでしょう。中身は液体だもの」

 入っているのは、銀色の魔法液。
 …いや、正確にはこの球体自体が、器としての物質では無く、球体で完結している一つの空間になる為――銀色の魔法液そのものが球状に纏まっているような状態とも言えるのだが。
 曰く、この球状の魔法道具を使うと、何でも自分の好きなものを封印してこの銀色の魔法液の色と質感を思わせる美しいオブジェにする事が出来るのだと言う話。聞いたティレイラは、へー、これもそういう魔法道具なんですねー、と感心。するが――直後にいやちょっと待った、と反射的に警戒心が沸き起こる。…この流れは、自分が「コレ」でオブジェにされる気しかしない。お誂え向きに人一人入りそうなそんな大きさだし――と、思っている間に「彼女」はティレイラを置いてシリューナだけを連れ、和気藹々と奥の部屋へと入って行く。

 …今、使い方詳しく説明するとか何とか言っていたような。

 奥の部屋へと姿を消す直前に聞こえた気がしたその遣り取りに、置いて行かれたティレイラはぎょっとする――が、肝心の魔法道具は今ティレイラの目の前に無防備に残されている。その事実に、ティレイラは暫し思案。…このままでは自分がこの魔法道具でオブジェにされる→でもあの「彼女」もお姉さまも今は席を外していて、魔法道具だけは残されている→今の内にこの魔法道具を何とかすれば、オブジェ化は免れられるかも――いや逆に既に何か仕掛けられていて、下手に触ったらその時点でどうにかなっちゃうかも、とも同時に思い付き、悩む。
 が、どちらにしても二人が戻って来ればまず確実に自分がこれを使ってオブジェにされる。ならば可能性があるのは――前者しかない!
 ティレイラはそう心に決めると、今の内にこの魔法道具を何とかする為――慎重に慎重を重ねて魔法道具に対峙する。どうやってこの魔法道具の仕様を調べようか、魔力を通しても大丈夫か、オブジェ化の餌食にされない方法は何か無いか――…

 と、かなり気合いを入れて、この魔法道具の観察と調査を始めてみた。











 面白いものを手に入れたから、あなたにも見せたくて持って来た。詳しい使い方はこれから説明するから――と、示すようにして思わせぶりにティレイラを流し見る。それから、「彼女」はこの場から離れる事をシリューナにそれとなく促した。
 シリューナもすぐ「彼女」の意図に気付き、いそいそと「彼女」に従う。趣味人たる身にしてみれば勿論、否やは無い。ここは魔法薬屋、即ちシリューナの城な訳で――まず自分が奥の部屋へと向かい、「彼女」を招き入れる形になる。

 …そして、奥の部屋にて。

「彼女」は店表にて見せていた魔法道具と全く同じ球体を、その場で作り出して見せていた。
 曰く、これは店表の魔法道具を反転させた同空間――同じものになるのだと言う。発動及び操作はこちらで行うのだとかで、事実、球体の向こう側の様子もある程度認識出来た。…一人残されたティレイラが何やら真剣な貌で魔法道具に相対している。なかなかに慎重に事を運ぼうとしている姿を見、魔法の師匠として頼もしくも微笑ましく思いはするが――今の場合は同時に悪戯心がむくむくと湧き上がってしまう。

 …そこを見計らったようにして、「彼女」から魔法道具の発動方法が伝えられた。
 するなら今、とばかりのタイミングで、唆されるようにして――…

 …――シリューナは、魔法道具を発動した。











「彼女」の思惑としては、まずここが肝だった。

 シリューナ手ずから、この魔法道具を発動させる。
 その銀色の魔法液の中に入れたものを封印して美しい銀のオブジェに変えてしまう、と言うシンプルなものがこの魔法道具本来の効果である。が、今回の場合は「彼女」の方で少々細工が施してあった。

 …魔力を籠めて魔法道具を発動させた当人も、魔法液の中に引き摺り込んでしまうように。

 要するに、シリューナを一緒に巻き込んでしまいたかったのだ。同じ「趣味」を持つ身ならわかるだろうが、このシリューナもまた、素晴らしい造形美を持つ、オブジェ化させて愛でるに相応しい相手でもある。が、このシリューナの場合、どうしてもガードが固い。隙が衝けるとすれば、シリューナの一番のお気に入り――を「趣味の形で」愛でる機会が得られる時くらいしかまず無い。

 つまり、今。
 ティレイラをオブジェ化させる為の、魔法道具の発動――のような機会くらい。
 そして思惑通り、シリューナは気持ちいいくらいにあっさりと「彼女」の思惑通りになってくれた。発動と同時にシリューナの艶姿がするりと球状の空間に吸い込まれるのを見――やった、とばかりに「彼女」は一気に昂揚する。喜びと同時に、湧き上がって来る後ろめたさ。…そう、今は思惑通りに行っても、それが最後まで通る訳が無い。何と言っても相手はシリューナである。後でバレてしまう可能性が――そしてバレたら逆襲されてしまう可能性が著しく高い。それでもやってしまうのが――趣味人たる身の性である。いやむしろ、それをこそ期待してしまっていると言う倒錯的かつ被虐的な面もあったかもしれない。

 …逆襲されたら、自分はどうされてしまうのだろう、と「彼女」は想像する。
 今、魔法道具の――銀色の魔法液の中でオブジェ化真っ最中のシリューナ、と勿論ティレイラ。シリューナが魔法道具を発動した段階で店表側の魔法道具も勿論発動、問答無用でティレイラの方も魔法液の中に取り込まれている――じたばたと足掻く姿も健気で可愛らしく、封印されてゆっくり固まっていく姿を見るのも勿論昂りはする。するが――もしそれが自分の身に降り掛かったら、と考えたら、その方がより興奮する気がしてならなくもなっている。
 シリューナの方は、ティレイラのように無暗に足掻くような真似はしない。封印魔法から逃れるのが無理だと判じたら、せめて美しい造形で固まらなければ恥の上塗りだとばかりに、自分から美しい姿を保つように努めている。魔法液の中でそうしているシリューナの鋭い視線とばっちり目が合ったような気がして、「彼女」の背がぞくりと粟立った。恐怖か官能かその両方か――とにかく、これは想像通りになるな、と「彼女」は震えながらも覚悟する。

 …この後で、自分はどんな姿にされてしまうのだろう。
 審美眼確かなシリューナの事だから、その手に掛かれば自分自身でも想像出来ない程の――この身の美しさが最も際立つ造形美のオブジェにされてしまうのでは無いか。今まで手元に集めて愛でて来たありとあらゆる魔法の装飾品や美術品よりも、ずっとずっと素晴らしい最高の作品に仕上げてくれるのでは無いか。
 そしてそんな「最高の作品」になった自分が、このシリューナに思う存分愛でられてしまうのでは。

 そんな素敵な妄想が、何度も何度も頭の中でぐるぐると廻ってしまう。

 …勿論その前に、これから出来上がろうとしている二人の造形を愉しむ方が先、ではあるのだけれど。でも!
 今の時点でそんな「最高の作品」になるだろう「わたし」を「わたし自身」が愉しめないのが悔しい、とさえ妄想してしまう辺り、重症である。











「…遠慮する事なんか無いのよ。あなたも思う存分堪能しなさいな、ティレ」

 くす、と意地悪そうに含み笑ってティレイラを促すシリューナの姿。その手は既に、銀色に煌くオブジェと化したティレイラ――もといティレイラによく似た「彼女」――の表面の金属的な質感を、思う存分堪能している。
 時が経ち、封印に使われていた魔力が薄らいだ事で二人が封印状態から元に戻って後。「悪巧み」を仕掛けて来た「彼女」は――自身の妄想通りに、シリューナに逆襲されていた。

 つまり今はもう、シリューナにとっては――いつものように「魔法で制作したオブジェ」の鑑賞中。
 但し、今の場合は相手がティレイラを素材としたオブジェ――では無い為、ティレイラを相手にする時よりはまだ理性が残っている。つまり、相手への意趣返しと言う感覚の方が、強い。
 だからこそ、ティレイラにも同じく「意趣返し」を勧める余裕もある。

 勧められたティレイラの方でも、そうしちゃいましょうかね! と頬を膨らませて精一杯の怒りを表現しつつシリューナに同意する。本心の方では少々躊躇いを覚えつつではあるが、言われた通りに鑑賞しちゃおっかな、と言う気にもなって来た。
 元々この「彼女」、自分と容姿が似ていると言う事で親近感を、そしてそんな容姿である上に経た年月分だけの知識や落ち着きを見せてくれる為に尊敬している相手ではあるのだが――それでも、今日された事については少々頂けない。

「彼女」からのこのくらいの悪戯、今に始まった事では無い、と言えばその通りなのだが――それでも黙ってされっぱなしになって良し、と言う訳では絶対に、無い。
 いつの間にか巻き込まれていたとなれば、怒って然るべきである。それはティレイラもシリューナの薫陶で趣味人の端くれではあるから気持ちはわからないでもないが――それはそれ、これはこれである。

 だから――私も仕返しです! とばかりにティレイラの方でも「彼女」を素材にしたオブジェの鑑賞を開始した。金属質な素材感を直に触れて感じつつ、目にもあやな輝きを堪能しようとするが――どうも、落ち着かない。
 それはこの相手が――自分と良く似た容姿であるからかもしれない。

 …ちょっと複雑だけど、まぁ、いいか。

【了】



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3785/シリューナ・リュクテイア/女/212歳/魔法薬屋】
【3733/ファルス・ティレイラ/女/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 紫の翼を持つ竜族な御二人にはいつもお世話になっております。
 今回も発注有難う御座いました。
 そして最早毎度の如くになってしまっているのですが(汗)、またもお渡しが遅くなってしまっております。大変お待たせ致しました。
 お待たせしている間に大坂の方で強い地震がありましたが、もし何らかの被害に遭われていたとしたなら御見舞い申し上げます。影響の無い地域にお住まいでしたら見当違いの話ではありますが、こういった場では何処の何方なのかがわからないものなので、一応まで。

 内容についてですが、こんな形になりました。魔法道具についての理解がズレていないか若干不安だったりもしますが…人一人入るくらいの球状、と言う事にしてあります。
 また、お任せ頂いた全体の纏めについては…これまでお預かりしたノベルを踏まえて御二人ならこうなりそうかと思えた事、そして同時にこれまでの御約束(?)とはちょっと逸れた感じにもしてみたのですが…。

 如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、またの機会が頂ける時がありましたら、その時は。

 深海残月 拝
東京怪談ノベル(パーティ) -
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東京怪談
2018年06月25日

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