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『第一の魔王 』
スノーフィア・スターフィルド8909
 スノーフィア・スターフィルド(24歳無職)の引きこもり生活は、そこそこ以上に規則正しい。
 たとえば23時就寝、6時起床、身繕いをすませて7時までにコーヒーと玉子料理、トーストを食すというルーティーン。
 せっかくの無職なんだから夜更かしして午後まで寝ていればいいのだろうが、なにやらこう、真面目に生きなくちゃーと思ってしまうのだ。引きこもりが真面目なのかという問題からはそっと目を逸らしつつ。
 ともあれ。今朝も彼女はぽやぽやした目をしばたたかせつつ洗面所へ向かい、次いで台所へ。豆を挽いてコーヒーをネルドリップ。バターと塩、胡椒で仕上げたスクランブルエッグを用意しつつ陶器のケースに収められたイギリスパンを厚切りにして、コケモモのジャムを塗りつけた。
 で、ひと通りの用意をすませて部屋に戻り、手を合わせていただきます……を、視界の隅で繰り返される穏やかな明暗に邪魔された。
「すごく見覚えがあるんですけど」
 独り言を漏らしつつ音をたどれば、見覚えがあるどころじゃないものが鎮座していたわけだ。
「ゲート、ですよね」
 今は“私”自身となってしまったスノーフィア・スターフィルドだが、もともとはこの世界の存在ではない。男性向け恋愛シミュレーションSRPG『英雄幻想戦記』の隠しヒロインだった。
 そして前世の“私”はゲーム内で勇者となり、スノーフィアと共に数多の迷宮や日常イベント、季節イベントを共に過ごしてきた。
 このゲートはその『英雄幻想戦記』シリーズ最新作――ファンとして、絶対に最終作とは認めない――において、ラスボスを倒した際に連れていたヒロインの個室に設置されるEXダンジョン“無限城”直通の転移門なのだった。
 いや、指定した相手と1対1で戦える闘技場や、これまでクリアしてきたイベントシーンを自由に再生できる図書館などにも行けたっけか。ただ、ゲームのように選択ウインドウが開かないので、そのあたりは不明である。
 これがいきなり出た。ということは、入りなさいということなんでしょうか?
 もちろん誰も応えてくれるはずがないので、自分で考えるしかないわけだが。理性は当然「やめておきましょう。どんな危険が待っているかわかりませんよ」と告げる。でもゲーマー魂は「挑戦しましょう! だって私は冒険者なのですから!」とふんすふんす。
“無限城”は旧作から最新作までのボスが続々と登場するコンテンツだ。ザコ敵も能力が激高になっている。理性に従うべきだと思う。
 ……頭では思いながら、体のほうはタンスを開けて装備を選んでいた。
「結局はゲーマーなんですね、私も」


 コンテンツの性質を考え、最高レベルの装備で身を固めたスノーフィア。
“滅魔の婚礼衣”と“天光のティアラ”をまとったその姿は、それこそ今から披露宴です感満々だったが、手にした“不枯の花盾”、“唯一剣スノーフィア”は優美な純白の装備が見かけどおりのものではないことを表わす。
 迷宮の通路の幅は十メートルほどと広い。いや、敵味方入り乱れて立ち回ることを考えれば、これでも最小限なのだろう。ちなみに迷路を為す石は使い回しではあるが、色ばかりは黒と白のモノトーンカラーに変更されており、ここが他の場所とちがうことを示していた。そして。
 こちらも通常とは色のちがう魔狼どもが、スノーフィアの放つ神威に気圧されながらも慎重に距離を詰めてくる。
 行動選択ウインドウは開かない。魔狼もまた同じ場所で体を蠢かせるばかりではない。そしてスノーフィアもまた、自分がなにをすべきかわかっていた。
「はっ!」
 気合に乗せ、彼女のためだけに鍛冶神が鍛え上げた唯一剣を抜き打てば、白刃より光が伸び出し、狼どもの穢れた毛皮へ天罰の清浄を刻みつけた。戦闘開始時にのみ発動する、唯一剣の全体攻撃だ。
 傷を負いながらも跳びかかってくる敵。先頭の狼の顎をサイドステップでかわし、カウンターの柄頭で眉間を叩き割って横回転。続く狼の爪をやりすごしておいて、三匹めの首を斬り飛ばす。その隙に駆け込んできた四匹めを横蹴りで吹っ飛ばし、その蹴り足を強く踏み下ろして体を縫い止め、跳躍した五匹めを鼻先から後頭部まで串刺しに。それを振り捨てる反動を利して剣をスイング、やり過ごした二匹めがこちらへ向きなおろうとしたところを一閃した。
「回避とカウンター。“スノーフィア”はこんなふうに動いていたんですね」
 息をつき、よろよろと起き上がった四匹めへ切っ先を突き込んでとどめを刺したスノーフィアは辺りに視線を巡らせた。
 ゴールドが落ちる気配はなく、得た経験値が浮かび上がることもない。もっとも経験値のほうはカンストしているので増えようがないのだが、とにかく「ゲーム」としての仕様は存在しないようだった。
「スキルの使用回数がどうなっているのかもわかりませんか……だとしたら、できる限り温存していかないと」
 金属ならぬぬくもりを帯びた鞘へ剣を収め、スノーフィアは慎重に歩を進ませた。


 戦闘特化の迷宮だけに、敵の数は多かった。
 しかも毒系のモンスターを回復させる猛毒噴射器等、トラップがいちいち敵を優位に立たせるようしこまれている。それをクリアするための工夫ができるだけの手数がないのがなにより痛いところだ。
 それでもスノーフィアは一進一退を繰り返し、ひとつひとつを攻略して進み……ついにフロアボスたる第一作めの魔王の間へとたどりついた。
『よくぞここまで来た。汝の健闘を讃え、五手を与えよう』
 五ターン分、一方的な攻撃を加えることができる。スノーフィアはこれが罠であることを知っている。魔王は受けたダメージを加算した範囲闇魔法を六ターンめに撃ち返してくる。
 しかし。
 それを知っているからこそ、攻める!
 アンフェアを通してしまっては魔王に失礼だし、ゲーマーとしての、それ以上にスノーフィアとしての誇りに傷がつく。
『うおおおおおおお!!』
 果たして膨れ上がる闇。
 スノーフィアは盾をかざし、この攻略で初めての防御を為した。闇に食いつかれた盾が、純白のドレスが黒で侵されて――
「行きます!」
 内にまで潜り込もうとした闇を気合一閃で弾き飛ばし、純白を取り戻したスノーフィアは駆けた。
 魔王の撃つ魔法が散弾となって彼女へ降り注ぐ。盾をかざして直撃を避け、踏み出す先を剣で拓き、駆ける、駆ける、駆ける。
 先ほどの攻撃により、魔王もまたダメージを負っているのだ。これはどちらが先に倒れるか、どちらがより多くを耐え、なお攻め立てることができるかを比べ合う戦い!
 魔王の四肢をターゲティング、突き込んでは身を翻すスノーフィア。ヒット&アウェイのアウェイを最少に抑えて魔王へまとわりつき、その体を巻き取るようにステップを刻む。
『おお!』
 スノーフィアの軌道を塞ぎにくる魔王の闇刃。それを下からシールドで押し上げ、潜り込んだ彼女は、体を巡らせながら上へ。
「“きざはしなる螺旋”!」
 名が示すとおり、体ごと刃で螺旋を描きながら跳ぶその技が魔王の衣を引き裂き、禍々しき肉体を露わした。
「“きざはしなる一条”!!」
 タイミングを合わせて操作することで発動する、急転直下の刺突。たとえシステムのアシストがなくとも、すべてはこの体に刻み込まれていた。
『見事……なり』
 核を貫かれて崩れゆく魔王が指した壁が厳かに開き、続く路を現わした。
 ポーションで傷を癒やしたスノーフィアは、その心が告げるまま、その路へと踏み込んでいく――


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【スノーフィア・スターフィルド(8909) / 女性 / 24歳 / 無職。】 
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年07月17日

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