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『虚実 』
剱・獅子吼8915
 金のライオンヘアの先にドライシガーの辛い紫煙をまとわせて、剱・獅子吼は午後のひとときを悠然と楽しんでいた。
 悠然と組まれた脚はすらりと長く、胸元を大きく開けたワイシャツからのぞく谷間は限りなく白く、すばらしく豊かで。彼女の日本人のものではありえない、玲瓏たる面と相まって実に艶やかだったが……
 まわりの席の常連は誰ひとり彼女をのぞき込んだりしない。彼らにとって彼女という存在はすでに、日常の一部だったから。
 だからこそ獅子吼はなにを気遣うこともなく、喪われた左腕を垂らしたまま、そのときが来るのを待ち受ける。
 ――店のドアが開き、ひとりの女が喫煙席へ踏み込んできた。
 銀のロングヘアに眼帯で塞いだ右眼という、こちらも非常に人目を引く外見であるが、慣れているまわりの常連は特に反応することもない。
 かくて女が獅子吼の耳元で何事かをささやけば、獅子吼は薄笑みをうなずかせ。
「引き受けるよ。ゲームのような世界を体験できる機会、なかなかに得がたいだろう?」
 待っていたそのときを諸手を拡げて受け入れて、立ち上がった。


 そこは洋館だった。
 売り出し中ということで掃除は行き届いていたが、なんとも白茶けて埃臭い。ずいぶん長い時間人が住んでいないことがひと目で知れる。
 だからこそ、というわけでもないのだろうけどね。
 胸中でうそぶいた獅子吼は碧眼を巡らせる。これだけの“隙”がありながら、鼠どころか虫一匹見つからず、その足跡すらも認められなかった。つまりは、本能で生きる虫たちをすら寄せつけない恐怖がここにはあるということだ。
 もちろん、ここへ来るまでにひと通りは調べて――正確には調べさせて――おいた。
 その中でもっとも獅子吼の目を引いたのは、この館の造りが世界的ヒット作となったアクションホラーゲームの舞台となっている館とまったく同じであり、それゆえに夜な夜なクリーチャーが出没するのだという噂。
 都市伝説とは“結晶”のようなもの。核になるもののまわりに寄り集まって形を成す。……それにしても興味深いね。人の噂なんていうあやふやなものですら核になり得るなんて。
 しかし、放っておけば“噂”はより強固に結びつき、やがてはこの館から外へ這い出す力を得るだろう。隠遁した身であればこそ、世に騒ぎの種が撒かれるのを見過ごすのは避けたいところだし、結果として知らない誰かが傷つけられるのもおもしろくない。
 そういうわけだから、始めようか。
 獅子吼が半ばから断たれた左腕に語りかけた。
 と。その喪われた先を埋めるかのごとくに闇が押し固まり、黒き剣を成した。
 この世のものではありえぬ剣が一文字を描けば、昼下がりの空気は音もなく裂け、その軌跡に残された黒を自らに溶かし込んでいく。
 果たして顕現したものはそう、黄昏であった。
 神ならぬ獅子吼に描き出せる黄昏は当然偽りのものではあったが、むしろ真実ではないからこそ都合がいい。なにせ敵もまた、真実ならぬものなのだから。
 かくて偽りの暮日の下、世界の裏側に潜んでいたはずのものが曝される。
 腐肉をしたたらせた獣はとまどうこともなく穢れた牙を剥き、壁へ跳んだ。
 普通ならば行方を追ってしまうところだろう。熟達した戦士であれ、次の動きを見極めるべく目線をはしらせるはずだ。しかし獅子吼はあらぬ方向へ目線を置き、剣を突き出して――吸い込まれるように跳び込んできた獣を貫き通した。
 獣があらぬ方向へ向かうのはフェイントをかけるがため。しかしその目線は常に、自らが食らいつくべき箇所に据えられている。
 向かい合った寸毫でそれを読み取った獅子吼がすべきは、獣の目ざす先を切っ先で塞ぐ。それだけのことだったのだ。
 溶け崩れていく獣から切っ先を取り戻し、獅子吼は先を目ざす。

 扉の影からまろび出るゾンビ。その腕を巻き取るように剣をすべらせて眉間へと刃を突き立てれば、ゾンビは声もなくその場に崩れ落ち、溶け消えた。
 人間にはハートショット、ゾンビにはヘッドショット。“定説”はこの館の住民にも有効だ。いや、人の噂から生じた都市伝説だからこそ、より強固に定説を守っているのかもしれないが。
 曲がり角から跳びついてくる獣の横っ面に踵を突き込み、壁との間に頭部を縫いつけておいて、剣でその首を断つ。
「っ」
 足を引いた瞬間、ガチリと牙が噛み合わさる固い音が響き、獅子吼は床に下ろした足を軸に横回転、振り込まれた爪をかわして剣を送り出した。
 今度こそ動きを止めて溶け消える獣の胴と、ふたつの頭。
「双頭、か」
 館の攻略が進行したことで、強力な個体が出現し始めたようだ。それにしても急所たる頭を増やすことで撃破されにくくするとは……実にゲーム的発想ではないか。
 ショットガンがあればもう少し楽ができただろうが、獅子吼にはこの剣がすべてである。過去も今も、そして未来にも。
 多腕の人型が振り込んできた棍棒を立てた膝と剣の鎬でいなし、その膝を踏んで飛び越しながら頭部を断ち割って、獅子吼はさらに深部へと足を踏み入れた。

 残るエリアはダンスホールただひとつである。
 二階のほとんどを占めるこのホールは広さにして百畳。まさにラスボスと死闘を演じるには最高の環境だ。
 だからこそ、最後まで踏み込まずに来た。これはゲームだ。ラスボスは最後に現われる。それを考えれば、「最後に踏み込んだステージこそがラストステージとなる」ことは容易に知れる。
 果たして、ホールで獅子吼を待ち受けていたものは巨漢だった。肌こそ青黒いが、多腕でも多頭でもない、普通の人型である。
 ガトリング砲がそこから伸び出した弾帯を凄まじい勢いで飲み込み始め、幾十、幾百、幾千の大口径弾が横殴りに空気を裂き、壁を打ち据える。
 銃口の先からすでに身をずらしていた獅子吼はそのまま円を描いて人型へ駆け込んだ。振り向いてしまえば弾の豪雨に追いつかれ、瞬く間に引き裂かれるだろうが、それよりも早くたどり着き、人型の首へ切っ先を巻きつける――
 ギン! 鋼同士が打ち合い、押し合う鈍い音が響き、剣が弾かれた。
 ヘッドショットによる即死効果を無効化する、ボスならではの特殊能力! さらにはガトリングをチェーンソーに換装し、のしかかってくる。
 回転刃を転がってかわし、床に剣を突き立てた反動で起き上がって、問う。
「気がつかないかな?」
 ボス……都市伝説の意識がかすかに揺れる。目の前の獲物がなにを言っているのか、理解できない。
「私の黄昏は偽り、言い換えれば虚だよ。そして虚は、実を長く偽ることもできない」
 言われてようやく都市伝説は気づく。獅子吼が描いた黄昏が、端から消え始めていることに。その内で“倒された”都市伝説の欠片は黄昏と共に消滅し、二度と本体たる自分の元へ戻ることはないのだと。そして程なく、自分も同じように……
 獅子吼は切っ先を都市伝説へ向け、静かに言葉を継いだ。
「あと少しだけ時間がある。キミは、どうしたい?」
 都市伝説は獅子吼へ襲いかかる。かくあれと生み出された己を全うするがために。
 獅子吼はそれ以上言葉を重ねることなく、ステップワークで回転刃をかわし、都市伝説の首、その一点へ切っ先を突き立て続けた。打ち合う濁音はやがてその高さを失い……ついにはゴグリと重い音を漏らし、切っ先は都市伝説の首を貫いた。


 いつもの喫茶店、いつもの席でシガーをふかしながら、獅子吼はいつもの通りに待っている。
 この世界が隠遁者たる彼女を召喚するそのときを。
 

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【剱・獅子吼(8915) / 女性 / 23歳 / 隠遁者】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年07月17日

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