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『君と繋ぐ手 』
三ッ也 槻右aa1163)&カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001)&魂置 薙aa1688)&ピピ・ストレッロaa0778hero002)&荒木 拓海aa1049)&榊 守aa0045hero001)&皆月 若葉aa0778)&エル・ル・アヴィシニアaa1688hero001)&黄昏ひりょaa0118)&藤咲 仁菜aa3237
 控え室として用意されたイタリアンレストランの個室、三ッ也 槻右は、本日の司会役を務める電気石八生から差し入れられた炭酸水を口へ含む。
 舌の上で泡と共にライムの香りが弾け、思わず息をついた。
 肩から少しだけ力が抜けるのを感じて、緊張してるんだなぁ。今さらながら自覚した。
「大丈夫。一歩めがいちばん重たいもんだよ。あとは二歩三歩四歩、どんどん軽くなるからね」
 ボクサーをリングへ送り出すハンドラーのような顔で八生は言い、槻右に姿見を示す。
「でもさ、その重たい一歩めも、ひとりで踏み出すんじゃないだろ? だから、大丈夫」
 じゃ、僕は準備があるから。手を振って八生が部屋を出て、外で誰か――声からしてテレサ・バートレットだろう――となにか言い合いながら遠ざかっていった。
 ひとりになって、あらためて思う。
 そうか。そうだね。僕はひとりじゃない。
「となりに、僕だけのヒーローがいてくれるんだから」
 今日、槻右は彼だけのヒロインになる。これまでのように互いの心ばかりで繋がる関係ではなく、かけがえのない友人たちの前で二世を誓うのだ。
 ふたりで、お互いに自分を捧げる相手だって……みんなに!
 こっそりとじたばたしてみたりしていると、ドアを控えめなノック音が鳴らして。
 あわてて開けば、そこには槻右が自分を捧げるただひとりのヒーロー、荒木 拓海の照れくさい顔があって。
「槻右」
 気取らない場にしたかったから、ふたりで私服にすることを決めた。
 だからいつもと変わらない、でも白で統一した拓海。その姿に思わず見惚れながら、槻右はうなずいた。
「拓海」
 同じように見惚れてくれながら、拓海が手を伸べてくる。
「行こう」

 今日、槻右は拓海と婚礼を挙げる。
 神ならぬ友に、これからふたりで歩むことを誓う。


 気の置けない友人たちのあたたかな手で迎えられ、ふたりは式場であるレストランのホールへ踏み込んだ。
 あ。
「これ」
 友の笑顔と共に会場を埋めたガーベラの黄に染められた瞳をしばたたき、息を飲む槻右。まさかこんなサプライズをしてくれるなんて!
「オレにとって槻右のイメージって黄色のガーベラなんだよ。花言葉は親しみやすさとかなんだけど、個人的には“いつも元気をくれる”って感じで」
 拓海があえて語らずに済ませた花言葉があることを、槻右は知っていた。
 究極愛、そして究極美。
「綺麗だね……すごくうれしい」
 それに、こんなに愛されてるんだね、僕。
 喜びを噛み締めて、ガーベラの一輪を取って胸に挿す。
 そして拓海の胸に用意していたウォールフラワーを飾った。拓海が選んでくれたのと同じ、黄を湛えた花を。
「槻右も用意してくれてたのか?」
「まさか先にサプライズされるとは思ってなかったけど。――逆境に負けない愛。拓海にぴったりだ」
 愛する新郎の腕に腕を絡ませ、槻右はそっと頬を寄せる。
 ウォールフラワーのもうひとつの花言葉は“愛の絆”なんだよ。僕と拓海を繋ぐ絆であってほしい、そう願って選んだんだ。

 静やかに想いを深め合うふたり。
 それを見守る参加者たちの中に、拓海の元同宿人である黄昏ひりょがいた。
「……いっしょに暮らしてた仲としてはちょっとだけ寂しいところもあるけど、やっぱりうれしいよ。あんなふうにいっしょに歩いて行ける人と逢えたんだなって」
 独白をとなりで聞いていた藤咲 仁菜は、友であるひりょの感慨に「そうだね」。
「私にできることなんてお祝いすることくらいかもしれないけど、だから精いっぱいお祝いしたいなって思うの――」
 と、彼女の純白のロップイヤーがぴくんと跳ねる。
「どうしたの?」
「ちょっとイヤな予感がしたかも。……邪悪な気配?」

 ひりょと仁菜がなんとなく警戒レベルを上げる向こうで、榊 守は連れ立って会場入りした友の姿がないことに気づく。
 ったく、これからってときにどこ行ったんだあいつは?
 素はともあれ、この会場には彼が執事として仕える“お嬢様”も来ているのだ。下手なことはできない。
 拓海と槻右が記入した結婚誓約書が掲げられ、わっと人々が沸き立つ中、モーニングコートの襟を正すしぐさでごかしながら、守は悪友の姿を求めて視線を巡らせた。

「ね、ワカバ。タクミとキスケ、なかよしなんだね♪」
 会場に漂う不穏の影に気づいてか気づかずか、ピピ・ストレッロがほんわり笑顔で契約主――皆月 若葉を見上げた。
「今までもなかよしだったけど、今日からもっとすごくなかよしになるんだ」
 若葉はかがみこんでピピと目線を合わせ。
「だからさ、いっしょにおめでとうってお祝いしに行こう」
「うん! ボク、もっともーっとふたりのこと笑わせるよ!」
 と、胸を張るピピの小さな頭をなでたのは、エル・ル・アヴィシニア。
「とはいえなにやらひと波乱起きそうな気配。わたしも力添えしようゆえ、ピピはあのふたりの笑みを守ってやるのだぞ」
 彼女の契約主である魂置 薙は「んー」、おっとりしかめた顔を傾げた。
「こんなに幸せな場所で、騒ぎなんて、起きるのかな?」
「常に最悪を想定しておくがよい」
 薙に言い切ったエルは表情をかすかにゆるめ。
「さすれば大概の悪事は最悪ならぬがゆえ、笑って退けられるがゆえにの」


「この魂在る限り槻右と共にいることを、槻右と……ここにいてくれる友人たち、そして自分自身に誓う」
 ジャケットの上から胸に指を押し当て、拓海は告げた。
 呼吸を整え、声音を奏でる準備に勤しむ主をサポートしていた守はふと、その指先に亡き友の姿を幻(み)た。
 ――そうか。あいつにも届けるか。ま、あいつのことだ。雪娘を追い回すのに夢中で聞いてやしないかもしれんがな。
「この魂在る限り拓海と共にいることを、拓海とここにいてくれる友人たち、僕自身に誓う」
 槻右もまた同じく宣言し。
 永久に共にあれ。砕けてなお無事に互いの元へ帰る翼であれ。ふたつの願いを込めた比翼連理の証……ライヴスソウルを交換する。
 そして守の主たる少女が清らかなる希望を歌い上げ。
 手続きと誓い、参加者の承認。すべてが果たされた。


「ふたりとも、とーっても幸せそうだったよ♪ 今もすーっごく幸せそうだね♪」
「拓海さん、槻右さん、いい式だったね。あらためておめでとう」
 わーっと両手を挙げて夫婦に突進しかけたピピをいなしつつ、若葉が祝いの言葉を贈った。
「わたしと薙からも、ふたりの明日へあらんかぎりの祝福を」
 なぜか薙の口を封じたエルが艶やかに祝辞を紡ぐ。
「エルル! 僕だってお祝いしたいんだけど!」
「案ずるな、後にその機は訪れる。この上もなくふさわしき時にな」
 首を傾げる薙を引きずり、エルは夫婦の前という特等席を他の参加者へと譲った。
「ご結婚おめでとうございます。拓海さんと三ッ也さんの幸せな姿が見れて、すごくうれしいです。それと……おふたりの幸せ分けていただいて、ごちそうさまです!」
 続いてひまわりのような笑顔を傾げてみせるのは仁菜だ。照れちゃえー。ふたりで赤くなっちゃえー。などという、呪いならぬ祝いをふりかけるが。
「うん。ごちそうかどうかはわからないけど、オレたちが幸せになれたのはみんなのおかげだから」
「僕たちから、少しでもお返しできたらうれしいです」
 拓海と槻右はまっすぐその祝いを打ち返してきて、仁菜のほうが思わず照れてしまう。
 大事な人と結ばれるって、こんなにすごいことなんだなぁ。
「拓海さん、これからはふたりでひとつの家庭を作っていくんだね。三ッ也さんはもう俺なんかよりよく知ってるでしょうけど、拓海さんは情が厚いせいで暴走しがちだから……勝手に自爆しないように支えてあげてください」
 拓海と握手を交わしたひりょが、槻右へ頭を下げた。
「ひりょはH.O.P.E.で最初の友だち。それは一生変わらないよ。これからも頼む」
「ええ。僕がいないところでは特にお願いします」
 ひりょへの挨拶と夫への釘刺しを同時にこなす槻右である。
「美人なだけじゃなくて心も据わってる。いい嫁さんもらったな、拓海」
 守が拓海の肩を叩き、口の端を吊り上げた。
「そりゃあもう、自慢の嫁だからな」
 しれっと応える拓海に、今度は苦笑を見せて。
「おいおい、もう腹いっぱいにさせる気かよ。……話も尽きないだろうが、料理が乾いちまうともったいない。場所を移そうぜ?」
 執事らしく場の全体に注意を配っていた守が促し、飽海が「あ、そうだね」。
 ちょうど話題を変えようと思っていたところでもあった槻右がそれを受け継ぎ、「みんな、せっかくの料理が冷めないうちに食べて」。
 早速動き出す影があったりしつつ、場面は歓談へと移るのだった。

 そのころ。
 何処とも知れぬ暗がりの内、邪悪なライヴスがふつふつ、ふつふつ。
 ……ハ、イネガァ。……ハ、イネガァ。


「余興までに全部飲んじまうか」
 主を他の友らに任せ、喫煙所を兼ねたリカーコーナーへと向かった守は、バーボンの口を切ってロックグラスへそのまま注ぎ、ひと口呷る。
「榊、やっておるな」
 悠然と手を振り、エルが歩み寄ってくる。その風情はドレスと相まって、夜をまとう女王のようだ。
「あんたもやるか? なんだったらバーテンの真似事もできるが」
「ふむ、ならば酒精のかるいものを。――榊も抑えておるのだろう?」
 ひと口味わった後はなめるだけの守を指し、笑む。
「時は近い。酔いに任せるも一興なれど、技が鈍っては元も子もなかろうよ」

「ふふー、これおいしい♪」
「野菜もいっしょに食べなきゃだめだぞ」
 チーズと挽肉をたっぷり詰めたカネロニを頬ばるピピにサラダの皿を押しつけ、若葉は録画中のハンディカメラを確かめた。
 拓海と槻右、そして彼らを取り巻く人々。大笑い、思い出し笑い、泣き笑い、苦笑い、笑い、笑い、笑い……うん、みんな笑ってるね。それにピピも。
 アングルを変え、口のまわりをソースだらけにしているピピをメモリに収めておいて、今度はぐるりと会場の様子を。
 榊さんとエルさんは、なんていうか絵になる感じ? それから――

 ぴくぴくん! 仁菜のロップイヤーが二回跳ねた。
 耳といっしょに両手をぱたぱた振って、拓海たちのそばにいるひりょを呼ぶ。
 仁菜のサインに気づいたひりょが、唇の動きで訊く。こちらひりょ。なにかあったの? オーバー。
 愚神じゃないけどおんなじくらい怖いなにかが接近してるの! いつ襲いかかってくるかわからない感じ! オーバー!
 仁菜の口パク通信へ了解の意を返し、ひりょはさりげなく夫婦から離れた。彼女の反応を見るに、怖いなにかとはあちらからくるのだろう。先に感知できたアドバンテージを生かし、真っ先に対応する。
 ――邪魔させないよ、拓海さんたちの今日このときは。
 ひりょと同じく、仁菜も動き出している。会場の隅でスイーツをつついている英雄を呼び、味見するかとケーキが鬼盛られた皿を差し出され、ズブリソローナ(アーモンドと小麦粉、とうもろこし粉で作るイタリアのケーキ)のザクザク食感に「おいしい!」、こんなことしてる場合じゃなかったーと拳を握り。
 ――拓海さんたちの幸せ、私が絶対護ってみせるんだから!

 果たして。
 祟り神、来たる。


「リア充はいねがあああああああああ!? ご結婚しやがった新婚夫婦様はいねがああああああ!?」
 ぬばあ! 会場の隅に置かれていた余りのテーブルの下から、クロスの帳をくぐってご歓談の席へと這い出してきたそれは“なまはげ”だった。
 長い黒髪を振り乱し、お面の奥に隠した碧眼より人の幸せを妬みそねみ憎む邪を噴き上げる謎のおっさん。声や雰囲気で誰かは丸わかりなのだが、とりあえず正体不明なうちは、カイ アルブレヒツベルガー(仮)としておこう。「おっさん」じゃかわいそうだしな。
「俺の名は“幸せな奴は殺し隊”っ! 隊とか言いつつお独り様ですけどいらっしゃいませええええ!! ドレスコードは普段着って言われたからなぁ! これが俺の普段着じゃああああああ!!」
「大人げねぇ――!」
 黒一色の完全武装を決めた悪友(仮)の様に、守が実にもっともなコメントを漏らした。
 しかし、カイ(仮)は大人げなんてすでに棄てているんである。16歳の想い人とまるで進展できない哀しみをヘルハウンドの柄と共に右手へ握り込み、35歳の自分を差し置いて幸せを掴んだ28歳と22歳への憤りをヘパイストスのグリップと共に左手へ握り締め、このスイートな世界を殲滅壊滅撃滅すべく、駆ける。

「うわ、カイさん(仮)ご乱心!? ピピ、俺たちも行くよ!」
 迫り来るなまはげの禍々しさにおののいた若葉だったが、すぐに共鳴しようと足元を見て――肝心のピピがいなかった。
 そういえばピピ、『ボク、入口のクマさんとか見てくるね!』と駆け出して行ったきりだ。そう、若葉の押しつけた野菜から逃れるために。
 こんなことならピーマンと人参と玉葱、細かく刻んでカレーとかに混ぜて食べさせとくんだった! いやいや、見た目があれだからついちっちゃい子扱いしちゃうけど、ピピだって九歳なんだから。ちゃんと言ってわかってもらわなきゃダメだよなぁ……思考がすっかりお兄ちゃんからお父さんにシフトしつつあるのを自覚しながら、それでも今自分がすべきこと、できることを思い定めた。
 今の俺にできるのは、快く場所を貸してくれたレストランに迷惑かけないこと。
「よし」
 若葉は鋭い目線を縫わせてルートを確認、ハンディカメラを抱えて会場の隅へと急ぐ。
 今日って日、俺にとってすごく長い、タフな一日になりそうだね――!

「拓海さんと槻右くんを守るわよ! エージェント、迎え討ちなさい!」
 テレサの凜とした声音が呆然としていた参加者に“我”を吹き込み。
 一同は夫婦を背にかばって速やかに雁行陣を敷いた。
「主役は下がってろ」
 背中越しにウインクを投げる守に、拓海が不思議そうな顔を向ける。
「榊はカイ(仮)といっしょに襲ってくるかと思ってたよ」
「『兄様を助けて』、そいつがお嬢のご命令なんでね。ってことで、お楽しみはモブに任せとけ」
 が。それにかぶりを振ったのは、あろうことか槻右のほうだった。
「みんな僕たちのために集まってくれた。だから僕も思いっきり応えたいんだ。……拓海、記録より記憶に残る、夫婦初めての共同作業にしようよ」
 ちなみに中世ヨーロッパでは、結婚式に参加した者たちが派手な殴り合いを演じたという。まさに己と相手とに記憶を刻みつけるための儀式なのだが、ともあれ。
 妻のいたずらっぽい笑みに、拓海も肚を据えた笑みを返してうなずいた。
「よし、みんなの心に刻みつけてやるか!」
 と、その瞬間。
「では受け取ってもらおうか。わたしからの祝いをな!」
「え? エルルちょっと待っ」
 薙と強制共鳴したエルがヴァルキュリアを振りかざし、拓海へ襲いかかった!
「拓海を支えるって誓ったばかりだから――アヴィシニアさんにもやらせないよ」
 左手を補助にし、“硯羽”の銘を持つ守護刀「小烏丸」を沿わせた右腕で大剣を受け止めた槻右が薄笑んだ。
「え? え? エルさんがなんで?」
 うろたえる拓海。槻右を上から押し込みつつ、エルは拓海へ流し目を送り。
「殴り合うには相手が必要だろう? カイ(仮)に、ここまでたどりつける目はおそらくあるまいしな」
 これは代弁だ。なまはげ殿と、拓海殿に憧憬の念抱きし者のための、な。
 音にしなかった言葉を飲み下し、エルはさらに力を込めて槻右を弾き飛ばした。
『薙よ。今なら邪魔はない。心のままに彼の御仁へ叩きつけてやれ』
『エルル――もしかして、さっき邪魔したのって』
 薙の疑問に応えるより早く、拓海のウコンバサラによるアッパースイングを大剣の腹で受け、エルは内から外へと声音を切り替える。
「拓海殿、槻右、末永く幸せにな!」
 電光石火を華と咲かせた彼女は艶然と笑み。
「幸せになるなんて言わない。今もう最高に幸せだから!」
 その体で奇襲の華刃を受け止めた拓海が不敵な笑みを返し。
「明日はきっと思い出すよ。昨日は幸せな日だったなって。今日の穏やかな幸せを噛み締めて、先の幸せの予感にわくわくしながら」
 拓海の体をブラインドにし、槻右が横合からエルへ切り込んだ。
 ……前へ攻め込むことで後ろの槻右を守る拓海と、拓海が敵を止めてくれることを信じて攻め込む槻右。敵からすれば実に厄介だ。間合は拓海に潰されるし、開こうとしてもその隙間を槻右に埋められる。かといって接近戦を継続したとて、拓海の重圧と槻右の自在な攻めは止められないのだ。
 スタイル的にもすごくバランスいいバディなんだよね。
 なにかあれば加勢に入ろうとしていたひりょだったが、やめた。あの二面四臂の戦いも、夫婦初の共同作業も邪魔したくない。

「幸せな奴はみんな死ねバーカバーカバーカああああああ」
 表情を変える術などないはずのなまはげが泣いていた。外に涙があふれるくらいなので、中の顔はもうぐしゃぐしゃだろう。まさに大人げないとしか言い様なしである。
「それでも本気なんですよね、カイさん(仮)。俺たち、大人げなくて情けなくて憧れるどころか絶対なりたくないその背中、全力で打ち砕きますから!」
 幻想蝶から引き抜いたストレイルダート「ヘリオティア」を構えて両目を隠し、雁行の先頭に立つひりょが告げた。
「おいひりょ、それってガチの刀じゃね!?」
 わめくなまはげにひりょは薄笑みを返し。
「大丈夫。峰打ちにしますから!」
 と、峰ならぬ刃で斬りかかった。
 だって、俺が本気出さなきゃカイさん(仮)の本気に応えられない!
「お独り様のまま死ぬだろがーっ!!」
 日本刀唯一の死角である真下――刀を振り下ろす際は、切っ先を下げないのがセオリー。振り切ってしまうと次の攻防へ繋げられなくなるからだ――へ転がったカイ(仮)を、シャドウルーカーたる英雄と共鳴した仁菜の踵がにゅうと蹴り止めて。
『ほんとにもう、なにやってるんですかカイさん(断定)……』
 内でため息をつきつつ、女郎蜘蛛でぎゅうぎゅうに縛りあげた。
「騒ぐなら人の迷惑にならないところで。それが大人のマナーでしょう?」
 普段よりもクールな仁菜が、普段はけして見せない容赦なさでカイ(仮)をげしげしストンピング。そして、止めの毒刃を撃ち込もうとしたそのとき。
「どうせなら先に毒喰らわせとくんだったな……このカイ アルブレヒツベルガー、転んだくらいじゃ泣かねぇんだよ」
「もう泣いてるけどな」
 拓海のツッコミは完全無視。ライヴスの蜘蛛糸からすり抜けたカイ――(仮)が取れました――は仁菜の軸足を大剣の鍔で引っかけてたたらを踏ませておいて、ヘッドスプリングで立ち上がる。
 自らの関節を外し、仁菜の蹴りを利して隙間を拡げて抜ける。忍さながらの一芸であった。
「召し上がれ! 俺の鬼威輪射(おいわい)!」
 左手ひとつで腰だめに構えたガトリング砲を主に拓海目がけて討ち放つカイ。
「ブレイブナイト、盾防御! なまはげを引きつけて!」
 内ももに差し込んであったオートマチックで牽制射撃を返し、テレサが八生へ振り向いた。
『敵はひとりだからねー。そのまま雁行前進。押し包んで無力化よろしくー』
 と、心得た顔で八生がアナウンス。
「俺が回り込むからみんなサポートとフォローよろしく! 拓海さんたちは……気にするのも野暮かな」
 事情は知らないが、そのコミュニケーション能力でなんとなく察しているひりょが雁行を率いてカイを押し包んでいく。
 余裕がないカイの視界は狭い。目の前の敵に対するのが精いっぱいだ。そうなるよう、ひりょが率先して誘導してきたのだから当然なのだが。
 ――でも、そろそろ鎮んでもらわないとね。会場借りてる時間のこともあるし。

「きゅぴーん?」
 入り口の外、【Welcome!】のボードを抱えて座っているぬいぐるみのクマと向き合っていたピピがふと顔を上げた。
 レストランの中が騒がしい。たくさんのライヴスがぶつかり合って、なんだかすごく楽しそう。気になる。でも。
「ネコさんいるからねー」
 にゃー。どこからかやってきてピピの膝上に鎮座した靴下猫が同意するように鳴いた。
 と、いうわけで。ピピはクマと猫を握手させたりする作業に戻るのだった。

 その相棒たる若葉は猛烈にいそがしい。
 戦闘の振動で落ちてきた取り皿をクッションで受け止めて積みなおし、舞い散る埃をテーブルクロスで拭き払ったりかざしたりして料理を守り、その料理がテーブルからずり落ちれば背面スライディングさせた自らの腹でキャッチして……実に孤独な、しかし誰からも讃えられるべき働きぶりを見せる。
「っと、カメラカメラ」
 加えて、あれこれ作業をこなす合間にハンディカメラをのぞき込み、撮影対象を切り替えていく。
 カイさんはもうちょっとかな。エルさんと薙は多分大丈夫だよな。もともと闇雲に突進するタイプでもないし、なにか考えてることがあるんだろうし。
 なんにせよ、こんな騒ぎも今日という日のいい思い出になるはずだ。
「……妙にみんな楽しそうだしね」

 おかしいだろ、まるで幸せじゃねぇ俺が超幸せな荒ッキーとか三ッ也に殺られるの! リア充は爆発、そいつが血の掟じゃねぇのかよ!?
 半ば砕けたなまはげ面の下、血涙を流すカイが天井を仰ぐ。
「世界が平等だってなら、俺の不幸で爆発しろやリア充ぅぅぅうううああああああ!!」
 カイに残された戦術は特攻ただひとつ。
 ガトリングを捨て、大剣を両手で叩く掲げたカイが、盾の向こうの拓海と槻右へ突っ込むだけだ。
「ずいぶんご立派な祟り神だな、カイ」
 十字に組んだ両腕で、カイが振り下ろすよりも早くその両手を下から押し上げる守。
「おまえもか榊ぃ!」
 両手を封じられたカイが頭突きを繰り出し、ガギっ! 守が真っ向から額で受け止めた。
「こっちもしがらみってのがあるんでな。――祝砲にゃちっとしょぼいが、一発くらいはぶち上げとこうか!」
 カイの額を押し込んで隙間を作り、思いきりの右拳を、カイのなまはげ面へ。
「っはぁ!」
 大きく後ろへ弾かれたカイ……の背中にぷっすり突き立つ毒刃。
「縛るだけじゃ足りないみたいだからこれもどうぞ」
 倒れ臥すカイの影から現われたのは、ひりょたちの陽動に紛れて忍び寄っていた仁菜の顔であった。

「拓海!」
展開したインタラプトシールドでエルの重撃から勢いを奪った槻右が夫を呼び。
「よし!」
 折れ飛び、砕け散る“硯刃”の同胞の奥より跳び出した拓海が、膂力と重力、遠心力のすべてを乗せた斬り下ろしを叩きつける。
 それを危うく受け止めたエルだったが。
「ふむ、カイは斃れたか。これまでのようだの」
 拓海に押し込まれている最中だというのにいきなり主導権を薙へとスイッチした。
「ちょっとエルル!?」
『今こそが機だぞ』
 いやだってまさかこんなときに押しつけられても――と思うわけだが。
 確かに今、拓海は過ぎるほど目の前にいる。
 薙は両脚を踏ん張って深呼吸、腹を据えた。
「拓海さん。それから槻右さん」
 と、その手から大剣が失せ、替わりにウェディングベルナックルが現われた。
 こんなところまで気を利かせてくれるんだもんなぁ、エルル。
 薙は指をナックルに通し、祝福を込めて握り締める。
「おふたりとも、ご結婚おめでとう――」
 両の拳を振りかぶって。
「――ございますーっ!!」
 兄のように尊敬する拓海と、その兄が心を預けた人である槻右へ叩きつけた。
「薙にそう言ってもらえてほんとにうれしいよ!」
 左の拳が拓海に打ち返されて。
「魂置さん、これからも拓海のことよろしく――!」
 右の拳が槻右にいなされて。
 ナックルのベルがカラァンコロォン、祝いの音を響かせた。
『存分に告げられたか?』
 内で問うエルに、薙は内で笑み、強くうなずいた。
 うん、思いっきり伝えたよ。


 若葉が守り抜いた料理やドリンクを手に歓談が再開した。
 とはいえその裏では、思わず騒ぎ過ぎた連中の治療が行われていたりする。
「カイさん以外のケガした人はなるべく固まってください。あ、出血してる人はお酒ちょっと待ってくださいね――ケアレイン、行きます!」
『お呼びいただけましたらわたくし共が参ります。アルブレヒツベルガー様以外のみなさまはその場所にてお待ちください』
 ひりょと執事モードの守を中心に、会場へ癒やしの雨が降りそそぐ。
「こんなところで虹が見れるなんて思わなかったね」
 くすくすと喉の奥で笑う槻右。
 エージェントたちから立ちのぼるライヴスを吸い込んだライトの光がケアレインに描き出した七色の弧。それは本当に、場違いなほど綺麗だったから。
「だな」
 拓海も思わず笑ってしまった。
 まさかこんなお祝いをもらうことになるとは思ってもみなかったが、結果よければすべてよしだ。
「これはもう、なにがあっても忘れないだろうな」
「うん」
 息をつく拓海の腕に添い、槻右はそっと目を閉じた。
 忘れたくない。だから忘れない。愛しい友がくれたこのときを、愛しい人がくれるこのときを、この心に刻んで――次の世まで持って行く。

 一方、女郎蜘蛛で今度こそ縛り上げられたカイ。
 もの言わぬ骸(死んでない)を納得行かない顔で見下ろしていた仁菜ははたと手を打ち、とてててて。
 飾りつけ用のリボンや紙吹雪用の折り紙で作った宝石なんかでカイをデコレーション。ついでに彼が足元に残した「ォメデトゥゴザマセン」とかいうダイイングメッセージも、最後の「ン」を隠してかわいくしてあげて、よしとうなずいた。
「さて、次は……」
 今日の仁菜はストッパーだから。戦闘の余韻と酒の勢いでボディランゲージが激しくなっている輩を縫い止めに行かなければ。
「はい、大騒ぎする時間はもう終わりましたよー! ちゃんとわきまえられない人はお地蔵さんにして並べちゃいますから!」
 スイーツ三昧な英雄を引っぱりだして、彼女は騒ぎが起こりそうな場所へ駆け込んでいった。

「……オメデトウゴザイマセ? よくわかんねぇけど、安らかに眠れよカイ」
 ケガ人の治療をすませてきた守がそっと骸の前にショットグラスを置いた。
「おまえが好きだったようなそうでもないような気がしなくもないテキーラだ」
 南ー無ー。
 と。守に習って続々と人々が訪れ、「確か」、「気がする」、「だといいよねー」等々言いながらお供えを積んでいく。
「せっかくだから記念に撮っておく?」
 若葉に促され、拓海と槻右は苦笑しながら骸あらためデコ独り身地蔵に並ぶ。
「あんまり近づくなよ、槻右。呪われるかもだから」
「拓海が呪われなきゃいいよ。いつも護ってくれてるんだもの。今日くらいは僕が護る」
 新たな呪いが沸き立ちそうなことをわざと言い合いながら、ダブルピースで記念撮影。ごりごりの愛と平和で怨霊を鎮めてみせるのだった。
「ボクもいっしょに写るー♪」
 そこへわーっと駆け込んできたのは、今まで外にいたピピだ。
「どこ行ってたんだよ――って猫毛だらけじゃないか!」
 驚く若葉にどーんとぶつかって猫毛を移植しておいて、ピピはふんすと胸を張る。
「クマさんとネコさんと遊んでた! んー、クマさん増えてる?」
「まあ、脅威ってことなら山から駆け下りてきた羆レベルだったけど……」
 やけに疲れてぼろっちい薙があははー。力なく笑った。
「ナギ、おつかれさま?」
「ピピは充実した時を過ごせたようでなによりだの」
 こちらはいつもどおり涼やかな艶を湛えたエルが、ピピにケーキの皿を渡して笑む。
「楽しかった! あ、これすっごくおいしい! エル、いっしょに食べよ♪」
「ふふ、喜んで相伴に預かろう」
「ピピ、薙のケガ治してあげてからだぞ」
 ピピと連れ立っていくエル。薙といっしょに後を追う若葉。四者がわいわいと去って行って。

 拓海と槻右はあらためてふたりになった。
「全力で応えたなぁ」
 ぽつりと漏らす拓海に、槻右が苦笑する。
「まだ終わってないよ。余興、するんでしょ?」
「すでにもう結構減ってるみたいだけどな、酒」
 リカーコーナーには大人組が小さな輪を作っていて、守などはジョッキで蒸留酒を呷っている仕末だ。
「僕たち、友だちに恵まれたね」
 ひとつの皿に盛ったケーキを分け合うピピ、エル、若葉、薙。槻右の視線に気づき、手を振ってきた。
「オレにはもったいないくらい、いい友だちだよ」
 ケガを治した縁ということなのか、顔を知らないはずの相手と話し込んでいるひりょ。
 最後のひと刺しの見事さを讃えられ、赤い顔をふるふる振って縮こまる仁菜。
 ふたりは拓海の視線に気づかなかったが、皆一様に笑っていて。
「みんなにふさわしいオレになりたい」
 そして拓海は槻右の目を正面から見つめ、真剣な声音で。
「それ以上に、槻右にふさわしいオレになりたいんだ。こんなこと言うのはオレの甘えなんだって、わかってるけど」
「拓海はなんにもわかってないよ」
 拓海の視線を正面から受け止め、槻右は言葉を重ねた。
「拓海を選んだのは僕だ。ずっといっしょにいたい、ただそれだけを願って。そんな僕は拓海にふさわしくない?」
「そんなわけないだろ! そばにいてくれるだけでオレは誰より幸せで……だからオレは」
 槻右は拓海の唇を指先で塞ぎ、かぶりを振る。
「片翼で飛べる鳥なんかいないんだよ。拓海が右の翼なら僕は左の翼だから――ふたりで目ざそう、なりたい僕たちを」
 あがくも迷うも独りぼっちならずふたりきりで。
 互いの心を確かめ合う夫婦の姿を、この場へ戻ってきていた仁菜は見なかったふりで遠ざかる。
 こういうの「ごちそうさま」っていうのかな? でも愛の力って、ほんとにすごい。


 夫婦のタンデムによる余興のフレアバーテンディングが披露され、会場は飲んではいけない酒を飲んでしまったらしい参加者の音頭でふたりに「キス&ミー」を迫る展開に。
 そして幸せなキスを交わす拓海と槻右の姿に一同が沸いて。
 人前式はついにフィナーレを迎えようとしていた。

「まだちょい飲み足りないし、夫婦いじりも足りてない。不参加の予定だったけど二次会行きたい奴、俺んとこに来ーい」
 守の音頭で人々がはいはい、手を挙げる。未だ簀巻きのカイも、ダイイングメッセージでひっそり参加を表明。

 会場の隅ではこっそり若葉が皆に声をかけ、寄せ書きを募っている。
「今日の結婚式、ダイジェストムービーとアルバムにしてあのふたりにプレゼントしますので。みなさん寄せ書きメッセージお願いします」
「サプライズなので、拓海さんと槻右さんには気づかれないようにご協力ください」
 若葉と共にプレゼントを企画した薙が、小さな声で告げて頭を下げた。
「よろしくねー♪」
 ピピもぺこりと頭を下げて、女性参加者の母性を爆発させたりして。
 それを見守るエルは薄笑みを浮かべてうなずいた。
「よき日のよき贈り物となるだろう」
 かくて寄せ書きはすぐにいっぱいになったのだった。

「二次会はあれだけど、それより先に新郎新婦を送り出さないとね」
 こういう場では自然とまとめや進行役に収まってしまうひりょがその気質を発揮し、拓海と槻右を促す。
 拓海の妹分である“お嬢様”から槻右へ、ガーベラを軸にとりどりの花を結んだブーケが渡されて。
 テレサと八生が夫婦をドアの前を指せば、そこにはストッパーの役目をようやく終えたらしい仁菜がいた。
「辛いこと、悲しいこともいっぱいある世界ですけど、こういう幸せのために私たちは戦ってるんだなぁって実感しました。これからもみんなでこの世界を守っていきましょう。でもその前に」
 仁菜がレストランのドアをふわりと開けば、左右に並んだ参加者がふたりのための道を作ってくれていて。
「おふたりの幸せがいつまでも続きますように。きっとその幸せが世界を救う力になるんだって思うんです。だから――たった十歩分ですけど、私たちがおふたりを先へご案内します!」
 参加者の列に加わった仁菜が、ガーベラとウォールフラワーの黄を映すライトを掲げた。
 百にも達するだろう黄光が暮れなずむ世界に確かな標を為し、夫婦を誘う。
 先には拓海と槻右がまだ知らぬこれから先の幸せがあって……だから僕は迷わずに踏み出して、歩いて行ける。
 槻右が拓海の手を握り締めた。
「ここから始まる」
 拓海がその手を強く握り返して。
 誰よりも固く結ばれた手を振り出し、ふたりは前へと踏み出した。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【荒木 拓海(aa1049) / 男性 / 28歳 / 逆境に負けない愛】
【三ッ也 槻右(aa1163) / 男性 / 22歳 / 究極の愛】
【榊 守(aa0045hero001) / 男性 / 37歳 / 友飾りし拳】
【カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001) / 男性 / 35歳 / NAMAHAGE】
【藤咲 仁菜(aa3237) / 女性 / 14歳 / 導きの影兎】
【皆月 若葉(aa0778) / 男性 / 20歳 / 縁の下ダンディ】
【ピピ・ストレッロ(aa0778hero002) / ? / 9歳 / ゴーイングほのぼの♪】
【魂置 薙(aa1688) / 男性 / 17歳 / 万感の鐘】
【エル・ル・アヴィシニア(aa1688hero001) / 女性 / 25歳 / 真心】
【黄昏ひりょ(aa0118) / 男性 / 18歳 / 友護りし盾】
【テレサ・バートレット(az0030) / 女性 / 22歳 / ジーニアスヒロイン】
【電気石八生(NPC) / 男性 / おっさん / 報告官】
イベントノベル(パーティ) -
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2018年08月15日

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