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『合わせ鏡の向こう側 』
鬼塚 陸ka0038)&未悠ka3199

 そもそも日頃の疲れも溜まっていたし、どうしてこんな状況になっているのかリクも正確に思い出すことはできない。
 ただ、てきぱきと自分の部屋の中を駆け回る未悠の姿を眺めていると、とりあえず悪い気はしなかった。

「こんにちわ。お加減どうかしら?」
 玄関口に彼女が姿を現したのは、リアルブルーでの激しい戦いから数日後のこと。
 まるで家出でもしてきたかのような大荷物を前にして、「あ、でもあっちも一人暮らしだから家出はないか」、なんて変に冷静になったりもして。
 とにかく開け放たれた扉の先に立っていた未悠を、訳もわからぬまま通すことしかその時のリクにはできなかった。
 安静にしていなければならないレベルの傷で、頭がぼーっとしていたせいもある。
 とはいえそれを差し引いてもやっぱり彼女の訪問は唐突であって、どこか釈然としない違和感はどうしようもなくくすぶっていた。

 男1人の住まいとは言え、リクの部屋は世間一般的に考えられる「男子の部屋」から比べればずいぶんと小綺麗なものだ。
 転移前から身の回りのことは自分でやらなければならない身の内だったせいもあり、家事一般には人並みの素養がある。
 それに文明というやつはなんとも人間にやさしいもので、昔なら家を守る人間1人が一日中かけて行っていたような家仕事も大部分でボタンひとつで済んでしまう。
 逆に言えばめんどくさがる理由がない。
 だったら手を抜かずやろう。
 それくらい当たり前の――この時の未悠に言わせれば「面白くない」考え方を持っているのが彼だった。
 想像よりも何倍も整った部屋の中を見て、未悠はどこか肩透かしを食らって呆然とする。
 だが魔導洗濯機にぶちこまれるだけぶちこまれた衣類の山を見つけると、水を得た魚のように表情を朗らかにしてネットに入れるものとそうでないものの仕分けを始めるのだった。
「次からはこんなになる前にちゃんと誰か呼ぶことね。床も……ええと……隅の方は埃が溜まってるるみたいだし。私でよければいくらでも力になるわ」
「えっ、あ、うん、ありがとう」
 ぼーっとしていてのから返事だったが、それでもリクの言葉に笑みを浮かべながらてきぱきと仕事をこなしていく。
 洗濯機がゴウンゴウンと唸り声を上げ始めると、今度は箒に塵取り、バケツと雑巾を取り出して、持ってきた荷物の中からエプロンと三角巾を装備。
 療養のため敷きっぱなしになっていたふかふかの布団をベランダに干して床を広くすると、隅の方から順に箒を走らせる。
 リクは彼女の視線を盗み見ながらロボットクリーナーをそっと押し入れの隅にしまい込んだ。
「あ〜……えっと、何か手伝おうか?」
 自分の部屋の中なのにどこか居場所がなく、うろうろと辺りを彷徨う。
 棚を動かそうとするのを手伝うと親の仇でも見るような目で牽制されるものだから、結局立つ瀬がなく作業台の椅子に腰かけて見守るほかなかった。
 自分の部屋を他人が掃除しているというのは、リクにとっては異次元の光景だ。
 実家では自分の部屋は自分で掃除していたし、こっちに来て一人暮らしを始めてからは当然のように。
 未悠がすっかり雑巾がけまで終えたころ、洗濯機のブザーが鳴って脱水の終了を告げる。
 天日を浴びて一層ふかふかになった布団を取り込んで押し入れにしまうと、代わりに洗濯物を丁寧に1つ1つ、皺を伸ばしながら干していった。
 ロボットクリーナーが一瞬顔を出してヒヤリとしたものの、手際よく無駄のない彼女の働きぶりは気持ちのいいものだった。
――慣れてるんだろうな。
 そんな家庭的な一面に新たな良さを発見しつつ、同時にかつて聞いた彼女の身の上も頭の片隅をよぎる。
 本来ならこんなこと覚えなくても良いはずなのに。
 これを成長と取るか堕落と取るかは人それぞれだ。
 だが、底の深いコップに持参した花を生ける彼女の姿を見ていると、少なくとも悪い変化ではないんだろうなと感じることはできる。
「さてと……それじゃ脱いで」
 そんなしみじみとした想いを抱いていたものだから、突然の彼女の申し出にリクもちゃんと頭が回り切っておらず。
「うん……うん!?」
 なんて、咳き込むように鼻から息をこぼした。
「包帯も洗ってないんでしょう? そんなんじゃ傷口が化膿しちゃうわ」
「ええ、いやそれは……」
「問答無用!」
 健常な手首を押さえつけられ、無理やりに黒ジャージを剥がされていくリク。
 本来なら寝込んでしかるべき怪我だったが、そこは仮にも覚醒者。
 少なくとも人並みの生活を送るのに、大きな不自由こそない……がそれは「動ける」だけであって、健康な覚醒者を前にしたら一般人以下の扱いだ。
 相手が年頃の女の子だったとしても抗うような術もなく、あっという間に身ぐるみ全部剥がされてクローゼットから引っ張り出した短パン1枚の姿にさせられていた。
 前身に巻かれた包帯は傷口が開くのを抑えるようにきつく肌に巻かれている。
 だがそれで完全に縫合されているわけではなく、じんわりと浸透した血が白い布の上に滲んでいた。
 未悠はリクを作業台に座らせたまま包帯をゆっくりと巻き取っていく。
 少しずつ肌が露になるにつれて熱を持った傷口が露になり、言葉も出ず息を飲んだ。
「……ごめんなさい」
 聞かれないように小さな声で囁くようにつぶやく。
 だが静かな部屋の中ではわずかな声であってもリクの耳には届いていた。
 それでも彼女の気持ちを汲むと、聞こえないふりをするのが彼にとっての精いっぱいだった。
 未悠は足元にこんもり積まれた包帯の山を空になった洗濯機に突っ込む。
 再びゴウンゴウンとドラムの回転音が響く中で、水を張った洗面桶とタオルを抱えてリクのもとへと戻った。
「じっとしてて。傷に沁みても知らないわよ」
 抵抗が無駄であることも理解しているので、ぎこちないながらも頷くしかないリク。
 未悠はその決して滑らかではない肌に濡れタオルを滑らせた。
 日々の訓練や戦いで鍛え抜かれた彼の身体は、ガッチリとまで言わないものの無駄のない筋肉でしなやかに包まれている。
 その上から無数に走った古い傷跡、治りかけの傷跡、そして縫合したばかりの真新しい傷跡。
 この傷の1つ1つが何かを守った証だとしたら、これまでどれほどの想いを彼は背負ってきたのだろうか。
 リクが失ったもの、受け継いだもの、叶えたい願い、そのすべてを打ち明けてくれた。
 知っているからこそ、「守ること」を義務とされた彼の生き方は彼女の心を締め付ける。
 無意識の中、吸い寄せられるように指が古傷を撫でて、リクがくすぐったそうに背筋を緊張させた。
「あっ、痛かった?」
「ああ、いや、大丈夫」
 新しい傷口からわずかに血がにじんで、彼女は沁みないようそっとそれをふき取る。
 自分にできるのは、親友として支え続ける事なのだろう。
 いつか義務が願いに代わるその時まで。
 白いタオルに赤い斑点が浮かぶのを見ながら、彼女の願いは胸の内に秘められる。

 新しい包帯を巻くと、リクも気分がサッパリした様子で羽を伸ばしていた。
 流石は覚醒者。
 傷の治りも順調で、復帰もそう遠くない日取りだろう。
 洗濯物を取り込むのくらいは手伝っている間、未悠は台所を借りて食事の準備に精を出していた。
 規則正しく聞こえてくる包丁の音に、母親が料理を作ってくれたらこんな感じなんだろうな――とちょとした感傷にも浸ったころ、謎の爆発音が部屋の中に響き渡る。
「えっ……な、何が起きたの!?」
 慌てて音の源――台所へと向かうと、火にかけられていたはずの鍋がもうもうと黒い煙を吹いている。
 未悠が慌てて蓋をしたことでその禁断の中身を見ることはできなかった。
 だがシンクに飛び散ったマーブル状の液体が、魚介と酢と炭化の匂いを混ぜたような異臭を発していた。
「だ、大丈夫だから……洗濯物を畳んでてくれていいわ」
 笑顔で答えた彼女に一抹の不安――もとい万が一の奇跡に期待を膨らませつつ「その時」を待つ。
 だからこそ見たままのドロドロとした液体がお椀いっぱいに盛られて出てきたのを見たときには、驚きや落胆よりは、決まりきった覚悟だけがその胸にあった。
「見てくれは悪いけど、栄養は保証するわ。冷めないうちにどうぞ」
「あ……うん、いただきます」
 匂いを嗅いだだけで胃の中が逆流の準備を始めたのを感じながらも、べちゃりとももったりとも言い難い料理名「お粥」をスプーンで掬う。
 口に運ぶことすら全身が否定しようとする中で、ちらりと見えた彼女の期待の笑みが手と口の自由だけを保証してくれた。
「うっ……むぐ……」
 味わってはいけない。
 舌に乗せた瞬間、直観でそう理解して一気に喉の奥へと流し込むと同時に大量の汗が額から噴き出した。
「な、なんだか身体が温かくなった気がするよ……代謝が上がっているのかな?」
「香辛料もいくつかブレンドしたから、その効能かしらね」
 いや違う。
 きっと身体が一刻も早くこの物質を体外へ排出しようと、ありとあらゆる手段を使って応えているのだ。
 食すべきじゃない……けど、どんなに理由を取り繕っても食べなかった時の彼女の反応を思い描けば、その未来、運命だけはリクは選ぶことができなかった。
――覚悟は決めただろう?
 そう言い聞かせて目の前の料理名「お粥」と向き合う。
 大丈夫……きっと暴食王の全力の一撃よりは痛くない――

――15分。
 思いのほか短い格闘の末にすべてを胃の中に流し込んで、リクは真っ白な灰のように壁に背を預けていた。
 心なしか表情に吐きはないものの、洗い物にいそしむ未悠に見られないよう、片手で救急用のマテリアルカートリッジを腹に当てていた。
「そうだ、デザートも買ってきたのよ。ゼリーなら食べれるでしょう?」
 コップにアイスティーを注ぎながら未悠が皿に盛りつけたフルーツゼリーを持って来る。
 少なくともちゃんとした市販製品であることは理解していたが、胃も腸も先ほど食べた栄養の処理に全力投球で、とても他の食べ物を受け付けられる状態ではなかった。
「ごめん……後で貰おうかな」
 力なく微笑み掛けると、未悠はちょっと残念そうに眉を寄せる。
 だがその視線が皿の上のゼリーへ向くと、一瞬頬を染めて躊躇ってから、自分の目の前にそれを置いた。
「じゃ、残りは閉まってあるから開けちゃった分は頂いちゃうわね。もったいないから」
 言い訳のように添えて、ふるんと震えるそれを小さなスプーンで口へと運ぶ。
 一口食べた途端にふにゃりと頬を緩ませて、だらしのない笑顔を浮かべてみせた。
「……ふふっ、美味しい。幸せだわ」
「良かったよ。なんていうか、その……今日はありがとう」
 お互いにひと心地ついたのを見計らって口にするリク。
 それは本心から出た言葉ではあったが、どこか気を使わせてしまったような申し訳なさもまた含んでいた。
 彼にとっては当たり前のことをした。
 だけど、その当たり前が彼女の身体ではなく心を傷つけた。
 それを分からないリクではなかったが、未悠もまた自分の浅はかな覚悟を許せなかった。
 自分がリクを守るなんて、おこがましい願いだったのではないだろうか。
 その無力を何度となく呪い続ける。
 だけどそれに対する答えは明確で、彼の身体を見た時にその覚悟も固まっていた。
――もっと強くなればいい。
 彼がいくつもの生傷を経てそうなったように、自分にもできるはず。
 いや「できる」でも「しなければならない」でもない。
――そうなりたい。
 それが彼女の願いだったから。
「リク、守ってくれてありがとう」
 だから、今は謝罪ではなく感謝の言葉を。
 いつかこの出会いそのものに感謝ができるように。


 ――了。

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【ka0038/キヅカ・リク/男性/20歳/機導師】
【ka3199/高瀬 未悠/男性/17歳/霊闘士】
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2018年07月18日

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