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『夏の夜の夢 』
リュンルース・アウインka1694)&ソレル・ユークレースka1693


 睫毛に温かな吐息が触れる。
 その感触に、リュンルース・アウイン(ka1694)は眠りから醒めた。そっと瞼を開ければ――

「っ!」

 端正な顔立ちが、鼻先が触れる程そばにある。驚き身を捩ろうとしたが、いつの間にか彼の逞しい腕にしっかりと腰をホールドされていた。

(昨夜は、確か……)

 寝る前のことを必死に思い出そうとする。なのに、どうやっても視界に入る彼――ソレル・ユークレース(ka1693)の寝顔や、布越しに伝わる体温が気になり上手くいかない。

(確か、依頼から帰ってエールを空けたソルが……とても機嫌が良くて……ええと、抱えられてベッドに入って……)

 よく思い出せないものの、とにかく現状把握出来ることは、彼を起こさずに腕から逃れる術はなさそうだということ。
 考えている間も、彼の寝息が頬を撫でる。見ればその寝顔は何とも心地よさそうで。
 ルースは観念して彼の首筋に顔を埋めた。そうしていると、頭から爪先までくまなく安心感で満たされる。

(……不思議。初めて会った時は、少しこわいとさえ思っていたのに……)

 次第に重くなってくる瞼。ルースの意識は、今は遥か――美しかった故郷の夢に揺蕩い始めた。






 友人と森へ出かけようとした時、通りの奥から快活な話し声が響いてきた。
 聞き覚えのない声。リュンルースは足を止め目を凝らす。
 声の主はすぐに分かった。談笑する郷の若者達の中にひとり、知らない青年が混じっているのだ。
 急に立ち止まった彼を友人が振り返る。

「どうしたの?」
「あれ、誰かな?」

 彼女は「ああ」と頷いた。

「傭兵ですって」
「傭兵? 何かあったの?」
「いいえ、別に。商人の護衛でもしてきたんじゃないかしら?」

 それから彼女は悪戯っぽく笑う。

「人間の男性もなかなかハンサムね」
「人間?」

 リュンルースは改めて青年を眺めた。
 距離があり、先が丸いという耳までは確認できない。けれど、彼が発する明るく力強い生気は、森に抱かれ静かに暮らすエルフ達とははっきりと違うように感じられた。

「あれが人間……」

 初めて目にする人間に見入っていると、ふいに彼がこちらを向いた。意志の強そうな双眸に捉えられ、慌てて俯いたものの、彼は大股で歩み寄って来る。

(あんまり見すぎてしまって、不躾だったよね……怒らせてしまったのかも)

 じっと地面に視線を落として待ち受けていると、彼女が庇ってくれるように前へ進み出た。にこやかに挨拶した彼女に対し、彼も機嫌の良さそうな声で応じる。

(良かった。怒ったわけじゃなかったみたい……)

 そんな風に思っていると、視界に頑丈そうなブーツの爪先が割り込んで来た。おずおず顔を上げると――

「ここへ来て初めてエルフを見たが、本当に綺麗なもんだなぁ」
「っ!」

 鼻筋の通った男らしい顔が間近で覗き込んでいて。リュンルースは思わず後退った。それでも彼は構わず話しかけてくる。

「ソレル・ユークレースだ。しばらくこの郷へ滞在させてもらうことになった、宜しくな」
「は、はあ……」

 距離が近い。声が大きい。筋肉質な体躯からは、戦うことを生業としている者ならではの圧を感じる。荒事が苦手なリュンルースは、彼の腰の長剣に気付き一歩後退った。
 そうと察してか、彼はさり気なく半身引いて得物を隠し、

「良ければ郷の中を案内しちゃくれないか?」

 先程話していた若者達だっているのに、何故かリュンルースに頼み込んでくる。若者達は遠くからこちらを見、笑いを噛み殺している風だった。
 どうしてだか分からないものの、笑われていることが無性に恥ずかしくて、怯えを隠し早口に告げる。

「あのっ、薬草を摘みに行かなきゃならないから……!」

 傍らの彼女を急かしその場から走り出す。
 すると、堪えきれず吹き出した若者達の笑い声が追いかけてきた。

「残念だったね、リュンルースは男だよ」
「え……!?」

 驚愕するソレルの声。そういうことだったのかと分かりますます居たたまれなくなる。リュンルースは息が切れるのも構わず駆け続け、森の中へ逃げ込んだ。


   ◇


 明けて翌日。
 リュンルースはあまり眠れないまま朝を迎えた。

(……彼、しばらくこの郷へ滞在するって言ってたよね。次会ったら、どんな顔をすればいいんだろう)

 小さな郷だ、家に篭ってでもいない限り頻繁に顔を合わせることになる。それを考えると少し憂鬱だった。
 郷の若者達がすんなり打ち解けていたのだから、悪い人間ではないと思うけれど。
 剣を携えているのも、そういう生業なのだから当然で。
 押しが強いのは……人間社会ではあれ位が普通なのかもしれない。
 そんな風に、苦手と感じた要素に自分の中で理由づけていき、彼への苦手意識を薄めようとした。

(……うん。大丈夫。それに、私が男だと分かったのだから、もう昨日みたいに距離を詰めて来ることもないだろうし)

 気持ちを整理し、干しておいた薬草を取り込むために扉を開けた。
 ――ようやく落ち着けたリュンルースの心は、早くも乱されることとなった。

「おはよう、早いな」

 薬草を笊に収めていると、ソレルが森の方からやって来たのだ。今日は弓を手にしている。

「お、おはよう」
「昨日は悪かったな、勘違いしちまって。気を悪くさせちまったよな」
「……別に」
「でも、それだけリュンルースが美人だってことであって……ん、美人はおかしいか? ともかく、顔が整ってるって思ったんであって、からかったりするつもりはなかったんだ」

 言葉を選びながら懸命に喋る姿に、

(やっぱり悪い人間ではないんだ、きっと)

 リュンルースは少し気を緩めた。するとソレルは背負っていた籠から無造作に何かを掴みだす。

「詫びって訳じゃないが……良かったら、これ」

 それは丸々とした野鳥"だったもの"だった。
 頭部を落とさないまま頸動脈を断ち、しっかり血抜きをしているあたり彼の技量の高さが伺える。が、リュンルースはもうそれどころではない。
 森の中の郷なので、獲物を解体するところなどは日常の中で目にするし、リュンルース自身も料理は得意なので捌くこともできる。
 けれど、まだ何者かよく分からない彼が――リュンルースの苦手な荒事を生業とする傭兵の青年が――獲物を仕留めた弓矢を携えたまま、まだ生々しいそれを差し出してくる様はなかなかに衝撃的で。
 そうとは知らず彼は続ける。

「あそこの家の子供が病気なんだってな。何か滋養のあるものをと頼まれて、朝イチで狩ってきたんだ。多く獲れたから、」
「――っ、ごめんなさい。折角だけど、これを届けないといけないからっ」

 彼の言葉を遮って、リュンルースはもう振り向かず走り出す。引き止める声が聞こえたけれど、今はもうその声すらこわくて。声が届かなくなっても、薬草を待つ友人の家に着くまで、足を緩めることはできなかった。


   ◇


 ソレルが郷に居着き三ヶ月が過ぎた。
 郷での彼の評判は、リュンルースの印象に反しすこぶる良かった。
 狩りだけでなく、手先も器用で大工仕事もこなせるのだ。井戸の囲いに家畜の柵、小鳥の餌場台など、彼が直したものは数知れない。
 そうやって仕事を請け負い、糧を得ながら、人間の青年はすっかりエルフの郷に馴染んでしまった。

「本当に助かるわね」
「そう、だね」

 けれど、彼を褒めそやす友人の言葉にも、いまだ素直に頷けないリュンルースがいる。
 それというのも、

「リュンルース!」

 最早耳馴染んでしまった声に呼ばれ、振り返る。仕事に一区切りついたのか、工具箱片手のソレルが手を振りながらやって来た。仲良くなった郷の若者達も一緒だ。

「お疲れ、さま」
「リュンルースも何かあったら遠慮なく言ってくれよ?」
「ありがとう」

 ぎこちなく頷くリュンルースに対し、ソレルは屈託ない笑みを向けてくる。どんなにリュンルースの態度がよそよそしかろうと、彼は毎日毎日めげずにこうして話しかけてくるのだ。そして、

「ソレルはリュンルース一筋だな」
「からかうなよ」
「だって口説いてるようにしか見えないよ」

 そんな彼を若者達がからかうのも日課になっていた。リュンルースとしては少々居心地が悪い。ソレルが若者達と去ってしまうと、友人はため息混じりに苦笑する。

「相変わらずね」

 彼のことを言っているのか、自分のことを言っているのかは分からないけれど、リュンルースはきゅっと手のひらを握りしめた。

(良い人なのだとは思うし、好意を持ってくれているのは分かるけれど……)

 闊達な大きな声にも、少しずつ慣れてきたように思う。
 最初は戸惑った押しの強さも、好意から来るものだと分かりこわさはなくなってきた。
 それでも、自分から彼に声をかけることはなく、打ち解けたとはとても言えない。

(皆は彼を受け入れているのに……私が狭量なのかな)

 そんな風に考えていると、通りの向こうから槌音が聞こえてきた。どうやら彼が作業を再開したらしい。リュンルースは夕飯の支度をすべく、友人と分かれ家に戻った。



 夕方、リュンルースは完成したスープの鍋を火から下ろすと、水を汲みに外へ出た。共用の井戸へ行くと、ソレルが立っていた。

「あ……」

 けれどソレルはリュンルースに気付かず、少し離れた地面の一点をじっと見つめている。その横顔は真剣で、顔立ちが精悍なだけに迫力があり、思わず息を飲む。
 リュンルースは声をかけないまま視線の先を追った。巣立ち前の雛が未熟な羽根をばたつかせもがいている。ソレルの頭上では、心配する親鳥達が忙しなく鳴き交わしていた。

(井戸の屋根に巣がかかっていたっけ。そこから落ちたんだ……)

 ソレルは動かない。彼が手を伸ばせば、巣に戻してやることもできるのに。
 日々笑顔で接してくれた彼の冷淡な一面を目の当たりにし、リュンルースは酷く落胆している自分に気付いた。落胆すると言うことは、知らず知らずの内に少しずつ彼に心を開き始めていたのかもしれない。
 リュンルースは意を決して声をかける。

「その雛、助けないの?」

 雛に寄ろうとすると、ソレルは慌てた様子で割り込んで来て、

「助けたいのは山々だが……触ると雛に人の匂いがついて、親鳥に嫌われちまうって言うだろう?」

 心配で堪らないといったように雛へ視線を戻す。そういうことだったのかと密かに胸を撫で下ろし、雛を手のひらに乗せた。

「大丈夫。この鳥は郷の中に巣を作り一生を過ごす種だから、郷の者には慣れているんだよ」

 頭上を目で示せば、親鳥達は警戒するでもなく、巣の場所を教えるように飛び回っている。爪先立って巣に戻そうとするも、僅かに届かない。そこでソレルを振り仰いだ。

「お願いできる?」

 彼は意外そうに目を瞬き、珍しく歯切れ悪く言う。

「いいのか、俺で。その……"郷の者"じゃないが」

 郷にすっかり受け入れられている彼が見せた意外な謙虚さに、リュンルースは口許を綻ばせる。そして、彼の手を取るとそっと雛を託した。

「ほら」

 何故か彼はしばらくリュンルースを凝視していたけれど、ややあって慎重に雛を巣へ戻した。親鳥としきりに額を擦り付け合う様子に、ホッとしたように微笑む。それは、今までにリュンルースが見たことのない穏やかな笑みだった。
 リュンルースは水を汲み上げると、横目で見上げながら言う。

「……夕飯まだかな? 良ければ……一緒にどう?」
「いいのか!?」
「私が作った料理だから、味の保証はできないけれど」
「絶対旨いに決まってる!」
「どうしてそう言い切れるの」

 勢い込んで頷く彼がおかしくて、リュンルースは思わず笑った。それを見た彼も満足そうにまた笑う。

「やっと笑顔が見れたな」

 言われると途端に恥ずかしくなり、先立って歩き出す。追いついてきたソレルに、水の木桶をやんわりと取り上げられた。

「いいのに」
「この位はさせてくれ」

 森の向こうに沈みゆく陽が最後の光を投げかける中、ふたり並んで家路についた。






 懐かしい夢から醒めたソルは、思わず眉を寄せた。
 あの頃は若くて、青くて、がむしゃらだった。毎日恥ずかしげもなくよくもまあと我ながら思う。その想いをぶつけられた方はさぞ困惑しただろうとも。
 腕の中では、あの頃と変わらず綺麗なルースが寝息をたてている。どんな夢を見ているのか、その口許はうっすらと綻んでいて。
 辺りはまだ薄暗い。起こさぬようそっと腕に力を込め、ソルも再び目を閉じた。







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【ka1693/ソレル・ユークレース/男性/25歳/おまえのそばに】

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お時間いただき申し訳ありません。おふたりの過去の思い出話をお届けします。
今ではお互いになくてはならないおふたりが、初めて出会った大事な場面をお任せいただき、
とても嬉しく、また光栄に思いながら書かせていただきました。
地の文でのお名前は、その時の呼び方に合わせた表記となっています。
森の郷の様子などアドリブでの描写となった部分が多くありますし、
イメージと違う等ありましたらお気軽にリテイクをお申し付けください。

この度はご用命下さりありがとうございました!
WTアナザーストーリーノベル(特別編) -
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ファナティックブラッド
2018年06月28日

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