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『魔法は心の水鏡 』
ユリシウスka5002)&タラサ=ドラッフェka5001

 それは、この世で最もキレイなモノだった。
 光を透かしキラキラと輝きながら、ひらひらと宙を舞うそれは、御伽噺に出てくる人魚の尾びれのようで、おそろしくキレイだった。
 思えばそれは本当に人魚だったのかもしれない。
 その光景に魅入ったこの右の眼は、暗闇に引き摺り込まれてしまったのだから。



 真夜中のプールといえば、水がちゃぽちゃぽとプールサイドに寄せて小さく波打つ音こそ風情というものでしょうに、その日ばかりは勝手が違いました。
 プールの水は轟々と音を立てて、荒れ狂ったように渦を巻きながら、天を突いていました。
 オンディーナ。それが、この水の“魔法”の名だそう。さしものかの魔女も、四大元素の由来ばかりは、基本に寄らざるを得ないという事でしょうか。とはいえ、四大をたった一つの器が有するという事実は、末恐ろしいモノがありますが。
 イギリスはロンドンより日本へ居を移した魔法界の旧家──旧オールドブリッジ家の血を引く、わたくし、赤西高校三年生の古橋ユリシウスにとってしてみれば、畏怖を抱く事も珍しくありません。
「さあ、ラウラ。準備はいいかしら?」
 かの魔女の底知れなさは今までも思い知った事、気を取り直し、わたくしと同じくプールサイドに立つ少女へと声を掛けます。
 次の瞬間、彼女の身に付けた第一赤西小学校指定のセーラー服が朱いポンチョへと変わり、その小さな二つの手の中には、回転弾倉(シリンダー)を備えたライフルが現れたではありませんか。
「オーキィドーキィ♪」
 目の前の大渦も何のその、陽気に頷く彼女こそ広崎ラウラ。いいえ、愛らしくも西部劇然とした衣装に身を包み、“リボルビングステッキ”を抱えたその立ち姿は“魔法少女ラウラ・ザ・キッド”と称するに相応しいでしょう。
「気を抜かにゃいようにしにゃさい」
 ラウラの肩に乗った黒猫が、釘を刺します。勿論、一般的に黒猫は釘を刺しません。この黒猫──ルーナの正体は、実のところ猫ではないのです。
 オンディーナの“元”主──かの魔女こそ、このルーナその人なのです。
 魔法は秘匿されなければならない。ラウラにその正体を見破られたルーナは、その誓いを破り、使い魔の姿へとその身を貶められて、全ての魔法を失ったのでした。
 ルーナはラウラを新たな従者として、この赤西町に散逸した魔法の回収を強要──もとい依頼したのだとか。
 かくいうわたくしもまた、彼女らに協力して、魔法の回収のお手伝いをしています。
 さて、それではわたくしもそろそろ、準備をするといたしましょう。
 魔法は心象の投映。ですから準備と申しましても、ただ心の中で“在れ”と念じれば、事は足ります。
 わたくしが魔女の姿をとる時、母親譲りのブロンドは、鴉羽根のような黒に変わり、赤西高校指定の夏服も、浮世離れした白のドレスへと変わります。
 そして、手には白木フレームのライフルを。引金のない、ライフルを。
 魔法は心の投映と言いました。この引金の欠けた銃は、わたくしの戒めの表れです。決意とは言いません。これは、心が弱い方へと流れないようにするための堰なのですから。
「それでは、参りましょうか」
 ライフルを構えて、ラウラへと呼び掛けます。
「オッケィ。それじゃあさっそく」
 そう言うが早いか、彼女はリボルビングステッキをぐるりと振り回して、自分の足許へと向けました。
 実はわたくし、西部劇好きで銃に詳しく喧嘩っ早いという、彼女のお兄様の知己なのですが、こういうところは少々似ている気がします。
「シェイド!」
 ぱきゅん──と可愛らしい音と共に、ラウラの足許に落ちる影が、無数の蛇となって、渦巻く水へと巻付きます。ですが──影の蛇達は、水をすり抜けてしまいました。
「え、なに? どういうこと!?」
「シェイドは、影の魔法。影を持たにゃいモノには通じにゃいわ」
 水は光を透かします。残念ながらラウラの十八番は、今回出番がなさそうですね。
「ぼうっとしにゃい。次が来るようよ」
 ラウラがわたわたとしている間に、影をすり抜けた水の渦が、彼女へと襲い掛かります。とその時──
 キン──という音が響き渡り、ラウラを呑み込もうとする水渦が凍り付きました。
「あ、おねえさん……?」
「大丈夫? ラウラ」
 ラウラを背後に庇いつつ、彼女に微笑み掛けます。
 わたくしが得手としているのは、ご覧の通り、氷雪の魔法。物を凍らせるという事に掛けては、一角の腕であるという自負がありました。
 ですが、目の前で停止したはずの大質量の氷が身動ぎするように震え出しかと思うと、亀裂が生じ始めました。
「あにゃた水の元素持ちでしょう。にゃら直接制御して──」
「……できませんわ」
 いつもながら上から物を言うルーナの指示に、かぶりを振ります。その態度に据えかねたのではなく、そうせざるを得なかったのです。
 水渦は冷気の束縛を振り払い、その形状を幾つもの水流に枝分かれさせて、わたくし達を串刺しにしようと襲います。
 無数の水の槍が、立ち尽くすわたくし達を貫いたその時、すぅ──っと、その無残な姿が揺らめいて消えました。
「……乱暴なこと」
 少し距離を置いた場所で、虚像でない本当のわたくし達の姿を覆い隠していた霧のヴェールを取り払います。
「ありが──」
「ちょっとどういうことにゃの? 水を操れにゃいですって?」
 お礼を言おうとするラウラを遮って、ルーナが問い詰めて来ます。
 そう、わたくしは、水の元素を有していながら、水を制御できません。物を凍らせたり、霧を操る事はできても、たゆたう水を御する事ができないのです。
 魔法は心の投映──つまりはそういう事なのでしょう。
 ライフルを持つ手がより一層力みます。そうしている間にも、水の魔法は、再びその姿を変えてゆきます。そして──わたくしは、ライフルを取り落しました。
「おねえさん……?」
 どうして……

 光を透かしてキラキラと輝きながら、ひらひらと宙を舞うそれは──

「おねえさん……!」
 ラウラの声にふと我に返ったその時、凄まじい衝撃に襲われて、プールサイドを囲うフェンスに叩き付けられてしまいます。
「ラウラ! サラマンドよ」
「え、でも」
「あにゃたの火力にゃら、時間稼ぎくらいにはにゃるでしょう。いいからとっととやりにゃさいにゃ」
 煌々と燃える朱い炎の熱と、膨れ上がる水蒸気の湿気を感じながら、わたくしの意識は水底へと落ちてゆきました。



 わたしはただ、彼女にお礼をしたかった。
 お家のこと、父のこと、お母さまのこと──色んなものにおし潰されそうになってふさぎ込んでいた自分に、もう一度笑いかたを思い出させてくれた彼女に。
 でも、できることといえば、それだけだったから。だから彼女に、魔法を見せてあげた。
 彼女は、そんなものに頼らなかったのに。わたしは、それしかできないからと、ズルをした。
 そのバツを受けたのだ。
 バツ? だとしたらそれは、わたしが受けなきゃいけなかったはずなのに。



 ──ここは?
 眼を覚ました時、ベッドに仰向けになり、見知らぬ天井を見上げていました。──いえ、甘い香りに混じった消毒液の臭いを感じて、ここが何処か思い至ります。
「ようやくお目覚めか?」
 よおく聞き慣れた声に顔を向けてみれば、この部屋──第一赤西小学校保健室の主、養護教諭にしてわたくしの幼馴染み、滝沢タラサがベッド脇の丸椅子に座っていました。それにしても、どうしてドーナッツを片手に?
「そんな物欲しそうな顔しても、やらないぞ。大事な夜食だ」
 わたくしはそんなはしたない顔などしていません。
「あんのハゲ教頭。女に当直回すか、ふつう」
 ぶつくさと零しながらドーナッツを齧るタラサをよそに、わたくしはいきさつを思い出し、跳ね起きようとします。
「ラウっ、っ……!?」
「急に動くと頭に響くぞー。脳震盪起こしてんだから」
 痛む頭を抱えていると、マグカップの珈琲を啜ってドーナッツを流し込むタラサの遅い警告が飛んで来ます。
「ちなみにラウラなら先に帰った。つうか帰した」
 もう一つドーナッツを手に取るタラサの左眼が、問い詰めるような色を帯びました。
「こんな夜更けまでなにやってたんだ」
 タラサは、魔法の存在を知りません。あの日の事も、夢だと思っているでしょう。
 右眼を覆う眼帯──右眼を失ったあの日の事を、悪い夢だったと。
 勿論、これからも明かすわけにはいきません。魔法は秘匿されるべきもの、それを差し引いても彼女を巻き込むつもりなんて、ない。
 何か上手い言い訳を探すわたくしに、「いいよ、別に」とタラサが呟きました。
「どうせ言う気はないんだろ。おまえの下手な言い訳聞かされるのも御免だからな」
 彼女の声は普段通りに戻っていましたが、わたくしは「ごめんなさい」と言わずには居られませんでした。ですが、そうしようとしたわたくしの口に、タラサはドーナッツを押し込んだのです。
「美味いだろ?」
「……おいしいですけど」
「なんせ家庭科室拝借した揚げ立てだからな。当直特権さ」
「……それは職権濫用よ」
 彼女にだけは、かないません。



「オンディーニャ。伝承によればそれは、魂を持たにゃい水の化身。他者と触れ合った時初めて、心を得る。私の魔法もおにゃじからくりよ。形も性質も不定。ただし、他者の魔力に触れた“オンディーニャ”は、その者に適した形を得る。それが主であれ、敵であれ。それに相対するに相応しい形に、ね」
 ルーナの解説が、プールサイドから飛んで来ます。
「昨日のあにゃたにとっては、どっちだったのかしらね」
「さあ、どうかしらね」
「おねえさん、ホントにだいじょうぶ?」
 見透かしような物言いをするルーナとは違って、心配顔でこちらを見るラウラに微笑みかけます。
「ええ。ここは任せてちょうだいな」
 そういうわたくしは、プールの水面を足許だけ凍り付かせて、その上に立っています。
「来るわよ」とルーナが警告を発するよりも早く、わたくしは銃を構えていました。
 引金のない、白銀のオートマチック拳銃を二挺構え、四方の水面から伸びてわたくしを串刺しにしようとする水の槍を、次々と迎撃し、凍り付かせてゆきます。
 果たして何度魔法を発したでしょうか。辺りに薄く霧がたなびき始めたころに、ようやく攻撃が止みました。
 二挺拳銃をライフルに作り替えて、静まった水面を見渡します。
「そろそろ顔を出したらどうかしら」
 震えないように気取ったわたくしの呼び掛けに応じて、水面から水塊が浮き上がり、やがて一つの形へと変わってゆきます。
 光を透かしてキラキラと輝きながら、ひらひらと宙を舞うそれは──透き通った尾びれを揺らして宙を泳ぐ、マーメイド。
 コロコロと笑みを浮かべるそれが、ゆらりと一回転すると、次の瞬間、跳ねて飛び回る水流へと変わります。
 キン──という音が響き渡りました。
 しかし、飛び回る水流が凍る事はなく、それはそのまま、わたくしの許へと一直線に飛んで来ます。

 ルーナの言葉が本当なら、あれもまた、わたくしの心の投映。だとするなら──

 水流は、わたくしの眼前でびたりと動きを止めました。それはたゆたう水のまま、わたくしに従うように停止したのです。
 これもまた心の投映とするなら、わたくしが強い心を保ちさえすれば、意のままに操れるはず。ライフルを硬く握り締め、わたくしは断固とした意思で言い放ちます。
「戻りなさい」
 すると、水流が銃身へと溶け入ってゆくではありませんか。わたくしとしては、ラウラに魔法を封じてもらうつもりだったのですが。
 再びプールが平穏を取り戻しはしましたが、どうしたものかと、ラウラとルーナを振り返ります。すると、意外な事にルーナは「まあいいでしょう」と言いました。
「しばらくはあにゃたが持っていにゃさいにゃ」
「……よろしいんですか?」
「良いもにゃにもにゃいわ。そいつはあにゃたを選んだのよ」
 とルーナが尻尾の先でわたくしの足許を示します。ふと視線を下ろすと、足許の氷は融けて、足を着けた水面には波紋が広がっていました。
「おねえさん!」
 ラウラの歓声に顔を上げると、視界一杯に飛び込んでくる彼女の姿がありました。
「あらあ──」
 咄嗟に受け止めますが、足許のバランスを崩してしまい、二人共一緒に真夜中のプールに水飛沫を上げてダイブします。
 
 どうやら今夜もまた、保健室のお世話になりそうです。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5002/古橋ユリシウス(ユリシウス)/女/17歳/高校生兼魔女】
【ka5001/滝沢タラサ(タラサ=ドラッフェ)/女/23歳/養護教諭】
【kz0162/広崎ラウラ(ラウラ=フアネーレ)/女/11歳/小学生兼魔法少女】
【ルーナ/女/??歳/黒猫・元魔女】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
 とりあえずまず一言、文字数ぅ! はい、スッキリしました。
 えー、というわけでいかがでしたでしょうか。魔法少女IFシナリオのこぼれ話といったところですかね。
 時期的には、夏。OPとリプレイの間のお話になるでしょうか。最初、ユリシウスおねえさんの服装はブレザーと描写してたんですが、衣替えしてますよねえ、と思い直して夏服に。
 魔法暴走の過去話に関しては、他に何かしらからタラサを守るために魔法を使ったとかいう案もあったんですが、こういう風にしてみました。
 ちなみにオンディーナ、もといウンディーネは、浮気されると相手を殺すヤンデレさんですので、お気を付けくださいませ。
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2018年07月17日

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