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『柳の戦 』
不知火あけびjc1857)&不知火藤忠jc2194
 不知火本家の門は開かれていた。
 常であれば、踏み込もうとする者はそれとなく見張られるのだが、それもない。
「久々だなぁ」
 その不穏を押し割ったのは、現当主の孫娘にして次期当主にもっとも近い存在であるはずの不知火あけびである。
「歓迎がないのは寂しいが、妨げられないのはありがたいところだな」
 こちらはあけびの義叔父であり、実質的には兄貴分である不知火藤忠。
 彼は肩をそびやかして門をくぐり、三歩進んで振り向いた。
「怒る声もしないから、ネクタイを締めなおさなくてすむ」
「そのようなことに気を取られるくらいなら、気など遣わず下がっていればいいものを」
 皮肉な笑みを閃かせる銀髪の美丈夫、日暮仙寿之介。無二の友たる藤忠が真っ先に踏み込んだ理由が、斥候として罠を探り、いざとなればその身に引き受けるつもりであったことはすでに悟っている。
「友だちを使い回すような野暮はしないさ。あけびと行かせてやれないのは申し訳ないところだがな」
 あけびは“姫叔父”と慕う……かどうかは少々微妙なところもあるが深い信頼を寄せる藤忠と、天を捨ててまで彼女に添うことを選んでくれたかけがえのない存在である仙寿之介に視線を向け、うなずいた。
 こちらへ向けて放たれる殺気。斬りかかってこようというものではない。誘っているのだ。三人の内で唯一刃を携えた仙寿之介を。
「仙寿様に預けていいですか?」
「ああ。どのみち藤忠の姉御には疎まれている身でもあるしな。……しかしこれだけはあえて言っておこうか」
 仙寿之介はあけびの耳元へ唇を寄せ。
「たとえこの身が共にあらずとも、この心ばかりはおまえのたなごころにある」
 思わず赤らむあけびとなにも聞いていない顔の藤忠を残し、仙寿之介は殺気をたどって姿を消した。
「ああいうのを聞くと、俺の友が普通の男じゃないことを痛感するよ」
 結局のところすべてを聞いていた藤忠がしたり顔で語れば、すました顔を作ったあけびが背中越しに投げる。
「姫叔父も彼女さんに言ってあげれば? 喜んでくれると思うよ」
 と。藤忠は神妙な声音で。
「俺は普通の中でもさらに凡庸な男だからな。もっと普通に、おもしろくもない言葉で必死に伝えるさ」
 そっか。茶化す気にもなれず、あけびは口をつぐんで本家の玄関へ歩を進めた。


「憶えのある肌触りとは思ったが、あなたでしたか」
 道場で相対し、仙寿之介が目礼した相手は、不知火家現当主その人であった。
「家人がそろって休みを取るなどという得がたい機会をもらったでな。その隙に天使の剣と一手合わせたいと思うたまでよ」
 痩せ肉の好々爺としか見えぬその姿だが、仙寿之介は惑わされない。相手は不必要のすべてを削ぎ落とした忍。その立ち姿をもってすでに術をしかけているのだ。
「孫娘のお相手はよろしいのですか?」
 鯉口を押し上げ、袴に隠したつま先をにじる。幸いブーツは脱いでいない。菱を撒かれたとて、足裏を損なう心配はなかった。
「あれはあれで話をしたい相手がおるのだろう? 邪魔はせぬよ」
 鞘に収めたままの忍刀を手に、悠然と腰を据える当主。
「あらためて計らせてもらうぞ、天使殿」
「計っていただきましょう、あなたが名を呼んでくださるに足る器かを」


 応接間の上座についた義叔母が顔を上げる。
「お久しぶりです、叔母様」
 あけびは目礼を送り、逡巡なく下座へ座した。
 義叔母の顔に笑みがはしる。序列で言えば嫡流であるあけびは、たとえ叔父の嫁であれ傍流の義叔母よりも上にあり、この場合は上座を譲るのが筋となるはずが、あけびはそれを指摘せずに下座へついた。すなわち、こちらが格上と認めたわけか。
 義叔母は小皺の浮いたまなじりをすがめ、あけびを窺った。
 正座の型をとっていながら、甲をつけずに足指を立てている。それは有事に際して真っ先に跳び出すための構えだ。
 小憎たらしいことに、あけびのとなりに座す藤忠もまた同じ構えをとっていた。
 市井に紛れての諜報と情報操作を主な任務としてきた義叔母は戦闘能力こそ低いものの、気配を読むことには今もそれなり以上の自信がある。つまり、あのふたりは形ばかりも隠すつもりがないのだ。そういえば、開け放たれた襖から吹き込むそよ風は下座から上座へと流れており、毒を流すなら――
「他意はありませんよ。ただ、父と私の留守を預かっていただいていた叔母様にまずはご挨拶をと思っただけです」
 義叔母の疑心に楔を打つがごとく言葉を紡ぐあけび。
 藤忠は口の端に皮肉な笑みを浮かべてみせた。
「もっとも、麗しの姉上に当主様がなにをお預けになったとの話も聞いていませんが」
 追い出された身でもそのくらいは知っている。それは家の内に通じる者がいることのアピールだ。姉さん、あなたの支配力などしょせんはその程度ですよ。
 義叔母はかすかに眉をしかめる。感情を操られるは愚。しかし、時間をかけて掌握してきたはずの不知火が盤石ではないことを、他ならぬ外様の弟から指摘されてはおもしろくない。
「そういえば義兄殿のご容態は? 確か、病床に伏しておいでとのことでしたが」
「回復に向かってるって。思い切って入院してもらってよかった」
 義叔母への質問をあけびがさらう。
 そう、父はしばらく前から自室より郊外の病院へ身を移していた。撃退士の治療と療養を主に担うその病院はいわば対撃退士の城でもある。不知火の手練れとて、おいそれと手を出せる場所ではないのだ。もちろん、当人の希望ということで面会を不許可とされた義叔母にも。
「……あけび、おまえが」
 藤忠の口を塞いだあけびが薄笑んだ。
「言ったでしょ。“知ってる”って」
 なるほど。あけびは初めからすべてを知っていて、対策をしてきたわけだ。義叔母にとって最大の障壁である父を守り、それに際して義叔母がしかけてくる策をくじくために。
 学園を出たら会社を作ってどうのと言っていたが、なかなかに長たる才を見せてくれるものだ。本家に家人の影が見えないのもそういうことか。
 藤忠が感慨にふけっている間に、あけびは義叔母に花のような笑みを向けた。
「そしてご存じかと思いますが、せっかくいただきましたご縁談のお話、お断りさせていただきました」
 まっすぐ突きつけられた義叔母は寸毫の間をおいて鷹揚な笑みを返す。
 これはどちらが不知火の次代を勝ち取るかの戦いだ。
 たとえ手の者の介入を抑えられたとはいえ、あけびも藤忠もどうやら刃に訴えるつもりはないようだ。ならば、まだ戦える。
「幸いにして愚弟は見目にも恵まれ、私に連なる者として不知火の内でも高位。あなたという傑人の血脈を繋ぐにはこの上ない相手ではなくて?」
 義叔母はあけびに口を開くつもりがないことを確かめ、言葉を継いだ。
「次代の繁栄のためには秀でたものがより多く在るべきでしょう。あなたがすべきは、彼らが対することなく肩を並べて歩いていける道を拓くこと」
 あけびの子は貴重だからこそ、当主争いでその命をすり減らすべきではない。
 義叔母の論はある意味で正しい。たとえ稀代の当主を迎えられたとしても、その者は常に内外から狙われることとなる。得がたい頭は、喪われるリスクを考えれば組織にとって諸刃なのだ。そしてその事態へ対処するには、優秀な者たちの支えが不可欠。
 それを大局を見据えた体で当のあけびへ問いかけるあたり、海千山千ということなのだろう。あけびがうなずけばそのまま押し切り、かぶりを振れば狭量を嗤う。
「どうかしらね。私、なにかまちがっているかしら?」


 仙寿之介が斜めに下がって間合を外す。
「ちぃ、ちぃちぃ、ちぃ」
 口先で囀り、当主が踏み入る。
 その音が刻むリズムと体の動きとが連動していない。それでいて両者は互いを支え合い、巧妙なフェイントを為すのだ。
 食えぬ御仁だ。
 いっそ機先など読まずに抜いてしまえば勝負はつくのだろう。剣の技ひとつに絞るなら、大きく勝る仙寿之介である。しかし。
 仙寿之介は感じていた。当主には、ここまで抜かずにきた理由があることを。いや、ただ騙されているだけなのかもしれない。なにせ相手は臈長けた忍なのだから。
 いずれにせよ、読ませてくれる御仁ではあるまい。それに、この場にあってはこちらが下だしな。
 ふと息を整え、仙寿之介が口を開いた。
「御当主、あなたが抜かぬ真意を問いたい」
「ふむ、これはこれは。存外に若いのだな」
 ただそれだけの答。
 しかしそこに含められた真意に打ち据えられ、仙寿之介は恥じ入るばかりである。
 彼は当主から持ちかけられた勝負を受けた立場、そう思っていたが、ちがう。そうではないのだ。
 この場において計られるは仙寿之介であり、ゆえにこそ動くもまた仙寿之介でなければならない。俺は剣に奢り、礼を失した。
「――恥ずかしい様を晒しました。ご容赦を」
 仙寿之介は足の捌きを止め、前に出した右のつま先を当主へと向けた。
 この剣閃は明ける日を示すもの。どのような手を弄されようと、直ぐに踏み込み斬り払う。
「日暮仙寿之介、推して参る」
 その身は共にあらずとも、あけび、おまえの心は俺のたなごころにある。おまえに恥じぬ俺であるがこと、ここに示そう。
 柄にかけた手へ気を滾らせれば、当主はふと薄笑み。
「こちらの負けだ」
 鞘に収めたままの刀を置き、両手を挙げてみせた。
「まったく、ただでさえ勝てぬ勝負に孫の影をちらつかされてはな。やる気が削がれるどころではあるまいよ。なあ、日暮殿……と呼んでおこうか。婿殿と呼ぶにはまだちと早かろうゆえな」
「は……その、痛み入ります」
 わけのわからぬ顔でわけのわからぬ言葉を返す仙寿之介。
 まったく、本当におまえの祖父殿は食えぬお人だ。


「意味のない話ですね」
 あけびの唐突な言葉に、「は?」。義叔母と藤忠が絶句する。こうして見るとさすが姉弟、よく似ている。
「だって、ひとりがいなくなったくらいでなくなる次代の繁栄なんて意味がありませんよ。それどころか今このとき、不知火は世界から置いて行かれそうになのに」
 天使、悪魔、アウル……この世界に顕われたものがもたらした状況や技術はすでに生活へと食い込み、それなしには立ちゆかぬまでになっている。不知火とて、その開化の波から逃れられはしない。
「うちの仕事もずいぶん減ってますよね。叔母様のお財布もそろそろ危ないんじゃないですか?」
 口調を崩したあけびが義叔母を追い立てる。
 なぜこの子は私の隠し資金を……いや、それよりも。
「無礼は不問にするけど、じゃああなたになにができるの?」
「経営を」
 あけびはさらりと言い返し、説明を加えた。
「姫叔父といっしょに撃退士としていろいろ経験しました。その経験と忍の技を合わせた警備会社をひとつ。もうひとつありますけど、叔母様には関係ありませんから割愛。とにかくどっちも当主を通して話を進めてるところです。社長を務めてくれる姫叔父の了解をもらった上で」
 肩をすくめた藤忠がやれやれ、息をついた。
「当主の協力があるのは知らなかったけどな。なにせ本家には出入り禁止だったから」
 遠ざけられていたのはあけびも同じ。
 なのにここまでのしかけをすでにすませていたとは――当主もあけびについているということ――自分の立場は――
「お爺様はどちらでもよかったんだと思います。次の当主になるのが甥でも私でも。ただ」
 あけびは静かに間を置いて、あらためて口を開いた。
「不知火を継ぐだけじゃなくて、新しい世界に接ぐ覚悟を決めたのは私だけです」
 これまで柳のごとくに義叔母の攻めを受け流してきたあけびの宣告。その一打は柳枝の鞭となり、ついに義叔母の心を裂き、魂を打ち据えた。
 呆然と座り込む義叔母を残し、あけびと藤忠はその場を後にする。振り返ることなく、ただ前を向いて。


「終わったか」
 待ち受けていた仙寿之介があけびに問うが、彼女はかぶりを振ってみせた。
「もうひと悶着あると思います。でも、それで終わらせます」
 あけびの強い言葉に仙寿之介は「そうか」、薄笑んで。
「そのときには心ばかりでなく、俺の身もまたおまえと共にある」
 彼の言葉に含められたものを察した藤忠が割って入る。
「そちらはそちらでひとつ決着がついたか」
「それは後で話そう。食えぬ御仁してやられた笑い話だが。それよりもあけびのほうはどうだった?」
「それも後でちゃんと話します。長くなると思いますから」

 いくらかの先、不知火はその名を継ぐあけびにより、明日へと接がれることとなる。仙寿之介と藤忠、かけがえなき両翼を羽ばたかせ、先へ、先へ、先へ――


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【不知火あけび(jc1857) / 女性 / 20歳 / 明ける陽の花】
【不知火藤忠(jc2194) / 男性 / 26歳 / 藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ】
【日暮仙寿之介(NPC) / 男性 / ?歳 / 天剣】
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エリュシオン
2018年07月11日

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