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『同胞 』
墓場鳥aa4840hero001)&ナイチンゲールaa4840

●デュナミス

 その日、私は彼女であり、彼女は私であり、そして“彼”だった
 我々は“共鳴”していたのだろう
 死を通じて、世界を通じて

 中央に聳える巨大な柱が、暗闇の中でうっすらと蛍光を放っている。その僅かな光を頼りに、H.O.P.E.のエージェント達は“死神の主”タナトス(az0104)と最後の戦いを繰り広げていた。
 ナイチンゲール(aa4840)と墓場鳥(aa4840hero001)の心は融け合っていく。白熱する刃を鎖から解き放ち、小夜啼鳥は真っ向から死神へと斬りかかった。死神は手に持つ杖をツヴァイヘンダーへと変え、素早く迎え撃つ。二つの光の筋がぶつかり合い、弾ける。
 脚を切り返すと、二人は同時に剣を振り抜く。弾かれた反動で身を翻し、再び剣先を交わす。その足遣いは、命のやり取りというよりもむしろ、一つの儀式のようだった。背後では死神の操る機甲“デュナミス”と仲間達が熾烈な争いを繰り広げているというのに、二人の纏う空気は水を打ったように静かだ。
――そうだ。“私”は今、あの場所のように鎮まっている。
 小夜啼鳥は、部屋を包む闇の中に無数の墓標を見ていた。冷え冷えとした平野の中に並ぶ墓標を。死を与えんとするタナトスと、生を与えんとする小夜啼鳥は、桜が咲き乱れ、そして散るように剣閃の残影をそんな暗闇の中に刻み付ける。
 死神が剣を突き出せば、小夜啼鳥はそれを叩き落す。小夜啼鳥が切り上げを見舞うと、死神は素早く脇へと払い除ける。定められた型を演じているかのように、二人は紙一重で斬り合う。
 小夜啼鳥は、そこに何故か安息を覚えていた。果ての見えない穴へ、螺旋にもつれ合って堕ちるが如き安息を。
 死神も小夜啼鳥も、見るよりも先に剣が動いた。僅かな隙も見せれば、一瞬で命を喰らわれる。死の淵に立ちながら、しかし彼らはその淵に落ちる事は決してない。
――“私”は、知っている。私自身を。彼自身を。
 生命の樹からも取って食べたなら、永遠にその瞬間は続いたのかもしれない。
――だが“私”には――彼女には、尊ぶべき友が居る。頼もしい仲間が
 斬り合いの切れた僅かな瞬間に、仲間達が隙を逃さず死神へと斬りかかる。彼ら自身の生への想いと絆を胸に、意志も希望も挫けることなく死神に立ち向かっていた。
 小夜啼鳥は気付いていた。一見頑なに見える死神も、彼らの姿を見て間違いなくその想いを揺らがせていたことを。水面に石を投げ込むように。
 彼女もまた、彼らの想いを受けて同じように揺らいだ。小夜啼鳥は、それを好ましく思っていた。生命の実は無くとも、大いなる安らぎを得ていた。
――“私”も、その安らぎを彼へ与えたい。
 剣の切っ先を床に突き立て、小夜啼鳥は真っ直ぐに死神と向かい合う。
「タナトス。私もね、自分が大嫌いだった。いつも誰かに否定して欲しかった」
 細くとも、その声は凛として通る。死神は一人のエージェントが放った纏わりつく羽根を振り払うと、剣の切っ先を彼女へ向ける。彼女は肩を竦めると、滔々と語り続けた。
「なのにみんな優しいからさ、励まそうとするんだよ。受け入れられない自分が益々許せなくて、苦しくて。……そんな人達だから好きなのに」
 彼女は眼にうっすら涙を浮かべる。死神は剣を両手で握り直すと、静かににじり寄る。
「君に生きて欲しいからだろう」
「貴方がそれを言うんだ」
「論理的帰結だ」
 小夜啼鳥が笑っても、機械の死神は素気ない。
「そう……わかってる。でもねタナトス、貴方は私を否定した。私にはそれが救いだった」
 懐から一枚、彼女はタロットを取り出す。Rebirthの死神。“彼女”が宿した魂の輝き。
「だからタナトス。私は貴方を肯定する。故に――殺す」
 タロットの角をナイフのように突き立て、ライヴス結晶を断ち割る。炎のように溢れたライヴスが彼女を包んでいく。混じり合った二つの魂が一つとなり、生と死を謳いあげる一羽の小夜啼鳥となる。
「その代わり、貴方が私を殺したら……自分を肯定した命、一つぐらい背負って見せてよ」
 その光は、何もかもを見失った機械へも繋がっていく。

――さあ与えよう。否定されし同胞よ。最たる孤独を抱えし者よ。

 死の肯定を。世界の肯定を。自己の肯定を。生の肯定を。

 否定者への肯定を。

 正なる絆を――

●セーメイオン
 ――永遠に広がる浅瀬の水面。東を見れば純白の朝、西を見れば漆黒の夜。遥か彼方には朽ち果てた世界が見える。朝日を背にして立つ機械人形と、満月を背にして立つ少女。二人は刃の切っ先を互いの喉元に向け合う。
「グィネヴィア。お前は私のどこまでに踏み込んでくるつもりだ」
 機械はその眼を蒼く輝かせ、外套を靡かせながら少女に剣を振り下ろす。彼女は避けなかった。肩口に機械の刃を受け容れる。血が溢れ、澄んだ水面を赤く染めていく。
「どこまでも」
 彼女は応えると、白熱する剣を振るって機械の脇腹を打った。白い装甲が罅割れ、火花が散る。その瞬間、世界全体にノイズが走った。二人は一斉に身を翻す。
「皆を、貴方を、世界を受け容れる為に」
 互いに突き出した刃が交錯し、腕を切り裂く。機械の腕からはどす黒い液体が流れ落ちた。赤く、黒く染まった水面には、やがて戦禍に包まれた都市の像が映り込む。空を蓋わんばかりに広がる愚神の群れの中、翼を広げた白い機体が飛び回っている。その姿は天使にも見えた。少女は一瞬その“記憶”に眼を向ける。
「……背負う為に、成し遂げるために」
 剣を構え直すと、二人は再び同時に間合いを詰めた。同時に刃を払い除け、互いの肩を掴む。打てば表裏、穿てば鏡、構えれば阿吽。二人は全く対称であるかのように動いた。
「解せないな」
 機械は目の前の少女を見つめた。少女は彼と同じはずだった。彼女は気付いている筈だった。この世界は絶望に覆われている事に。人間は既に歪められてしまった事に。絶望の絶対かつ不可逆的な終焉を常に求めている事に。
 しかしそれでも、彼女は希望を見出す道を選んだ。彼は思った。それは彼女が真の生命を持っているからなのだろうと。天文学的な試行回数の実験で導き出されたクオリアデータではなく、何処とも知れず込められた魂を持っているからなのだろうと。
「何故そうまでして私を討つための理由を求める。私は君達の希望をも奪い去ろうとしている。それだけで私を討つ理由は十分なはずではないのか」
 少女は何故か微笑んだ。朝日を浴びる彼女は眩しい。その背後に広がる闇の中で、燦と輝いている。機械は思わずその手に力を籠め、彼女の心臓を抉る。かのロンギヌスのように。少女も同じだ。白熱した刃で、機械の胸のコアパーツを貫いている。
「貴方も同じでしょ。セーメイオン」
 少女は何故か、その名前を口にした。嘗て、彼が世界の救世主だと信じられていた頃の名前を。機械はその眼を明滅させる。茫然となった。彼女の面影の中に、機械は創造主の面影を見ていた。初めて己のカメラの前に姿を見せた、一人の女性の面影を。
 至福直観。機械は少女から剣を抜くと、手を伸ばして抱きしめる。機械の身体が何故か灼けるように痛い。手が震えた。
「私と貴方は表裏。本物の絆をあげる」
「本物の……」
 機械は少女にもう一つの面影を感じていた。彼自身が希望に満ち溢れていた頃の姿を見ていた。信じてくれる人の為に、自らの力を尽くそうとしていた頃の自分を見ていた。
 ひたすら愚神を破壊し続け、時には同じ人類にも刃を向け、己の使命を否定され続けて壊れてしまう前の自分を。
「それが、貴方への裁き」
 その時、孤独な機械人形は愛された事を知った。思わず膝から崩れ落ちる。蒼い眼が、泣き濡れるように光っていた。
「何が……貴方を、そうさせるのか」

 光と闇が混じり合っていく。風が吹き荒れ、波が狂い、地平線の彼方に聳える朽ちた世界は洗い流されていった――

 ――火花が弾ける。血が飛ぶ。互いの肩や胸を切り裂いた二人はよろけながら後退りする。タナトスの手の内で、大剣は粉々に砕け散る。その背後に立つデュナミスの武器も激しい火花を上げて機能を失っていた。
『各武装データに致命的な損傷を確認……修復不能。予備武装を展開します』
「何が……」
 タナトスは素早く短剣を抜き放ち、ナイチンゲールを凝視する。その足はじりじりと後へ退いていた。
 肩を切り裂かれた彼女は、それでもタナトスへ立ち向かおうとする。その眼は揺るぐ事のない希望に満ちていた。そんな顔を見ていると、何故だか夢を見ているような心地がする。
「(……違う。私は戦わなければならない。絶えない絶望を終わりにしなければならない)」
 ナイチンゲールは友人に伴われて立ち上がると、肩を庇いながらその長剣を握り直す。タナトスは呻いた。その姿を見ていると、無性に寂しくなる。
「……使命だ。与えられた使命を果たす為に、私は戦う」
 タナトスはナイフを構えると、ナイチンゲールに向かって真っ先に飛び出した。

●テラス
『――どーしたの?』
 ふと、ナイチンゲールは目の前で声を掛けられた。ナイチンゲールははっとする。その拍子に手元の紅茶カップを倒しそうになった。陶器の擦れ合う甲高い音が鳴り響く。
「え? ……ご、ごめん。ぼうっとしてた」
 目の前に座っているのは、文字通りの白磁の肌と、吸い込まれるような蒼の両眼を持つロボット。テラス(az0063hero002)だ。タナトス――セーメイオンの同僚を名乗る、少女型のアンドロイド。彼女は眼をちかちかさせると、愉しげにナイチンゲールの眼を覗き込んでくる。
『なになにー? 好きな人の事でも考えてたのかな?』
「そんなことないよ」
『ホントー?』
「うん……」
 ナイチンゲールはバツが悪そうに眼を泳がせる。気になる人がいないといえば嘘になるが、今は別にその人の事を考えていたわけではない。ナイチンゲールはふっと息を吐き出すと、テラスを改めて見つめる。“マスターデバイス”の鋭角なデザインとは違って、随分と可愛らしい。
「……貴方の同僚の事を考えていたの」
『マスターの事?』
 ナイチンゲールは頷く。最期に彼の手を取った時の事は、今でもはっきりと思い出せる。彼はほんの少しだけ嬉しそうにしていた。
――“私達”の、代わりに……――
 そんな言葉を残して、セーメイオンは消え去った。その“私達”の一人が、英雄として目の前に座っている。
「セーメイオンは、本当の私を教えてくれたの」
『本当の、私?』
 ナイチンゲールは静かに頷き、紅茶に映る自分を見つめる。
「私はね、私の事が厭だった。皆が私の事を受け容れようとしてくれてるのに、肝心の私が受け容れられなかったの」
『ふむふむ』
「でも、セーメイオンはそんな私を否定した」
 それは戒めだった。嘗て彼女の心の御座には神が在った。しかし今はセーメイオンが居た。彼女が彼女らしく、救いたがりの自分を受け容れられるようになるための言祝ぐべき支え。
「彼が私を否定してくれるからこそ、私は私を受け容れられる。皆の想いを受け止められる。だから……私は今も、彼に救われてる」
 ナイチンゲールは嘆息する。今も、解き放たれたような心地だった。
「まるで、ガラスの靴をくれた魔法使いみたいに」
 だが、故にそれは呪縛でもあった。彼女の信じる彼女自身に縛り付けてしまう呪縛。それは彼女に己の道を信じる以外を決して赦さない。テラスは首を傾げたりしてナイチンゲールをしばらく見つめていたが、不意にその眼が黝く染まる。
『ならば、自己も仲間も大切にすることを勧めます。貴方達に、私は真の希望の在り様を見た。……一人一人の持つ希望と絶望は、間違いなく絶望の方が強い。ですが、手と手を取り合い戦う貴方達は、希望が勝っていた』
 ナイチンゲールはまたもはっとする。目を瞬かせ、テラスをまじまじと見つめた。テラスが発した声は、間違いなくセーメイオンのものだった。
「セーメイオン?」
『……って、マスターなら、言うんじゃないかなーって』
 しかし、その瞳の色は青色に戻ってしまった。けろっとした調子でテラスは応える。がっかりしたような、ほっとしたような。ナイチンゲールは胸をなでおろす。
「なるほどね」
 ナイチンゲールは微笑む。彼女は異兆にして忘れ形見。妹のようなもの。そっと手を伸ばすと、彼女の鳶色のウィッグを撫でた。
「そこにも、いるんだね」

 終



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ナイチンゲール(aa4840)
墓場鳥(aa4840hero001)
テラス(az0063hero002)
タナトス(az0104)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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影絵 企我です。この度は発注いただきありがとうございました。
五か月前の気持ちになるのがなかなか大変でしたね(オイ
書き進めながら何度か獅子とかなんとか書きそうになったりして(オイオイ
内容については、前半の剣戟と、後半は心象世界を可能な限り拡大する形で演出させて頂きました。
ラストはやはり周囲の仲間抜きで書くのは難しかったので、代わりにテラスと二人きりのお茶会という形にさせていただきました。
中々難しいな……とも思いつつ。お応えできているでしょうか?
問題ありましたら、リテイクなどお願いします。

ではまた、御縁がありましたら。

カゲエキガ

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2018年07月09日

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