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『二人静 』
不知火藤忠jc2194


 月は朧に。
 朧は月に。

 愛し、愛され、また巡る。

**

 ゆらり。
 煌煌と夜の海に浮かぶ、真珠の月。

 はらり。
 揺揺と湯の海に浮かぶ、菊花の花。

 掛け流しの湯船に浸かれば、目線の高さから、紫の宝石が連なる藤棚が眺められる。正に――

「絶景かな、だな」

 彼が零した感嘆を、甘い夜風が攫っていく。

 静けさに包まれた夜。
 自然豊かな風景。
 形の無い刻の中、ゆうるりと過ごす、びなんび――

「じょ、冗談は顔だけにしなさいよ!」

 そんな“気位”も気にせず、自分達だけの湯を楽しんでいたのは、不知火藤忠(jc2194)と不知火(旧姓:御子神)凛月(jz0373)の若夫婦であった。

「ん? 何だ、俺の顔は面白いのか?」
「いえ、綺麗よ。――そっ、そんなことはどうでもいいのよ! それより、さっきみたいな歯の浮くような台詞、平然と言わないで頂戴!」
「さっき? さて、どの言葉のことだろうな。“俺の奥さんは料理上手だ”、か? それとも、“怒った顔や照れた顔も可愛い”、だろうか」
「Σちょっ、そっ、そんなこと言ってなかったじゃない!」
「或いは、“抱き締めると安心する”、か?」
「もう! いい加減に――」

 勢いで身を乗り出してきた凛月の華奢な腰を、藤忠の大きな掌が、ぐい、と、引き寄せた。そして、彼は端整な顔を唇が触れ合うほどに寄せてきて――

「そう言えば、こうも言ったな。“夜空の月も美しいが、やはり、俺の月が一番綺麗だ”――と」

 扇情に、囁く。

「……そんな調子の良いことを言って、私の機嫌を取ろうとしても無駄よ」

 凛月は、ふい、と、首を捻って藤忠から目線を反らすが、その目許は、桃染の瞳より鮮やかに染まっていた。





 婚姻前と婚姻後で、二人の環境は目まぐるしく変化した。
 藤忠の妹分――“明ける日”が、不知火家当主を就任。藤忠は、親友兼当主の夫でもある“暮れる日”と共に、当主の補佐役として力を尽くすことを決めた。
 不知火家は、警備会社と医療関連の会社を興すことに成功。久遠ヶ原の大学で経営学や経済学を学んできた藤忠は、警備会社を一任された。

 藤忠と凛月、そして、妹分と親友は、本家の敷地内で暮らす、“お隣さん”夫婦。家族ぐるみで食事をしたり、若奥様方は愛する夫の為に勤しんだ手料理や菓子――南瓜の茶巾や苺大福をお裾分け次いでに、お喋りに花を咲かす。学生時代に引き続き、彼等の関係はとても良好であった。

 しかし、警備の仕事は多忙を極めた。

 今日は西へ
 今日は東へ。

『北へ南へ、今日も今日とて、お疲れ様よ。――え? 別に、怒ってなんていないわ。ええ、これっぽっちもないわよ。勘違いしないで頂戴。一週間以上貴方に会えなくて、電話でもろくに声を聞けなかった――これくらいで不満に思うわけないじゃない。私は貴方の補佐役で、貴方を献身的に支える妻なのよ? けれど、いい? 私、先日見た昼ドラで、魔法の言葉を覚えたの。ええと、えっと……確か……(カンペごそごそ)あ、これね。――こほん。





 “実家に帰らせていただ――』

 と言うわけで、我儘で寂しがり屋の兎姫を思い切り甘やかせる為の旅行――というわけだ。





 贅沢なお籠もりが叶う露天風呂付きの客室で、二人の時間を満喫する。
 藤忠はこの旅行の為に、凛月の好みに合う冷酒を用意していた。薄桃が咲く琉球硝子の猪口へ注ぎ、手渡す。

「ここ最近は一緒にいる時間が中々取れなかったからな。これでも、申し訳ないと思っているんだぞ」
「……わかってるわよ」

 彼女の濡れた唇から、芳醇な林檎の香りが漏れる。

「仕事、少しは落ち着いた……?」
「ふむ……そうだな。多少は自由が利くようになった、と、いったところだろうか」
「本当? 声も……聞ける?」
「嬉しいか?」
「べ、別に」
「明後日には恒例の“アレ”も控えていることだしな」

 “アレ”――とは、藤忠、凛月、藤忠の妹分と親友の四人が、継続して行っている修行のことである。

「不知火の忍ですら厳しい鍛錬を、凛月もよく熟していると思うぞ」
「……」
「凛月?」
「だって私、未だに通っているのよ。“隠”の所へ」

 ――そう。彼女はそれ以上の辛酸を嘗めているのである。

「あのはげちゃびん……覚えていなさい。次は米櫃に隠してある秘蔵の桜餅を人質にとってやる……!」

 一体どんな修業をしているのだろう。ツッコむべき恨めしさを帯びた呼び名もさることながら、和菓子が人質として成立するのだろうか。

「ふっ……それでも音を上げず、今日まで頑張っているじゃないか。えらいぞ」
「そ、そうかしら? ……ん、もっと褒めなさい。私を褒め称えなさい」
「よし、任せろ。そうだな……俺の奥さんは正に、大和撫子と言うに相応しい花だ」
「うむ」
「気丈で、だが、俺にだけふとした弱みを見せる、可愛らしい花だ」
「う、うむ」
「髪に触れると目許を緩め、肌に触れると頬を染め、愛を囁くと――」
「Σちっ、ちょっ――すとーーーっぷ! もういいわ!」
「どうした、凛月。顔が真っ赤だぞ。のぼせたのか? いかんな、部屋まで抱いてやろう」
「は!?」
「ん? 何だ? 横抱きしかしてやらんぞ」
「いっ、いい加減にしなさいよ! それ以上私をからかったら、今夜一緒に寝てあげませんからね!」

 彼女らしいその反攻に、藤忠は珍しく声を上げて笑った。

「それは困る。だが、俺は本当のことしか言っていないのだがな」
「……もう。まさか貴方、酔っているの?」
「俺が?」

 藤忠の瞳が、拗ねたような上目遣いとぶつかる。



 何時から、だろうか。
 何時からこんなに、俺は――と。

 彼女は時々、無防備すぎるくらい、藤忠にぶつかって来た。
 こそばゆいそれが、妙に藤忠の琴線に触れて、気づいた時には彼女の横顔を追いかけ、後ろ姿を見つめていた。



「そうだな……確かに、そうだ」

 藤忠の独白に小首を傾げる凛月。湯面の藤に色付く、彼だけの“月”――。

「お前が月なら、俺は朧だな」
「え?」
「相応しいと思わないか? 桃の月を抱擁する、藤の朧――。お前や妹分や親友、家族が光るのを見守る藤……か」

 そう。
 それで、いい。

 辿り着いた心は、唯ひとつ。

 どんな時も、心から、自分より大切だと思える真実に出逢えた。

「凛月。お前を愛している。これからもずっと護り続けたい。そして……様々な世界を一緒に見よう」

 凛月の黒髪を指先で梳きながら、藤忠の紅染めの瞳が寵愛を注ぐ。
 彼の誓いと、耳に触れる指先の感触に、ほう、と、心奪われるような眼差しを浮かべた凛月は、濡れた瞳のまま、しめやかに顎を引いた。

「分かっているか? 凛月。お前が俺を酔わせたんだぞ」

 そう言うと、藤忠は彼女の身体を自分の胸板へ抱き寄せ――

「責任を取ってくれるか?」

 色香を含んだ声音が、凛月の鼓動を乱す。しかし、言われて受けるだけのお嬢様ではない。切れ長の眦を挑発的に吊り上げると、余裕綽々とした笑みを宿し、彼を見上げた。

「……私を満足させてくれたら、考えてあげてもいいわよ。ちゃんと甘えさせてくれるんでしょうね?」

 相も変わらずの勝気な姫に、藤忠の意識はひたすら思慕の情で溢れる。



 温い吐息が、熱く絡んだ。





 藤は桃に。
 桃は藤に。

 愛し、愛され、また巡る――。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【不知火藤忠(jc2194) / 男性 / 外見年齢:26歳 / 藤朧ノ貴】
【御子神 凛月(jz0373) / 女性 / 外見年齢:19歳 / 桃月ノ姫】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております、愁水です。
藤の王子と兎姫の温泉旅行デートノベル、お届け致します。

ご希望の通り、甘く仕上げさせて頂いたつもり……です( お気に召して頂けるとよいのですが。
藤の王子のSっぷりは何処までも筆が進んだので危なかったです(字数や行動など色々と←)
兎姫にとっても、当方にとっても、貴いご縁をありがとうございました。
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エリュシオン
2018年07月18日

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