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『ノーマネー・ノーライフ 』
クローディオ・シャールka0030)&ジャック・J・グリーヴka1305

 2人にとって思いのほか大したことのない依頼だった。
 貧民街の住人に足取りを消すような真似ができるわけもない。
 得られる限りの情報を照らし合わせていけば、犯人にたどり着くのは時間の問題だった。
「クソッ……なんでだよ! なんで今日なんだよ……ッ!」
 男は路地に積まれた木箱をなぎ倒しながら走り去る。
 濛々と埃が立ち昇る中を2つの影がすり抜けて、彼の背後へと迫った。
 ノットのついた短いロープが飛び、ゆるく回転しながら男の足にからみつく。
 足元を掬われた彼は途端につんのめって、顔面から激しく地面に叩きつけられていた。
「手間掛けさせやがって……!」
 服についた埃を払いながら、ジャックが男の傍へと駆け寄る。
 うめく男を無理やり仰向けにひっくり返すと、鼻血まみれになったその顔を覗き込んだ。
 男は真っ赤に染まった口元を手で押さえて、涙をためた瞳で彼のことを見上げる。
 その表情は悔しさと憎悪に歪んでいた。
「ジャック、手荒な扱いはするなよ」
「わーってるよ」
 ジャックが手早く男の上着の中をまさぐると、そこから金品を売りさばいて得たのだと思われる貨幣がぎっしり詰まった袋を引っ張り出す。
 男も観念したのか大人しく物色を受け入れていた。
 しかし、一緒に手のひら大の小さな布袋が零れ落ちると、慌てて手を伸ばした。
「これは……?」
 異変に気付いて、彼が拾うよりも早くクローディオの義手がその小袋を拾い上げる。
 男がそれを取り返そうとクローディオに飛び掛かろうとして、ジャックが力づくでそれを抑えつけた。
「てめぇ、何の真似だ!?」
 地面に抑えつけるようにするジャックの腕の中で、男はじたばたともがく。
 しかし、その圧倒的な筋肉量の差にやせ細った彼の身体が抗うすべはなく、服を埃が汚していくだけだった。
「それだけは返してくれ! 俺が買ったんだ! 俺のものだ……!」
「すまないが、その理屈は通らない」
 袋を目の前に掲げながら、クローディオは冷静に返す。
「確かに『買う』という行為に及んだのはおまえかもしれないが、そもそも金は盗んだものを売って得たのだろう。だとしたら、その所有権までおまえのものとは言い切れないな」
 口にして、固く縛られた口ひもをほどいて中身を覗き込むクローディオ。
 中に詰まったものを見るとその表情が険しくなった。
「これは……なんだ?」
 指先で摘まみ上げたのは細かい粉末状の何か。
 感触と独特な青臭さから、何種類かの感想植物を挽いたものであると認識する。
「てめぇ、まさか違法薬物のために――」
「……違う!」
 ジャックの手の中で暴れる男が咄嗟に口を挟んだ。
「違法な薬物なんかじゃない……! それは正真正銘の薬だ!」
「……どういうことだ?」
「それさえあれば家族は今日を生きられる! 今日を生きられれば医者に見せる機会がある! だからそれだけは……それだけは返してくれッ!!」
 言葉の意味を汲み切れず、2人の間に僅かばかりの沈黙が走る。
 だがクローディオが何かに思い至って、はっと辺りを見渡した。
 貧民街のあちこちに横たわるやせ細った人影たち。
 誰もが胸に手を当てて、苦しそうに乾いた咳をしている。
「……近頃蔓延しているという流行病か。もうこんなところまで来ていたとは」
「おい、どういうことか説明しろ」
 ジャックに問いかけられ、クローディオはここ最近郊外の領地や村で流行っている熱病の話を語った。
 とんでもない発熱を伴うこの病は通常であれば数日〜数週間寝込むだけですむのだが、貧しく十分食べることのできない――つまり体力のない者たちの間では、死の病として恐れられているものだった。
 ジャックも途中からピンと来たのか、頷き混じりにクローディオの言葉に耳を傾ける。
 男も大人しく、だが小刻みに肩を震わせながら彼らの話を聞いていた。
 やがてそれが終わったころ、蚊の鳴くような声で口を開いた。
「……今回だけ、見逃してくれ。頼む」
 絞り出された言葉に、クローディオは思わず息を呑んだ。
 指先まで痺れたように身動きを取ることができず、大海を思わせる蒼い瞳で彼を見る。
「それは……」
 仕事としては、ノー。
 それは、クローディオにもよくわかっていた。
 自分たちが何のためにここまでやってきたのか。
 仮にも、目の前の男は犯罪を犯したのだ。
 その理由がなんであれ裁かれるべきであるし、道理は自分たちを雇った貴族の方にあることも理解している。
「今日が瀬戸際なんだ! 頼む! なんなら、今日だけでもいい!」
 懇願する男。
 クローディオは動けなかった。
 その行動自体が彼の中で沸き起こる矛盾を表しているかのようで、余計に言葉を詰まらせた。
 自分が通すべき道理はひとつ。
 だが道理を通すことが何を意味するのか。
 それもまた痛いほどに理解していた。
「――ダメだ」
 その時、ジャックの声が路地に響く。
 有無を言わさぬ強く口調で、取り押さえる手に力を込めた。
「どんな理由だとしても、ひと様のカネに手を付けたことに変わりわねぇ。それがバレちまったなら腹をくくれ。てめぇは負けたんだ」
 えもいわれぬ悪寒が背中を駆け巡って、クローディオは思わずジャックの姿を見返した。
 いつもの彼だ、何も変わりはしない。
 言っていることも至極正しい。
 それが自分が貫き切れなかった正しさであることに、敬意すらも抱く。
 だが――言葉の端にこうも冷たい感情が見え隠れするのはなぜか?
 目の前のジャック・J・グリーウという男がまるで別人の誰かのように映って、クローディオの認識を浸食する。
「お、お前が……お前がもし同じ状況なら。金さえあれば弟を助けられるとしたら、どうする!?」
 男は震える唇で挑戦的に問いかける。
 ジャックは押し黙ったまま、目を大きく見開いた。
「お前だって俺と同じようにしたはずだ! だとしたら、俺が責められる謂れはない……!」
 それが苦し紛れの言い分であることは誰が見ても明白なこと。
 同じ境遇なら同じようにしただろう、といだけで男を救う理由には決してならない。
 なのにどこか言い返せない力があるのはその必死さゆえなのだろうか。
「――それでもだ」
 響く吐息の中で、ジャックの言葉だけが波紋のように響く。
「金がないせいで死ぬのならそれが運命だ。寿命だ。全部ひっくるめて、てめぇの人生だ。恨みつらみを吐き捨ててぇなら、富を手にしようとしなかった過去のてめぇにぶちまけろ。それ以外の権利は誰も持っちゃいねぇ……」
 そこではじめて一呼吸おいて、熱を持った唾を飲み込む。
 奥歯をぐっと噛み締めて、整った歯が唇の間で濡れている。
「……俺にもねぇ」
 やがて強張っていた顎から力が抜けると同時にそう零していた。
 静寂が辺りを包んで、誰も何も口にすることができなかった。
 そんな時、近づいてきた足音がやけに大きく耳に響いて、弾かれたように視線を向ける。
 崩れかけた土壁の角から息を切らせた男が現れて、ジャックが取り押さえる男の姿を見つめていた。
「お前……こんなところで何をやってるんだよ……!」
 相当駆けまわっていたのか、えづきながら叫んだ男は胸に手を当てて何度か咳き込む。
「あいつが……あいつが……!」
 言葉にならずに叫ぶ彼に、犯人はみるみる目を見開いて焦りを滲ませる。
「まさか、容体が悪化して――」
 それを遮るように、現れた男はハッキリと、だがどこか躊躇いを含んで首を横に振った。
「……亡くなったよ。30分ほど前のことだ……ずっとお前こと読んでたのに、なんでこんなとこで……!」
 ふっと抵抗する力が抜けたのを感じて、ジャックは押さえつけていた手をゆっくりと解く。
 見下ろすように立ち上がるとその足元で彼は身を抱えるようにうずくまった。
 駆け付けた男が駆け寄って肩に触れると、嗚咽がとめどなくあふれ始める。
「もう……薬も金も必要ねぇな」
「ジャック……!」
 追い打つような一言に、クローディオは思わず声を荒げた。
 だが泣きじゃくる男は怒りをあらわにするでもなく、小さく1つ頷いてみせるだけだった。
「……これで正しかったのだろうか?」
 もし彼の元にたどり着くのがあと1日――いや、あと1時間遅かったら、既に薬は使った後で少なくとも家族の命は助かっていたのではないだろうか。
 もちろん、自分たちは依頼に対して最善の仕事で応えたにすぎない。
 だが釈然としない気持ち悪さが胃の中をぐるぐると駆け巡って、ジャックの言葉に光を求めた。
「間違いなんてねぇ」
 だから彼がそう口にしたとき、答えの出ない不快感が拭い去られていくのを確かに感じていた。
「それが運命だった。抗うだけの力が、こいつにはなかっただけという話だ」
 冷たく言い放って、ジャックは乱れた襟を正す。
 ズボンについた埃を払うと泣きじゃくる男の姿を伏し目がちに盗み見た。
 視線はすぐに外れて、鬱屈とした貧民街を見渡す。
「やっぱり……金のない奴ってのは弱者なんだよ」
 誰に宛てるでもなく言い放った言葉は、クローディオの耳にしか届かなかった。
 だが聞こえてしまった言葉は彼の心に小さな楔を打ち込む。
 また彼が彼ではないような感覚に苛まれて、思わず視線を曇天に彷徨わせた。
「金が無いから弱者なのか、弱者だから金がないのか……」
「なんだよその『鶏が先か』みたいな話は」
 間を取り持とうとして、ジャックの軽いツッコミが返ってくる。
 その心地よさがいつも通りで、胸の内の感情をため息と共にそっと吐き出す。
 楔によってできた穴から目を反らして、共に歩くのを今の精いっぱいにして。


 ――了。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0030/クローディオ・シャール/男性/28歳/聖導士】
【ka1305/ジャック・J・グリーヴ/男性/22歳/闘狩人】
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2018年07月17日

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