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『凍れる呪い 』
氷鏡 六花aa4969)&アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001

●洋上を飛んで
 樹木と鋼鉄の入り混じった外装を持つ空母、ソフィア。ヘイシズ(az0117)はこれと共にハワイへ半ば特攻のような作戦を取り、そしてエージェント達に敗北した。しかし、氷鏡 六花(aa4969)はそれでも戦いを止めようとしなかった。リンクバーストが解けた直後、既に立っているのもやっとな状態だったが、それでも樹氷の箒に乗って宙を飛び回っていた。
 眼を皿のようにして、青い海を見渡す。沈みゆく船の燃え盛る火の粉が空を舞う。黒煙が視界を遮ろうとしてくる。六花は身を伏せ、海のそばへと高度を下げる。
 そこで、六花は一体の愚神を捉えた。海の彼方、狼の頭だけが点のように浮かんでいる。六花は箒を走らせ、狼へ向かって突進した。全身の生気が失われていくのを感じながら、その手に氷の槍を創り出した。
 狼は振り返る。その口が開き、何かを言いかけたように見える。
 しかし、六花は躊躇しない。氷槍を擲ち、狼の顔面を撃ち抜いた。頭蓋が砕け散り、狼だったものはそのまま水底へ沈んでいく。

『(……まただわ)』
 アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)は魂が捩れるような感覚を抱く。生きるのに必要な霊力さえ絞り出しているためなのか、それとも、彼女の心が絶望に凍り付きかけているからなのか。
 そのどちらなのかもしれなかった。

「まだ……まだいるはず」
 六花は血眼で周囲を見渡す。樹氷の箒が融けかけている事にも気づかない。アルヴィナは心の奥で嘆息すると、静かに諭す。
『六花。どんなに頑張っても……限界なのには違いないわ。戻りましょう。このまま海に落ちてしまったら、帰れなくなってしまう』
「……」
 大切な、姉のような存在の言葉。まだ六花は聞き分けられた。唇を結んだまま、六花は静かに箒の行く先を変える。
「また……此処に来るから」
 感情の無い呟き。今度は泳いで海の中に潜んでいても見つけると、六花は心に決める。
「一匹残らず……愚神は殺すの」

 氷の魔女は飛び去る。空母も沈み、洋上は何事もなかったかのように静まっていた。

●花壇の白花
 消耗を癒した六花は、東京海上支部へと帰ってきた。目的地は、雪娘が二ヶ月もの間滞在していた会議室。
「……」
 六花は扉を開き、会議室に足を踏み入れる。ブリザードで凍結した内装も、戦いで破壊された壁も、今やすっかり元通りとなっていた。壊されたソファや豪華な机も撤去され、今やただの会議室と同じ。簡素な椅子や机が並ぶのみである。
「(まるで……全部、夢だったみたい)」
 部屋の隅から、ぼんやりと全体を見渡す。消え去った日々の残滓が、幻となって重なった。

――だから私、これからは善性愚神として、贖いたいの。みんなのために。

 ソファに座って無邪気にお菓子を頬張っていた雪娘が、ふと真剣な顔になった。前に座って向かい合っている自分に向かって、哀しげな顔を覗かせていた。その表情は、嘘ではなかったように今でも見える。
 嘘だったのだが。いや、嘘にしてしまったのかもしれないが。
「……」
 眼を閉じると、さらに幻ははっきりとしてくる。常に雪娘へ寄り添い、恋慕の想いを向け続けていた“あの人”の姿が。自分と瓜二つの彼女がじっと見つめられているのを見ると、六花は何故だか自分までむず痒い気分になった。
 今や、そんな記憶も空しい。

 胸をかきむしりたくなるような衝動に襲われて、六花は思わず会議室を後にする。傍を通りかかったスーツ姿の少女を突き飛ばすようにしながら、そのまま廊下を突き進む。
「六花ちゃん? 六花ちゃん!」
 背後から声が響くが、六花には届かなかった。益々その足を速めて、六花は半ば走った。様々な感情がないまぜになって、彼女の頭を小突き回すのだ。
 窓からの日差しが強くなり、六花はふとその足を止める。見れば、そこは中庭だった。そこもほとんど戦いの前と変わらないようになっているが、一つだけ違うところがあった。庭の隅の花壇に、白い花やら酒やらが添えられているところだ。
 ここで“あの二人”は死んだのだ。ここではない世界に旅立ってしまった。ふらふらと六花は花壇の前に歩いていき、そこでぴたりと足を止める。
「(六花たちの意志が、未来を決める……なんて、あいつは言ってたけど)」
 六花は小さな拳を握りしめる。最期を迎える直前、獅子は観念したように話した。

――世界の一区域における瞬間の光景と、その瞬間におけるライヴスの分布、濃度、活性度その他は対応関係にある。故に、ライヴスの運動を見れば、未来を観測する事が出来る。

――そして君達は知っている。ライヴスは人間の持つ意志によって増幅し、あるいは減縮する。形を容易に変え得るものだと。

「(……六花達の意志が、未来を決める……なんてあいつは言ってたけど)」
 六花は花を一輪手に取る。白い花びらを見つめていると、目尻が少しずつ潤んできた。
「(なら……あの人は、あんなに願ってたのに……どうして雪娘との共存は、叶わなかったの? どうしてあの人は……死んじゃったの?)」
 半ば獅子を責めるように問いかける。今も恨みは募っていく。最初から彼らが敵だったのなら、こんな事にはならなかったはずだ、と。彼らが希望を根こそぎにしていったのだ、と。
「(未来に希望を持てばその通りになるなんて……六花には、もう、綺麗事にしか……聞こえない)」
 ふと手を開くと、花ははらりと地面に落ちる。
「(今更どんなに願っても、死んだ人は、もう……帰らない)」
 帰途に就いた護衛艦の中の風景を思い出す。多くの仲間達は、ヘイシズ(az0117)の遺した言葉に何かしらを気付かされたらしい。
「(大事な人を守りたい、そう言ってる人たちが羨ましい)」
 しかし、六花はそんな彼らを冷めた眼差しで見つめていた。
「(自分の愛する人が……まだ、生きてるんだから)」

『六花、此処に居たのね』
 背後の扉が開き、アルヴィナが中庭に足を踏み入れる。六花は笑みを浮かべると、アルヴィナの方をおもむろに振り返る。
「ねえアルヴィナ。六花は……決めたの」
 その眼は凍てつく極海のように黒々としている。アルヴィナは思わず足を止めかけてしまった。六花はそんなアルヴィナへと自ら歩み寄り、その手を取る。
「“絶対零度の氷雪華”。六花は、ほんとにそうなるの」
 六花の手は、氷の女神であるアルヴィナですら冷たく感じた。まるで死人のような冷たさだ。仮面をかぶったように無機質な表情で、彼女は胸に突き刺さるような言葉を繰り続ける。
「心まで絶対零度に凍らせて……愚神はぜんぶ殺す。殺して、殺して……殺し尽くす」
 声が震えた。零下三十度の世界に放り出された人間のように、六花は自分の心に凍えていた。それでも六花は良しとした。
「だって……あの人が愛してた雪娘を、H.O.P.E.は殺したんだもの。他の愚神も、ぜんぶ殺さなくちゃ……あの人が可哀想」
 そう心に決め、六花が天へと捧げた生贄。それがヘイシズだった。多くを語らぬ彼を今一度生かしておきたいと願う者は少なくなかったが、けして六花は赦さなかった。
 アルヴィナは六花の手を握りしめる。そっと跪くと、黒髪に隠れる六花の顔を覗き込んだ。
『ねえ……六花。こんな事を聞くのは変かもしれないけれど……』
 本当に心を凍り付かせてしまったのか、六花の眼からは何の感情も読み取れない。アルヴィナは六花の肩に手を載せ、尋ねる。
『本当に、それでいいの?』
 六花は顔を背けた。
「……知らない」

 六花はアルヴィナの手を再び取ると、彼女の腕を引いて歩き出す。

 獅子を殺そうと、心に掛かった靄が晴れはしなかった。少女達の想いを置き去りにした世界に対する憎悪は、今まさに募るばかりであった。

●薄氷を踏むように
「洋上決戦については……ご苦労でしたね。相当な無茶をしたと風の噂に聞いておりましたが、ひとまずは無事で何よりといったところでしょうか」
 南極支部に戻ってみると、すぐに彼女は一人の支部員に呼び出された。会議室に行ってみると、支部員はにこやかな顔をして彼女を迎え入れた。六花は冷たい声色で尋ねる。
「……ん。用件って、何です、か?」
「そうですね。……氷鏡さんをお呼びしたのは……」
 支部員は懐から一枚の封筒を取り出すと、デスクの上に乗せた。六花の辞表。独断専行でのヘイシズへの攻撃を敢行する前に送り付けておいたのだ。ヘイシズのアルター社撤退を覆させないための作戦のつもりだったが、本当のところは六花自身にも分からなかった。
 そんな曰く付きのそれを差し出し、彼は深く息を吸い込む。
「これについてです。まだこの辞表は受理しておりません。……勿論、H.O.P.E.のエージェントは危険な仕事ですから、辞表を拒否する権利はありません。ですが、それでも敢えて、“今一度考えなおしていただけないか”と申し上げたいのです」
 六花は首を傾げる。支部員は申し訳なさそうに俯き、声を潜めて続ける。
「氷鏡さんは、この支部の他の人間よりも多く危険な戦いに身を投じてきました。その事もあって、今や貴方の能力は南極支部においても指折りなのです。ドロップゾーンの活動も全世界的に活発な相を呈し始めている今、その最前線の一つである南極支部にとって、氷鏡さんは貴重な戦力……」
 支部員は六花の顔をデスク越しに覗き込む。
「ヘイシズの能力を明かし、かつ撃破したという実績もあります。……我々としては、是非ともその力をお借りしたいのですが、いかがでしょうか。氷鏡さん」
 しばしの沈黙。唇を真一文字に結び、支部員を静かに威圧していた彼女であったが、やがて僅かにその口角を持ち上げる。
「……ん。任せて、ください。愚神は、皆殺しにして……平和な世の中を、作ってみせ……ます」
 その瞳の奥は凍てつき、氷柱のような鋭さを持っていた。支部員は気圧されたように顔を顰めた。
「ええ……頼りにさせて頂きます」
「では……失礼、しますね」
 六花はぺこりと頭を下げると、踵を返した。すたすたと、早足で六花は支部を後にする。彼女の纏う凍れる気迫は、擦れ違う支部員すら怯ませていた。

 その後を追いかけながら、アルヴィナはじっとその背中を見守っていた。否、見守る事しか出来ないでいた。それが、自分が自分に立てた誓いであったから。

――君達は望むと望まざるとに関わらず、高貴さに義務を強制される。

『(あの獅子が言ったのは、希望を持てば未来がその通りになる……という事だけではない。絶望してもまた未来がその通りになる、という事)』
 獅子は常に絶望を見つめていた。誰の心にも潜んでいる絶望を。
『(誰もがそれぞれ意志を持っている以上、獅子の言葉が正しければ、未来の結果は意志の総和ということになる……)』
 冬を司る女神であるアルヴィナもまた、人の悲しみや怒りと何度も向き合ってきた。だから彼女は気付いた。獅子が徹頭徹尾、己を絶望の世界に置き続けていた事を。

『(獅子が示したのは、リンカーには絶望する事さえ許されないという呪い。希望を持ち続けなければいけないという呪い)』

 六花がこの戦いでどれほど苦しみ、悲しんだかをアルヴィナは痛いほど知っていた。六花自身が答えを出すまで見守るという誓い以上に、そんな彼女を見ていたアルヴィナには、これ以上六花に呪いをかける事など出来なかった。
 そうすれば、今度こそ少女は自らの力に押し潰されてしまいそうだから。
『(このままではいけない……でも……)』

「……ん。アルヴィナ?」
 呼びかけられて、アルヴィナははっとする。いつの間にか足を止めてしまっていたらしい。六花は雪を踏みしめながら歩み寄り、その手を引く。
「帰ろう。イグルーに……」
『……ええ。そうね。まずは休まないとね』

 アルヴィナは静かに微笑むと、六花と共に白銀の中へと紛れていった。


 to be continued...



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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氷鏡 六花(aa4969)
アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)
ヘイシズ(az0117)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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影絵 企我です。この度は発注いただきありがとうございました。
ギリギリになってしまって申し訳ありませんでした。
氷鏡さんの狂宴エピローグとして相応しい出来になっていればよいのですが……
何かありましたらリテイクお願いします。

ではまた、御縁がありましたら。



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リンクブレイブ
2018年07月23日

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