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『花鳥風月 』
不知火あけびjc1857)&不知火藤忠jc2194

●これまでのあらすじ
 不知火家の御家騒動に片が付いた。不知火あけび(jc1857)は無事に家督相続の儀を終えて、正真正銘不知火家の当主となったのである。その後も方々へのやり取りがあって大学にも満足に顔を出せない日々が続いていたあけびであったが、今になってようやく片が付いた。
 そんなあけびは、月夜の晩に不知火藤忠(jc2194)と仙寿之介(ゲストNPC)を呼び出した。一族や関係各位を合わせての饗宴は肩が凝るばかり。三人で帯び紐緩めて酒を飲みたいと思ったのである。

●霊鳥の花見酒
「ああ、美味しい。やっぱりこうして飲むのが一番美味しいよー」
 あけびは猪口を傾け嘆息する。頬を薄ら赤く染めた彼女は、さっきからそればっかり繰り返していた。仙寿之介もそんな彼女を静かに労う。
「一族から類縁のものまで、何度も人を集めていたからな。次代の長として、立派に振る舞えていたと思うぞ」
「でも全然美味しくないんだよねー。ああいうところで飲むと。同じお酒のはずなのに……」
「味わっている暇も無かっただろうしな。お前は」
 藤忠も深々と頷く。彼もあけびの手足となって、早速方々を駆けずり回る羽目になっていたのだ。
「ほんとだよ。仙寿様や姫叔父とものんびり話したいのに、何にも話せなくてさー」
 あけびは足を縁側へ投げ出すと、空をぼんやりと見上げる。
「……姫叔父、仙寿様。最近不思議な夢を見るんだ」
「夢?」
 満月が夜空の天辺へ登っていくのを眺めながら、あけびは何気なく切り出した。藤忠はあけびの猪口に酒を注ぎつつ、彼女の顔を覗き込んだ。
「うん。その世界だと、私は“英雄”って呼ばれてて、仙寿様と同じ顔立ち、同じ名前の男の子と一緒に戦うんだ。あ、同じ顔立ちっていっても、高校生だから少し若いんだけどね……」

 夢の話は随分と積もる。藤忠は頷きながら、時折茶々を入れた。性格の話を聞けば、
「そうか。生意気で、無愛想……お前にも、そんな時期があったのか?」
「どうだろうな……かつて子供であったかさえ定かでないからな」
 と。聞いてる方がむずむずするような恋模様を聞けば、
「どこのお前達も変わらんな。主に進展具合が」
「変わってますー。私達は姫叔父が思ってる以上に変わったんですー」
 と。二人の表情は、愉しいくらいにころころと変わった。

「……それにしても、奇遇だな。俺も同じ夢を見る」
 一通りあけびの話を聞き終えると、漆塗りの黒い酒盃を優雅に月下に捧げ、仙寿之介は器に映る月を見つめる。あけびは、眼を丸くしてその横顔を見つめた。
「仙寿様も?」
「うむ。自分がその少年となってあけびと共に戦う夢だ。八重桜舞い散る中でその少年と斬り合う夢、縁側で雪を見ながら語り合う夢も見た」
 後ろ二つは、もしかすると夢ではないのだろうが。仙寿之介はぼんやり思いつつ、口には出さない。だが、その横で藤忠は訳知り顔をしていた。
「どこかで聞いた話だけどな。人間は夢で並行世界の自分の人生を追体験してるらしい」
 並行世界が現実となった今でも、その手の話は眉唾だと思っていた。しかし、あけびや仙寿之介にとっての天使にならんと決めていた藤忠は手段を選ばない。
 そしてそれは効果覿面だった。いつものお酒――大人の嗜みとして量はセーブしていたが――で少々ふわふわしていたあけびは、ノリノリで目を輝かせている。
「並行世界……そこで、私、また世界を救っちゃうんだ! しかも、どの世界でも私は仙寿様の隣に居るんだね!」
「……そうだな。俺とあけびが出会ったのは、運命とでも言うべきなのかもしれない」
 仙寿之介は盃を傾ける。辛口の酒が舌をひりつかせた。夢の世界の仙寿は、人間だった。おまけに年も近い。隣に並んで手と手を取り合い、同じように歩みを進めていけるのだ。
 それが、彼は少し羨ましい。いや、大いに羨ましいのかもしれない。そうでなければ、夢の中の自分に辛く当たったりはしなかったろう。仙寿之介は黙々と盃を空けた。あけびはすかさず酒瓶を取り、彼の盃を満たしていく。
 傍に寄ったあけびは、じっと仙寿之介の瞳を覗き込む。その眼はどこか寂しげで。あけびは胸を張ってみせた。
「大丈夫! 仙寿様が寂しくならないように、子沢山になってうんと長生きするからね!」
「そうか。そうだな……」
 にっこりと笑うあけびに、仙寿之介は盃を傾けつつ曖昧に応える。成人しても、どこだかあどけなさが抜けきらない。藤忠は仙寿之介の胸中を思いやりつつ、酒の残りをぐいと飲み干した。
「無邪気に言うな、お前も」
 そのまま藤忠は立ち上がると、雪駄をつっかけ庭に降りる。
「仙寿之介。まだ一人前なのは立っ端だけみたいだが、せいぜい頼むぞ」
「え? もう行っちゃうの?」
 あけびはきょとんとしている。藤忠は背を向けたまま髪を軽く掻く。
「“月”を見に行く」
「何言ってるの姫叔父ー、月ならそこに……」
 そこまで言って、あけびは気づいた。藤忠はにやにやしたあけびが何か言う前に、そそくさとその場を立ち去る。
「やだなー。恥ずかしくなるくらいなら、最初から格好つけなきゃいいのに」
「男なら、幾つになろうと無為に格好付けたくなる時はあるものだ」
 天使は訳知り顔だ。頬をうっすら朱に染めたあけびは、眼を丸くする。
「……アディーエも?」
 天使は盃を置くと、胸元に手を当てる。傷も癒えた。痛みも無い。今あるのは、愛する者を守れたという充足感だけだ。それは、ただの天使だったら、決して得られなかった感情。
 彼はあけびを真っ直ぐに見つめる。月明かりに照らされる白い肌は、染井吉野の花びらのようだ。
「俺は天使だ。人間ではない。……だが、お前を見つめていると、天使だの人間だのの垣根を越えて、ただの男になってしまうらしい」
 そっと想い人を引き寄せると、天使は静かに口づけを贈る。彼女はふわりと頬を綻ばせると、天使の胸元に身体を預けた。
「ほんと、だね」
 二人はその手を重ね、共に月を見上げる。夢の中の“私達”に向けて、エールを送る。

 きっと、貴方達にも良いゴールが待ってるよ。だから、頑張って。

●薫風の月見酒
「はぁ」
 藤忠は洋館の階段を昇りながら溜め息を吐く。妹分の瑞々しい恋愛模様にすっかり触発されてしまった。本当なら夜更けまで呑むつもりで、妻である不知火(旧姓:御子神)凛月(jz0373)にもそう言ったのだが、こうして自らの居室へとんぼ返りしたのだ。
 窓の外から、再び藤忠は月を見つめる。
(俺の家族が末永く幸せであるように……まぁあの二人なら、自分達で幸せを掴んできそうなものだが)
 心の奥で独り言ち、藤忠は着流しの懐から鍵を取り出す。こっくり鍵を回すと、奥で何やら音がした。首を傾げると、藤忠は静かにドアを開ける。
「おかえりなさい」
 居間から聞こえる、凛月の声。しかしどこだかぎこちない。藤忠はさらに首を傾げ、すたすたと居間へ足を踏み入れる。
「ただいま、凛月。どうかしたのか」
 ソファに膝を抱えて座り、凛月はテレビを見つめている。彼女が気に入るとも思えない、ド三流の深夜恋愛メロドラマ。ちらりとデスクトップパソコンに眼を向けると、マウスやキーボードの位置がズレている。藤忠は肩を竦めると、彼女の隣に腰を下ろした。
「何だ。『浮気されない料理術』でも調べていたか」
「ば、馬鹿ね! どうして私が浮気の心配なんかするのよ!」
 食い気味に突っかかってくる凛月。寂しがり屋で奥手、ついでに世間知らずとくれば、とってもわかりやすい。
「どうやら図星らしいな」
「むぐ……」
 顔を真っ赤にして凛月は黙り込む。どっちがお酒を飲んでいたのかわからないほどだ。外では名前に違わず凛とした振る舞いを貫いている彼女。まるで月のように、強気な面しか見せない。
 だからこそ、“月”の裏側を心往くまで眺められる自分がたまらなく幸せだと思えるのだ。
「心配しなくともいいだろう。俺が“俺の月”を手放すと思うか」
 そんな事を言いながら、藤忠は凛月の頭を撫でる。そうすると、つんけんしていた凛月も何も言えなくなってしまった。口を尖らせたまま、ぽつりと呟く。
「うるさい」
 二人の間を遮るように、テレビから女のキラキラ声が響く。凛月はすぐさまテレビを切ると、膝を抱えたまま藤忠に尋ねた。
「それにしても、早かったのね。今日は夜更けまであけび達と一緒にいるんじゃなかったの」
「二人の様子を見ていたら、これ以上邪魔するのも悪いように思えてな」
 凛月はふっと口元を緩める。
「ふうん……要するに邪魔者になってしまったから、私に慰めて貰いに来たってわけ?」
「そう言って、簡単に俺からペースを握れると思うなよ? 凛月」
 藤忠は凛月の腰を抱くと、そのまま傍へと引き寄せる。細身の体が触れると、凛月の心臓がひっくり返らんばかりに早鐘を打っているのが分かる。全く、わかりやすい。そんな彼女が、藤忠はたまらなく愛おしい。
 やがて、どちらからともなく二人は身を預け合う。照明を落として暗闇に沈めば、互いの息遣い以外には、何も感じられなくなる。
「あけびと……」
「なに?」
「あけびと、仙寿之介の子が出来るのは、一体いつになるだろうな」
「さあ。……私が言ったら、貴方は笑うんでしょうけど。あの二人って、とっても奥手というか……天然なところがあるじゃない? 特にあの天使様」
 凛月が迷いがちに言うと、藤忠は思わず笑い声を洩らした。むくれた彼女は、細い指を伸ばして藤忠の頬をつつく。
「やっぱり笑ったわね」
「すまない。……お前が奥手というのなら、間違いないな。そして仙寿之介が天然か。全くだ。人の常識で測り切れないようなことを、あいつはたまにするからな」
「だから。まあ当分先になるんじゃないかしら。あけびはまだ大学も出ていないのだしね。少なくとも大学を出るまでは、無いんじゃないかしら」
「……でも、いつかはあいつらの子が生まれるんだろうな」
「間違いないわね。長く生き続ける仙寿之介の為に、子沢山になるって、息巻いてるし」
「お前の前でも言ったのか」
 さすがにないとは思いつつ、誰にも彼にも言いふらしているんじゃないかと、藤忠はほんの少し心配になる。
「あの二人に子どもが生まれれば、その子は、天使と人間のハーフだ。世界でも数えられるくらいしかいない」
 最終決戦にて、彼らはようやく天使に悪魔と手を取り合う事を決められた。その決断が下されてから何か月も経ったが、まだまだ社会の目まで変わったとは言い難い。
「異種族と手を取り合うようになったとはいえ、天使と人間のハーフなんて、そう易々と受け入れられはしないだろう。特に、21世紀に御家騒動なんか起こすようなお堅いお堅い不知火家ではな」
「以前のような一件が、再燃しないとも限らないわね」
 今回の御家騒動はあけびが器量の違いを見せる形で決着したが、人間が道理だけで動くものなら苦労しない。藤忠自身、何度も思い知らされてきた事だ。
「ああ。……だから俺は決めた。あけびと親友の子供が生まれた時、俺は二人と、その子供を全力で護ると」
 何があろうと、自分は妹分と親友の味方であり続ける。その意志は決して揺るがない。
「気が早いか?」
「そんな事無い。私も、同じ事考えていたから」
「……そうか」
 不意に藤忠は凛月を抱き寄せ、唇を交わす。暗闇の中、二人の息遣いだけが満ちていく。
 やがて彼は、彼女の手を引いて立ち上がった。
「飲み直したい。付き合ってくれるか?」
「ええ。その望み、叶えてあげるわ」

 花鳥、風月。二組の男女は思い思いに穏やかな夜更けを過ごすのだった。

●これからのあらすじ
 当主になったあけびは、撃退士として、ついでに忍としての力と経験を活かし、会社を二つ興した。一つは警備会社。もう一つは義肢技術に関する会社。警備会社は藤忠に、もう一つはかけがえのない親友に社長を任せ、あけび自身は補佐役である藤忠に支えられながら、不知火の繁栄の為に尽力したという。
 その隣には、白翼を持つ天使が常に寄り添っていた。最初こそ戸惑いもあったものの、やがて二人が子を成す頃には、異種族との友好の象徴として認められるようになっていく。

 立派な肩書に似合わぬ大学生活のドタバタとか、せわしない子育てとか、色んな涙なしには語れぬ結婚式とか、不知火あけびを彩るエピソードはたくさんある。

 しかしそれは、また違う時に語るべきだろう。



 END




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

不知火あけび(jc1857)
不知火藤忠(jc2194)
御子神 凛月(jz0373)
仙寿之介(ゲストNPC)


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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どうも、影絵 企我です。この度は発注いただきありがとうございました。
藤忠さんをがっつりと書き込むのはこれが初めてですが、凛月さんも含め、上手く書けているでしょうか……?
あと、仙寿之介さんの苗字がないのはなんでや、と思われたかもしれませんが、そこはお好きに苗字を当て嵌めてください、とだけ。その辺りはどうとでも取れるように書いたつもりなので……
アドリブ多々入れているので、何か解釈ミスなどありましたらリテイクをお願いします。
やっぱり……恋愛は苦手やな(オイ

ではまた、御縁がありましたら。



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エリュシオン
2018年08月10日

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