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『幻魔の矢、虚無を穿つ』
空月・王魔8916


 いい女だった。
 偉大なる『虚無』のために常日頃、過酷な戦いをしている俺たちへの御褒美とも言えるほどに、いい女だ。
 白のブラウスに包まれた胸の膨らみが、黒のジャケットから形良く溢れ出している。すらりと伸びた両脚は、露出のないズボンをぴったりと貼り付けながらも、肉感的な脚線を隠せていない。
 そんな左右の美脚が、俺の仲間たちを片っ端から蹴り倒してゆく。
 防弾装備でガッチリと身を固めた男たちが、獣欲を丸出しにして女に襲いかかり、だが目に見えぬ壁にでも激突したかの如く吹っ飛び、へし曲がり、倒れてゆく。
「私には相棒、と言うか同居人がいる」
 斬りかかって来たナイフをかわし、そのナイフを握る男の腕を捻り上げながら、女は言った。
「隻腕だが、五体満足の私よりもずっと上手く白兵戦をこなす女だ。彼女に比べたら、私の接近戦闘など児戯も同然」
 男の腕が、折れた。
 悲鳴を上げてのたうち回る男の身体を、長い脚で悠然とまたいで越えながら、女は俺を睨んだ。
「……こうして、お前たちを無力化するのが関の山だ」
 鋭い眼光を放っているのは、左目だけだ。右目は、長い髪に隠されている。
 隻眼なのかも知れない美貌には、清冽な闘志が漲っていた。
「素手の私に、ここまで蹂躙されているようではな……お前たちに、大事を成し遂げる事は出来ない。もうやめておけ」
 この生意気な顔が、苦痛に歪む様を、俺は見たい。
 だから顔ではなく、身体を狙って、俺は引き金を引いた。
「このクソ女……大人しくしてりゃあ生かして可愛がってやったのによォオ!」
 白のブラウスが、真紅に染まる。
 フルオートで吐き出された銃弾の嵐が、女の綺麗な胴体をズタズタに穿っていた。
「ああ、もったいねえ……本当にもったいねえよ、クソが!」
 倒れた女に、俺はずかずかと歩み寄った。
 血まみれのまま、女は呻いている。即死はしていない。嬲り殺しを楽しむ時間が、少しはある。
 そう思いながら、俺は立ち止まった。立ち竦んだ。硬直していた。
 女が、むくりと起き上がったからだ。
「……知っているか? はらわたを負傷すると、しばらくは何を食べても血の味しかしなくなるんだ」
 言いつつ女が、吐血に汚れた唇から何かを吐き捨てた。
 血まみれの、銃弾だった。
「ズタズタにちぎれた消化器官が、おぞましい生き物のように蠢きながら再生・自己修復を遂げてゆく……食欲の失せる感覚だぞ。まあ便利は便利だがな」
 女が、人間の言葉を発している。それも、俺には信じられなかった。
 この女は、人間ではない。化け物だ。『虚無』の神官たる、あの女に劣らぬほどの化け物なのだ。
 考えてみれば。いや、考えるまでもない事だ。
 IO2が、俺たちを叩き潰すために放った刺客である。怪物であるに決まっていた。
「とにかく私も、そんな目にはもう遭いたくない。このまま大人しく捕縛されてくれると大いに助かるが、どうかな」
 俺は立ち竦んだまま、呆然と見回した。
 都内、廃ビルの1室と言うか1フロアーである。
 その全域で、『虚無の境界』戦闘部隊は屍のような様を晒していた。
 防弾武装をした男たちが、倒れ、呻き、弱々しくのたうち回っている。全員、死んではいないようだ。
 このビル内で俺たちは、武力行動のための準備を整えていた。日本国内でこれだけの銃器類を揃える事が出来たのも『虚無の境界』の組織力なればこそである。
 その準備が、この女1人によって叩き潰された。
 虚無の境界にあって、そのような醜態が容認されるはずはなかった。
 粛清者は、すでに現れている。
 フロアーのあちこちで倒れ、辛うじて生きていた男たちが、ことごとく破裂し火柱を立てていた。
 爆撃、されていた。
 小さな太陽のような火球が無数、フルオート銃撃の如く発射され、俺の仲間たちを片っ端から爆砕してゆく。人体の破片が、大量に舞い上がりながら焦げて砕けて灰と化し、漂った。
 煙のように遺灰が立ち込める、殺戮の光景。
 その真っ只中に、それは佇んでいた。
「虚無の境界は随時、入信者を募集中である」
 胴体と一体化した巨大な頭部が、大口を開いて言葉を発する。
 竜の生首が、鉤爪ある手足を生やしている。そんな姿をした生体兵器であった。
「とは言え、役立たずは困るなあ。いや、このところ多いのだよ。ただ何となく世の中が気に入らない、悪事を働いて良い思いをしたい、そんな理由で安易に入信して来る輩が実に」
 言葉と共に、竜の大口が火球を吐き出した。
 女は、かわした。
 俺は、かわせなかった。


 遅くなるから先に寝ているように、とメールを送っておいた。
 虚無の境界の戦闘部隊が都内に潜伏し、テロ行為を企てている、という情報は掴んでいたものの、潜伏場所の割り出しに思いのほか時間を取られてしまったのだ。
 この廃ビルを確定してからは、しかし大して難しい事はなかった。潜伏していた戦闘部隊は烏合の衆で、殺さずに鎮圧するのは容易であった。人道主義者を気取るつもりはないが、人死にを出さずに済むなら殺す理由はない。
 しかし結局、全員を死なせる事になってしまった。
 戦闘部隊の最後の1人が、火球の直撃を喰らって灰に変わり、廃ビル内の埃と一緒くたになってゆく。
 身を挺して守ってやるほどの相手でもない。
 空月王魔は、そう思うしかなかった。
「霊的進化とは縁遠い愚か者ども、非力な霊体となって漂うがいい。運が良ければ、怨霊兵器の材料として拾ってやる事もある、かも知れんな」
 虚無の境界の生体兵器が、巨大な口内を赤熱させながら言った。
「で、貴様は……IO2のエージェント、ではないようだが?」
「外部の業者だ。お前たちとの戦いを委託された」
「虚無の境界へ来い。IO2の、倍の金で飼ってやろう」
「金に困っているわけではないのでな」
 王魔は応えた。
「それよりも、早く帰って寝たい。早急に片付けさせてもらおうか」
「眠るがいい。虚無に抱かれて、永遠に」
 竜の口内で、赤熱の光が輝きを増してゆく。
 火球が、王魔に向かって吐き出されようとしている。
(……お前なら、この怪物を白兵戦で仕留められるのだろうな)
 今この場にいない同居人に語りかけながら、王魔は左腕をまっすぐに伸ばし、右手を引いた。
 存在しない弓矢を引き、存在しない弦を手放した。
 存在しない矢が、放たれた瞬間、存在を開始した。
 本来この世にないはずの矢が、火球を粉砕しつつ竜の口内を、喉の奥を、体内を射貫く。
 虚無の境界の生体兵器が、爆発の火柱に変わった。
 王魔は背を向け、爆風を背中で受けた。長い髪が、荒々しく舞い上がった。
 仕事は終わった。帰る。普通に、そんな気持ちになった。
「帰る……か。私が、他人のいる場所に」
 同居を提案された時、断らなかったのは何故なのか、王魔自身にもわからない。
 ともかく彼女は今、王魔にとって赤の他人ではなく、同居人である。
 王魔は咳き込んだ。血まみれの銃弾がまた1つ、飛び出した。
 血の味が、しばらく口の中から消えそうにない。
 同居人の作るパンケーキの味を査定してやる事も、しばらくは出来ない。
 王魔は、苦笑した。
「フライパン返しは上手いのに、肝心の焼き上がりが……な」


 登場人物一覧
【8916/空月・王魔/女/23歳/ボディーガード(兼家事手伝い)】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年07月26日

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