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『乱鶏! 』
海原・みなも1252
 草間興信所の電話が鳴ったのは、あたし――海原・みなもと所長の草間・武彦さんが言い争っていた、そのときのことでした。
「はい! 草間興信所ですっ!」
 あたしは口ゲンカの勢いをそのままに受話器へ向かいます。
 全部草間さんが悪いんです。コーヒーは炒りたての豆を挽いてドリップでーとか言うんですから。そんなお財布状況じゃないのに!
 ――っていうのはさておき。
『えっと、はい、助けてもらえたらうれしいなぁと思ったりしてお電話いたしましたんでございますけれども』


「シャモの叛乱〜?」
 現場に向かう車の中、草間さんがすごい顔で言いました。
「鹿児島産のシャモを試験的に仕入れるはずがバンコクからお取り寄せされちゃったシャモが、種鶏場で暴れてるそうです」
 あたしの返事に草間さんはもっと顔をしかめて。
「種鶏? 卵じゃなくて肉のほうか。って、タイと鹿児島でなにまちがうんだよ……しかし気が荒いって言っても鶏だろ? なんでわざわざ探偵なんか雇うんだ?」
「怪奇な事件が起きたから?」
「それで俺に言わなかったのかよ!」
 だって草間興信所に今いちばん必要なのは、怪奇嫌いな草間さんのご都合じゃなくて、お金ですもの。
 ともあれあたしたちは現場について……とりあえずびっくりしました。

「俺に名はない。が、見てのとおり、ムエボーランの戦士だ」
 腕組みじゃなくて羽組みして、やけに渋い声で言ったのは……うん、どう見ても鳥人です。
「いろいろよくわからないんですけど、ムエボーランって」
 鳥人さんの説明だと、昔ビルマ(ミャンマー)の属領だったシャム(タイ)を独立に導いた徒手空拳の戦士の方々がいらっしゃったそうで、彼らの使った格闘術がムエボーラン、ムエタイの元になったものなんですって。
「俺はイーブン(日本)でこの体を得た。軍鶏も烏骨鶏もオービントンもプリマスロックもレグホーンもワイアンドットも……」
 こっそり後ろに来ていた依頼主さんが「全部鶏の種類です」と教えてくれました。たくさんいるんですね。鳥人さん、まだ言い終わってませんし。
「……それはともかく! 俺はこの力でイーブン中の鶏を制し、人間を制する! 俺を止めたくば力尽くで来るんだな!」
 わかりやすいですけど最悪のパターンですね、これ。できればお相手したくないところなんですけど。
「そういうことなら相手するぜ?」
 草間さんで踏み出しました。
 えっと、草間さんがお嫌いな怪奇事件なのに、なぜそんなにやる気なんでしょうか?
「拳で語り合うのは男のロマンだろ」
 なんてお安いロマン!
 思わず膝をつくあたしを置き去り、草間さんは鳥人さんに向かって行って。
「スゥァー!」
 鳥人さんが飛ばした衝撃波であっさりKOされたのでした。
「質問です」
「なんだ人間?」
「今の格闘技じゃない、ですよね?」
「俺の手から出るものすべてがムエボーランなのだ!」
 某宇宙戦争のフォース的な便利さですね……。
「あと、スゥァーって」
「スゥァはタイ語で虎を差す」
「シャモなのに虎です?」
「それもムエボーランだぁーっ!!」
 力強くごまかされても納得できないですけど、ともあれ。
 うやむやのうちにあたしのラウンド1がファイトしたのでした。


 ちなみにあたし、戦うのは得意じゃありません。
 でも鳥人さんの論からすれば、あたしが格闘技だって言い張れば格闘技になるかなと思いますので、ここはひとつ白光と赤光で……
「武器を使うのはムエボーランではないぞ」
 鳥人さん、器用に肩なんかすくめて言いました。
 うーん、ちょっとマイルールが過ぎませんか?
「でもあたしか弱い女子ですし、ハンデください! ハンデ!」
「ならば俺はソークを封じ、マッとテで戦おう」
「専門用語もなしでお願いします!」
「……ならば俺は肘を封じ、突きと蹴りで戦おう」
 譲歩してくださってるんでしょうけど、それでどのくらい変わるのかがさっぱりです。
 でも、とにかく鳥人さんをKOしないと依頼料がいただけません。がんばる以外の選択肢、今のあたしにはないのでした。
 というわけで、ジャンプして飛び込みながら小さな蹴りを当ててみます。
「スゥァ・マッ・アッパーカット!」
 前にぐいーっと踏み込みながら、鳥人さんがジャンピングアッパーカット! あたしの蹴り足の先をすくいあげて吹っ飛ばしました。
「初心者の動きだな。飛び込み技は的にしかならん」
 格闘ゲームですか! 奥歯を噛み締めたあたしに、鳥人さんの衝撃波が襲いかかります。早いのと遅いのを織り交ぜながら、ガードを固めたあたしの体力をちょっとずつ削りながら押し込んでいきます。
 たまらずあたしは跳ばないように間合を詰めますが、軽い足払いで牽制されて、硬直したところにマッ・アッパーカットですよ。
 まずいです。離れてると削られて、近づいても削られて……攻めようがありません。
 でも。
 あたしは鳥人さんの足払いをすかしてしゃがみ小パンチ。戦闘はあれですけど、経験はちゃんと積んでますからね。見切って小攻撃返すくらい、できたりできなかったりします!
 もちろんガードされましたけど、逆にそれでいいんです。この小パンチ、小キックにくらべてガードした相手の硬直時間が長めなんですから。
 すかさずあたしは立ち中パンチからしゃがみ中キック、連続蹴りへ繋げます。完璧なコンボです。よくわかりませんけど、なんだか完璧なのです。
 受けに徹する鳥人さん。このまま体力を削りきれればあたしの勝ち――
「うおおおおおお」
 鳥人さんがぐーっと力を溜めて。
「スゥァ・カータムラーイ!!」
 攻撃に夢中だったあたしに飛び膝蹴り! そこからマッツ・アッパーカットで宙に浮かせて、とどめのマッ・アッパーカットです!
 こうなったらもう、あたしも「きゃー(この後エコー)」っと宙を舞うしかありませんでした。


「勝負は俺の勝ちだったが、おまえには見どころがある。特にあのフレームを読み切った上でのコンボは」
 専門用語ばっかりで理解不能なんですけど、鳥人さんが褒めてくださってるのはなんとなくわかります。
「よっておまえを我が同胞に迎えたいと思う」
「それはあたしが鳥人さんになるってことですか!?」
 なかなかに想像したくない末路ですけど!
「いや、残念ながらこのすばらしい姿はくれてやれん。この俺の内に滾る超鶏力をおまえに注ぎ込み、ブラーマかロードアイランドレッドかアメローカナかコーチンか……」
 多分これ鶏の種類ですよね。
「断固お断りしま」
「スゥァー!!」
 だからそれ鶏じゃなくて虎ですよねー!?

 というわけで。
 あたしの体は鳥人さんの謎パワーのせいでビビビっと変えられてしまいました。
 唯一の救いは、日本の天然記念物に指定されてる東天紅になれたことでしょうか!? うん、なんの救いにもなってませんねっ! はい、かなり深刻に自暴自棄ですあたしーっ!
「新たな体を得たおまえは今日より俺の群れの一員として励むのだ」
 謎パワーを出し切ったからか、普通のシャモ形態に戻った鳥人さんあらため只シャモさんが言いました。
「……具体的になにをすればいいんでしょうか?」
 只シャモさんは鶏っぽく首をカクっと傾げて。
「穀物を食し、たまに貝殻も食し、運動して寝る?」
「ちょっとフリーダムな極々普通の鶏さんの暮らしですよね、それ」
 只シャモさん、黙して語らず。
 あたしはしかたないのでトウモロコシなんかついばんだりすることにしました。
 今日はいろいろありましたし、明日まとめて考えましょう。
 ――明日も同じこと言ってそうですけども。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【海原・みなも(1252) / 女性 / 13歳 / 女学生】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年07月12日

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