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『夜明け色のtisana naturale 』
神代 誠一ka2086


 初夏のある日。
 まだ日差しが昇りきる前、この街でしか手に入らないものを買いにやって来た神代誠一は、とある店先で真剣な顔をして商品と睨めっこしている女性に目を留めた。
 初めて会った時より少し伸び、肩にかかる程度の髪をハーフアップし、癖なのか右手を口元に当てているその姿。
 片手に紙袋を抱えつつ、誠一はそうっとその後ろに歩み寄っていく。
「こっちは手入れが楽だけれど、使えるのは葉だけだし……でもこっちは似たのがうちに……うぅん……」
 店に掛けられた看板には『un'erba aromatica.』
 どうやらハーブの専門店のようだ。
 店先には多種多様なハーブの苗や種が置かれ、どうやら奥はハーブを使った飲み物や食べ物が出る喫茶スペースがある様子。
 誠一が見たことのない草花が多種揃えられているその店先に彼女がいるのは、納得出来てしまうというかなんというか。
 悪戯っぽく笑い、誠一はハーブ苗から目を離さない彼女の肩にぽんと手を置いた。
「ぴゃぅっ!?」
 相当驚いたのだろう、びくーっと体を飛び上がらせつつ彼女があまりにも変な声をあげるものだから。
「くっ……ははははっ!!」
「っセーイチ!?驚かせないで頂戴!」
 薄い空色の瞳を吊り上げて顔を真っ赤に染め上げた相手――ヴェロニカ・フェッロのリアクションに、誠一は声を上げて笑った。

「悪かったってヴェラ。いつまでも頬っぺた餅にしてると戻んなくなるぞー」
「餅じゃないったら!もう!」
 軒先での遭遇から十数分後。
 膨れっ面を揶揄いつつ、ご機嫌取り半分宥め賺し半分で喫茶スペースへと誘導した誠一は、低く笑いつつ眼前で目を眇めているヴェロニカを見やる。
 ――彼女とは、3年ほど前のとある依頼が切欠で出会った。
 ハンターに出される依頼は比較的、戦闘やら調査やらが多く気を緩める様なものではないのだが。
 彼女が出した『森への護衛依頼』は護衛とは名ばかりの、言うなれば『休憩依頼』のようなものだった。
 血と硝煙の香りが漂うばかりの大きな戦いがあったその当時、その依頼は異質だったかもしれない。
 それでも。
 その依頼に込められた『何か』に、誠一が強く惹かれたのも事実だった。
 そこから月日は流れ。その間も何度も彼女からの依頼を受けることがあり。
 辛くも苦しくも悩ましくもあったが、それでも。
 確かに前に進んでいる、そんな日々を過ごしている。
「怒った?」
 態と残念そうに眉を下げて問いかけてみれば、不貞腐れてそっぽ向いていたヴェロニカが半眼のままだが視線を合わせた。
 怒っていようと泣いていようと笑っていようと。
 彼女は誠一を見るときは視線を真っ直ぐ向けてくる。
 あまりにも真っ直ぐすぎる視線に、どことなく居心地が悪くなることもあるけれど。
「……罰として、セーイチにはここのお会計持ってもらうんだから」
 不貞腐れて不機嫌かと思えば、その雰囲気を長く持続させられないのもまた彼女らしさ。
 そんな彼女らしさに思わず顔を逸らして噴き出してしまった誠一は、恐らく悪くはないはずだ。


 気を取り直してメニューを広げたところで、はたと誠一は固まった。
「今の季節ならハイビスカスシャーベットもいいわよね。冷たいものだけだとお腹を冷やすから飲み物はー……」
 品を選んでいるヴェロニカは流石。ハーブに慣れているだけある。くるくると表情を変えつつ、実に楽し気だ。
 一方の自分は、というと……。
(俺が買った本に載ってるハーブが少ない……!)
 なんだこのエンペラーズミントって。ペパーとスペア以外にあるなんて聞いてない。
 なんでタイムにオレンジだのレモンだのあるんだ。何が違うんだ。説明してほしい。
 いやちょっと待ってほしい。レモンが付いたハーブが多すぎる。何がどうなってるんだ。
 はっきり言って呪文だ。なんだこの圧倒的アウェー感。
 ヴェロニカと交流を持ち、彼女の自慢の庭に何度か足を運んだことがあったからこそ、誠一は少し勉強してみようとハーブの基礎本のようなものを購入したことがある。
 少しは知識として得たと思っていたが、これは。
「え?ちょっとセーイチ、どうしたの。どうしてそんなに疲れてるの?」
 思わずテーブルに両肘をついてがくりと肩を落とした誠一に驚いたヴェロニカが、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「いや、ちょっとハーブを甘く見てた……」
「……ふっ、ふふっ……!!」
 さっぱり分からないのだと正直に言ってしまえば、今度は彼女の方が楽し気に笑い声をあげた。
「仕方ないだろ?俺はハーブ初心者なんだからさ」
 お手上げだと軽く両手を上げてから、そんなわけでと気を取り直す。
「それじゃあヴェラ先生のおすすめを頼もうかな」
「えぇ、いいわよ!」

 どうせなら二人で楽しめるものを。
 ヴェロニカがそう笑って頼んだのは、耳慣れない『ブルーマロウ』というハーブを使ったお茶。
 軽食代わりにと頼んだ季節のハーブクッキーと共にサーブされたそのハーブティーを見て、誠一は一瞬目を疑った。
 何故ならそのハーブティーは。
「青い」
 驚いたように思わず零れた言葉に、目を細めて笑ったヴェロニカが店員がテーブルに置いた小さなピッチャーを手に取る。
「初めて見るとびっくりするでしょう?ブルーマロウティーは名前通り、基本青いのよ」
 大きなガラスのティーポットの中、花弁が躍るその薄い空色と、傍に置かれた飴色の蜂蜜に。
 ふと、既視感を感じた。
 どこかでこの色を。と、視線を上にあげれば。
 柔らかく細められた瞳と、微かに下げられた頭に沿うように流れ落ちる髪。
(……あぁそうか)
 ――彼女の色だ。
 どこかで、なんて話ではなかった。よく見る色だと、そう思うはずだ。
 深緑の森、湖畔の木陰。夜、月明りに照らされる庭先。
 明るい日差し射しこむ、穏やかな家。
 色んなとき、いろんな場所で、もうずっとこの色を見てきた。
 暖かいだけの思い出ではないけれど。笑顔だけの記憶ではないけれど。
 それでも絶えず彼女は、まっすぐにその色を誠一に見せてくれたから。
「……イチ。セーイチ、聞いてる?」
 首を傾げる彼女の頬にかかる飴色の髪を、そっと指の背で払いつつ。
「ん。聞いてるよ、ヴェラ」
 穏やかに、柔らかく。誠一は笑った。
(ちゃんと聞いてる。いつだって)
 届けられる真っ直ぐな想いも。言葉も。余すことなく、しっかりと。
 それを取りこぼすことなど、出来そうにないのだから。

 彼女が選んだブルーマロウ。
 それに込められた『穏やかさ』や『優しさ』『勇気』に誠一がいつ気づくのかは。
 彼だけが知っている、別のお話。


 END

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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《ka2086/神代誠一/男性/32歳》
《kz0147/ヴェロニカ・フェッロ/女性/23歳》

※ブルーマロウ:
お湯を注ぐと青いハーブティーになる。
そこにレモンを加えることで、青紫、紫と色を変化させ、最終的に淡いピンクになる事から
『夜明けのハーブティー』『サプライズティー』とも呼ばれる。
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2018年07月24日

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