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『女神の追憶 』
スノーフィア・スターフィルド8909
“無限城”を進むただ中、スノーフィア・スターフィルドはそれを垣間見て、それを垣間幻(み)る。
 これより戦うのだろう、『英雄幻想戦記』第一作めのラスボスたる魔王と、そこへ至るまでの“私”ならぬ私の半生を。


 十数の家が乾いた大地にしがみつくようにして並び建つ小さな村に生まれたスノーフィアは、物心つく前からそれを待ちわびていた。
 生誕と同時に神殿より告げられた言葉――此の赤子、いずれ神意を示す“光”となろう。ゆえに女神たるを顕わすスノーフィア・スターフィルドの名を冠し、そのときを待て――は、彼女の家族にとっては福音となり、自身にとっては呪いとなった。
 なぜなら「神意」とやらを示すときまで、彼女は王城の一室に軟禁され、多くを学ばされることとなったのだから。
 まあ、家族は喜んでいたようだし、スノーフィアがいることで村もさまざまな恩恵を受けているようだったから、文句は言わなかったけれども。
 いつも本音を隠して生きてきたから、他の学び以上に笑みを作る技術が向上した。誰にも見破れない鉄の笑顔を盾として、王政を裏から支える若き識者を演じ抜き、いつ来るとも知れぬそのときを待って、待って、待って――
「いつも笑っている君は本当の君じゃないだろう?」
 あのときにはわからなかった。ずっとなにものも信じることなく自らをすら偽ってきた彼女が、村を訪れたひとりの旅人にたったそれだけを問われて、応えてしまった理由が。
「ああ、見つかってしまいましたね」
 応え終えた瞬間、わかった。今が、ずっと待ちわびてきたそのときなのですね。

 ここで“私”は思い出した。
 七つの選択肢を間違えずに選び通した八つめの選択肢で、彼女を否定する。それこそが隠しヒロインであるスノーフィアをパートナーとする条件だったことを。
 そして“私”はすべてをクリアし、彼女と共に旅立ったのだ。


 スノーフィアの旅は長く、険しいものとなった。
 まずは彼女を閉じ込めてきた王の説得……これは旅人だと思っていた勇者の説得と、なぜか騎士団の精鋭たちとの対決を経てなんとかクリアできたが、問題はその後のこと。
 彼女が備える超常の【言霊】に呼応するかのごとく魔物どもは力を増し、王国を侵食していく。
 彼女は戦いという実践の内、【言霊】の祝福を勇者に与え、魔物どもには呪縛を施し、机上や修練場で学ぶばかりであった魔法や戦術を磨きながら成長していった。
 そしてついには王都を取り巻く敵勢を押し返し、ついには国内のすべての村の開放に成功したのだが……その隙を突かれ、王城が魔王に占拠される事態に陥ることとなる。
「おまえなら絶対大丈夫。神様が信じられなくても、おまえを信じて」
 迫る魔手より救い出すことのできた家族はスノーフィアにそう告げたものだ。
 正直、彼女には迷いがあった。神意とはいったいなんなのか? 自分のどこにそれは在るのか?
「俺には神様なんて見えないけど、君がここまでなにをしてきたのか知っている。だから信じるんだ、君の意志が神意なんだって」
 家族、そして勇者の言葉はスノーフィアの標となった。未だ見定めることのかなわぬ神意ならず、今ここに在り、家族を救うことのできた自分を信じる。
 心定めた瞬間、彼女の内でなにかが弾けた。
 乾いた種がみずみずしく芽吹くように、固い蕾がやわらかくほころぶように、スノーフィアに封じられていたものが彼女を満たす。
『あなたが為すべきを為しなさい。ここまであなたを導き、護り育んだすべてにあなたが返したいものを思い、その手を伸べなさい』
 私が為したいこと――考えるまでもありません。
「私は護りたい。この世界と、そこに生きるすべての命を」
 果たして神意は神威を成し、スノーフィアは理の外より世界を侵す魔王の闇……それに対しうる唯一の光となったのだ。


「勇者様、この声を標に“見て”ください!」
 魔将の魔法で目を塞がれた勇者へスノーフィアが言霊を送る。
 勇者は彼女の言霊が開いた視界の中に魔将を認め、聖木の短杖を柄とした天銀の刃を振りかぶった。
「外さない!」
 たとえどれほどの障壁があれど、視認したならばかならず断つという神通力を備えた神剣が振り下ろされ――スノーフィアのために鍛え上げられた“唯一剣スノーフィア”の斬撃と重なって、魔将をその穢れた魔力もろとも断ち割った。
「残っているのは魔王だけだ」
 駆けながら傷を癒やした勇者がスノーフィアへ手を伸べる。
 この手は私を私にしてくれた、かけがえのない手。
 だから、今度は私の手を伸べましょう。あなたを明日へ導くために。
 勇者の手を取り、スノーフィアは強く足を踏み出した。


『よくぞここまで来た。汝等の健闘を讃え、五手を与えよう』
 五回の攻撃を許す。そう告げた魔王が両手を拡げて待ち受ける。
 スノーフィアは勇者と共に最大威力の技を放ち。
 そのダメージを糧とした強力な闇魔法に打ち据えられた。幾度となく闇の刃をねじ込まれ、ふたりの命がすり減らされていく。
 激痛に霞む目で崩れ落ちゆく勇者を捕らえたスノーフィアは傷ついた唇を噛み締め。
 私は誓ったのに――あの人を明日へ導くと――なのに――私は――
 あきらめない。
 この意志こそが神意なら、今こそ神威をもってあの人を守り抜く。
 闇に侵されし純白の装具が澄光を放ち、押し寄せる暗黒を弾き飛ばした。
 その光はスノーフィアの意であり、威。
「あなたの剣に灯しましょう。闇を裂き、明日を拓く浄火を」
 闇に塗り潰されていた勇者の神剣が白き炎を噴き、“絶対”と成る。たった今この世界に顕われた唯一神、スノーフィアの言霊があらんかぎりの祝福をもって彼を捕らえた呪縛を焼き祓い、力を与えた。
「“きざはしなる螺旋”!」
 魔王の懐へ転がり込んだ勇者が、その身で螺旋を描きながら跳ぶ。回転する刃が魔王を守る衣を裂き、禍々しき肉体を露わした。そして。
「“きざはしなる一条”!」
 勇者のそばに転移していたスノーフィアが、螺旋と対をなす一条を描いて唯一剣を突き込んだ。本来であればひとりで為すはずのコンビネーションをふたりで実現する……それはつまり、あと一手を残すということで、それを勇者に託したスノーフィアの役割は、彼女の神威のすべてをもって魔王の動きを封じることだ。
「放せぇぇぇえええええ!」
 スノーフィアに縫い止められた魔王が、もがくことすらできぬまま天を仰いだ。
 そこへ。
「“きざはしなる一条”!!」
 勇者の一条が降り落ちた。


 魔王の死をもって平和を取り戻した世界。
 その一端を踏んで立つスノーフィアは大きく息を吸い込み、吐き出した。
 たとえ女神となったとしても、生あるかぎりは人としての営みを投げ出すわけにはいかないらしい。
「これからどうする?」
 勇者の問いにスノーフィアは小首を傾げ。
「なにかおいしいものが食べたいです。干したものじゃない、新鮮なお野菜の……そうですね、南瓜の煮つけが」
 世界を救った後に食べたいものがそれか。勇者は苦笑し、それはそれでスノーフィアらしいかとあきらめた。
「レストランが営業しているとは思えないけどな」
「でしたら私が作ります。あ、南瓜、どこで買えるでしょうか? 女神の力で……いえ、それはよくありませんね。でも、本当にどうしましょう?」


 ――ゲームのシナリオでは当然描かれていない、単に“私”の妄想かもしれない物語。
 でも、“私”だけは真実だと信じよう。
 これはきっと、かつてスノーフィアであった私の思い出なんだと思うから。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【スノーフィア・スターフィルド(8909) / 女性 / 24歳 / 無職。】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年07月17日

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