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『輸送し隊、悪事を働く』
狐中・小鳥ka5484


 白く瑞々しい肌が、水飛沫を散らせてキラキラと輝いた。
 風呂が好きだが、今は「輸送し隊」の任務中である。馬車に風呂は積めないから、こうして水浴びで我慢するしかない。
 己の身体を、狐中小鳥は見下ろした。
 胴を、もう少し引き締めて、くびれを強調する。
 それに成功すれば、この胸も少しは大きく見えるだろうか、とは思う。
 舞刀士として、身体は鍛えてきた。小柄でスリムな全身に、無駄な肉など一片もない。
「だ、だけど……胸にだけは、もうちょっと無駄なお肉が欲しいかなーなんて」
 小鳥が呟いても、応える者はいない。
 水辺には、オークの屍が散乱している。
 この近くの山間で、馬車が泥濘に嵌った。
 苦労して脱出したものの、泥だらけになってしまったので水浴びをしている。
 オークの集団が、それを覗いた。そして覗き以上の行為に及ぼうとした。
 小鳥は、己の身を守っただけである。
「まったく、こんなのばっかり……ふぇ? そっ、そこ!」
 散乱するオークの屍に紛れ込んで、死んだふりをしている男がいる。
 オークによく似た、小太りの男。
「何を堂々と覗いているのかなッ!?」
「ど、堂々とはしておらんよー」
 そんな事を言いながら、男はそそくさと起き上がり、逃げて行く。
 小鳥は、溜め息をついた。
 依頼人でなければ、オークたちと同じ目に……は、やり過ぎにしても。肋の1本くらいは、へし折っているところだ。


 馬車が、激しく揺れている。
 山道である。
 御者席で、小鳥はちらりと荷台の方を見た。
 積まれ、固定された木箱も、ガタゴトと揺れている。
 中身が何であるのか、小鳥は知らない。振動で壊れるようなもの、ではないらしい。
 これを、とある町まで運ぶ。「輸送し隊」としての仕事である。
 何を運ばされているのかは、わからない。まあ、この手の仕事には、よくある話である。
 問題は1つ。いや、これから複数の問題が次々と生じて来る事は予想されるものの、現時点では1つ。
「それにしても強いねえ、お嬢さん。最初は心配だったが」
 依頼人の男が、小太りの身体を無理矢理、御者席に押し込んで来て、小鳥の隣に陣取っているのだ。
「あのオークどもを、ことごとく斃した手並み。いやあ大したものだ! いきり立ったオークの集団を相手にぐふっ、水浴び中の女の子がぐふふっ、あられもない格好で大立ち回りというぐふふふへへ、これ以上ない眼福を堪能」
 男が妄言を吐きながら、小太りの身体を小鳥の細身に押し付けてくる。脂ぎった手を、小鳥のスリムな脇腹や引き締まった太股に忍び寄らせようとする。
「いやあ私としてはねェ、あのままオークどもに為す術なく押し倒されてあんな事やこんな事、その方が眼福だったかなァーなんてグヘヘへへへへ」
「……今、忙しいから。お触り禁止だよ」
 依頼人でなければ、人中の辺りにでも肘鉄を食らわせて黙らせているところだ、と小鳥は思った。
 それはともかく。目の前で、山道が2つに分かれている。
 標識の矢印を見て、小鳥は馬車を左へと進めた。


 左へと進んだ結果、このような連中に取り囲まれる事になった。
「おらおらおらおら子供がよォー、そんなもん運んでちゃ駄目だろーがぁああああ!?」
「お兄さんたちに渡してぇ、さっさとお家に帰りなさぁーい」
「子供はママのお使いだけしてりゃあいいんだよヒャッハァー!」
 強盗団、の類であろう。筋骨たくましく髪型の奇抜な、荒くれ男の集団である。凶悪な形をした剣や斧を携えているが、素手で馬を止めてしまえそうな大男もいる。
 だから小鳥は、手綱を引いて馬車を止めるしかなかった。
「はわわ……ど、どうしてこうなるの!? なんだよー!」
「ひいいい、はっはははは運び屋殿! 早く、早く何とかしたまえ!」
 依頼人の男が抱きついて来て、どさくさ紛れに小鳥の東方風衣装を捲って指を忍び込ませようとする。
 小太りな男の身体を、小鳥は荷台の方へと押し込んだ。半ば蹴りつける形になったが、依頼人を丁寧に扱っている場合ではない。
 どうやら、この場所に誘い込まれた。強盗たちが、標識に細工をしたのだろう。
 彼らは、この積み荷を狙っている。
 輸送を請け負っている小鳥自身、全く知らぬ木箱の中身を、この強盗たちは知っている。
 こんな反社会的な男たちが、血眼になって追い求めるもの、であるという事だ。
 ちらりと、小鳥は依頼人を睨んだ。
 小太りの男は、木箱にすがりついて怯えるだけだ。
 この男は一体、自分に何を運ばせているのか。
 問い詰めたい思いを、小鳥は無理矢理、切り替えていった。
「わたし、確かに子供だけどね。ママのお使いで来てるわけじゃなくて、輸送し隊のお仕事だから……って、もちろんママのお使いだってちゃんとやんなきゃ駄目なんだけど、とにかくっ」
 小鳥は荷台から、携帯式の対人キャノンを引っ張り出し、安全装置を解除した。
 こんな時のために、実弾は装填済みだ。
「どんな危ない荷物だろうと、強盗さんに渡したりはしないんだよ! 進路邪魔するなら……突撃あるのみ、だね!」
 筋骨たくましい頑丈そうな男ばかりであるから、小鳥は遠慮容赦なく対人キャノンをぶっ放した。
 爆発の火柱が生じ、強盗たちを吹っ飛ばす。
 何人かが、しかし爆炎に抗い突っ込んで来る。
「ガキがぁ!」
 凶悪な形の剣や斧を、小鳥はことごとくかわした。躍動する少女の細身を、斬撃の風が荒々しくかすめてゆく。
 それを感じながら、小鳥は剣を振るった。
 舞刀士の、本領発揮であった。
 しなやかなボディラインを竜巻の如く捻転させ、胸を精一杯、揺らそうとしながらの斬撃が、強盗たちの頑強な肉体にサクサクと裂傷を負わせてゆく。
「ぐうっ……こ、こんなオッパイ揺れねえガキんちょに、ここまでやられるたぁ……」
「うふふ。人がね一生懸命、手加減してるのにぃ、何でそれを無駄にするようなコト言うのかなーっ!」
 小鳥の『フェニックスチャージ』が、強盗たちを吹っ飛ばした。
 倒れ、呻いている男たちの中に、深刻な重傷者が1人もいない事を確認してから、小鳥は馬車に飛び乗った。


 目的地の町に着いた途端、依頼人の男が逮捕された。
「え……っと。これって一体……」
 小太りの男が、衛兵たちに引き立てられて行く。それを見送りながら小鳥は、呆然とするしかなかった。
「ゴールおめでとう、お嬢ちゃん。あんたは自分が優秀な運び屋だって事、見事に証明して見せたな」
 衛兵の1人が、声をかけてくる。
「ただ、な。あんたが運んで来たブツなんだが」
 衛兵たちが、馬車から木箱を運び出して行く。
 その中身を、この町で受け取るはずだった人物も、すでに官憲に捕縛されているという。
「あれが流通に乗っちまったら、大勢の人間が苦しむ事になる……お嬢ちゃんはな、それに荷担しちまうとこだったんだぞ」
「うう……じゃあその、今回の依頼……成功報酬は……」
 小太りの男が檻車に入れられ、運ばれて行く。
 その様に親指を向け、衛兵は言った。
「わかるだろう。あいつから金を受け取っちまったら仕事成立、お嬢ちゃんは悪事の片棒を担いだって事になる。言い訳も出来ねえぞ」
「ただ働き……」
「元気出せ、役所から礼金が出る。この町で美味いもんでも食ってきな」
「赤字だよー!」
 不幸である。
 呪われた装備品でも、うっかり身に付けてしまったのだろうか、と小鳥は思った。


 登場人物一覧
【ka5484/狐中・小鳥/女/12歳/舞刀士】
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
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2018年07月09日

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