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『意味 』
九重 依aa3237hero002)&リオン クロフォードaa3237hero001)&藤咲 仁菜aa3237
 落ち着いたか。
 思わず音に落とし込んでしまいかけてあわてて口をつぐみ、九重 依は細く絞ったため息を吹いた。
 目の前には白いばかりの無機質なベッドがあって、藤咲 仁菜が横たえられている。掛け布団にぐしゃぐしゃと皺が刻まれているのは、ほんの数十秒前まで彼女が体を引き攣らせ、のけぞらせ、のたうち回っていたせいだ。
 BS区分「減退」……敵の呪詛で生命が蝕まれたことによる継続ダメージ。言葉にすればそれだけのものなのに。
 じゃあどうして仁菜はこんなに苦しみ続けることになった?
 わかりきった話だろう。
 全部、俺のせいだ。

 ――元の世界で依を“忌み子”たらしめていた力は、そのほとんどが失われている。代償に得たものこそがシャドウルーカーとしての力。
 戦士の誇りだの傭兵の仁義だの、余計なものにこだわる奴から死んでいくのだと、戦場でいやというほど学んできたからこそ、生き延びるためにはなんでもしてきた。その依に影の業(わざ)が与えられたことは、ある意味で当然だとも思う。
 しかし、仁菜はちがう。
 誰かを護るために敵の眼前へ立ちはだかり、どれほど傷ついても揺らぐことなく戦い抜くのだ。
 共鳴していた依は知っている。仁菜がずっと心の奥底で痛い、苦しい、辛い。弱々しく繰り返していることを。
 それをして仁菜を立たせ、踏み出させるものは、自分以外の誰かが死ぬことへの恐怖に他ならない。護れなかった“両親”という過去と、護らなければならない“妹”、さらには“仲間”という未来とに押し挟まれ、今このときを急き立てられて駆け続ける兎……それこそが仁菜の本質なのだから。
『私よりも他の人を急いでお願い』
 愚神の呪詛を突き立てられた仁菜は、青ざめた顔をほんの少し歪めてバトルメディックへ告げた。
 結果、誰ひとり損なうことなく戦いを終えることができ、帰路で倒れた仁菜は何時間も苦しみ続ける代償を負うこととなったのだ。
 俺は恐怖が仁菜をどれほど駆り立てるかを知っていたはずなのに。まっすぐ敵へ向かった仁菜に、業を合わせきれなかった。生き汚いばかりの俺は、仁菜が命と心を預けられる存在じゃないから――

「なんだよ、暗い顔して」
 依を思いの底から引きずり上げた声は、仁菜のもうひとりの契約英雄、リオン クロフォードのものだった。
 振り向けば病室のドアがあって、依は自分が外へ出てきてしまっていたことに気づく。仁菜の近くにいるべきではないと、無意識のまま。
「ああ……仁菜がやっと眠ってくれたからな」
 自分の弱気をごまかしたくて、努めて言葉を平らかに紡ぎ出した。
 英雄の力を体へ馴染ませることを目的に、リオンとは修行という名目で結構な時間を共にしている。刃を交わす内で互いに挙動を読み合い、互いの手を受け合って心中に喜怒哀楽を沸き立たせ、それすらもまた読み合って……下手な友人よりも通い合ってしまった仲だからこそ、悟られたくなかった。
「明日には動けるようになるだろうってさ。こういうとき生命適正は強いよなー」
 なんでもない顔と声で言うリオンだが、逆にそのなんでもなさが依に知らせてしまう。リオンが依を気づかっていると。
「リオンに詰め寄られるんじゃないかと思ったんだけどな」
 リオンがどれほど仁菜を大切にしているか、依は知っている。当然、重傷を負わせた依を責めるだろうと思っていたのだが……
「え? だってニーナが無茶したんだろ」
 仁菜の有り様を知り尽くしているからこその泰然か。
 依は胸を塞ぐ薄暗い感情にとまどう。もしかして俺は、嫉妬してるのか? 仁菜があんなことになっても動じず信じ続けられるリオンに。
「無茶は、確かにそうかもしれない。仲間をカバーして敵のまっただ中に飛び込んだんだ。潜伏して横へ回り込むはずだったのに」
 苛立つままに仁菜の判断ミスを言い募る。そうあることしかできない仁菜をフォローできなかった自分をなじって欲しくて。
 しかし。リオンはうなずき、依の肩に触れ。
「ニーナはさ、そういう奴だから。付き合わされたヨリが無事でよかったよ」
 依はリオンの手から我が身を引き剥がした。リオン、おまえが仁菜のいつも言う『王子様』なのは充分に思い知ってる。でも今の俺には、おまえの公平さも優しさも、ただ辛いだけなんだよ。
 って、なんだよこの自分勝手は。依はかぶりを振って自己嫌悪を追い払い、口の端に皮肉を閃かせた。
「なんで仁菜はリオンと行かなかったんだろうな」
 そもそもリオンと共鳴していれば、仁菜は重傷を負うことはなかったはずだ。装備を含めた硬さに加え、回復スキルをも備えているのだから。
 なのにどうして仁菜は……?
「そんなの決まってるだろ」
 なに?
 依がうつむけていた顔を上げれば、待ち受けていたのはリオンの強い光を湛えた橙瞳。
「ヨリといっしょじゃなきゃできないことがあったからだ」
 はっ! 依は自嘲を吐き捨てる。俺とじゃなきゃできないことだって?
「仁菜は敵刃にまっすぐ突っ込んだ。リオンと共鳴してたってできる――リオンとのほうがうまく対処できたはずのことをそのままやらかしたんだよ。俺じゃなきゃできないことなんて」
 リオンが笑んでいた。たまらない苦みを噛み締めるような表情が意味するものは、悔い。
「俺には大事なものがあった。それがなにかも憶えてないけど、確かにあったんだ。でも、守れなかった。俺は……ニーナも、間に合わなかったんだよ」
 仁菜の両親が従魔に殺されたことはもう聞いている。リオンはこれまで依に自らの傷を語ることはなかったが、仁菜との誓約『どんな状況でも守ることをあきらめない』の背景には、ふたりの忘れえぬ喪失と、ゆえにこその決意があったわけだ。しかし。
「後悔、してるのか?」
 それでも訊かずにいられなかった。
 多分俺は、同じ場所に引きずり落としたいんだろう。リオンと仁菜を、俺がいるどん底まで。――ガキかよ。いやむしろ中途半端にガキじゃなくなっちまった分、自分の小ずるさが鼻について嫌になる。
 果たしてリオンは厳しい顔を依へ向けた。
 今度こそ詰め寄られるか。殴られるくらいはしかたあるまい。依は体に力を込めた。そうさせるのが自分である以上、脱力してダメージを流すことなく、全力で受け止めるのがせめてもの礼儀だろうから。
「……後悔は、してるんだろうな。後悔するべきものを憶えてないってことに」
 リオンは厳しい顔のまま、空の右手を見下ろした。
「だから俺は、後悔を踏み越えていこうとしてるニーナを守りたい。ニーナがもう二度と大切なものを失くしてしまわないように。俺が俺だってことを、もう二度と見失わないように。負った傷を癒やすこの力は、それでも前に進むためのものだって思うから」
 右手を握り締める。
 握り込まれた思いはリオンの小柄な体に限りない“重さ”をもたらした。
 その揺るぎなさこそが、リオンなのだ。
 そうか。おまえには「もう二度と」って思いがあるから揺らがないんだな。
 依の口の端が皮肉に歪んで。
「……俺は忌み子だ。ただ生きるためだけに戦い続けて、誰の手を取ることもないまま独りで死んだ。そんな俺に、間に合わなかった後悔なんてあるはずがない」
 だから、おまえと仁菜の誓いは理解できない。
 俺がここにいる意味も、わからない。
「ニーナを間に合わせたのはヨリだよ」
 意外すぎるリオンの言葉に、疑問すら浮かべることかなわず立ち尽くす依。
「ヨリだから間に合った」
 どういうことだ? 依が疑問を発するより早くリオンは繰り返し。
「俺じゃ飛び込む前に仲間を傷つけられてた。もしかしたら大変なことになってたかもしれない。でも、シャドウルーカーの反応速度と脚があったからニーナのカバーは届いたんだ。そうだろ?」
 俺が仁菜を間に合わせた?
 でも仁菜は、俺のせいで深手を負ったんだ。
「もっとやりようがあった。俺がもっとシャドウルーカーらしいやりかたを理解できてたら、もっと安全でもっと確実な」
 と。リオンが左に佩いた剣を抜き打ち、切っ先を依へ突き込んだ。
 不意を突かれた依は顔をひねって切っ先を避けると同時、踏み出した足が地へ着く前に拳を突き出す。
 通常であれば地を踏みつけた反動を使って拳を振り出すところを、あえて拳を先行させておいて、相手に当たる直前で踏みつける――敵にインパクトの瞬間を悟らせず、さらには打ち込むために必要となる“間”を短縮するための打撃方法だ。
「――っぶないな」
 首をすくめて額で依の拳を受けたリオンがひゅっ、すぼめた唇から息を吐いた。
「危ないのはおまえのほうだ。なにを考えてる?」
 ばつの悪い顔で拳を引き戻す依。殴られる覚悟はしていたが、斬られる覚悟まではしていなかった。いや、単に不意討ちされて自動的に反応しただけのことなのだが。
 一方、リオンはなにくわぬ顔で剣を鞘へ収め。
「依に依のこと、少しでも教えてやろうって思っただけだよ」
「意味がわからない」
「今の反撃って、シャドウルーカー“らしい”、“もっと”だったのか?」
 いきなり突きつけられて、依は思わず考え込んでしまった。
 俺はなにも考えずに、ただ反応して打ち返しただけだ。戦場で体に染みこませた、ガードが硬い奴への対処、それをそのままに。いや、それでもシャドウルーカーらしくないのかって言えば、らしいのかもしれない。敵の虚を突くのがシャドウルーカーなんだろう? だったら今のだって……
「俺だっていっつも思うよ。もっとうまくできたらって。でも、バトルメディックなんだからこうしなくちゃとか、こうならなくちゃとか、考えない」
「バトルメディックになった理由はどこへ行ったんだよ?」
 依の意地の悪い質問にも動じる様子なく、リオンは笑みを返してきた。
「俺はリオン クロフォードだから。もっとリオン クロフォードとしてリオン クロフォードを突き抜かなきゃいけない。藤咲 仁菜がなりたいって願う“誰かを護る盾”は、ニーナと俺の「護る」って思いが作るものなんだって、そう思うから。俺がこだわるのはニーナの意志だし、俺の意志だ」
 バトルメディックだからじゃなく、エージェントだからじゃなく、仁菜とリオンの思いが重なればこそ、あれだけの強くしなやかな盾は成る。
 思い、か。俺は、仁菜と重ねられるような思いなんて持ってるのか?
 立ち尽くしながら自問を噛み締める依の胸を、リオンは軽く叩き。
「ヨリはさ、シャドウルーカーになりたいのか?」
 俺がなりたいもの? シャドウルーカーは、この体に宿った力だ。自分が望んで得たものではなく、そもそも力なんてものは手段であって目的にはなりえない。
「いや、シャドウルーカーになりたいわけじゃない。そうなった意味を知りたいとは思うけどな」
「ヨリがシャドウルーカーで、この世界に来た意味は、ニーナがそう望んだからだよ」
 リオンはあっさりと言い切って。
「ヨリはさ、シャドウルーカーじゃなくて九重 依なんだ。ニーナとヨリが重ねた思いの向こうになるべき姿がある。そうでなくちゃ、ニーナに応えて来た意味、ないだろ」
 俺がここへ来た意味。それが仁菜に応えてきただけじゃなく、なるべき自分になるためなんだとしたら……
 結局は“もっと”と“らしく”ってことか。
 もっとシャドウルーカーらしくじゃなく、もっと俺らしく、俺を突き通す。
「俺らしさってやつが仁菜の願いを叶えるなら、それはそれでいいのかもな」
 思わず口を突いて出た依の言葉に、リオンは言葉を返すことなくただ笑んだ。


 翌日。
 病室のベッドで目を醒ました仁菜は、ベッドの横に並んだ依とリオンの顔を見上げてひと言。
「おなかすいた」
 リオンは盛大にため息をついてみせ、仁菜の額に握りこぶしをあてがってぐりぐり。
「ニーナのせいでヨリが大変だったろ!? もうちょっとパートナーのこと考えろよ!」
「あああああいたいいいいい! せっかく回復した生命力減っちゃううううう! だって危ないって思ったらもう足止まんなかったんだもん! でも依だって私のこと止めなかったんだから気持ちはいっしょだったよね!?」
 涙目を向けてきた仁菜に、かぶりを振った依はきっぱり言い返した。
「いや、俺はなにしてくれてんだと思ったけどな。唖然としてる間にもうやられてたし」
「えー、私依に裏切られた!?」
「むしろ裏切ったのはニーナだろ! でもまあ、仲間助けられたのはよかったよ」
「うん! 私もそう思うからほめてえええええいたいいたいっ! ぐりぐりやめてってばぁ!」
「無茶するんならヨリに相談してからにしろ! ニーナは独りで戦ってるんじゃないんだからな!」
「ごめんなさいってばー!」
「あやまるのは俺にじゃなくてヨリにだろー!?」
 リオンと仁菜のほほえましい様を見やり、依はかすかに口の端を吊り上げた。
 あれだけ仁菜らしさがどうのと語っておきながら、説教はする。二律背反のような気がしてならないわけだが、これはこれでふたりの関係性、そのバランスを保つための儀式なのだろう。だからあえてツッコミは入れないことにした。
 ――仁菜はあれほどまでに仁菜であることを貫いている。たとえどれほどの傷を負ったとしても、仁菜が仁菜らしさを捨てることはありえまい。
 そしてその仁菜らしさを支えるのはリオンだ。仁菜が誰かを護る盾となることを願ったからこそ、今度こそ失わないことを誓った盾なるリオンが顕われた。
 ならば自分はどうだ?
 今度こそ間に合うがため、依という存在が顕われたのだとしたら……迷うよりも先に、仁菜の足になって走るだけだ。
 さて。そこまでは定まった。次はシャドウルーカーではなく、九重 依として藤咲 仁菜になにができるのか、なにをするべきなのかを考えなければ。
「俺からもひとつだけ言っておくことがある」
 じゃれあう(?)ふたりに依が言葉を割り込ませれば、仁菜は寝たまま背を伸ばし、なぜかリオンも姿勢を正した。
「仁菜と俺の間でセオリーを作っておくべきだ。まっすぐ駆け込むにしても、そこで一手打てれば結果は大きく変わる」
 もちろん簡単な話ではないが、しかし。
「間に合わせるだけじゃなくて間に合わせ続けたいなら、いちいち倒れてる暇なんかないんだからな」
「――うん!」
 強くうなずく仁菜。
 その横で、リオンもまたうなずいている。
 ふたりは本当に仲がいい。間に割り込めるとは思わないし、割り込むつもりも毛頭ないが、それでも自分がここに来た意味はきっと仁菜の内にあって、リオンのそばにある。
 今はそう信じて探すさ。俺が俺である意味をここで……おまえたちと。
 依は仁菜とリオン、ふたりの思いを織り込みながら式を組み立てる。
 もたらされるものが正解とは限らない。そうわかっていながらも、三者によって導き出されたものこそが最適解になると信じて。
 俺たちはもっと俺たちらしくなって、俺たちであることを突き抜くんだ。
 そうじゃなきゃ意味がない。仁菜の願いを映した俺とリオンも、俺とリオンが思いを託した仁菜も。
 だから。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【九重 依(aa3237hero002) / 男性 / 17歳 / 私はあなたの翼】
【リオン クロフォード(aa3237hero001) / 男性 / 14歳 / 未明の夜に歩み止めず】
【藤咲 仁菜(aa3237) / 女性 / 14歳 / 我ら闇濃き刻を越え】
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2018年06月27日

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