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『君に伸べる手 』
荒木 拓海aa1049)&三ッ也 槻右aa1163)&弥刀 一二三aa1048)&迫間 央aa1445)&マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001)&泉 杏樹aa0045)&ツラナミaa1426)&38aa1426hero001)&海神 藍aa2518)&シールス ブリザードaa0199
 荒木 拓海は控え室として割り当てられたイタリアンレストランの個室の内、大きく息を吸い込んで、吐き出した。
「緊張してる?」
 彼に問いかけるテレサ・バートレット。特務エージェントとして世界を駆ける彼女にしてはめずらしい、千草色のマキシドレス姿である。
「何度も死にかけてるはずなんだけど……それがひとつも思い出せないくらいには」
 テレサは個室のドアを少し開き、会場であるレストランの客席を窺った。
「みんな集まってるみたいね。あとはあなたが立ち上がって、踏み出すだけよ」
 そのまま隙間からすべり出た彼女は振り向きざま。
「なによりも大切な手を取って、ね?」
 元の通りに締まったドアへ赤い顔を向け、拓海はぐぅ、喉の奥に照れを押し詰める。
 欧米人ってほんと、ストレートだよなぁ……
 オレはこれでもかってくらい日本人で、どうしようもないくらいモブキャラで、でも。
「今日からは、世界にひとりしかいないヒーローだ」
 強く立ち上がり、姿見を返り見た。
 革のライダースジャケット、デニム、スニーカー……いつもと変わらない、しかしいつもとちがう白一色の衣装。
 これはオレが今日このとき、ここから踏み出す決意の白だから。
 一歩を刻み、もう一歩を踏み出し、さらに一歩を重ねて、となりの個室へ至る。
「槻右」
 ドアを開けば、三ッ也 槻右の薄笑みが待ち受けていて。
「拓海」
 上体のラインをタイトになぞるパーカーとジャケット、スキニーパンツにダッドスニーカー。拓海と同じくすべてを白で統一した衣装には、拓海と同じ気持ちが込められているのがわかるから。
「行こう」
 拓海が手を伸べる。
 なによりも大切な手を取るために。

 今日、拓海は槻右と婚礼を挙げる。
 神ならぬ友に、これからふたりで歩むことを誓う。


 テレサの合図を受け、司会を請け負った報告官・電気石八生が甘い声を作ってマイクへと向かった。
『新郎新婦の入場です――と、その前に確認な! みんな署名したかー? 大丈夫じゃない奴手ぇ挙げてー』
 ここで「はい」と手を挙げたのは、誰よりも早く会場入りしてあれこれ設営の手伝いをしていた泉 杏樹である。
 巫女装束をデザインのベースに置いた和風アイドルドレスで決めた彼女。普段は白と紫で彩どられる衣装だが、大切な人たちの結婚式のため、淡い黄で彩づけている。
「杏樹、ちゃんと、お名前、書きました」
『大丈夫な人は手ぇ挙げなくていいからねー』
 続いて、そのままギグのステージにも上がれるだろうパンキッシュな普段着にライダースジャケットを羽織った弥刀 一二三が手を挙げて。
「うちもバッチリ書かしてもらいましたでんがなまんがなどす!」
『大阪生まれ京都育ちとか無理矢理発揮してくんなくていいからー』
 まあ、杏樹はちょっとだけ怪しいが、一二三のボケが場の空気をあたためるためのものであることはわかるので、八生は軽くツッコむに留め、一同を見渡した。
『よっし、じゃああらためまして――新郎新婦の入場です。みなさま、その手でお迎えください』
 一同の拍手が新郎新婦を導き。
「せぇの、です」
 杏樹の音頭でその両手を差し出し、場へと招く。
 友の手に導かれ、腕を組んで会場へと踏み込んだ拓海と槻右。笑顔を見合わせてうなずき、その笑みを巡らせて――
「これ」
 槻右が息を飲んだ。
 参加者と共に槻右を迎えたのは、会場の隅々までもを満たす黄のガーベラ。
「オレにとって槻右のイメージって黄色のガーベラなんだよ。花言葉は親しみやすさとかなんだけど、個人的には“いつも元気をくれる”って感じで」
 拓海がごまかすように鼻をこする。
 生育適温が狭く、湿度にも弱いガーベラは、六月の気候ではなかなか綺麗に咲いてくれないものだ。拓海はその顔の広さでハウスに伝手を繋ぎ、さらには予算内で収まるよう頼み込んでようやくこれだけの数をそろえていた。
「綺麗だね……すごくうれしい」
 槻右の潤んだ笑みを前に、あえて語らなかった花言葉、究極愛と究極美のどちらもを得られたことを確信し、拓海はそっと請求書の記憶を頭から追い出した。

「……結婚するのね」
 会場の隅でふたりの笑みを受け取ったマイヤ サーアが、傍らの迫間 央へささやいた。
 ちなみに今日は常のウエディングドレスならぬサマードレス姿である。
「ああ」
 こちらは常のダークスーツそのままな央。一応ノーネクタイなのはせめてものカジュアル感の演出だ。
「ふたりはもともといっしょに住んでいたのだし、なにがこれから変わるのかしら?」
 央は迷うことなく。
「ここからの全部さ」
 そして同じように隅に位置取っていたツラナミへ声をかける。
「ツラさんも来てたのか」
 相も変わらぬ黒ずくめのツラナミは、新郎新婦を迎えつつも並んだ料理のチェックに余念がない38を指して。
「招待してもらったのもあるが、誓約を盾に脅されて無理矢理な。ま、来た以上は影ながらひっそり祝わせてもらうさ」
 無気力と無関心が売りのツラナミだが、これで存外義理固いのである。
 そして彼を脅して連れてきたという38は……
「予習……かん、ペキ。イタめし、まかせ、て……」
 マイヤにそっとサムズアップしていたりした。

「これが僕たちの気持ちだよ。でも、これだけじゃ未完成なんだ。ぜひふたりで完成させてほしい」
 一同を代表し、シールス ブリザードが拓海と槻右へ一枚のプレートを差し出した。手袋で隠さぬ機械の手で。
 それはあらん限りの誠意。拓海と槻右の縁を結ぶきっかけを作った彼だからこその、言葉ならぬ祝福だった。
 シールスの思いを感じながら、ふたりそれぞれ右手と左手で受け取ったプレートをのぞき込む。
 それは朽ちることのない金属板に記された結婚誓約書。参加者のサインに縁取られた内に大きな空白がある。
「ふたりの気持ちを誓約にして書き込んで、サインを」
 と、海神 藍が笑みを添えた。
 結婚誓約書は新郎新婦が互いへの誓いを書き込み、そこへ参加者がサインをして承認するのが通例だ。しかし、先に参加者のサインが書きつけられているということは、ふたりがなにを誓ったとしてもすべて受け入れ、まわりから支えようという意志表示。
「ありがとう。うまく言えないのが悔しいけど、みんながいてくれて、拓海がいてくれたから……僕は今日、ここに立てた」
 槻右の言葉に拓海がやさしくうなずいた。
 皆の前で式を挙げたい、そう願ったのは拓海だ。かけがえのない槻右と出逢えた喜びを、かけがえのない友にこそ祝ってほしかったから。
「兄様、どうぞなの」
 杏樹から受け取ったペンで、拓海は迷わずに書き込んだ。
「生ある限り、槻右と共にある」
 プレートを受け取った槻右もまたためらわず。
「生ある限り、拓海の背を支える」
 そしてもう一文、ほんの少し慌ただしく書きつけた。
「たとえこの身が死するとも、この心ばかりは拓海のそばに」
 赤みの差した妻の頬に思わず笑んでしまいながら、拓海も書き添える。
「絶対槻右を守り抜く。いつか最期のときが来たなら、かならず再会の約束を」
 果たして荒木 拓海・三ッ也 槻右のサインが並び。
 歓声が弾けた。
「本当におめでとう。今日だけはキューピッドを気取らせてもらうつもりの僕から、ふたりに命令だよ。この誓いを絶対破らないこと」
 誓約書を受け取ったシールスが参加者にそれを高く示して、再び歓声があがる。
「こうして友だちが手を取り合って新しい日へ漕ぎ出していくのを見送れるの、カンムリョーだわ」
 テレサが、ふたりにH.O.P.E.一同からのお祝いの手紙の束を見せ、笑んだ。
「本当はあたしの手料理で式を飾りたかったんだけど――最初はお店のほうもぜひにって話だったのに、やっぱり食品衛生法があるからだめだって。イタリア料理も得意なのに!」
 後ろで八生が渋い顔を左右に振っている。テレサの調理を止めたのは法律なんかじゃないということだ。
「でも、テレサさんが来てくれただけでうれしいよ。いそがしいんでしょう?」
 槻右がとりなすように笑めば、テレサは大げさに肩をすくめてみせる。
「いそがしいのが平凡な日常よ。時間は作るものなんだって、ここしばらくでいやっていうほど学んだわ」
 そこに八生もやってきて加わり、拓海たちに声をかけてきた。
「司会役だからちょっとだけね。荒木さん、三ッ也さんだけど荒木さん、結婚おめでとう。今日この日をいっしょに過ごせるのがうれしいよ。ありがとね」
「とんでもないです教官!」
「報告官、司会引き受けてくれてありがとう」
 教官じゃねぇけどなー。八生は苦笑いして、すぐに姿勢を正し。
「今までいろいろあったと思う。これからもっといろいろあると思う。でもね、そのいろいろのとなりに誰がいっしょにいたのか、いるのかってことがわかってたら大丈夫だからね」
 最後にぽんぽん、拓海と槻右の肩を叩いて去って行った。
 一応、おっさんだからこそ説教臭くならないよう気をつけているんである。
「そうだね。今までもこれからも、いろいろあって、いろいろあるんだ」
 拓海がとなりにいる槻右を見て言い。
「大丈夫。となりに誰がいたのか、いるのか。僕は知ってるから」
 槻右がとなりにいる拓海の手を取って言った。

「お互いにずいぶんと重いもんを背負ったもんだ」
 ツラナミがぽつりと漏らせば、となりの38が前を向いたまま。
「ツラナミ、も……少しは、背負う、べき……」
 ほかの誰かの命でも思いでも。ツラナミが人であり続けるために必要ななにかを。
 とはいえ当然のごとく否定的な返事が来るものと、38は思っていたのだが――
「そんなもんかね」
 ツラナミは言い置いて夫婦の元へ向かった。
「今回はって、大抵は人生に一回か……とにかくおめでとさん。お幸せにな」
 飾ることもなく淡々と祝辞を紡ぐツラナミ。もしかすればほんの少しだけでも、彼には彼なりに思うところがあったのかもしれない。
 そんなことを思いながら後を追った38は、ツラナミの淡々を継いでさらに淡々と。
「ん……おめで、とう。招待も、してくれて……ありがと、う。ふたり、とも……ガンバって……ね」
「なにがんばらせようとしてんだおまえは」
 口を挟んできたツラナミに無表情を向けて、38はさらり。
「……お互い、大事……なら、問題……ない」
 解説しておけば、38に他意はない。単純に、拓海と槻右の結婚を本当に問題ないと思っているだけで。だからこそ言ってしまうのだ。
「今夜は……こう」
「あー、いいから黙れ」
 結果、ツラナミに口と動きを封じられての強制退場と相成ったのだった。

「っと、忘れへんうちにこっちもや。こん役だけは誰にも渡せへんからな」
 進み出た一二三が婚姻届を指してにやり。
「職場から直行だったせいで野暮な格好をしてるのは勘弁してやってくれ。マイヤの隣に立って形だけでも見合うのがスーツしかないのもあるけどね」
 一二三に並んだ央がかるく頭を下げ、言葉を継ぐ。
「俺の気持ちも一二三と同じだよ」
「あー、まねっこはズルやでぇ!」
 賑やかなやりとりに苦笑しながら拓海がペンを走らせ、受け取った槻右はふと動きを止めて夫の文字を目でなぞる。
「槻右さん、どうかした?」
 藍の問いに槻右はあわてて顔を上げた。
「ううん。ここに名前を並べたら僕、拓海の本当の家族になるんだなって」
 万感を込めて書き上げた届けを一二三に渡せば、一二三は央へ即座にパス。
「どうした?」
「ししし真打ははささい最後にとと登場やでで」
 央へ震える声音を返す一二三に、杏樹がことりと首を傾げた。
「一二三さん、緊張、してる、です?」
「そないなことあらしまへんでぇーっ! うちに緊張やらありまへんっ!」
 吠える一二三から、今なおきょとん顔の杏樹をそっと遠ざけるシールスである。男には、なんとしてでも隠し通し、守り抜かねばならぬ誇りがあるのだ。
「男はね、みんなに丸わかりでも張らずにいられない下らない見栄があるんだよ」
「ちょ、せめて言葉は選んでおくれやすぅ!?」
 その間に証人欄への記入をすませた央が一二三に届けを返す。
「“成年”じゃなきゃ証人にはなれない規則だとはいえ、こんな大役を任されるのは光栄なことじゃないか。……一二三は誰かに証人を頼む予定、ないの?」
 からかい半分な央へ一二三はキーっと犬歯を剥いて。
「女作る暇なんぞあらへんわ! うちの英雄の食い扶持稼ぐんにヒーヒーやで……気分はお婿さん通り越してシングルファーザーやっちゅうの」
 そして央のとなりでほのかに笑むマイヤから視線を引き剥がし、息を整えてゆっくりていねいに欄を埋めた。ちらちらと「これでええのやな?」の意を含めた目線を央へ送りながら。


『最後に指輪の交換を――この儀をもって誓いは完成いたします』
 人々が成した輪の内に、拓海と槻右が並んだ。皆に一礼し、そして向き合う。
「みんなにもちゃんと聞いてほしいから、言葉にするよ」
 拓海に「うん」、槻右が真剣な顔で応えた。耳だけじゃなく、全部で受け止める。
「この魂在る限り槻右と共にいることを、槻右と……ここにいてくれる友人たち、そして自分自身に誓う」
 ジャケットの内ポケットに納めた、愚神への恋情にその命を文字通り投げ打った友の写真に上から触れ、語りあげた。なあ、届いてるか? おまえがあの子といっしょに過ごしてるんだろう彼の岸の凍土まで。
「この魂在る限り拓海と共にいることを、拓海とここにいてくれる友人たち、僕自身に誓う」
 同じ誓いを音に表わし、槻右はライヴスソウルをその左手に取り出した。
 永久に共にあれ。
 砕けてなお無事に互いの元へ帰る翼であれ。
 ふたつの願いを刻んだ比翼連理たる証を、拓海の左の薬指へ。
 拓海もまた、対のライヴスソウルを槻右の薬指へ。
『ふたりの指が今、約束に結ばれる。その約束は糸。その糸は翼。互いが互いへと還る標なれ』
 八生のナレーションに合わせ、テレサが会場の光量を落としていった。そして灯火の余韻が消えて。
 やわらかなスポットライトが杏樹を照らし出す。
「拓兄様、槻右さん、ご結婚、おめでとうございます、なの。大好きなふたりの、これからが……やさしい光に、包まれたもので、ありますように」

 温かな陽だまりの君 穏やかな風の君
 二人で優しい刻を刻もう 僕達の帰る家で

 幸せも涙も二人で分け合えば 煌めく想い出に変わるよ
 時には喧嘩もするけれど 明日には笑って仲直り
 そんなささやかな幸せを噛み締めて

 君の手を引いて 君に手を引かれて 二人並んで道を歩いていこう
 未来に向かって

 楽器の助けも邪魔もなく、誰の言葉を借りることすらない――純然たる杏樹によって綴られた言祝ぎが、ふわりと人々の胸に染み入り、満たす。
「アン……」
 拓海は気づいている。杏樹の衣装の黄は、拓海が槻右のために満たしたガーベラの黄を映したものなのだと。すべてはこの特別な日を彩る一輪として、ふたりの幸せを祈るがために。
 涙を浮かべた拓海を支える槻右。
 その姿に参加者は、片翼であるがゆえに二羽が添って飛ぶのだという比翼連理を幻(み)た。
「そうだ、私も素面のうちに祈らせてもらおう」
 藍が拓海と槻右の手を包み、自分の額に押し当てて。
「どうか遍く神の祝福を。謳われぬ神の加護を。あらゆる幸運、不運でさえもあなたたちの糧となりますように。……これはサフィの受け売りだけど、私からは心の丈を込めて、この言葉を贈らせてもらうよ。どうか、その平穏を大切に」
 そして槻右へラッピングした酒瓶を渡し。
「それからこれはハニーミード――はちみつ酒だ。ハネムーンの語源だそうだよ。それにはちみつは腐り果てることなく千年を越えるものでもあるから。今のふたりにこれ以上のお祝いはないかと思うんだ」
 照れた顔を見合わせて、拓海と槻右は共の心づくしたる甘やかなる悠久を受け取った。

 そして。暗がりにて息をついたマイヤが央にだけ聞こえるよう絞った声音で語る。
「本当になにもかもが変わるのね。ずっといっしょにいたはずのふたりが、もうひとつ約束を重ねるだけで」
「ある意味で誓約と同じかもしれないな。俺もマイヤと出逢ったあの日、全部が変わった」
 マイヤはうなずき、言葉を継いだ。
「それからワタシは誰よりも央の近くにいる。多分、央が隠したいこともたくさん見てしまったから、今さら理想と現実に失望することもないわ。だから」
 いずれワタシも、央ともうひとつの約束を重ねたい――そう思うのよ。
 耳に残されたマイヤの「これから」の願いを、央は心の内で噛み締めた。


 手続きと誓い、参加者の承認のすべてが果たされ、拓海と槻右の結婚は成った。
 ここからはふたりを取り巻いての食事と歓談が始まる。
『ドリンクの準備どうですかー?』
 八生が促せば、一二三が両腕で大きく丸を描く。
「あんじょうできてますー」
 ガーベラとフェザーで土台を飾ったシャンパンタワー。杏樹と38に導かれた拓海と槻右がスパークリングワインのマグナムボトルを手に脚立を登り、その頂上へ至る。
 このボトル、酒に嗜みのあるツラナミが相談を受けて手配したものだ。ちなみにマグナムサイズはレギュラーボトルの二倍量(1500ml)である。
 ま、ふたりで持つんだからちょうどいいだろ……そう思ったものかは、彼の無表情から窺い知ることもできないわけだが。今はさりげなく、脚立がぐらついたときにカバーとフォローができる位置取りをしていたりする。
「行くよ」
「いつでも」
 拓海と槻右はアイコンタクトを交わし、夫婦初めての共同作業にかかる。
 ふたりの手で支えられたボトルからスパークリングワインが流れ落ち、グラスにあらかじめ注がれたストロベリーリキュールを映して大きなハートを描き出した。

「かわいい、なの」
「かわいいより魔法みたいだね」
 ぱちぱち拍手する杏樹の横で、藍が思わず感心したのは当然のこと。
 土台から順に数を減らし、ピラミッド状に積むのが通常のところ、あのシャンパンタワーは全きハート型なのだから。
「将棋の駒積むのん応用して、あとはスコシフシギチカラを少々や」
 サムズアップを決めた一二三、そしてよくわからない力で七色のきらめきを放つタワー(?)とを見比べ、藍は結局なにも言わずにすませることとした。
 こういうときの弥刀さんにツッコんでもろくなことにならないから……。
「おっとぉ! 魔法が解けてまうさかい、下手にいらってはあかんえ!?」
「酒注いで大丈夫ならそうそう崩れないだろうけどな」
「僕が下から支えている内に――」
 一二三の騒ぐ声をBGMに、シールスの補助で央が慎重にグラスを下ろす中、ひと足先に地上へ戻った拓海と槻右はあらためて人々に囲まれた。
 赤く色づいたスパークリングワインで乾杯。あのときの話、このときの話、そこに加えて裏話……話はいつまでも尽きることなく続く。
「あんときいちはなだってご相談されてん。オレ槻右好きやー、どないしたらええんやろかーって! そら言うたるやん? どないもこないも泣かしたらゆるさへんえって」
 首を抱え込んでくる一二三を押し退け、拓海はしかめ面を向けて。
「あのときは必死だったから気がつかなかったけど……まさかおまえも惚れてた? だとしたらちょっと話があるんだけど」
「すまへんけど」
 一二三は真面目な顔で言っておいて、もう一度拓海の首を抱え込み。
「それはない! 槻右はかわええ弟や、安心せえって」
「一二三さん、からかうの、ダメ、です」
 めっ。ぷうと膨れた杏樹が大笑いする一二三をぐいーっと押し離す。
「あ、ちょ、待ちなはれ! せめてもうちょい」
「ゆるしません、なの」
 押されていく一二三。彼の耳に槻右がふと。
「一二三がいてくれるからこその僕たちだから。ずっと三人いっしょだよ」
 そない言わんでもわかってるって。でも、言うてくれたんはうれしいで、ほんまに。
 一方、一二三を会場から押し出し、とととっと駆け戻ってきた杏樹が槻右の手を取って――拓海の手に繋がせた。
「これで、いいの」
 ひと仕事終えた顔で息をつく。
「杏樹さんは本当にふたりが好きなんだね」
 シールスが杏樹へ笑みを向け。
 杏樹がシールスへ笑みを返した。
「はい。杏樹、兄様と、槻右さんが、大好き、なの」
 ふたりに伸べた手をふわりと巡らせ、胸に抱え込んだ。強く、やさしく。会場のすべてを包み込み、抱きしめるように。
 そんな彼女の様に、シールスは思うのだ。
 杏樹さんの「大好き」はすごく大きいんだね。今日のあなたはガーベラだけど、僕はいつもコスモスみたいな人だと思っているんだ。その真心でみんなを結びつけてくれる。
 いつか僕もこの手で、憎悪以外のなにかを包み込めるかな。タクミさんとキスケさんが互いの心を包み込んだみたいに。
 機械の手を握り締め、シールスはあらためて拓海と槻右のむつまじい笑顔を見上げ。
 ――この日のこと、僕も忘れないよ。
 一方、拓海の耳元へ口を寄せたのは央。
「まっすぐさと行動力は拓海の長所だけど……槻右に感情をぶつけるときは一度、心の中でシミュレーションしてからな。時々槻右、拓海と喧嘩したってへこんでるぞ」
「う」
 呻く拓海の肩に触れて、今度は槻右へ。
「逃げたくなったら役所においで。しかるべき相談先と避難所を紹介するから――という冗談はさておき。こっちの勉強にもなることだし、相談があればいつでもね」
 その言葉に、マイヤは薄笑みを浮かべてうなずきを添えた。
 あ、央とマイヤさん、少し空気変わった?
 なにかに気づく槻右だったが、これは言わないほうがよさそうだと口をつぐむ。そのときが来れば、ふたりはきちんと話してくれるだろうし。
 だからここは話題を変えることにしよう。
「みんな、せっかくの料理が冷めないうちに食べて」
 槻右の促しを受けた拓海がさらに。
「もう少ししたら槻右と余興披露するからさ。できればそれまでにどうぞ」
 茶目っ気を込めたウインクがぱちりと決まる寸前、するりと動き出す影があった。
 38である。
 実はジャンル問わずのおいしいもの好きな彼女、このときを待っていたのだ。
『予習……かん、ペキ』、先にマイヤへ告げた言葉どおり、シャドウルーカーの業(わざ)を尽くして事前に今日のメニューを入手し、証拠を残さぬよう内容も確認していた。そして会場入りしてからは料理の配置予定を密かにリサーチ、辿るべきルートを定め、取り皿の交換回数も割り出した。足りていないのはそう、実食ばかりなんである。
 果たして最少歩数で渡り歩き、ひと口分ずつ盛りつけた料理をもくもく。流れるように取り皿を交換してまた盛りつけ、もくもくもくもく。
 ひととおり食し終えたら、今度は影のように会場を駆け抜け。
「……あれと、これ……おいし、いの」
 マイヤに報告、自身は二週目へと突入した。

 38のおすすめ料理は、トマトやクリームのソースがかかったものが多かった。つまり、服にはねる危険が大きいということ。
「スーツで助かった……」
 実際、央などは少しはねさせてしまっているし。
 しかしマイヤは恐れず迷わずためらわず、38のお墨付きであり、央も食べている海胆のクリームパッパルデッレ――幅2センチに及ぶ平打ちパスタ。超はねる――を皿に取る。そして優美に口へと運び。
「サヤちゃんのおすすめだけあっておいしいわね。パッパルデッレ、憶えたわ」
 ほろりと笑んだ。
 ……会場の端でドライジンの肴にフィンガーフードをつまんでいたツラナミだけは真実を目の当たりにしていた。
 ただ立っているだけなはずのマイヤの立ち位置が、一瞬も止まらずミリ単位で動いていることを。
 優美に食すためには、皿と口の距離をそれだけ離さなければならない。当然、その距離を移動する間に不安定なパスタは蠢き、ソースを散らす。それを誰にも気取られぬようかわし抜く――まさに当たらなければどうということはない的、回避特化型シャドウルーカーの超絶技ではあったが、そこまでする必要があるのかといえば多分ない。
 ……依頼でいっしょになったら、これまでよりもうちょい楽させてもらうか。
 ツラナミは半ば閉ざした目を逸らし、なにかがはねる心配のないクラッカーを口へと放り込んだ。

「兄様も、槻右さんも、どうぞ」
 かいがいしく夫婦の世話を焼くのは杏樹だ。
 彼女はちょっと燃えていた。予習したところによれば、花婿と花嫁は緊張と挨拶のせいでなにも食べられないことが多いらしい。でも、杏樹は、みんなで、全部いっしょに、楽しみたい、から。
 というわけで、誰かと話し込んでいる夫婦に料理を運んだり、隙あらば雰囲気をぶち壊しに来ようとする酔っ払いの前に立ちはだかったり、杏樹は奮闘するのだった。


 歓談中に凄絶な騒ぎがあったのだが、こちらでは割愛して……。
 会場のただ中に引き出されたテーブル。その上にはとりどりの酒瓶と割り材が並べられている。
 八生の操作で昔なつかしいカクテルをテーマにした映画のテーマソングが流れ、進み出た拓海が一礼すれば、会場がどっと盛り上がった。
「じゃあ一番めの人、ダイス振ってー」
 前もってカードで順番を決められていた最初の“客”、マイヤが三つの20面ダイスを振って「11、7、16よ」。
「11! 7!」
 槻右が11の瓶を放る。
 それを拓海がキャッチ、くるりと回転したところへ7の瓶が届いた。
 拓海は二本の瓶を回転させて投げ、背面キャッチを決めてもう一度放り上げたかと思いきや両肩に乗せて静止、バウンドで弾いて逆手に構えてテーブルに置いたシェイカーに収めた。シェイクする間にもステップワークや投げ技、回転を交えて参加者を沸かせ、最後にロンググラスへ注いでできあがり。
 拓海が見せたのはフレアバーテンディング――曲芸パフォーマンスによるバーテン技だ。バーの経営者である藍に特訓してもらい、なんとか形になったのは実に式の四日前である。
 そして先のダイスは、ひとつめが酒、ふたつめが割り材、三つめがグラスを決めるもので、それぞれいくつかのハズレあり。なかなか危険なゲームではあるが、盛り上がればそれでよしの心で実施に至る。
「テキーラのココナッツジュース割り……メキシコとタイだから、ドラゴンタイガーってところかな?」
 途中で槻右も加えての“タンデム”に移行し、次々参加者へなにが当たるかわからない闇カクテルを配っていく。

「1番と、20……番。水」
 軟水と硬水(どちらもハズレ)を引き当ててしまった38は、小ジョッキのブレンド水をひと口、無表情を傾けた。程よいミネラル分がやさしい旨みをその舌にくれはしたが、物足りないことこの上もない。
「13番と13番、ただのウォッカだな」
 ツラナミのほうはショットグラスに注がれた96度のウォッカと40度のウォッカのちゃんぽんをすすり、かすかに顔をしかめる。
 ぶっちゃけた話、度数は高い。しかし、どうにも納得できない。果たしてこれは得なのか損なのか……酒についてはザルなツラナミには損得も関係ないのだが、量だけで言えば損なのかもしれない。
「とりあえず妙に甘ったるいのよりはいいけどな」
 目の前の新婚夫婦が十二分に甘いのだから。そこへ合わせる酒は、とびきりの辛口がいい。

 その中で暴挙(本人談)に出たのは、ふたりに技を仕込んだ藍である。
 ダイスを振らずに酒材の並ぶテーブルへ歩み寄り。
「うん、あれだ。素材でよこせ? みたいな」
 テーブルへ置いた三つのロックグラスに角のぴんと立った氷を投じ、スコッチとドランブイ(ウイスキーベースのリキュール)を収めてステア。無駄と余計のすべてを削ぎ落とした最小限のアクションで“ラスティネイル”を完成させる。
「フレアバーテンディングも格好いいけど、こういうのも悪くないだろう?」
 溶け出した氷が鳴らすカロンと固い音を拓海と槻右に聞かせ、それぞれに一杯ずつ勧めて最後の一杯を自分で取った。
「主役食うのは意地悪くない?」
 大げさに嘆いてみせる拓海。その後ろでおどけたブーイングを送っていた槻右が「ひぅっ!」、すくみ上がった。
「僕はシールスだけどなにか!?」
 槻右の脇腹をわきわき、ずいっと突き出されたその顔はやけに赤い。
「未成年にはノンアルコールで配ったはぅあっ!」
 槻右の言葉をわきわきと封じ、シールスがずいずい進み出て。
「一発芸やりまーす! いっしょうけんめい飛ぼうとしているペンギンっ!」
 ぺちぺちぺち。会場の中、唯一“生暖かな沈黙”の呪いに抵抗しきった38が、無表情で拍手を贈る。
「……サヤちゃん、おもしろかった?」
 マイヤの問いに38はふるふる。
「ナイス……ファイ、ト……だ、から」
 なにやら健闘を讃えられていることにも気づかず、シールスは仰向けられていた顔を思いきり降り戻し。
「……僕、おもしろい歌作ったんだ。聞きたい?」
 一同、無言。
「そうだよね! 聞きたいよね!」
 シールス、自己承認。そして前拍で手を叩きながら――ようするにおっさんの宴会系手拍子――歌い出した。
「タクミとキスケでキス&ミー(キス&ミー)♪ キスキスタクタクランランラン♪」
「あれ、後で死にたくなるやつじゃないのか?」
 ツラナミの渋い声へ、央はさらに低めた声で応える。
「まあ、いざとなったら眠らせに行こうか」
 ふたりの間になにかが決まっても、シールスの「キス&ミー♪」は止まらない。
 やがて会場には「そういえば」な空気が流れ、果たして。
「そういやおふたりのキス! 誓いんとこで見てまへんなぁ〜?」
 一二三が乗って、まわりにアイコンタクトを送って「キス&ミーっ」。
 キス&ミー。
 キス&ミー!
    キ ス ア ン ド ミ イ !!
 いつしか大合唱からの大輪唱が巻き起こった。
「ははっ、おもしろいな……うん。ノリはあれだけどね。ヒーローとヒロインはみんなの期待に応えておくところじゃないか?」
 シールスのためにノンアルコールビールを使用、スパイス多めのバージンレッドアイを仕上げながら、藍が拓海と槻右を促した。
「うーん、どうする?」
 困り顔の拓海。
 その肩に置いた手に力を込めて、槻右が笑んだ。
「大切な人たちに応えるだけじゃなくて、この特別な時の記憶を拓海に刻みつけたい。――だめ?」
「そんなの」
 抱き寄せられかけていた拓海が逆に槻右を抱き寄せ、額を合わせた。
「だめじゃないに決まってる。……ただ、槻右に刻みつけるのはオレの仕事だよ」
 拓海が槻右の唇についばむようなキスをして。
「――うん。拓海も忘れないで」
 槻右は拓海の唇を強く塞ぐ。

「なんちゃ――」
 って! までシールスに言わせず、藍がその口をバージンレッドアイのグラスで塞いで連れ去れば、重なる夫婦の姿に杏樹は潤んだ瞳を向けて、ほぅ。
「すて」
「ええ式やあああああ! ふたりとも、えらいステキやでえええええ!」
 一二三の号泣に言葉を邪魔されたりなんだり。
「少しだけ、“いずれ”を早めてしまってもいい気になるわね」
 つぶやくマイヤの肩を、央はそっと抱いた。
「乾杯で祝っとくか?」
「……ふ、たりの……ため、に。あ、水……以外、で」
 ツラナミと38は顔と思いの代わり、それぞれのグラスを合わせた。

 祝福で満ち満ちた、限りなくあたたかな場所。
 そのただ中で拓海と槻右は互いを抱きしめ、互いの鼓動を確かめる。
「僕、幸せだよ」
 言いたいことはきっといくらでもあるのに、槻右はそれしか言えなくて。
「オレも幸せだ」
 拓海ももう、そう返すことしかできない。
「槻右さん、これ、どうぞなの」
 一二三をどこかへ片づけてきたらしい杏樹がふわり、槻右に黄ガーベラのブーケを差し出した。本来であれば入場の際に花嫁が持つべきそれをここまで隠してきたのは、拓海のガーベラ・サプライズを尊重してのこと。
「みんなで、作りました。いちばん、大切な瞬間に、花を、添えたくて」
「ありがとう」
 拓海が選んでくれて、みんなが結んでくれたブーケ。槻右はその香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「今日のことは後で報告書にまとめとくからね」
「ハチオ、勤勉さを発揮するのは後にして。――さあ、行って。ふたりをみんなが待ってるわ」
 八生とテレサが示せば、参加エージェントがレストランのドアを開く。
 外にはふたりに先んじて場所を移した参加者が待ち受け、暮れなずむ世界に光を掲げ、ふたりが踏み出すべき道を示していた。
「ここから始まる」
 槻右が拓海を見つめ。
「ここから始める」
 拓海が槻右を見つめ。
 その手に手を取り、ふたりで前を向いて踏み出した。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【荒木 拓海(aa1049) / 男性 / 28歳 / 右なる翼】
【三ッ也 槻右(aa1163) / 男性 / 22歳 / 左なる翼】
【泉 杏樹(aa0045) / 女性 / 17歳 / 言祝ぐ花】
【弥刀 一二三(aa1048) / 男性 / 21歳 / 騒動性エンジン】
【迫間 央(aa1445) / 男性 / 25歳 / いずれの待ち人】
【マイヤ サーア(aa1445hero001) / 女性 / 26歳 / いずれの香】
【ツラナミ(aa1426) / 男性 / 47歳 / 見守りし影】
【38(aa1426hero001) / 女性 / 19歳 / 無垢なる斥候】
【海神 藍(aa2518) / 男性 / 22歳 / 深静なる祈り】
【シールス ブリザード(aa0199) / 男性 / 15歳 / やらかしペンギン】
【テレサ・バートレット(az0030) / 女性 / 22歳 / ジーニアスヒロイン】
【電気石八生(NPC) / 男性 / おっさん / 報告官】
イベントノベル(パーティ) -
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2018年08月15日

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