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『かさね桜 』
日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001

 盛夏。
 幾十幾百と繰り返した洗濯で程よくこなれた道着をまとい、日暮仙寿は問うた。
 今の俺は、あの高みに届くほどの俺か?
 応えは、否。
 ただ死線の向こうへ踏み入り、ただ生還の路を斬り拓いてきた。重ねた生をきざはしと踏み、あのときの己を遙かに凌ぐ高みへと至った。しかし、知り得たのは否のひと文字。
 こんなことなら自分を研がなければよかったか? 仙寿は自問し。
 否。心が応える。
 そうだ。俺は悔いたりしない。思いを貫き、ここまで来た俺を。強敵の信念を自ら負った俺を。あいつから伸べられた士道を共に取った俺を。
 と。
 仙寿は視線を流して一点に据え。
「気にするな。別になにをしてたわけでもない」
「あー、邪魔かなって思って」
 道場の入口からすべり込んできたのは、仙寿の契約英雄たる不知火あけびである。
 出逢った当初、忍でありながら侍を目ざしていると彼女に語られた仙寿は正直、頭沸いてんじゃねーの? などと思ったものだが……
 いつしか、忍という闇から剣士という光を目ざす彼女がまぶしく感じられるようになった。
 同じ闇底を這う刺客であった彼はそれを認めたくなくて、ことさらに冷めた態度で関わりを拒んだ。
 しかし幾日を共に踏み越える中で、己の内にわだかまる劣等感は晴れ、ひたむきなあけびの姿に憧れた。
 そして今。互いに同じ思いをたなごころに握り込み、刃を振るう“ひとり”となった。
「ぜんぜん本気じゃなかったけど仙寿様に見つけられるとか……実はなまってるのかな、私」
 唇を尖らせるあけびに仙寿はかぶりを振り。
「俺だって気配くらい読むさ」
「斬りかかられるとかならまだわかるんだけど、最初から私だってわかってたでしょ? 自分の気配隠せないのは忍的に問題ありすぎるっていうか……」
 もう一度かぶりを振り、仙寿はあけびを見た。
「他人ならまず構えるさ。でも、おまえの気配だけはよくわかるから」
 ずっとおまえのそばにいて、これからもそばにいる俺だから、な。
 言外に含められた思いにあてられて、あけびは思わず視線を逸らしてしまう。
 なんだろうね! 最近仙寿様、なんだかこう、なんだかだよね!
 わからないふりをしてみたところで、気づいてしまっていることはごまかせない。
 仙寿は成長しているのだ。
 実際、先日の手合わせで初めて一本を取られたときに、剣の腕が上がっていることは確かめている。
 それは先達として素直に嬉しくて、同じ道を行く剣士として悔しくて。でも仙寿の努力を誰よりも近い場所から見届けてきたあけび個人としてはやはり嬉しくて、なによりも努力を結実させた仙寿がまぶしくて。
 ……大事なことを言わずに済ませてしまう仙寿が、もどかしい。
 でも、言ってほしいのかな、私?
 そう思うし、そうも思わない。
 あけびがあいまいなのは、結局のところ怖いのだ。茫洋として知れぬ未来をひとつの道へ押しやってしまうことが。
 では、どうして怖いのか?
 私のなくしちゃったはずの記憶に焼きついたお師匠様がいるから。
 お師匠様のこと置き去りにして、私だけが先に進んでいいなんて思えないから。だって私、お師匠様を……
 思いに捕らわれかけたあけびは頭を振ってそれを振り払い、笑みを作る。今度こそ仙寿に悟られぬよう、忍の業(わざ)を駆使して完璧な無邪気を装って。
「仙寿様、忍も向いてるかも!」
 あけびが言葉を隠したことくらいは知れる。それでも仙寿は問い詰めようとはしなかった。彼にもまた、あけびに告げられぬことがあるのだから。
 それでも未来を定めるには話さなきゃいけない。
 そのために決着をつけなきゃいけない。


 晩春には紅色の花を咲かせていた八重桜は、三月を経て青々とした葉を空へ伸べるばかりである。
「――来たか」
 いくつかの言の葉を交わしただけの、しかし聞き違えようのない男の声が仙寿を迎えた。
「あれからここに?」
 仙寿が問えば、男は「傷が癒えてからはな」、そう応えてもたれていた八重の幹より体を起こす。
 口の端に薄笑みを刻み、左に佩いた守護刀「小烏丸」の鯉口を切る美丈夫の名は日暮仙寿之介。
 仙寿の未来の姿を映す、あけびの“お師匠様”だ。
「待たせたな」
 同じく小烏丸の鯉口を切った仙寿がつま先をにじる。
「人ならぬ身だ。この程度の時を待つくらいはどうということもない」
 仙寿之介が刃を抜き放った。
 互いに、なぜここへ来たのか、なぜここで待ち続けたのかを問うことはしない。わかりきったことだからだ。あけびという存在を挟んで立つふたりはかならずや再びまみえることになるのだと。そう、刃を交わしたこの場所で。
「心は乱れているようだが、定まってもいる」
 声音に乗せられた仙寿之介の視線が、刃のごとくに仙寿の喉元を撫で斬っていく。
「乱れているのも定まっているのも、全部あいつのせいで、あいつのおかげだ」
 今、刃を放たれていたなら首を落とされていた。仙寿はあのときの自分には為せなかった見取りを為したことを、平らかな心で受け止めた。
 こんなことではしゃいでいられない。踏み出すために踏み込む、そう決めて俺はここへ来た。
「届かぬと知りながら、なお俺に問うつもりか?」
 攻防のどちらにも転じやすい剣術の基本、正眼に構えた仙寿が応えた。
「ああ――今の俺を」
 息を絞り、両脚にて支えた上体を伸ばして、告げる。
「推して参る」
 あのときはずいぶんと浮わついた構えを晒してくれたものだが……足腰を練りあげたおかげか、据わったな。
 そして、俺との差を思い知りながらなお、あのときと同じ推参を語るその心。
 あけびのために計るつもりでいたが、あのほころびかけた蕾の望みはその先にあるようだ。
 ならば。俺もまた剣士として応える。
「応」
 八相構えの剣先を内に傾げ、さらに前方へと迫り出させた“高波”を作り、仙寿之介は口の端を吊り上げた。

 高波もそうだが、八相は剣を構える空間を狭め、さらには腰を据えずに立てるがゆえ、一対多での立ち回りに向く構えだ。もうひとつ、剣先を立てることでその重さに消耗することなく戦える利点もあるが、おそらくは仙寿の暗殺剣に対応するためであるのだろう。あの構えならばどこから攻められても足を捌き、剣を向かわせることができるのだから。
 多くの友のたなごころで導かれ、ここまで来た。
 次は誰より大切な人へ、誰に恥じることなく俺のたなごころをまっすぐ差し出したい。導くも導かれるもなく、肩を並べて行くために。
 縮こめることも逸れることもせず、直ぐに踏み込んだ仙寿が仙寿之介の面へ打ち込んだ。正中線をまっすぐに斬り下ろす、右にも左にもかわしづらい剣筋。
 仙寿之介は前に出していた右足を引いて体を横へずらし、通り過ぎる仙寿の肩口へ柄頭を突き落とした。
「綺麗なだけの剣だな」
 ずれた肩の骨を筋肉の収縮ではめなおし、仙寿は踏み止めた右足を軸に半回転、押し詰めていた息を吹き抜くと共に再び剣を袈裟懸けに斬り下ろす。
 柄頭で打たれることはわかっていた。否、刃を振るわせぬために間合を詰め、柄頭打ち以外の手を封じたのだ。そして。
 仙寿之介が後ろへ引き、斬り下ろしをかわすのに合わせてさらに踏み出し、手首を返して刃を逆袈裟に斬り上げた。燕返し――軌跡の短さから云えば子燕返しとでもなるだろうか。剣を自在に操る上体と挙動を支える下体、鍛錬と実戦によって鍛え上げられた両者の力があってこその技である。
 小烏丸の裏の切っ先を使わぬあたり、剣の矜持は充分だが……甘い。
 逆袈裟に鎬を合わせて巻き取り、横へ振り捨てる。
 そうして仙寿の体を泳がせておいて、峰を返した小烏丸の鍔元で仙寿の脇腹を打ち据えた。彼の骨を折らぬためであり、刃を返すだけの余裕があることを思い知らせるためでもある。
「歳を重ねてこの俺の姿に追いついたとき、おまえは清を気取るばかりの剣を振りかざすつもりか?」
 崩れ落ちた仙寿に仙寿之介が冷めた声音を投げた。
 ちがう! 俺は剣士としてあんたに届きたいだけだ! そんなことを言えるはずがない。ただの一手で矜持も思いも消し飛んだ。
 仙寿之介の刃と足捌きとを見取り、攻め込んだはずだったのだ。しかしそれらに意味はなかった。
 なぜなら仙寿之介は、その瞬間の最良を実行するばかりであるからだ。
 完全なる後の先……仙寿の小手先とは、次元がちがう。
「これがおまえたちのたどり着いた答、清濁の有様と思っていいのだな。あけび」
 あけび?
 仙寿が振り向けば、果たしてそこにはあけびの姿があって。
「なんで仙寿様がお師匠様と!? でもお師匠様、生きて――」
 あけびの両目の縁をなぞり、涙が頬を伝い落ちる。
 その様からやわらかな目を逸らし、仙寿之介は切っ先で仙寿を差して。
「昔話に花を咲かせるつもりはない。俺が問うのはこの蕾が咲くや咲かぬや、ただひとつ。ただ、このままでは咲かずに散るばかりとなろうが……おまえはどうする?」
 仙寿が思い詰めた顔で出て行ったことを日暮の家人から聞き、急ぎ後を追ってきただけのあけびには、とにかく状況がわからない。
 しかし、答は考えるよりも早く、その喉からすべり出していた。
「答えます。多分きっと絶対、私と仙寿様なら答えられるはずだから」


 共鳴を響かせた仙寿とあけびが仙寿之介の前に立った。
 同じ鳳眼が互いに見合い、正眼の切っ先を触れる寸前で突き合わせる。
『去年の春にあの男と立ち合った。そのときにはひどい傷を負っていたあいつに、俺は裏の手まで使っておいてひと太刀も当てられないまま負けたんだ』
 互いに機先を読み合う中、仙寿が内でぽつりと語る。
『今まであけびに話さなかったのは、あいつがそれを望んでないと思ったからだ。それに負けた俺が告げ口するのは不義理だとも思った。すまない。結局は俺の身勝手だ』
『そっか』
 あけびはひとつうなずいた。そんなこと気にして我慢しなくてもよかったのに。でも、お師匠様が私のこと探すのやめて仙寿様のこと待ってたのもそういうことなんだろうし。ああもう、男同士ってなんだかずるい!
 それに、身勝手と言われれば、自分にだって言えずにきたことがある。
『――私が憶えてるのは元の世界で大きな戦争があったことだけ。その中でお師匠様をあたしが殺しちゃったんじゃないかって、ずっと悩んでた。思い出さなきゃいけないのに思い出せなくて、ずっとそればっかり考えてて。でも仙寿様に迷惑かけたくなかったから、言えなかった』
『そうか』
 仙寿もまた、それだけを返してうなずく。
 そんなことを隠して悩むくらいなら、早く相談してくれればいいのにな。……いや、あいつに余計な気遣いをさせたのは俺の劣等感だ。今の俺を問う? 思い上がるなよ、俺。
『俺の五感をあけびに預ける』
『私の技も業も、仙寿様に預けるよ』
 命を賭けるとはもう言わない。替わりに今の俺たちを全部曝け出して、あいつに見せる。
 それが答かなんて知らないが、それこそがこの先を目ざす俺たちの有様だ。


 機先など忘れ去ったかのように、仙寿が踏み出した。踏み込むのではない、ただ前へ進むための一歩。
 間合に獲物を捕らえた仙寿之介が刃を斬り上げようとして、半歩退く。
 この季節にありえない桜の花弁が宙を舞い、しかもそれは黒く彩づいた影。その隙間を縫うように跳び込んできた仙寿を、仙寿之介は切っ先で払ったが……影と共にかき消えた。
 分身、本命はこの次か!
 しかし、逆を突いた仙寿は仙寿之介の足元へ転がり、行き過ぎる。毒虫が繊毛を吹き散らすがごとく、縫止の針を仙寿之介の足に擦りつけて。
 宙へ跳び、針の浸透を避けた仙寿之介が、仙寿の転がる先へ剣を突き下ろす。剣術とは地に足を据えてこそのものだ。こうして踏みしめる地を奪われてしまえば、いかな剣士とて十全な技を放つことはできない。
 ここまでの攻めはすべて、最後のひと太刀を為すがためのフェイクであった。
 かくて仙寿之介の不完全な一閃を避け、地を蹴り返して跳ぶ仙寿の内であけびがささやいた。
『お師匠様が降りるまでが勝負――大丈夫、仙寿様なら絶対』
 あけびは今、泣いてしまうほど逢いたかったはずの師匠に全力で挑んでいた。
 仙寿もまた、あまりの差を突きつけられて絶望したはずの敵に全力で挑んでいる。
 互いへ言えずにいたことを語り合い、互いにそんなことだと思い合った。結局は「そんなこと」なのだ。善し悪しを問わぬ互いを受け入れていればこそ。
 そのふたりを尽くした刃が、未だ宙に在る仙寿之介へ迫る。

 いい手だ。あのとき蕾が見せたよりも生き汚く磨かれた、裏に通じる技。
 仙寿之介は小烏丸の切っ先を追って落ちながら、このままでは地に着くまでに斬られるだろうことを見て取り、それでも薄笑む。
 地を踏まなければ剣は生きぬ。しかし、地に替わるものが今、俺の前にある。
 仙寿という“地”を踏み、振り込まれた刃の鎬に添わせた小烏丸で鍔を痛打。痺れさせておいて、悠々と地へ降り立った。

『あー、届かなかったね』
 どこかすがすがしさを感じさせるあけびの声音に、仙寿は思わず苦笑した。
『全部曝しておいて蹴り飛ばされた。俺たちに残ってるものはあるか?』
 考えるまでもない、そんな顔であけびが言い切った。
『気合!』

 地に戻った仙寿は剣を霞に構え、正眼の構えで待ち受ける仙寿之介へ向かった。
 霞構えからの連続突きは、あのときに通じなかった技のひとつだ。だが、今このときには、この構えこそがふさわしい。
「しぃっ!」
 呼気を追い越し、仙寿が踏み出した。
 仙寿之介は一の突きをかわして斬り返すことを決め、腰を据えた。
 しかし。
 喉仏へ突き出された仙寿の突きへ、仙寿之介は剣を叩きつけていた。
 切っ先に込められた気迫と文字通りの全力が、生半な回避を許さなかったのだ。
「っ」
 押し退けようとして押し退けられず、仙寿之介は膂力のすべてをもって刃を押さえ込み、それを軸に半回転、古流の肘打で仙寿の右肘をへし折り、右肩を小烏丸の一閃で叩き折った。


「いずれまた来よう。語るべきことも聞くべきこともそのときに」
 それだけを言い置いて、仙寿之介は姿を消した。
 後に残された仙寿はあけびを見て。
「追わなくていいのか?」
「また来るって言ってくれたし。生きててくれただけで、今はいい」
 空を見上げたあけびが仙寿に向きなおり。
「仙寿様はいいの?」
 応急処置で吊された右腕を見下ろし、仙寿はかぶりを振った。
「今追っても意味がない。それに今さら思い知ったこともあるしな」
 あけびがいてくれて、俺は初めて今の俺でいられる。これから先の俺になれる。繰り返し同じようなことに気づいていながら、はっきりと自覚していなかった――多分、自覚したくなかった真実。
 まだとても口には出せない言葉だが、あけびの言ったように、今はそれでいい。
「帰ったら師匠の話を聞かせてくれるか。ちゃんと知っておきたいんだ」
「仙寿様もお師匠様との勝負の話聞かせてね。対策もしなくちゃだし」

 ふたりは並んで歩き出した。
 なにを思うこともなく、当然のように。
 と。
 繚乱が残したものか、ふたりの背を追って影の花弁が二枚舞い落ち、重なり合って消えた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【日暮仙寿(aa4519) / 男性 / 18歳 / 八重桜】
【不知火あけび(aa4519hero001) / 女性 / 19歳 / 染井吉野】
【日暮仙寿之介(NPC) / 男性 / ?歳 / 頂の刃】
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2018年07月30日

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