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『尽情 』
獅堂 一刀斎aa5698)&比佐理aa5698hero001
 そも、獅堂 一刀斎が生を受けた獅堂家とは、存在を秘された獣血の家系である。ゆえにこそ黒子装束で身を隠せる傀儡師の道を選んだのだというが、血を繋ぎ続けられたは“獣師”としての裏働きによるところが大きい。
 かような獅堂だが、ワイルドブラッドの存在が知られるようになるにつれ、その有り様は裏から表へ比重を移していくこととなる。……もっとも人形芝居は衰退の一途を辿る文化であり、名を馳せるには至らなかったのだが、さておき。
 一刀斎は人形が好きだった。
 獣血の姿は本来、地縁に左右されるものだ。なのにひとり、黒豹の血をもって生まれ出でた一刀斎である。孤立を余儀なくされた「取り替え子」が、自らを遠巻きにすることもなじることもなく、黙々と受け入れてくれるばかりの人形へ入れ込んだは必然というものだろう。
 彼は豹の身体能力をもって工房の明かり取りへ貼りつき、人形が生み出される工程に見入った。そうして数ヶ月から一年をかけて完成される美に打ちひしがれ――落胆した。
 人形は美しい。
 しかしその本来それぞれが見せるべき美しさは、一様を成すがために削り落とされてしまう。
 一刀斎が心定めたのはそのときだ。
 己の心に靄めくこの想いを――美のもっともたるを、いつかこの世に顕現させる。
 この後、一刀斎は父親へ工具と木材をくれるようかけあった。
 父としては思うところがあったのだろう。すぐに手配を済ませ、離れを作業場として与えてくれた。
 こうして一刀斎は一心不乱に理想と向き合う場を得、父は一族から忌み子について責められる機会のいくらかを手放せたのである。

 取り憑かれたように一刀斎は女型の人形を造り続けた。
 細かな技はこれまでどおり工房を盗み見て学び、自らの手へ反映する。その手をもって己が心に問い、鑿をいれて答を成す。
 こうして彼が生み出す人形は、繰り手ならぬ好事家の目を集めることとなった。
 表情深く、生身めいたなまめかしさまでもを魅せる面(おもて)。実に美しくはあったが、舞台に求められる形(かた)からは大きく外れていたのである。
 しかしながら、一刀斎は気にしなかった。使おうと使うまいと、彼の人形を愛してくれる者がいる。人形の不幸は誰の目にも触れぬ場所へ打ち捨てられることだ。愛子の幸せを思えば、嫁がせることをためらう理由はない。

“娘婿”からの結納金はそれなり以上の額となった。その金を使い、さらに研鑽を積んではみたが、それでもなお彼の胸の靄は晴れぬままであった。
 とどのつまり、壁に行き当たっていたのだ。その先に、形すら知れぬ理想の美があると知りながら越えられない壁。
 だから一刀斎は禁忌を犯す。西洋や近代の制作技法を伝統的な和人形に併せるという、伝統工芸においてはありえぬ禁忌を。
 浄瑠璃や文楽の人形は、頭と右腕を担当する“主遣い”、左手を担当する“左遣い”、両脚を担当する“足遣い”の「三人遣い」によって繰られるものだ。ゆえに構造は単純化される必要があり、自力で立つことすらできぬ人形は、感情ひとつを表わすことすら演者の技量に頼ることとなる。
 人形の美とは人形自身が語るべきもの。
 手を加えるは、その美を削り出すがためのもの。
 だからこそ、一刀斎は人形を支え、繰り手の手がかりとなる「金(かね)」のすべてを取り去った。
 ぶらりとした関節部に球体を差し込み、自在に姿勢を変えながらも自立を保つ工夫を加える。関節に通すのはゴム紐が主流だが、ここだけは背美鯨の髭に拘った。伝統を守りたいわけでなく、生物に由来するものを使うことでより色濃い“命”を吹き込みたいがために。
 次いでビスクドールに顔立ちや立ち姿の有り様を学び、ベイヒ――アメリカ産の檜――を用いて新たな技法を探りもした。
 和洋問わず、古今問わず、取り込めるものはすべて取り込んで、造る、造る、造る。
 多くの失敗の中で掴んだわずかな成功を握り込んで鑿を振るい続けた結果、一刀斎の名は好事家の間で高く語られるようになった。
 そして一刀斎が二十歳を過ぎたころ。
 伝統と獅堂の技とを穢した愚物として、放逐を言い渡される。
「二度と獅堂の敷居をまたぐことは許さん」
 宣告する父の渋面に、一刀斎は笑みを返したものだ。
 これでもう、誰の顔色を窺うことなく道を求めることができる。
 未だたどり着けぬ先を目ざして、一心に。
 その後人の足を拒む山奥へ隠れ棲み、好事家の支援を受けながら、ただ造り続けた。
 しかし、どれほど学ぼうと、どれほど凝らそうと、心の靄は相も変わらず形を成してはくれない。
 気がつけば一刀斎は、三十路も半ばに差し掛かろうとしていた。


 虚心を引きずり、山中に打ち捨てられた神社へと向かう一刀斎。
 この期に及んで神頼みとは痴れた行いだが、今となってはもう、形なきものへすがるよりない心境である。
 さらに言えば今日は豪雨で、湿度が高いがゆえに現在手がけている人形に彩色を施すことができない(湿気を含むとつけた色が割れるのだ)。ようは手持ち無沙汰ゆえの思いつきでもあった。
 折り重なった枝に弱められた雨をかぶりつつ、濡れた下生えを豹の感覚でもって踏み越えて行けば、小さな社が現われた。
 なんとも不思議な様相であった。
 社を貫いて立つ巨木。数多の木を見てきた一刀斎には、それが社よりも古い年月を経てきたことが知れた。どうしたことだ? 木を取り巻くように社を建てたとは思えんが……今はそのようなこと、どうでもいい。
 雨に打ち据えられる痛みすら忘れて引き寄せられた一刀斎は手を打ち、頭を垂れる。
 長き時を過ごされてきた御神木とお見受けする。何卒、この手を生涯一度の美へ導き給え。何卒、何卒――
 あまりに身勝手な、しかしどこまでも真摯な祈りに応えたものは。

 神鳴。

 閃光が社を打ち、吹き飛ばされた一刀斎が二転したころ、ようようと轟音が追いついてきた。
 なにが起きたものか知れぬまま、彼が社に顔を向ければ。
 焦がされた巨木が根元からへし折れ、ゆるゆると倒れゆく様が映る。
 そして。
 そのただ中に寸毫浮かびし少女の姿が。
 一刀斎はすでに消え失せた少女を追って駆けたが、その影を踏むことすらかなわない。
 呆然と立ち尽くし、ふと我に返って、今だ燻る巨木へ慌てて脱ぎさった着物を叩きつける。この木にあの娘が宿るならば、もう一度逢えるやもしれぬ。いや、俺の手でかならずや顕現させてみせる。
 彼の心の靄は晴れていた。
 そう。ここまで追い求めてきた唯一絶対の美を見いだしたがゆえに。

 急ぎ山を下りた一刀斎はひと月をかけ、神社の管理者となっている相手を探り当てた。
「なんとかあの木を譲り受けたい」
 切り出した一刀斎はたらい回しにされ、二転三転する話に幾度となく私財を捧げることとなったが……好事家の口利きもあり、すべてを失う寸前で話を取りまとめることができた。

 誰の手を借りることもなく、一刀斎は自ら神木に鋸を入れた。
 焦げた表皮を剥ぎ取れば、驚くばかりに白く瑞々しい木肌が現われる。ああ、このすばらしく匂い立つ命ならば、あの美の依り代を十全に勤め上げてくれるにちがいない。
 こうして切り出した材は、一年をかけて乾燥させた。
 あとはそう、持てる技のすべてをもって、眼に焼きついたあの少女を顕わすばかり。
 寝食を忘れて打ち、削り、塗り上げて。
 彼はついに再会を果たす。
 はからずも、初めて鑿を入れた日から数えて十月十日め――赤子が母の腹に宿り、産み落とされると同じ時を経てのことである。


 それからの生活は、他に言い様がないほど幸いであった。
 比佐理と名付けた少女人形が見守る中で人形をこしらえ、わずかな菜と玄米があるばかりの質素な食卓を共にし、夜となれば眼を閉ざさせた比佐理と並んで眠る。
 さながら生ける娘子を愛でるがごとき振る舞い。人が見ればおぞましい有様であろうが、かまうものか。俺は今、生まれ出でて初めて満ち足りているのだから。
 こうして十二月が過ぎ、比佐理が生誕して一年が経った。
「今日は肉と酒を用意した。比佐理の誕生日を祝うには物足りなかろうが、せめてもの気持ちだ」
 木材ににおいを移さぬよう、常は持ち込まぬ鹿肉の炭火焼きを卓へ置き、清酒を詰めた徳利を添える。不調法ゆえに誕生を祝う歌を唸ることはしないが、代わりに幾度も「おめでとう」、「ありがとう」、比佐理へ語りかけた。
 いつもとちがう今日。
 だからだろうか。これまで影もなかった災いを呼び寄せてしまったのは。

 小さな庵の壁を溶かし、それはべしゃりと押し入ってきた。
 なにが起きたかなど知れぬ。が、それが尋常ならぬものであることだけは見るまでもなく知れる。
 爛れた肉塊としか見えぬそれは触腕を伸ばし、肉をさらったが、本体に届く前に肉は溶け落ち、それは無念気にざわめいた。
 誰だと問うたところで応えがあるはずはなく、触れれば豹の爪牙とて容易く溶かされよう。しかも救いを求める術も、どうすればいいかと迷う暇とてありはしない。
 一刀斎は比佐理を抱えて作業場へ逃げ込んだ。俺はどうなろうとかまわない。しかし比佐理だけは――
 と。音もなく傾いだ屋根が、みしめきと甲高い悲鳴をあげて降り落ちる。
 柱を溶かされたのか。その思考は体ごと梁と瓦に飲まれ、断ち切れた。
 比佐理! 声にならぬ声でその名を呼べば、視線の先に転がる少女人形の姿が見えて。一刀斎は安堵する。ああ、飲まれずに済んだか。
 しかし。
 その安堵の笑みが消えぬうち、這い寄っていた肉塊が人形へ喰らいつき、溶かし尽くしたのだ。
「比、佐理……?」
 ただひとつ残された目玉が転がる中、肉塊は一刀斎へ迫る。
 そうか、俺も喰われるのか。
 だが、比佐理と同じ末路を辿れば、俺もまた比佐理と同じ先へ逝けるのかもしれない。それならば、いい。
 かくて目を閉ざしかけた、そのとき。
『そうですか』
 目を見開く一刀斎。
 転がったはずの目玉から聞こえた声音。ガラスならぬ、あの神木を削って造り上げた目玉は今、宙へと浮かび……紫光を爆ぜさせた。
 身をすくめる肉塊と同じく身をすくめた一刀斎との間で光は形を編み上げていく。一刀斎が彫り上げたままの幼き肉を、その内に流れる血を、誰のものでもない黒髪を。果たして。
「おしえてください。わたしはあなたさまをみおくればいいのでしょうか? あたまのなかでせいやく、せいやく、うるさいのですが」
 たどたどしい言葉を紡ぎ、あどけなく小首を傾げた“少女”に、一刀斎は必死でかぶりを振る。なにも悟ってなどいなかったが、本能が知らせてくれる。比佐理は誓約を求めているのだと。
「共に――未来永劫に共に在ってくれ」
「わかりました」
 交わされた誓いは黒紫の指輪を成して一刀斎の左手、その中指へと収まり。
 それを追うように比佐理が一刀斎へと飛び込んで、ふたりはここにひとつとなった。
「終わらせよう。俺たちの今日を始めるために」
 黒き獣毛で包まれたたくましい肢体に凄絶な力を滾らせ、一刀斎は糸を伸ばす。それは彼が人形のからくりに使ってきた背美鯨の髭だ。
 強く粘りのある髭を縦横に張り巡らせて肉塊の動きを封じた彼は、無造作にその端を引き絞る。
「伝統にあれだけ拘り続けたはずの獅堂が、異国のマリオネットに学んだ糸繰り術を伝えてきたのはとんだ皮肉だがな」
 微塵に刻まれた肉塊にうそぶき、一刀斎は小さく息をついた。


「信じられないことばかりだが、少しずつ確かめていこう」
 比佐理に語った一刀斎は、崩壊した庵を出て人里に近い山中へと住まいを移す。見た目よりも心幼き比佐理を守るばかりでなく育てるには、己の言葉ばかりでなく文明が必要と思い定めたがゆえにだ。
 絵本から始め、多くの書物を比佐理へ読み聞かせた。その後は少しずつ、テレビやインターネットといった情報にも触れさせていった。
 そして彼女に己の指輪とそろいになるよう拵えた指輪を与え、与えうる限りの愛情を与え、愛でた。
 いつしか比佐理は「あなた様」ではなく「一刀斎様」と呼ぶようになり、一刀斎の前では自らを「比佐理」と称するようになったころ。
 比佐理は唐突に涙をこぼす。
 世相を学ばせるためにつけていたテレビが語る、愚神被害の報道。多くの人が死傷した事件に、彼女は泣いたのだ。
「……悲しいか?」
「わかりません。でも、止められません」
「そうか」
 一刀斎は立ち上がり、やさしく比佐理の手をとり、引き上げた。

 かくて一刀斎は比佐理を伴い、山を下りた。
 世を救うためならず、誰かを護るためならず、比佐理の涙を止める――そればかりのため、戦場へと踏み入る。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【獅堂 一刀斎(aa5698) / 男性 / 37歳 / 黒豹の傀儡師】
【比佐理(aa5698hero001) / 女性 / 12歳 / 無垢なる傀儡人形】
イベントノベル(パーティ) -
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2018年07月11日

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