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『伝えたものと伝わるもの 』
砂原・ジェンティアン・竜胆jb7192)&和紗・S・ルフトハイトjb6970

 砂原・ジェンティアン・竜胆が久遠ヶ原島内に足を運んだのは、ちょっと久しぶりのことだった。
 神界での戦いが終結した後、彼は学園を卒業し、新たな道へ進むことを選択した。新しい居場所は──冥魔空挺軍・ケッツァー。
 『初めて叶えたいと思った夢』を叶え、さらにその先の夢や目標のために邁進する日々を送っている。

 そんなわけで現在のジェンティアンの本拠はケッツァーの根城である空挺エンハンブレということになるのだが、今日はちょっとした用事をこなすため、かつての学び舎に足を運んでいたのだった。

 学園と冥魔──というより人類と天界・冥魔界の協調体制はいまも堅調である。とはいえこの流れを維持するためには些事大事含めてさまざまな外交努力が必要となる。
 今日、ジェンティアンが命じられたことはどちらかといえば些事に属するが、決しておろそかにしてよい内容ではなかった。
(僕も少しはお頭に信頼されてきたってことかな──)
 ただ単にケッツァーには頭脳労働に向いた人材が少ないからという理由も無くは無い気がするが。むしろほぼそれが理由という気もするが前向きに考えようそうしよう。

 ともあれ用事は無事済んだ。後は自由時間だ。

 ちょっと島を回って、お頭にお土産でも買っていこうかな──。
 などと考えながら、ジェンティアンは街へと歩き出した。

   *

 そして、割とすぐに後悔した。

「あっつい‥‥」

 空には太陽がギラギラ、アスファルトは陽炎でユラユラ。
「六月だってのに、真夏並に暑くない‥‥?」
 そう、まだ六月なのである。だというのに何だろうこの熱気は。
「関東ってこの時期まだ梅雨じゃなかったっけ? 雨の日の過ごし方とか考える季節じゃなかったっけ!?」
 ちょっと船に乗ったり魔界に行ったりしてる間に地球じゃ何があったのか。異常気象に目がくらむ。
 とにかくどこかで涼もうかな、とジェンティアンは商店街へ向かった。
 だが、手頃なカフェを見つけるよりも先に彼の目に留まったのは、ショーウインドウの中に飾られた真っ白なドレスだった。
「ウェディングドレス‥‥そうか、ジューン・ブライドだもんね」
 六月は、幸せな結婚を演出する季節でもある。それは気温が高くったって変わらない。
 思い出されるのは、去年のこと。彼にとってとても大切な存在が、愛する人と並んで誓いを立てた。
「‥‥和紗が結婚してもう一年経つのか。早いなあ」
 素直な感想が口をついた。

 参列者の都合などもあり、挙式は二度行われた。
 一度目は四月の終わり。桜咲く丘の教会で、いまジェンティアンの目の前にあるような美しいドレスを身に纏って。
 そしてもう一度は六月。大阪のとある神社にて、しめやかに執り行われたのだった──。



 その日も涼しくはなかったが、照りつけるほどの猛暑ではなかったと思う。
 あるいはそれは、神域と都会とを隔絶するかのように周囲に満たされた緑と、清廉な空気のせいだっただろうか。

 六月の式が大阪で執り行われることになったのは、ジェンティアンからははとこであり、今日の新婦である樒 和紗──入籍は四月に済ませていたので、本来はこの時点ですでに和紗・S・ルフトハイトである──の実家がこの辺りという理由だった。

 当時はまだ切っていなかったブロンドの長髪が、整った顔立ちも相まって参拝客の目を引く。彼にとっては慣れっこなので、視線を受け流して参道を進んだ。参拝に来たわけではないから、拝殿はひとまずスルーして脇へ逸れ、奥へ。
「‥‥ここかな?」
 親族用の受付を見つけて名前を告げ、さらに奥の控室へと通された。

 室内には、今日参列予定の親族がほぼ揃っていた。ジェンティアンへ向けられた視線とともに、やや緊張した空気が送られてくる。
 奥には新郎新婦の席も用意されているが、空席だった。
「和紗は?」
 畳の上に腰を下ろしながら聞くと、まだ仕度中や、とつっけんどんな返事だった。
「まあでも、そろそろ時間やし‥‥」
 別の親族が口を挟んだところで、奥の方の扉がゆっくりと開かれた。
 親族一同の視線が注がれる。ジェンティアンもそちらを見た。

 微かな衣擦れの音ばかりを響かせて、白無垢姿の和紗がしずしずと入ってきていた。
 当たり前だが、ドレスの時とはまた違う美しさ。元々和装に親しみの深いこともあってか、浮いた感じがない。柔らかさと力強さが同居した、いかにも彼女らしい佇まいだった。
 その後ろには新郎の姿もある。こちらは若干落ち着かなさげながらも、足取りはしっかりとしていた。

 和紗は用意されていた席には着かず、そのまま両親たち家族の側まで進んだ。おもむろに正座し、膝の前に三つ指をつく。
「今までお世話になりました」
 両親に、祖父に、弟に‥‥家族一人一人に対し和紗は、丁寧にそうして頭を下げていく。
 ジェンティアンはその光景を、少し離れたところで見ていた。我知らず、満足そうな微笑みを浮かべて。
(ああ‥‥綺麗だな)
 子供の頃から大切な存在だったはとこの少女。久遠ヶ原へとやってきた頃には、何を賭けても護ろうと心に誓っていた存在。
 そんな彼女が最愛の人を得て、家族の元を巣立っていくのだ。これほど胸の熱くなる光景があるだろうか。
 ──などと思っていると、頭を上げた和紗が膝の向きを変えた。
「竜胆兄」
「うん?」
 つい普通に返事をしたが、正面を向いた和紗は神妙な表情。
 そして、いままで家族にしていたのと同じように、ジェンティアンに向かって三つ指をついた。
「え!? どしたの?」
 慌てて居住まいを正す間に、和紗は彼に向かって深く深く、頭を下げた。

「‥‥竜胆兄、これまでお世話になりました。竜胆兄がいてくれたから、俺は彼と生きていけるのです」

 そして頭を上げ、微笑む。ジェンティアンは面喰らったまま固まっていた。
「ずっと支えていてくれたこと、本当に感謝しています。竜胆兄がいなければ、俺はとうに潰れていたに違いないのです」
「それは‥‥」
 あまりにも素直な言葉に戸惑う。
「いやでも、学園に来てからは僕結構邪険にされてなかった?」
「まあ、時には若干ウザ‥‥過保護に感じる時もありましたが」
「いまウザいって言ったよね!?」
「でも、本心ですよ」
 こんな時だからこそ、伝えられる言葉があるのだ。本心をさらけ出したのだと示すように、和紗は胸を張った。
「和紗‥‥」
 ジェンティアンは口を開いたが、名前を呼ぶのが精一杯だった。無理に二の句を継いだら、うっかり何かが零れ落ちててしまいかねない。
 ついさっき、これ以上ないほど胸が熱くなったのに。いまは間違いなくそれ以上だ。
 和紗が少し身体を引いた。新郎の姿が目にはいる。和紗もちらりと目をやった。
「これからは彼と共に‥‥二人で歩んでいきます。そして、幸せになります」
 これまでを支えてくれた彼の為への、未来への誓い。

 和紗の言葉を聞くうちに、ジェンティアンの胸の熱さは全身へと広がっていった。指先までぽわぽわと暖かい。光纏してないのにしてるみたいな不思議な高揚感は残っていたが、とりあえず涙は引っ込んだ。いや泣いてなんかないよ?

「うん。幸せにね」

 短い言葉に万感の想いを込めて告げる。
 和紗が返したその表情を、ジェンティアンは生涯忘れることはないだろう。


 ‥‥と浸っていたら背後から誰かに足を思いっきり踏まれてヘンな声が出たが、和紗は素知らぬ顔で新郎の元へと戻っていくのだった。



「ジェン。‥‥ジェン?」

 どれくらいの間だったろうか。ショーウィンドウの前で当時を懐かしく思い返していたら、声を掛けられていた。
「あ、リュミエチカちゃん」
 声のした方を見やると、金髪にサングラスの組み合わせも見慣れた少女が立っていた。何故か微妙に距離が開いていたが、ジェンティアンが声を掛けると安心したようにこちらに駆け寄ってきた。
「やっぱりジェンだった‥‥髪が短いから違う人かと思った」
「そろそろ慣れてほしいかな‥‥」
 苦笑しつつ。
「久しぶりだね。今日はもう授業は終わり?」
 学園の夏服姿のリュミエチカに問いかけると、相手はこくんと頷いたあとで、「ジェンは、平気?」と聞いた。
「ん?」
「ぼうっとしてた。‥‥お水、いる?」
 鞄からペットボトルの水を取り出して渡そうとしてくる。この暑さだ、熱中症とでも思われただろうか。
「あぁ、平気、平気。心配かけてごめんね?」
 大げさに腕を振って健在をアピールする。
「ちょっと去年のことを思い出しててさ」
 ほら、と言って、リュミエチカにもショーウィンドウの中のドレスを見せる。それが何なのかは彼女にも伝わったようで、すぐに「カズサのこと?」と聞いてきた。
「うん。ドレス姿も、白無垢姿も‥‥あの時の和紗、本当に綺麗だったなって」
「カズサは、いつも綺麗」
「あはっ。でも、結婚式の時は、ちょっと特別なんだよ」
「ふうん‥‥?」
 よく分からない、という風にリュミエチカは小首を傾げた。だいぶ人間界の暮らしに馴染んできた様子の彼女も、こうした儀礼ごとにはまだ疎いようだ。
「リュミエチカちゃんは、着てみたいドレスとかない? この中だったらどれがいいかな」
 ショーウィンドウの中に並んだ純白のドレスを改めて見せると、リュミエチカはさらりと視線を走らせた。
「あれ」
 と言って示したのは、並んでいる中では装飾の少ない、細身のデザインのもの。
「他のは、重そう」
「あ、そこなんだ」
 でも、ちょっと和紗が着ていたドレスに似てるかも。
「実際に着るときには、ぜひ僕のことも呼んでね♪ 魔界からでも駆けつけるからさ」
「いいよ」
 あっさり頷くリュミエチカ。さて何年か後には、実際にそんな機会が巡ってくるのだろうか。

   *

「それにしても本当に暑いね‥‥。リュミエチカちゃんはまだ時間ある?」
「あるよ」
「そっか。それじゃあ近くのカフェにでも──」
 と首を巡らせると、ベビーカーを押した女性がこちらを見ながらスマホを耳に当てていた。
「もしもし警察ですか? 女子高生が不審者に絡まれています」
 完璧に真顔。
「ちょっと待って!? 僕だから!」
 慌ててアピールすると、女性──和紗はスマホを耳から外した。
「竜胆兄でしたか。不審者と間違えて通報するところでした」
「不審者」
「リュミエチカちゃんも真顔で繰り返さないでね!?」
 一通りのやりとりを終えて笑い合う。
「今日はどうしたんですか?」
「お頭のお使いでちょっとね。でももう済んだ」
「ならば、行きつけの店に行きませんか?」
 ベビーカーでも問題ない店ですし、と和紗が提案し、三人でカフェに向かうことに。

「リヒト、大きくなった?」
「これからどんどん大きくなりますよ」

 ジェンティアンはつと立ち止まり、ベビーカーを押しながらリュミエチカと語り合う和紗を見た。
 落ち着いた、柔らかい雰囲気。彼女を包む空気は暖かくて優しい。
(ああ)
 一年前から続く、彼女の日々を思う。

(幸せそうだな)


「ジェン?」
「竜胆兄、どうしました?」
 二人がこちらを振り返った。
「何でもないよ」
 ジェンティアンは笑ってそう言い、二人の傍へと駆けていった。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb7192/砂原・ジェンティアン・竜胆/男/25/見守る視線】
【jb6970/和紗・S・ルフトハイト/女/21/感謝と誓いを】
【jz0358/リュミエチカ/女/14(外見年齢)/ドレス‥‥?】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました! 思い出を振り返りつつ、六月のとある日の様子をお届けいたします。
お二人の絆‥‥といいますか、関係性が伝わる内容になっているといいのですが、どうでしょうか。
リュミエチカもお誘いいただきありがとうございました!
彼女がいつかドレスに身を包む日は来るのでしょうか‥‥順調に成長してますので来てもおかしくはないのですが、
今のところあんまり想像できない‥‥かな?
イメージに沿う内容となっていましたら幸いです。
イベントノベル(パーティ) -
嶋本圭太郎 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年07月20日

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