▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『未知なる来訪者 』
鞍馬 真ka5819

 泰山龍鳴寺。
 エトファリカ連邦の一角を成す国とされているが、その内実は龍鳴寺を中心として形成された街に過ぎない。
 盟約により幕府の庇護下でありながら、外部からの干渉を嫌い、自助独立の貫いていた。それも龍鳴寺が御仏に仕えるが故のしきたりなのかもしれない。

 そんな泰山龍鳴寺に鞍馬 真(ka5819)が訪れたのは、ある依頼を受けたからだ。
「観光?」
「はい。歪虚発見を労う意味でも、僧正様から案内するように仰せつかっています」
 鞍馬の前で、武僧の許文冠は片方の拳をもう一つの手で包みながら頭を下げる。
 泰山を訪れたのは、あくまでも歪虚らしき存在が確認された為だ。龍鳴寺の武僧は優秀な格闘士を排出しているらしいが、その歪虚の前では捕まえる事ができなかった。そこで龍鳴寺は盟約に従い、幕府へ救援要請。幕府の援軍と共に鞍馬は龍鳴寺へと足を踏み入れた。
 他のハンター達は観光を楽しみながら事件の調査をしていたのだが、鞍馬だけは実直に歪虚を追い続けていた。
 ――ワーカーホリック。
 自他共に認める通り名。
 その名の通り、歪虚を見事追いつけて重要な情報を引き出す事に成功していた。
 そんな鞍馬に対して龍鳴寺の大僧正は、観光を勧めてきた。おそらく、歪虚を捕まえる功績を讃えての事だろうが……。
「いいのですか? 武の修行だけではなく、僧侶としての仕事もあるのでしょう?」
 鞍馬からは、冷静さよりも穏やかさが漂っている。
 日常に戻った余裕だろう。鞍馬は文冠への気遣いが向けられる。
「お気遣い感謝致します。ですが、これは僧正様の命。私は鞍馬さんに街を案内しなければなりません」
 文冠からの返答に、鞍馬は笑顔で返した。
 外部からの干渉を断っている泰山、それも寺院であると考えれば鞍馬への礼もささやかな物になってしまう。だからこそ、観光という形を取って鞍馬へ感謝の意を伝えようとしているのだろう。
 断る理由はない。
 鞍馬は文冠の申し出を受ける事にした。
「分かった。まだ帰るまでの時間もある。のんびり街を見物させてもらおうか」


「これは……肉まん?」
 蒸された蒸籠から取り出された白い饅頭を店主の親父は鞍馬へ差し出した。
 紙越しではあるが、饅頭の持つ熱さが伝わる。
 蒸したての饅頭からは竹の香りがほんのり漂ってくる。
「はい。泰山名物の一つ、饅頭です。親父さん、今日の具は?」
「肉とタケノコ、それにしいたけを刻んだもんだ。自信作だよ」
 鞍馬の手の中で、饅頭は二つに裂かれる。
 そこから見えてくる中身の具材は、肉汁の中に大きめな刻みタケノコと肉厚のしいたけが顔を覗かせていた。
 鞍馬は何度か息を吹きかけて冷ました後、思い切って饅頭にかじり付いた。
「お、これは……なかなか……」
 口の中でも熱さを振りまく饅頭。
 空気を入れる度に熱風が吹き荒れる。
 しかし、舌の上では肉汁が広がってタケノコとしいたけの食感が歯に伝わっていく。
 ――美味。
 複雑な味わいは、西方諸国ではお目にかかれない。
「饅頭は手作りで、具は毎日変わります。私は御仏に仕える身ですので、食す事はできませんが、泰山の市民も饅頭は大好きです」
「へぇ、そうなのか」
 見回せば、市民は慌ただしく行き交っている。
 泰山の中でも経済はあり、皆がその日その日を大切に全力で生き抜いている。
 歪虚に襲われている最中だとは思えない光景だ。
「……ん? あれは」
 ふと鞍馬の目に、一人の男の子と視線が合った。
 家屋に身を隠すようにしているが、じっとこちらを見つめている。
 何か言いたそうな雰囲気にも見えるが、男の子はこちらへ近寄ってくる気配はない。
「あの子は?」
「この辺りに住む子ですね。あなたと話したいのかもしれませんが、あの様子では難しいかもしれません。ここは長く外部からの干渉がありませんでしたから」
 文冠は泰山の市民が抱える特殊な事情を話してくれた。
 泰山龍鳴寺が外部から干渉を受けなかったという事は、新しい文明や技術が泰山へ入ってこなかった事を意味している。泰山独特の文化は守られる代わりに、経済は小さい領内でのみ発展。それは大きな変革のない、ゆるやかな何も変わらない毎日が続いて行く。
 泰山の市民からすればそれが当たり前。日常に疑問を持つ事は無い。
 だが、そこへ先日より事情が変わった。
 歪虚の登場で龍鳴寺が幕府へ救援を要請。同時にハンターも泰山へ訪れるようになった。
「未知なる来訪者、か。そう言われてみれば周囲の人も避けているような……」
「普段はみんな良い人ばかりなのですが、どうしても未知なる物には近寄りがたいのです。気を悪くなさらないで下さい」
 謝罪する文冠。
 だが、鞍馬は文冠の予想とは異なり、懐かしさを感じていた。
「あったな。クリムゾンウェストへ来たばかりの頃。
 記憶を失って、頼る人も誰もいなくて。大事な事を思い出せない自分が嫌になりながら、怯えていたよ」
 鞍馬は、男の子に向かって歩き出した。
 この世界へ訪れて間もない頃、周囲には魔導を始め知らない物が多数あった。
 勇気を出してそれに触れ、知る事で怯えていた対象を克服してきた。
 未知の物から遠ざかり、目と耳を塞いでいれば逃げられるだろう。
 だが、いつまでも未知の物から逃げてはいられない。
 一歩踏み出し、触れて、未知の物を乗り越える。
 そうして歩んだ者に、新たなる扉は開かれる。
「……ほら、食べよう」
 鞍馬は手にしていた饅頭の片割れを差し出した。
 突然話し掛けられ、体を震わせる男の子。
 話し掛けられると思ってはいなかったのだろう。
 不安と好奇心が入り交じる表情――鞍馬にも覚えがある。
「怖がらなくていい。できれば、一緒に食べながらこの国の事を話して欲しいんだ」
 鞍馬の笑顔。
 依頼では見る事のできなかった柔和な表情。
 未知なる物を恐れるのは、それが何か分からないから。鞍馬は男の子が一歩踏み出せるように、毒気の無い笑顔をしてみせたのだ。
「…………」
 男の子は、怯えながら手を伸ばす。
 勇気の一歩。
 鞍馬はその一歩を讃えるように、少年の手に触れて饅頭をそっと握らせる。
「さ、食べよう」
「………………うん」
 小さく、漏れるように吐き出された男の子の声。
 依頼の時に行った聞き込みとは異なる、本当の意味での交流。
 今、男の子は未知なる物を乗り越えようとしているのだ。


「お兄ちゃん、ありがとう!」
 龍鳴寺の正門前で、男の子は手を振って別れを告げた。
 出会った頃とは比較にならない程、元気な声。
 男の子の背中を鞍馬は黙って見つめていた。
「鞍馬さんは、お優しいですね」
「いや、あの子にお礼を言いたいのは私の方です。観光とは言ってますが、泰山は私にとって未知なる物でした。あの子と出会えたから、私は泰山を少しだけですが知る事ができました」
 鞍馬は、泰山という国を少しだけ知った。
 それは長い歴史からみれば書物に記載される事の無い出会いかもしれない。
 だが、鞍馬の心にはしっかりと泰山が刻み込まれた。
「楽しんでいただけたなら何よりです。では、僧正様がお待ちです。参りましょう」
 鞍馬は、龍鳴寺の正門を潜って歩き始めた。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【ka5819/鞍馬 真/男性/22/闘狩人(エンフォーサー)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
近藤豊でございます。
この度はノベルの発注ありがとうございます。依頼では描けなかったシーンを書かせていただく機会、本当に感謝しております。毎回、依頼の字数制限に阻まれて描けない事も多くあります。今回の出会いが、ファナティックブラッドの世界を生きるハンターに影響があれば幸いです。
またご縁がございましたら、宜しくお願い致します。
シングルノベル この商品を注文する
近藤豊 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2018年07月09日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.