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『いつか夢みるヴァージンロード 』
羊谷 めいka0669)&鬼塚 陸ka0038

 降り続く雨の隙間を縫うように、青空が覗いた。久しぶりの晴れのお天気に、心が弾む。夏本番となれば嫌になるほど見ることになる晴天だとはわかっていても、それとこれとは話が別だ。明日からはまた天気が崩れるというし、今のうちにお出かけしよう。
「特に欲しいものがあるわけではありませんが……、お買い物にでも」
 羊谷 めいはそう呟いて、お気に入りのワンピースに着替え、鏡の前に立った。ふんわりと裾が広がるデザインのワンピースがめいの心をさらに浮き立たせる。
「何かいいことがありそうな気がします」
 明るい期待を胸に、めいは街へと歩き出した。



 街は、きらきらしていた。
 待ちわびていた光を浴びて、街路樹が枝葉を輝かせている。レンガを敷き詰めた道は、連日の雨に濡れたなごりか、いつもより赤や橙の色をくっきりと濃く見せていた。八百屋に並ぶトマトやきゅうりさえ、今日は特別おいしそうに見える。
「ふふふ、うきうきしますね」
 初めて訪れる街ではないのに、めいはまるで観光客のようにきょろきょろと周囲を見回しながら歩いた。それだけきょろきょろしていれば、すぐにも気がついていいはずなのに。
「あれ? めいちゃん」
 そう声をかけられるまで、そのひとが近くを歩いていることに、めいは気がつかず。
「……えっ! あっ、リクさん!」
 真正面に立つキヅカ・リクの姿に、驚いて目を丸くしてしまった。
「偶然だね。お買い物?」
「は、はい。特に何か探しているわけでもないんですけど……、久しぶりに晴れたので、外へ出ないともったいないかな、と思いまして。そうしたら、リクさんに会えました」
「わかる、わかる。僕もそんな感じだよ。特に用事はないけど、ぶらぶら歩いてみようかな、って。そしたら、めいちゃんに会った」
「おんなじですね」
 ふたりはにこにこと笑い合った。
「ぶらぶらしていた者同士だし、一緒に歩かない?」
「はい、喜んで!」
 めいがパッと目を輝かせて頷くと、正面に立っていたリクはめいの隣に並んだ。歩き出してすぐ、そういえばリクはめいとは反対方向から来たのだから、同じ景色をもう一度見ることになるのでは、とめいは気がついた。
「あの」
 それを伝えようと口を開くと。
「あっ、めいちゃん! ソフトクリーム売ってるよ! 食べない?」
 めいの心中を知ってか知らずか、リクが可愛らしい屋根の店を指差して笑いかけた。
「た、食べます!」
 めいは大きく頷いて、ソフトクリームを買いに歩き出すリクに慌ててついていった。リクの気遣いは有難く受け取っておこう、と思う。
「バニラとチョコ、どっちがいい?」
「えーと……、どちらにしましょう……。迷いますね……」
「それならミックスっていう手がある」
「じゃあそうします」
「よし決まった。……すみませーん、ミックスのソフトクリームふたつください」
 リクが注文すると、恰幅の良い店員が愛想よくにこにことソフトクリームを巻いてくれた。
「はい、どうぞ。仲良しだね、兄妹かな?」
「ああ、いや……」
「おや、ごめんよ、恋人同士だったのかな」
「いや、そうでもなく」
 リクが訂正しようとしたが、店員はいらっしゃいませ、と朗らかな声を出して次のお客さんの対応に入ってしまった。まあいいか、とリクが肩をすくめて見せながらめいにソフトクリームを渡した。
「ありがとうございます」
 めいもくすくす笑いながらソフトクリームを受け取る。兄妹に見られることはよくあるけれど、恋人同士に見られたというのはなんだか気恥ずかしくて、どきどきしてしまう。
(気恥ずかしい、所為、ですよね……?)
 めいは、妙にどくどくと脈打ち始めた胸を押さえ、首をかしげた。隣のリクは、気にしたふうもなくソフトクリームをなめながらおいしいね、と笑っている。
 めいにとってのリクは『お兄ちゃん』のような存在だ。だが、それだけではないのかもしれない、という思いが湧いてきている。
(憧れと信頼とそれから親愛と……なんでしょう、ずっと考えてるとドキドキしたりするのです)
 そう、まさに今このときのように。
 めいは、リクの笑った顔が好きだった。それと同じくらい真剣な顔も好きだ。たまに陰りを帯びる眼差しが、どうしても気になってしまってドキドキする。自分でも不思議に思うのだけれど。
 リクの、その陰りに触れていいのか、触れられるのか。それはわからないけれど、護りたい……、そして幸せになってほしいと、めいは思っている。できることなら隣で支えたい、とも。
(大人になったら、隣にいられるのかな)
 そんなことを、思う。今は無理でも、未来には。物理的はまさに今、隣にはいるのだけれど、と考えてちらりと視線を動かすと、ソフトクリームごしにリクと目が合ってしまって頬が熱くなった。とっさに反対方向へ顔を動かす。と。
「あ……」
 ブティックの、ショーウィンドウが目に入ってきた。そこに飾られているのは……、純白のウェディングドレスとスワローテイルのタキシード。ジューンブライド、と書かれた看板がその前に飾られていて、今が雨の季節というだけでなく「幸せな結婚をつかさどる季節」であるということを思い出させた。
(素敵なドレス……。わたしも、こんなドレスを着てみたいです)
 めいは、ドレスを着た自分を想像した。細やかな刺繍と、大きなリボン。繊細で、ふわふわしたヴェール。考えただけでうっとりしてしまう。そして、そんな自分の隣には、タキシードを着たリク。
(えっ)
 めいは、自分の想像に自分で驚いた。黒いタキシードをびしっと着こなすリクは、とてもとても恰好良くて、めいの胸がさらに高鳴る。タキシードを着たリクはめいの想像の中だけにいるのだけれど、それでもどきどきしてしまう。
「めいちゃん? どうしたの? ソフトクリーム溶けるよ?」
「はわわっ」
 当のリクが、めいの顔を覗き込むようにして問いかけてきて、めいはつい大きな声で驚いてしまった。溶けかけて流れ落ちようとしているソフトクリームを、慌てて口で迎えにゆく。
「つい食べ歩きしちゃったけど、座って食べようか。あそこに、ベンチがある」
 リクに誘導されて、めいは若草色のベンチに足を運んだ。いまだ高鳴る胸を、必死になだめながら。



 不意にめいが立ち止まったので、どうしたのだろうかと思ったら。視線の先には大きなショーウィンドウ。その中には、刺繍が見事なウェディングドレス。ああそうか、とリクは頷いた。
(そうだよなぁ。女の子だもんね、憧れるよね)
 めいが安全にソフトクリームを食べられるようにと移動した若草色のベンチからも、ウェディングドレスが飾られたショーウィンドウはよく見えた。一足先にソフトクリームを食べ終えていたリクは、めいを横目に見守りながらちらりとショーウィンドウへも視線を走らせる。
 ウェディングドレスとタキシード。それが示唆するのはもちろん、結婚。
 リクには、昔、お付き合いしている女性がいた。いわゆるカノジョ、というやつだが、その彼女とは、死別している。
(あの子と一緒に居た時は……こんなことも考えたことあったっけ)
 ぼんやりと、思い出した。今は、そんな余裕もなくなってしまったけれど、と現在の自分の毎日を横に並べながら邂逅する。あまりにも、違ってしまった日常。
 それでも、とリクは思う。隣に座り、ソフトクリームの溶ける速さと必死に格闘しているめいのことを。めいには、ちゃんと未来がある。
 こんな、ウェディングを夢に見て、想いを馳せて、誰かに想いを寄せられる、そんな当たり前が当たり前になる世界に戻せるように。その時、この子がちゃんと生きていられるように。その、ために。今、自分が頑張らなければならないのだと、思う。この子の「明日の幸せのために」なんて、言葉にするとずいぶん胡散臭くなってしまうけれど。
 こうやって、無邪気にソフトクリームを食べているめいを、守ることができたなら。微笑ましい姿を見下ろして、リクはいつの間にか笑顔になっていた。その視線に気がついためいが、なんとかソフトクリームを食べ終えて恥ずかしそうにうつむく。
「す、すみません、食べるのが遅くて」
「え? 全然! 謝ることじゃないよ。おいしかったね、ソフトクリーム」
「はい!」
 にこにこと頷いためいは、またショーウィンドウの方を眺めた。今日の日差しのようにきらきらした眼差しは、リクにはいささか眩しい。
 実際に、めいがあのウェディングドレスを着て結婚するような日が来たら、自分はどう思うだろうか。妹を嫁に出す兄のような気持ちになるのだろうか。そんなことを考えてふと、思い浮かんだ疑問を。
「めいちゃんの理想の彼氏ってどんなタイプなんだろう」
 口に出してしまったリクであった。



 ソフトクリームの所為で口の中がすっかり冷たくなってしまったけれど、それに反比例するように、めいの心はぽかぽかと満たされていた。リクの隣で食べるソフトクリームは、それがたとえ何の変哲もないただのソフトクリームだったとしても、魔法がかかったかのようにおいしく思えるから不思議だ。
 途中、食べている自分のことをリクが見ていると気がついてからは恥ずかしくて味がわからなくなってしまったけれど。
 やっと食べ終えて顔を上げれば、目の前には先ほど視線を奪われたウェディングドレス。めいの目は再び、その煌びやかな白に釘付けになる。
 大人になったら。きっとあれを着て。
 もしかしたら、リクの隣で。
 大人に、なったら。
(楽しみ、だな)
 と、そんなめいの隣から、呟く声が聞こえる。もちろん、リクのものだ。
「めいちゃんの理想の彼氏ってどんなタイプなんだろう」
「……えっ」
 めいは驚いて目を丸くしてしまった。今日はなんだか、驚いてばかりだ。
「あ、声に出てた? ごめんごめん。ちょっと疑問に思っちゃってさ。めいちゃんは、どんなタイプが好み?」
「好みのタイプですか……!?」
 頬を熱くさせながら、めいは考えた。深く考える間もなく、パッと頭に浮かんだのは、今隣にいるリクだ。
「えっと……っ」
 めいの胸がどくどくと鳴る。本人を前にして「好みのタイプはリクさんです」なんて言えるわけがない。
「な、内緒……ですっ」
 ぎゅっと両目を閉じ、耳まで真っ赤にして、めいは言った。言ってしまってから、リクに変に思われなかっただろうかと心配になる。しかし、リクは明るく笑って、そっか内緒かー、なんて言っていた。それに安心しつつ、少し残念にも思う。
(ざ、残念ってなんで……)
 ぶんぶんと頭を振って、めいは自分の気持ちを落ち着かせようとつとめた。そんなめいを、リクが面白そうに見ている。
「あ、あの、リクさん! もう少し、歩きませんかっ」
 場を取り繕うようにめいが言うと、リクはそうだね、と立ち上がった。ショーウィンドウに別れを告げて、ふたりは再び並んで歩き出す。
 ふたり、並んで、歩く。
 着ているのはウェディングドレスではないけれど、まるでヴァージンロードみたいだ、なんて考えてしまって、めいはまたひとりで赤面した。その熱い頬を冷やすため、というわけでもないのだろうけれど。
「あっ」
 ぽつり、ぽつりと雨の雫がふたりの上に落ちてきた。
「えええー? あんなにいい天気だったのに!?」
 リクが空を見上げてぼやく。
「今日は晴れた、と思って浮かれていましたから、傘も持っていませんし……」
「僕もだよ」
 めいとリクは顔を見合わせて肩を落とした。ぽつぽつと振り出した雨は、少しずつ強くなってくる。
「これは本降りになりそうだな。せっかくのめいちゃんのおしゃれが台無しになっちゃうじゃないか」
「えっ」
 めいはまた驚いた。どうしてリクは、めいが今日着ているのがお気に入りのワンピースだとわかったのだろうか。
「よし、めいちゃん」
 リクがにわかに真剣な表情になって、めいの顔を正面から見た。めいはどきりとしてしまうのを止められない。
「は、はい」
 釣られて緊張した面持ちになり、めいはリクの顔を見返した。
「あそこのアーケードまで走ろう!」
 リクはそう言うと、めいの手を取って走り出した。
「は、はい!」
 めいは手を引かれながら、足を動かす。まるで、連れ去られるみたいだ、と思ったらおかしくて、くすくすと笑い声が漏れ出た。気がつけば、リクも笑っている。
 ふたり、手を繋いで走るのは、ヴァージンロードではなくレンガ造りのただの道。けれど、雨に濡れていく赤いレンガは、まるで真っ赤な天鵞絨のように艶めいて見えた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0669/羊谷 めい/女性/15/聖導士(クルセイダー)】
【ka0038/キヅカ・リク/男性/20/機導師(アルケミスト)】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ごきげんいかがでございましょうか。
紺堂カヤでございます。この度はご用命を賜り、誠にありがとうございました。
6月の、ジューンブライドにぴったりな、甘くてしっとりと可愛らしいご依頼を頂戴することができ、本当に嬉しく、光栄に思います。
おふたりの、微妙な距離感、そしてかけがえのない関係性を描くことができていましたなら、幸いでございます。
どうぞ、これからも仲良くなさってくださいませ。
イベントノベル(パーティ) -
紺堂カヤ クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2018年06月29日

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