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『また夏が始まる 』
矢野 古代jb1679)&華桜りりかjb6883

 二〇一七年――から、かれこれ流れた月日は十年は超えただろうか?
 今年も夏がやって来た。とはいえまだ本番ではなく、夏の足音……という気配であるが。
 しかしながら、久遠ヶ原学園は十年経っても変わらない。久遠ヶ原島の風景こそ少しは変われど、根本的で混沌的な雰囲気は、“あの頃”からちっとも変っていなかった。

「あっづぅぅぅ……」
 本格的な夏はまだ――とはいえ、その日は真夏のように暑かった。特に湿度がヤバかった。矢野 古代(jb1679)は脱いだジャケットを小脇に抱え、シャツも袖を折り、襟を開けていた。ジメジメしていて汗が乾かない、今こんなに暑いなら真夏は四〇度超えちゃうんじゃない? とすら思ってしまう。
 四九歳、厄年だけど、古代はボチボチ生きていた。今でも交渉屋として活動している。今日は学園にある拠点掃除の為に、久遠ヶ原島に訪れていたのだ。午前から始めた掃除が終わってひと段落したのが今の時間、すなわち夕方過ぎ。
(しまった、シャワーでも浴びておくべきだったか……)
 加齢臭を気にしたいお年頃なのだが、まあ、今日会う予定の者は長い付き合いだ。そろそろ集合時間だし、ご勘弁願おうか。などと思いつつ、携帯電話を取り出す。“彼女”からメッセージが届いたのは間もなくだった。ああ――彼女は彼女でも、恋人という意味ではなく、Sheの方の彼女だ。女性の友達、文字通りのガールフレンド。ん、ちょっと違う? まあいいか。
 とかく、届いたメッセージは以下の通りだった。
『お手伝い終わり! 今どこ?(*´ω`*)』
 ので、古代はこう返す。
『こっちも今、掃除が、終わりました。学園にいます。正門で、待ち合せますか?』
『おっけ!( `ー´)ノ お掃除お疲れ様!( ^^) _U~~』
『ありがとう。そっちも、お疲れ様です』
 しかしながら顔文字をよくもまあ使いこなせるものだ……と、毎度のことを思う。メッセージに既読が付いたのを確認してから、携帯電話をしまった古代は久遠ヶ原学園の正門へと歩き始めた。

 いやはや、それにしても、学園内の風景は本当に変わらない――世界各地、天界冥界、様々な人種とすれ違う。今は時間的に部活帰りの者が目立つ。ちょっと忙しそうにしている者は、これから任務なのだろうか。
 など、視線を巡らせて……まもなく見えてきた正門に据えると、彼女は居た。

 桜吹雪を散らした薄手の和服――頭から羽織るあれが“被衣(かづき)”という名前だと知ったのは彼女との付き合いが始まってからだ。その単衣の下の衣服は、カクテルドレスとチャイナドレスを合わせたような和洋折衷の装い。服装スタイルこそ大人っぽくなったものの、その装いは彼女、華桜りりか(jb6883)の代名詞である。

「あ、矢野さん」
 ピンクベージュグロスの唇が優雅に微笑む。学生時代はまさに少女であった彼女は、今は壮年のレディ。“可愛い”という言葉よりも“美しい”という言葉が似合うようになった。
「華桜さん、どうも久し振り……でもないかな」
 古代は会釈で上げた手で後頭部を掻く。りりかとは頻繁にメールなどでやり取りをしているし、久遠ヶ原島に来たらちょくちょく顔を合わせている。りりかは今、気まぐれ営業なチョコレート専門店を経営しつつも、学園の手伝いをしたりと自由気ままに暮らしているのだ。
「それじゃあ、行きましょうか……です」
 りりかが友人に向ける笑みは、昔から変わらない。ヒールの音を響かせながら歩き始める。

 今日は久し振りにお互い時間が取れたものだから、飲み会でも。そんな風な約束をしていた。
 久遠ヶ原の景色は、久し振りでもないのだけれど、いつ見ても「懐かしい」という気持ちが湧いてくるのはなぜだろう?
 多くの生徒や、学校関係者、島で商売をしている者、たくさんの人で賑わう大通り。日は大分と長くなってきて、まだまだ明るい。

「今日は暑かったの、です」
 目的地である店にのんびり向かいつつ、景色を眺めるりりかが言った。他愛もない世間話だ。りりかが手伝っていた依頼管理系の事務室では、クーラーをつけるか、まだ扇風機で頑張れるか、意見が混迷したという。
「あたしは、クーラー派に一票、入れておいたの……です」
 暑いのは大変なのです。りりかは溜息を吐く。
「だって暑いと、チョコレートが溶けちゃうの、です……」
 溶けたチョコレートは見た目が悪くなるし、風味も損なわれてしまう。チョコ党にとっては由々しき事態だ。「確かになぁ」と古代は相槌を打った。
「こっちも掃除してたけど、暑くて大変だった」
「お疲れ様なの、です」

 そんな感じで、雑踏の中で明日の記憶にも残らないような会話をしてまもなく。
 二人は小さなバーに到着する。ゆっくりのんびり、静かに過ごせる場所だ。

「「乾杯」」

 グラスが交わる音。古代はロックのバーボン、りりかはチョコレートリキュールにミルクとココナツリキュールを合わせたカクテルを。
「はふー……」
 チョコレートを摂取して、りりかは生き返るような表情を浮かべる。おつまみとしては、キャラメルナッツチョコレートや、チュロスのチョコレートソースがけを幸せそうに頬張っている。チョコを飲んでチョコを食べる徹底ぶり、初見ならばギョッとするかもしれないが、りりかのチョコ好きっぷりは古代には慣れたものだ。むしろりりかがチョコ以外を頼んでいると「何かあったのか? 話なら聴くぞ?」と聞いてしまうレベルである。
「チョコは幸せの味なの、です……」
 チョコレートを食べた後のこの幸せそうな顔は、何年経っても変わらない。古代は友人のそんな様子を穏やかに眺めつつ、タコと刻みワサビの和風マリネを頬張った。茹だるようなジメっぽい暑さに対し、体が喜ぶスッキリさだ。
「最近はどうだい」
「う……? 特にかわったことはないと思うけど……」
 チョコのプロは唇をチョコで汚さない。チュロスを切り分けつつ、りりかがブロッサムピンクの瞳を彼に向ける。
「あ……そういえば。お店を気ままにしか営業しないので、監修のお店を出すことになりました……です」
 そう言ってから、甘いチョコレートシロップをふんだんに絡めたチュロスを頬張る。「そうかい」と古代は答える。チョコを見ながら口の中がワサビ風味だと、なんだか脳味噌が混乱しそうだ――と思いつつ、りりかの「そっちは?」と促すような眼差しに、何とはなしにバーボンの水面を眺めつつ、古代は言葉を紡ぐ。
「こっちは……と言うよりは外は、か。ゆっくりと変わっては来たとは思う。何年経っても――覚醒者とそうでない人との溝は一〇〇パーセント埋まらないけれど、」
 かろん、と解けた氷が音を立てた。揺れる水面が、店内の控えめな照明を踊らせる。冷えたグラスの傍には、男のシワが刻まれた手がある。
「……八〇パーセントまでは埋まる為の材料を、用意でき始めた段階にはなったかなぁ、と」
 そんな近況報告だ。「まあ、まだまだ問題は山積みだがね」と苦笑したところで、魚介たっぷりのスパイシーなジャンバラヤが運ばれてくる。「華桜さんもどうだい」と勧めれば頷きが返って来たので、取り皿で取り分ける。お礼にりりかからキャラメルナッツチョコレートを分けて貰うが、これはデザートとして後で食べよう……。

 ……無言も気にならない間柄だ。
 しばらくジャンバラヤで空腹を満たして、お酒をおかわりしたりして。
 店内で点けっぱなしのテレビからは、控えめな音量でサッカーの試合が流れている。古代とりりか達の時代から変わったもので、覚醒者・天魔枠のスポーツ試合も大々的に催されるようになっていた。超人・人外達がその身体能力でサッカーをするのは、まさに超次元である。

「おー、頑張れニッポン」
 追加注文したカツオのタタキを頬張りつつ、古代が呟く。昔では考えられなかったような光景が、今では日常と化している――それはなんだか妙な心地だ。もちろん、古代の言うように問題はまだまだたくさんあるのだけれど。
「……、」
 りりかは、その“問題”を解決しようと四苦八苦東奔西走している男を見やる。
「さっきの矢野さんの話、だけれど……」
「ん?」
「自分にない力を持っているというのは、どうしてもこわいと思ってしまうものなの、です。それでも進んでいっているというのは嬉しいことなの……」
 お酒であったかくなった頬を緩めた。古代は少し照れ臭そうに、ちょっと口角をもたげるだけだった。「ああ、そういえば」とりりかが言葉を続ける。
「五年前のあの事件も、ちょうど今ぐらいの時期だったの、です」
「あ〜〜……クオンガハラカラス巨大化事件、だっけ。あれは大変だったな……」
 りりかに言われて古代も思い出す。彼女からメールで伝えられたことだ。りりかはよく、大小関わらず事件があれば彼にメールを送っているのである。
「ですです。集められたキラキラ光るものを綺麗にして、返しに行くお手伝いに呼ばれたけど……あれはとてもたいへんだったの……です」
 遠い目をして、りりかはチョコレートワッフルを頬張る。黒髪を耳に掻き上げる指先は、ストロベリーチョコの色をしたマットなネイルで飾られていた。りりかの年齢は三〇を超えているが、隅々にまで瑞々しいほどの美しさがある。
 綺麗になったもんだなぁ――と古代は改めて思う。りりかの少女時代を知るがゆえに、心境は娘の成長を見る父親のそれに最も近いのだが。
 と、今度はりりかの眼差しが古代にじっと向けられていることに、男は気付いた。よくよく見れば、りりかは古代の頭部辺りを見詰めている……?
「……毛根の撤退は見られない、です。いいことなの……です」
「え? あ〜。はは、日頃の行いが良かったからさ」
 九割がたを白髪に占領されてしまってはいるが。「あと二一年はいけるな」と古代は肩を揺らした。そんな風に何気なく、未来に想いを馳せるのだ――。



『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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矢野 古代(jb1679)/男/40歳/インフィルトレイター
華桜りりか(jb6883)/女/17歳/陰陽師
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エリュシオン
2018年06月28日

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