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『ある青い朝に 』
ブリジットka4843)&リラka5679


「よろしくお願いします」

 異口同音に発せられた少女達の声が、早朝の清らな空気を震わす。
 相見えるふたりの間にあるのは、模擬戦を前にしたほのかな緊張感と、密やかな高揚感。
 伏せていた両者のおもてがゆっくりと上がる。

 今、二対の碧い瞳が交わった。
 それを合図に両者一瞬の遅れもなく構えを取る。


 ――ブリジット(ka4843)とリラ(ka5679)。今は共に楽を奏で、多くの人々を魅了する名コンビのふたり。
   これはそんな彼女達の、近くて遠いある日の話。




(……ああ)

 開始早々先制できればと思っていたリラだが、納刀したままのブリジットを前にして攻めあぐねていた。

 刃が抜かれたわけでもない。
 まだ鯉口すら切っていない。
 ブリジットは半身に構え、柄に手をかけているだけに過ぎない。
 それなのに。
 細身の身体から発せられる気迫――むしろ気魄と表すのが相応しい気を醸す彼女の懐へ飛び込めずにいる。東方で習得した形を忠実に再現する彼女の佇まいは美しく、それでいて隙がない。拳を交えるまでもなく、無策で踏み込めば容易く返り討ちに遭うと肌で感じる。
 グローブを嵌めた手を無意識に握りしめた。
 瞳だけを動かしこちらを窺うブリジットの眼光は、夜闇を裂く朝日の如き鋭さと、それを浴び人知れず煌めく湖面のような静謐さを持っていて。
 踏み込めない口惜しさを噛みしめながら、気取られぬよう息をつく。

(率直に言って、惚れ惚れします。どうして……ここまで私と違うのかしら)


 "白の吟遊新人"として知られたブリジットの母と、"歌姫"と謳われたリラの母。
 友人同士だった母達は、同じ年の春と夏、立て続けに彼女達を産んだ。奇しくも性別も同じ。物心がつき、志した道もまた同じだった。となると、例え母同士がそうしなくとも、周囲からは何かと比較されてしまうことが少なからずあって。ふたりがライバルとなったのは必然と言えた。
 見惚れしてしまう反面、

(同じ年なのに……)

 と、感嘆の吐息に切なさが混じる。『彼女のほうが、私より強い』と認めているから尚のこと。

(……けれど、)

 そこで挑むことを止めないのがリラだ。

「行きますっ!」

 身体をバネのように弛めるが早いか、一気に距離を詰めていく。

(待っていても勝機なんか訪れない。こちらからペースに巻き込まなければ、話にもならない――!)

 勝機を手繰り寄せるべく果敢に蹴りを見舞う。頑強なブーツの踵がブリジットの肩にめり込むかに見えた。

「させませんよ」

 ブリジットは即座に抜刀、刃で受けきる。
 いつも仕掛けるのはリラからだ、この速攻は読まれていた。しかしリラは更に仕掛ける。蹴り足を下ろす反動を勢いに変え、脇腹を抉るように蹴りを放つ!
 ガッと鈍い音が響いた。
 二度目の蹴りが捉えたのは、脇腹ではなく鞘だった。ブリジットは舞手ならではの柔軟さを活かし、上体を捻って蹴りの軌道へ鞘を割り込ませたのだ。

「!」

 そのままブリジットが押し返してくる。それを受けて飛び退き、リラは一旦距離を取った。

(前よりも動きが早くなった……? ああ、もう本当に……)

 一体どう仕掛ければブリジットの隙を突けるのか。
 そもそも、基礎をきちんと踏まえ、それでいて応用力のある彼女に隙なんてあるのだろうか。
 髪の一筋さえ乱していない立ち姿に、悲観的な考えがちらりと脳裏を過る。

(音楽にしてもそう。彼女の技法に私は及ばない)

 けれど同時に、胸が少しずつ高鳴っていくのを感じる。
 胸のリズムに合わせ再度駆け出す。

(及ばないなら、追い縋るまでのこと――!)

 接触寸前、武芸とはかけ離れたダンスの足捌きで横へステップ。音楽を愛しているのはブリジットだけではない、リラもだ。鼓動をパーカッションに、四肢巡る血を旋律に。そして全身で勇ましい戦歌を紡ぐよう、迎撃の一太刀をしなやかに躱す。
 そのまま死角へ回り込むと、

「これならどう……!?」

 右腕目掛けハイキックを繰り出す! が、ブリジットは身を屈めて避けると、身を低く保ったままターンし、リラの軸足を強か峰打つ。

「くっ……それならっ」

 リラは倒れない。蹴り足を戻すや踏み込み、立ち上がったばかりの彼女へ足払いを仕掛ける。

「!」

 これは効いたか――ブリジットの上体が揺れた。だがすぐに立て直し、横薙ぎの一閃を振るってくる。
 技を試す度、受け止められる度、リラの胸の深い場所から閃きが溢れてくる。
 こうしたらどう?
 ああしてみたら?
 挑む立場は、決して悲観するばかりのものではない。
 受け止めてくれる相手がいるから――きっと受け止めてくれるに違いないブリジットが相手だからこそ、試したい戦法が湧くのだし、実践できるのだから。
 リラは口の端に笑みを灯すと、素早い身ごなしでブリジットの懐へ踏み込んで行った。




 リラの刻むリズムが、段々早くなってきた。
 舞手でもあるブリジットの五感は、意識せずともそれを感じ取る。
 動きのテンポを同調させ、繰り出された拳を受け流す――受け流した、はずだった。
 けれどそれを刃で受けた瞬間、手応えからそれが囮の一打であったと知る。

(下――!?)

 拳によってこちらの意識を上半身に向けさせたところで、視界の外から見舞われるローキック。寸でのところで横飛びに避けるものの、着地した時にはもうリラが拳の間合いに詰めてきていた。

「っ!」

 リラが身を弛めたのを身、顎への蹴り上げを嫌ったブリジットは、刀を掲げて防ごうとした。しかしリラはそのまま屈み床に手をついて身体を支えると、強烈な足払いを仕掛けてくる。

(ここでまた足払い……!?)

 辛くも避けたが、爪先が掠めた足首にチリッと痛みが奔った。
 再び構えた時には、リラももう立ち上がっていて。『今のはどう?』とばかりに青い瞳を細める。その眼差しは、真昼に南の空から降り注ぐ日差しのように真っ直ぐで、ひたむきで。見つめ合っていると、心の奥底まで見通されてしまいそうな気がしてくる。
 ブリジットは密かに奥歯を噛んだ。

(……少し慌てはしたけれど。驚いては、いないから)

 声にはせずに心の中だけで呟く。構わず、またも正面から突っ込んでくるリラ。

 払っても、いなしても、躱しても。
 受けても、避けても、押し返しても。
 何度でも何度でも、リラは正面から挑んできては、次々に新しい技を繰り出してくる。
 めげるどころか、楽しんでいるようにさえ見えて。
 ブリジットは、もう何度対峙したかわからない彼女の顔を静かに見据えた。


(――まったく嫌になる――)

 天賦の才。彼女を呼び示すならこれが一番しっくりくる。ブリジットは彼女をそう評価する。
 小気味よいリズムを刻む攻撃は、早めるも緩めるも彼女の意のまま。
 小柄な身体は疲れを知らず、機敏なステップで翻弄してくる。その姿はまるで、花々の間を飛び回る蝶のよう。かと思うと、風に流される花弁めいて、柔らかくこちらの太刀筋を受け流し、合わせてきたりもする。
 その天衣無縫さは、彼女が紡ぐ歌にもよく表れていた。
 即興で感性のままにメロディを生み、それを柔らかく歌い上げる資質。彼女の母親がそうであったように、リラはそれを色濃く受け継いでいるのだ。

 それが、眩しい。
 自分にはないものだとブリジットは感じる。
 手合わせする度、調べを重ねる度、その事実をまざまざと突きつけられる。
 けれどそれから『眩しい』と、目を逸してしまうわけにはいかなかった。そんなことをしてしまったら――

(私は固いと、枠を外れるコトができないと、認めることになってしまう)

 武術も音楽も、基礎があってこそ応用ができるというもの。
 剣術には先達が幾星霜かけて磨き上げてきた形があるし、音楽には時代を越えて愛される曲が、譜面がある。真に良いものだからこそ受け継がれてきたのだと理解しているし、それらを確りと踏まえられる自分を誇らしく思う。
 けれどこの自由なリラを前にすると、今まで培ってきたその誇りが、砂のようにさらさらと崩れてしまいそうになるのだ。形通り、譜面通りにしか演じられない自分が急速に色褪せて感じられ、胸が詰まる。

(――認めるわけには、いきません)

 ブリジットは静かに刃を鞘に収めた。
 次の一撃がどう来るか――今しがたの動きで、こちらの意識が下肢に向いていると思っているはず。となれば狙いは上半身か……まだ狙われていない小手の可能性もある。素早さが身上の抜刀術で斬り返す所存だ。
 見れば、リラの肩が上下している。対してブリジットの息はまだ乱れていない。これも形に則し無駄な動きを抑えているからだと、自信を取り戻していく。
 ならば。

「今度はこちらから……!」

 言うなり、澄んだ音を響かせ鯉口を切った。




 ふたりの攻防は時を経るごとに激しさを増していく。
 息つかせぬ斬撃と蹴撃の応酬。模擬戦とは思えぬ程の熱量がぶつかり合い、火花を散らし、少女達の面差しを彩る。
 互いに退かず引かずの接戦と相成った。


 弾かれた蹴り足を引きつけながら、リラは思う。

(かっこいいな……)

 角度をつけた連続蹴りも通じなかった。
 口惜しい、はずなのに。
 あえて崩したリズムさえ、飲み込み受け止めてしまうブリジットに目を奪われる。

(――なんて、綺麗)

 全体を見て、一つ一つのリズムを受け入れ組み立て、一つの大きなリズムに仕立てる彼女の動き。それはまるでオーケストラの指揮者のようで。完成を目指し導いていくような形。相対しているリラの動きでさえ取り込んで、導いてくれているような――そうして導かれた先は、きっとリラの見たことのない境地なのだろうと、頭でなく心で感じる。
 それを共に見るためには、もっと動きを洗練させついて行かなくてはいけない。否、比肩できるほどにならなければと、一層感覚を研ぎ澄ます。
 自分が生み出したリズムを、ブリジットがどう形にするのか知りたくて、心の向くまま四肢を振るう。

 自分がどこまで通じるのか。
 知るために。
 挑むために。

 弾みすぎて今にもはちきれそうな胸。そこから生まれくる激しいリズムに身を委ねたリラの攻撃は、いよいよ苛烈さを増していく。


 鞭のようにしなる蹴りを手甲で受け、たたらを踏みそうになる自らを鼓舞しながら、ブリジットは思う。

(ああ、どうして)

 リラが閃く戦法の多くは、おおよそ定石とされる動きから逸脱している。邪道と一蹴してしまうこともできなくはないのに、そうできないブリジットがいた。
 それどころか、理屈でなく惹かれてしまう。
 今まで培ってきたものを破壊し、自分にはないものを突きつけながら迫ってくるリラなのに。何物にもとらわれない彼女が、次はどんな手を魅せてくれるのかと思うと、どうしようもなく胸が疼く。
 次の一手を見るために、立ち続けていたいと思う。彼女に挑まれるに値する自分でいたいと願う。
 けれど、今までの自分の歩みを裏切らないためにも、素直に認めることはできなくて。
 若く瑞々しい葛藤が、疲弊したブリジットの両腕に力を与える。


 今、二対の碧い瞳が幾度目かの火花を散らした。


 ――リラ・マクファーレン。
   神に仕える聖堂騎士であると共に、歌姫と呼ばれた母親を持つ――幼馴染。

 ――ブリジット・サヴィン。
   母親が友人同士で、共に競い合ってきた――親友。


 互いに傷だらけの脚を叱咤し、最後の力を振り絞り駆ける。


(負けられない……貴女だけには負けるものか――!)
(追いつきたい……負けたくない。尊敬する同世代の友人の、貴女だからこそ……!)

 一瞬の交錯。
 今日一番の激しい金属音。
 ふたつの影は僅かに揺らぎ、それから同時に飛び退る。

 持てる力の全てを注ぎ込んだ一撃を交わしてなお、勝つことも、勝たせることもなかった。
 これが、"今"の全て。
 終焉の時を自ずと悟り、ふたりは荒々しく上下する肩を宥めながら一礼し合う。

「ありがとうございました」

 また、異口同音に言い合って。
 顔を上げ交えた眼差しには、開始前とは違う色の感情が混ざっていた。
 それが憧憬なのか、口惜しさなのか、親しみなのか――あるいは別の何かなのかは、ふたりしか知らない。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4843/ブリジット/女性/16歳/《白の舞手》】
【ka5679/リラ/女性/16歳/あたたかい旋律】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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長らくお待たせしてしまい申し訳ありません。
ブリジットさんとリラさんの、過去のお話をお届けします。
おふたりが龍園で共に演奏される様子を幾度か書かせていただきましたが、
仲良しなおふたりにこういった過去があろうとは……!
発注文を頂いた時、どきどきしながら何度も読み返してしまいました。
反発しつつも憧れあう、若い時分ならではの葛藤が少しでも書けていれば良いのですが。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。

この度はご用命下さりありがとうございました!
WTアナザーストーリーノベル(特別編) -
鮎川 渓 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2018年07月09日

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