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『君が重ねる手 』
荒木 拓海aa1049)&シド aa0651hero001)&加賀谷 ゆらaa0651)&三ッ也 槻右aa1163)&隠鬼 千aa1163hero002)&春月aa4200)&メリッサ インガルズaa1049hero001)&弥刀 一二三aa1048)&キリル ブラックモアaa1048hero001)&酉島 野乃aa1163hero001

 荒木 拓海と三ッ也 槻右の結婚を披露する人前式。
 闖入した“なまはげ”退治が終わり、夫婦による余興を経て、ついに飽海と槻右は式場であるレストランから踏み出した。
「ああ」
 槻右が甘い息をつく。
 夫婦の前に伸びるのは、左右に分かれた参加者に縁どられた赤絨毯のバージンロード。
「みんなで考えたんだよ、神様に認めてもらう式じゃないからって。――神様がなんて言ったって、私たちみーんな! たくみんと槻右さんの結婚、認めます!」
 言い切ったのは、吉祥文様たる菊を散らした小紋で決め、結い上げた黒髪を青薔薇のコサージュで留めた加賀谷 ゆら。なかなかに気合の入った衣装だが、小紋は確かに普段使いの柄だし、彼女曰く「由緒正しい人妻の普段着!」なので問題はない。
 その傍らで、いつもの黒衣をまとったシドもうなずいて。
「ああ。だからなにを気にする必要はない。前だけを向いて、ふたりで歩いていけばいい」
 拓海はゆらが運営していたシェアハウスの住人だった。だからシドにとってもなじみと思い入れも深い関係。
 もちろん、その淡い無表情から窺い知ることは難しいが、幸せを掴んでほしい気持ちは誰にも負けていないのだ。
「先へ。時は有限だ。ふたりにとっても、待っている者たちにも」
「うん。また後でゆっくりねー」
 そして夫婦が一歩進めば、弥刀 一二三とキリル ブラックモアのコンビが左右から顔を出した。
「拓海、槻右。今さらではあるが、今日という日を迎えられたこと、実にめでたい。末永く幸せに過ごすのだぞ。私はこれより、先ほどの席では少々数が少なかったスイーツを楽しませてもらう。いや、私はもうまったく甘いものなど苦手なのだが、祝いの席はやはり甘々であるべきだとフミがうるさいのでな――フミ、うるさいぞ!」
 いやいや! うちそないなこと! などと抗議しかけた一二三へボディアッパー。横隔膜を痺れさせて言葉を封じ、キリルはすました顔でふたりを促した。
「荒木お父さーん! 三ッ也さーん! おめでとうございます! ふたりの晴れ姿見せてもらえて、私もほんとにうれしいです!」
 続いてふたりに祝福を贈るのは春月だ。
 普段の彼女は江戸弁なのだが、目上の者へはていねいな口調を心がけている。そしてとりあえず、いつもの“普段着”は英雄の手で封印されたようで、今は薄紅色のふわふわでひらひらなワンピースをまとっていた。
「それでは、ふたりで手と手を合わせてー、しあわせー」
 スマホのカメラを江戸っ子らしいせわしなさで振り回しながら写真を撮る。まあ、ブレブレの心霊写真が量産されているのだろうことはまちがいない。
「今日来れなかったみんなにも見せてあげたいですからね」
 それではまた。ひらひら手を振って、夫婦を次なる参加者の前へ送り出した。
「いい式じゃったぞ!!」
 夫婦に声をかけたのは、公私ともにふたりと縁の深いオペレーター、剣太である。
「いい式じゃったぞ! わしはうれしい! うれしい……うむ、それ以外思いつかんくらいうれしいのう。これからもふたりでわしをうれしくしてくれ。頼むぞ。約束じゃからな――」
 迫り上がる涙をぐっと引っ込めて、拓海と槻右の後ろに回り込んだ剣太はふたりの背を押した。
 そして。

「拓海」
 拓海の契約英雄であるメリッサ インガルズがふわりと進み出て。
「槻右」
「主」
 槻右の契約英雄、酉島 野乃と隠鬼 千が続く。
「バージンロードはもう終わりだけど、ここから先はわたしたちが案内するわ」
 拓海の右手を取り、メリッサが進む。
 これまでさまざまな局面をふたりで切り抜けてきた。だからこそ言いたいことも言うべきことも多すぎて、逆に言えなくて。
「……もう聞き飽きたかなって思うけど、結婚おめでとう」
 それだけを絞り出したメリッサに、拓海はそっと。
「リサが大切な人だってことは変わらない。これまでも、これからも――ずっと」
 式を見守るメリッサが感じていたのは、あふれんばかりの祝福、そしてそこはかとない寂寥。英雄と能力者はふたりでひとり。かけがえのない存在だからこそ、離れることへの不安は拭えない。でも。
 拓海の気持ちが嘘ではないことを誰よりも知っているから。それはそうよね、共鳴して心を重ねるんだもの。気持ちを隠せるはずがない。だからわたしはこう言えるのよ。
「わかってる」
 それにわたし、誰よりも近くで拓海と思いを重ねる槻右さんのことを見てきたから。あなたになら託せるわ。兄みたいで弟みたいな拓海のこれからを、どうかお願い。
 メリッサはさみしさに蓋をして、うれしい気持ちで胸をいっぱいにして歩く。大切な人たちを導いて、先へ。
「春月殿はちと頼りないが、それがしのほうできちんと写真は残しておるでな。明日からはふたりと皆の笑顔に囲まれて暮らせようぞ!」
 槻右の左手を取った野乃が笑みを閃かせた。
 今日の彼は右半身が生成り、左半身が黒と青のストライプ柄のシャツに黒のボトムズを合わせたラフな衣装である。
「お客様にいつご挨拶すればいいかわからずにいたるですが、兄が助けてくれました! それにしても結婚式って、すごくいそがしいんですね」
 野乃に手を重ねた千は、クラシカルなライトグレーのワンピースに大きな薔薇の髪飾りを組み合わせた姿。
 どうやら主賓の英雄として、あわただしい時間を過ごしていたようだ。
「襲撃受けるのは結婚式の普通じゃないけどね」
 苦笑いする槻右に、千はとろけるような笑みを向けた。
「でも、素敵な一日でした。結婚式とは幸せな約束なのですね。これからもずっといっしょにいるための」
 うん、そうだよ。僕と拓海は今日、世界でいちばん幸せな約束をしたんだ。
 しっかりとブーケを握り締めた右手には拓海の左手が添えられていて、その約束が確かな者であることを知らせてくれる。
「拓海、みんな」
「ああ」
 拓海と英雄たちの手がひとたび離れゆく。
 でも、寂しくない。手のひらに乗せられたこころ――たなごころで繋がっていることを感じるから。
「AGWと流血は禁止なー! あとはまあ、外だし適当!」
 司会役の電気石八生が低い地声を響かせる。
「無駄に声だけはいいおじさんよね……」
 レストランへの迷惑料――“なまはげ”騒動のアレである――は自分宛に請求してくれるよう店に告げたテレサ・バートレットが肩をすくめてみせる。
「昔はよく“着ぐるみ”とか言われたねぇ。中から声に見合った物体が出てくるみたいな」
「それってHeavysetあるある?」
 ちょっとしたテレサの気づかいをバックに、参加女子たちがポジショニングを開始した。
 槻右さんならこのへんに……拓海がなにかするでしょ……血が出なきゃいい……肘……不穏な空気が押し詰まり、お嬢さんがたの眼が暗く燃え上がる。
「用意はしてあるのじゃ」
 野乃、そして千とメリッサから黄色い風船を渡された槻右は、それをブーケにくくりつけた。
「三っ」
 メリッサがカウント。
「二!」
 千が引き継ぎ。
「一じゃ!」
 野乃が促して。
 槻右が風船つきのブーケをトスした。
 ぎゃああああああああああ!! それはもう雌叫びとしか言いようのない濁音が空気を裂き、餓狼と化した未婚女子たちが殺到する。恨みっこなしの一発勝負だからこそ、互いに遠慮も容赦もしない。ヒールで踏み合い、肘でブロックどころか思いきり打ち合い、KOし合う。

「ゆらはいいのか?」
 女子の必死をすがめた目で見守るシドがゆらに問う。
「人妻ですので! そもそも帯締めてるんだから乱闘できないでしょ」
 そういえば先の騒動にも参加していなかったな。思い出しながらシドは息をついて。
「妻の自覚はあるんだな」
 薄笑んだ。
 言い返そうとしたゆらはふと言葉を引っ込める。シドの目に、声音に、笑みに、やわらかな感情が灯っていることに気づいて。
 うん。シドが許してくれたから私、あの人の妻になれて、今も妻でいられて――幸せなんだよ。

「来ましぷっ、私ぱっ、取るのぇっ、す!」
 参戦したはいいが、女子津波に巻かれてあーれーっとなる千。
 水素にライヴスを混ぜ込んで注入した風船はゆっくりとブーケを運び、それを掴み取ろうとする女子のライヴスに煽られて上空へ。
 ああああああああ!!
 悲哀の声があがる中、拓海が構えたのは愛用のWアクス・ハンドガンだ。
「行くよ!」
 かくて放たれた弾丸は正確に風船を貫いて。
 放り出されたブーケを、内に詰められていた彩とりどりの花びらで飾りたてた。

「来たえーっ!!」
 スイーツのことを考えるのにいそがしいキリルの替わりでもないだろうが、なぜか参戦している一二三が長身を生かしてジャンプ――した瞬間、下からの容赦ない拳と暗器の連打を食らい、墜落した。
「パンチはええけど武器はだめですやん……」
 げしげし踏みしだかれる一二三を、ローアングルから春月が激写。
 彼女が撮ったほぼすべての写真がブレている中でこの一枚だけは完璧だったこと、特に記しておこう。
「こういうのも彩りですから! というわけで失礼しまして」
 にゅう。一二三を踏み台の一段めにして、ふわりと落ちてくるブーケへ向かった。
「幸せとブーケは結婚式の華! こればっかりは渡せないよっ!」
 春月はまわりの女子と物理的接触ありありのボディーランゲージを交わし、その体を踏みつけてさらに上へ登っていく。不安定な足場を物ともしないのは、ダンサーゆえの体幹なのだろう。
「まさにひとりでは届かぬ頂を目ざすの図じゃのう。よきかなよきかな」
 それらすべてを動画で撮影し、満足げにうなずく野乃である。

 争奪戦が激化する中、舞い散る花びらのシャワーを浴びていた槻右がつと、拓海の袖を引いた。
「今なら誰も見てないよ?」
 誰もがブーケの行方に注目していて、この世界で拓海を見つめているのは槻右だけ。
 まるでかくれんぼをしているかのように心が浮き立つのを感じ、拓海は笑みを返す。
「そっか。槻右を見てるのはオレだけか」
 鬼が来ないうちに、この幸せをふたりきりで味わっておこうか。
「じゃあ目を閉じて」
 拓海が目を閉じるのを確かめ、槻右も目を閉じた。
 ほら。これで誰も、僕と拓海を見てる人はいなくなった。
 互いの息づかいを標にふたりは唇を重ね。
 幸せなキスをした。

「あーれーっ」
 とすん。なんともわざとらしい声をあげ、真っ赤な顔をした千が尻餅をつく。
 槻右と拓海が花雨に隠れて唇を重ねる直前、人々の視線がふたりに向かいかけたのを見た彼女は、押された状況を利してとっさに人目を引きつけたのだ。
 まったくもう! 主も拓海も目を閉じてしまうから! でも、結婚式って本当にいろいろなことが起こるんですね。幸せな約束も一度きりじゃなくて……すごく素敵です。
「ようやった」
 妹分のナイスフォローにサムズアップを贈った野乃は、幸せに浸る夫婦に背を向ける。
 こういうときは見なかったふりをしてやるのが身内の分というものじゃ。ま、肝心な場面はしっかり撮らせてもろうたことじゃしな。
 彩りじゃ彩り。小さく含み笑い、野乃は次の被写体を探してレンズを巡らせる。

 ブーケに残る聖なるライヴスと女子の垂れ流す邪なるライヴスが反発し、ブーケは女子の指先を弾き、弾み、転がって……最後にそれを手にしたのは参戦していなかったメリッサだ。
「次の嫁はメリッサじゃな!」
 ほぅと声をあげる剣太にメリッサは困った笑みを返し。
「予定どころかお相手を探す気もないから……みんなにお裾分け」
 ブーケから一輪ずつ花を抜き、無念の内に斃れ伏した女子に握らせた。
「……黄昏に散った戦乙女への献花を思わせる光景だ」
 思わずツッコんでしまうシドの肩を無言でつねるゆらであった。


 二次会はイタリアンレストランから徒歩三分のドイツ料理店で。
「段差あるさかい、女子はヒール気ぃつけてや。ついでに新婚夫婦もこないなとこでつまずいたらあかんえ?」
 ドアを開けて優美に一礼、参加者に入店を促す一二三。
「フミフミってばいつからホストにご転職?」
「ホストちゃう! 真心込めて女子のみなはんをおもてなし、シャンパン抜いて盛り上げる――そないな人にうちはなりたい」
「それってホストだよね?」
 ゆらと軽くやりあったりしつつも、参加者たちを気持ちよく会場へ導いていく。

 披露宴の料理はどちらかといえばつまむ系のものが多かったのに対し、こちらはもう、お国柄もあってか野菜ソースをかけた肉、酸と香辛料で味つけた肉、薄く伸ばして揚げた肉、野菜を巻き込んで煮込んだ肉と、肉尽くしである。あと、さまざまに形を変えたじゃがいも。
「シド。帯、あと五ミリゆるめたいんだけど」
「だから洋装にしておけと言っただろうに」
 ため息をつきながらも、バランスよく皿に盛りつけた料理をゆらに渡してやるシドである。
『ご歓談中ですが、一旦手を止めてこちらへご注目お願いします』
 アナウンスした八生がテレサに合図すると。
 先ほどはブーケを巡る抗争を繰り広げていた参加女子とテレサが、イギリスの結婚式では定番になっているウェディングソングを合唱し。
 メリッサが白いクリームにガーベラとウォールフラワーを描いた大きなウェディングケーキのワゴンを押して登場した。
「注文どおりに仕上がってる? ちなみにお花は有志で勝手に描かせてもらったわ」
 テレサの言葉尻を噛み砕く勢いでキリルが声をあげる。
「絶対糖度の風格! ちなみにクリームは飲み物だから驚くほどに低カロリーだ!」
 臙脂で染め上げたタイトなワンピースをまとう「クールビューティーここにあり!」な彼女。それを丸っと裏切るあまりにもな様に、一二三は思わず「なんでや」。
「超カロリーやろ。どこからひねり出してきたんやその屁理屈ぅ」
 その間にケーキが夫婦の前へ到着し、メリッサが拓海の横へ、野乃と千が槻右の横へそれぞれついた。
「三度めで真打の共同作業ね。さ、みんなに見せてあげて」
 メリッサから拓海と槻右の手に銀のナイフが渡されて、ふたりは両手を重ね合わせてその柄を握る。
『撮影される方は前へどうぞ。祝いのタネにも呪いのタネにも使える一枚になりますよー』
 八生のアナウンスで人々がふたりの前に半円を描いて待機。
「みんなにフラッシュ焚かれたら切り損ないそうだ」
 その人数の多さに苦笑を漏らす拓海に槻右が含み笑い。
「それも思い出になるよ。心配ならサウザントウェポンズで援護する?」
「いやいや。ドレッドノートの電光石火、見せてやるさ」
 口ではそんなことを言いながら、ふたりはゆっくりナイフをケーキへあてがい、弾ける白光の内でカットを決めた。
「参加者全員分を切り分けるまでがドイツ流だそうじゃぞ? 不公平のないよう、慎重にの?」
 野乃の言葉に拓海は思わず「そっちのほうが難しくない!?」。
「分け与えられるケーキの大きさは幸せの大きさ。だから私はもっとも大きい切れをいただく!」
 キリルが盛り上がり、それに同意した女子によるじゃんけん大会が始まった。
「合点承知の助! じゃんけんなら負けないよぉ!」
 シャッターを切りながらじゃんけんに臨んだ春月だが、江戸っ子らしくせかせかと手を突き出してしまったせいで、後出しすることになった他の面々の餌食となって一回戦敗退である。

「みんな元気だねぇ。さすがにあの輪には入ってけないかも」
 大会の外、大人びた表情で息をつくゆら。
 それを横目で見やったシドはかすかに首を傾げて。
「ずいぶんと落ち着いたものだな」
 出逢ったころはあれほど幼かったのに。
 シドの感慨に気づかぬ顔で、ゆらは「おほほほほ」。
「それはもう新妻の枠からとっくに卒業した、一人前の妻ですからー」
 口に手を当てて奥様っぽく笑んでみせるゆらへ、シドはひと言。
「オレの分はやらんぞ」
「えっ!?」

 ウェディングケーキは日本のショートケーキと比較的近いことでも知られるシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ(黒森のチェリーケーキ)をアレンジしたもので、通常のスポンジがチョコレート味であるところをチェリー味のスポンジに変更し、紅白を彩っている。
 夫婦が中心となってケーキのサーブが開始される一方、野乃と千はワゴンに乗せたヨーグルトのサーブに回っていた。
「お酒飲む前に食べてくださいねー」
「悪酔い防止になるからの。ただし……無脂肪だと意味がないんじゃ。女子は明日の食事を――ストロベリーソースマシマシバナナチョモランマ? おぬし潔いのぅ。その意気に幸あれじゃ!」
 などと野乃が一枚記念撮影しつつ、甘味やフルーツのトッピングを盛ったヨーグルトが次々と人々の手に渡っていく。
「お祝いの席にカロリーの心配は無粋ってことかしらね」
 やれやれと肩をすくめるメリッサに、千は「なるほど、粋というものなのですね」。
 本当のことを言えば、人の幸せを前にやさぐれて「もう食うしかねぇ!」という気持ちになっている者も結構いるのだろうが。
 それを言っちゃったらほんとに無粋だものね。
「リサ姉もどうぞ」
 と、千がメリッサに渡してくれたのは、カラフルなドライフルーツと蜂蜜で飾ったヨーグルトだ。
「わたしはホスト側だから、飲んでもおつきあい程度だけどね」
 ともあれ、ここは笑顔で粋な一杯をいただいておこう。

 熱意と一二三の犠牲(詳細割愛)で大会を勝ち抜き、“グー”を高々とかざすキリルに、拓海から皿が渡された。
「ちょっとだけ大きいのをキリルさんに」
「おかわりだ!」
「せめて食べてからにしようか!?」
「ヨーグルトにはケーキをインで!」
「さっぱり感台無しだね!?」
 そこに千からのヨーグルトが届く。
「キリル姉にはドライフルーツとチョコスプレーで甘みたっぷりにしあげましたよ!」
「千。表面張力の実験に、チョコをどこまで盛れるか試したいんだが……」

「うちもよせてやー。あ、これちょお取り過ぎてんやけど、よかったら」
 参加者の輪に目を配り、足りないものやあるといいものをさりげなくサーブしているのは一二三だ。
「うち飲むもん取りいこ思てるんやけど、ついでにお持ちしますえ?」
 なにマジおもてなし? 声をかけてくる顔見知りにウインクを返し。
「ええ男はほっこりをお届けするんが仕事やしな」
 実際いい男なんである。憂い顔で佇んでいたりすれば、それだけでやられる女子は多いだろう。なぜそうならないのかといえばもう、宿命とか星回りとかキャラとか甘味が好き過ぎる英雄とかのせい。
「大変だフミ! ケーキがなくなってしまった! こう、溶けてしまったんだ私の口の中で!」
 世界が終わったみたいな顔で、その英雄ご本人様がご登場。
「そら食うたらなくなるやろ……ほかの菓子もろうてき」
 キリルは衝撃を受けた顔を何度もうなずかせ。
「これが天啓か――リサ! 野乃! 千! いざ行くぞ!!」
 ちょうどヨーグルトのサーブを終えた英雄三人組を引っぱってテーブルへ向かうのだった。

 槻右は披露宴のほうであまり話せなかった参加者を中心に皿を配る。
「春月さんも撮ってばかりでお腹すいたでしょ? ひと休みしてよ」
「それ言ったら三ッ也さんたちもずっと働いてるじゃないですか。うちも配るの手伝いますよ!」
 ちゃきちゃきと動き出す春月に、槻右はさすがだなぁと微笑んでしまう。苦労も傷も自分から踏み出して引き受けて、いつも誰かのためにばかり動いている。春月さんはそういう人なんだよね。
「っと、じゃあうちのお手伝い頼めますか?」
 闇雲に駆け出した春月を引き受けるのは、つい先ほど不幸な星の下に生まれた筆頭株であることが語られた一二三だ。
 会場入りの瞬間からそうなのだが、あくまでさりげなく、出しゃばることもなく、女子に気づかい、先回りして要求を満たしていく。
 友として槻右は思わずにいられない。そういう気が利きすぎるところはちょっと問題なのかも。

「披露宴、素敵だったわー」
 ゆらは皿を手にやってきた拓海へふわりと笑みかける。
「来てくれてありがとう。オレもついに人の夫だよ。あんなにお世話になっておきながら、ゆらさんにはなにも返せないままなんだけど」
 ひと言で語り切れるはずのない万感を込めて拓海が返す。オレもゆらさんも本当にいろんろなことを乗り越えてここまで来たんだ。
「十二分に返してもらったよ! たくみんはずっとなかよくしてくれる大事なお友だちだし、槻右さんは初めての依頼でご一緒してからのお友だちだし。そんなお友だちの披露宴に参列できてほんとに幸せ」
 道を同じくした人の幸せを祈る気持ちが報いられた。それは友人としてなによりもうれしい引き出物だから。
 それに、思うのだ。愚神によって闇底へと落とされた自分は、皆という標に導かれ、光の下へたどりつくことができた。今度は自分が、誰かにとっての標となれるなら……
 死にたい、そればっかり考えてた私がこんなこと願うなんて、あのときには思ってもみなかったけど。でも、そうやって心を据えて、守りたい家庭まで築けたの、たくみんたちのおかげなんだよ。だから今度は私がお返しする番。
「そういうことだ。ふたりの先に限りない祝福があらんことを」
 ゆらの思いにシドが言葉を添えて、涙ぐむ拓海の肩を押した。
 その表情は、大切な者にこそ見せてやれ。

 作業中の春月は息をつき、ふと足を止めて会場を見渡した。
 みんな本当に楽しそうだ。
 もちろん、先を越されたーとか狙ってたのにーとか、悔しい人はいるだろう。
 でも、皆が心を合わせて拓海と槻右の今日を受け入れ、明日へ送り出そうとしているのがわかるから。
 うち、結婚式って初めてだけど、こーんなにあったかくてみんなが素敵で、大好きな人が幸せで――幸せになれる時間なんだねぇ。
 ゆっくり構えたスマホカメラのシャッターを、惜しむようにゆっくりと切る。
 この一瞬がなにより鮮やかに焼きつけられたことを確かめ、彼女はまた駆け出した。

 こうしてケーキとヨーグルトが皆の元へ行き渡り、拓海と槻右はあらためて場の中心へ立った。
「何度もオレの話聞かせちゃってすみません。でも、これは誓いじゃなくて回想とか意志表示になるのかな。その――」
 添った槻右が、言葉を失った拓海の背をなぜる。
 その手が拓海の胸を塞ぐものを溶かし、言葉を取り戻させた。
「――今日を迎えるまでに、槻右と何度も揉めました。失敗できないんだぞ、なのにどうしてそうわかんないんだよ、って。昨夜も一戦やり合ったりして」
 苦笑が場を駆け抜けるのを待ち、拓海が先を続ける。
「でも、失敗したっていいんだなって、今日になって思いました。槻右が言ってくれたから。それも彩りで、思い出だって」
 槻右が小さくうなずいた。
 でも、そう言えたのは拓海だからだ。拓海と過ごす時間の全部が僕にとっては彩りで、かけがえのない思い出になるんだよ。
「それに、わかんなくてもいいんですよね。元は他人だったオレたちが、友だち同士じゃ絶対見せ合わない表情とか態度を突き合わせて、ひとつずつこういう人だったんだってわかっていって……それでもいっしょにいたいから夫婦なんですよね」
 会場のざわめきが消えた。
 その言葉に感じ入り、あるいは誰かのことを思い出す、やさしい沈黙が満ち満ちる。
「オレたちがこれからどんな家庭を作っていくのかはわかりません。でも、ひとつずつ積み重ねてきた愛しさで組んだ家庭は、これから積み重ねていく愛しさでもっとずっと強くなっていくはずだから。オレは槻右と衝突するのを怖がらない、一歩も退かずに全部受け止める、そう決められました」
 槻右に目を向ければ、同じ思いを映した目があって。
 ふたりはなにを言い交わすこともなく、そろって前に向きなおる。
「かけがえのない槻右とオレは幸せになります」
「最後に僕からも。今日この日をいっしょに過ごしてくれたみんなが、僕たちに向けてくれた笑顔が、これまでもこれからも僕たちの支えです。本当に――」
 ありがとうございました。
 一二三の拍手を先触れに、それを追いかけた拍手が響き合い、輪となって、深く頭を下げた夫婦を包み込んだ。
 そんなふたりに、野乃はヨーグルトよりトッピングのほうが多い、ごてごてな一杯を渡し。
「拓海。汝がおれば槻右は笑って暮らせよう。それはつまるところ、それがしも千も笑って暮らせるということじゃ。これからもよろしく頼むぞ」
「野乃と千が槻右と出逢ってくれたから、槻右は生きてこれたんだ。今日からはオレとリサもその輪に加えてもらうよ」
 野乃と拓海は笑みを交わし、分かれた。余韻に浸るにはまだ、あまりに早すぎる。

「せっかくドイツレストランでケーキカットしたし? この後もドイツ式で行くってのどうよ」
「ドイツ式?」
 八生の提案に首を傾げるテレサ。
 ドイツの結婚式はフリーダムでロングランが売りなのだが、その中にダンスタイムが挟み込まれるのが定番だ。そしてこのレストランはレントラー(ドイツの民族舞踊)ショウも行われたりする。
「たくみん、槻右さん、ファーストダンスは新郎新婦だって」
 伝言ゲームを受け取ったゆらが夫婦を急かした。会場はすでに踊る気まんまんで、きっかけを求めていたから。
「踊りはよくわからないんだけどなぁ」
「なんでもいいんだよ。心と体のおもむくまま適当で!」
 槻右のリードに拓海が合わせ、ワルツめいたステップを刻む。
「――こうしちゃいらんない!」
 ダンスとなれば黙っていられないのが春月だ。
 ワンピースの裾を花びらのように拡げ、右足を軸にふわりとピルエット。そこから左足を話してグランピルエットへ繋ぎ、高難度のフェッテ・ロン・ドゥ・ジャンプ・アン・トゥールナンをかろやかに決める。どれもバレエのターンだが、あえて上体で表情をつけ、ターンの意味合いを変えて崩しているのがおもしろい。
「リーダーがいないとダンスになんないね。ってことで、お相手してくれる方募集します!」
 よしゃー! と参戦した男たちと次々、春月はさまざまなステップを刻む。ワルツ、タンゴ、サンバ、ルンバ、ビバップ、ロック、ハウス――古今問わず。
「やっぱり春月さんは華があるね」
「いやいや槻右もなかなかじゃぞ」
 槻右が笑み、拓海とパートナーを交代した野乃がしたり顔で返す。
「千ちゃん、いっしょに行くわよ?」
「はい! くるくるします!」
 メリッサと千が春月のようにピルエットしようとして……転びかけた。
 かくて会場に、ダンスの軌跡が描き出した繚乱が花を描き出す。

「ペースが遅い! それでもプロか!」
 追加注文を重ねてドイツ菓子を食らい続けるキリルが、だん! ついに席を立った。
「調理場を貸してくれ! こうなれば私が見せてやる――真の自給自足を!!」
 猛烈な勢いでサワークリーム入りの生地をこね、ひと口大のボールにして油にダイブ。揚げ色を見ながらクワーク(ドイツのフレッシュチーズ)で作ったチーズソースをタルト生地に流し込み、オーブンへイン。その間にこんがり揚がったボールを取り出し、粉砂糖やチョコレートでコーティングして仕上げ完成。
「ドイツに敬意を表したシュネーバルだ。愛らしいだろう? 今焼いているケーゼトルテは、しまった! しばらく時間がかかる!」
 しゃべっている合間に、魔法のようにシュネーバルが消えていく。神速の食技なんてものがあるのかわからないが、少なくとも神業であることにはまちがいない。
「洋菓子ではないが、俺もいくつか添えようか」
 厨房へ踏み込んできたシドが腕まくり、餡子や練り上げられた生地の詰まったLサイズのフリーザーパックをどんどんどんと作業台へ置いた。
「ちょうど寝かせの終えた生地を何種類か持ち合わせていたからな。時短で出せるものから出そう」
 フライパンに溶いた小麦粉を流し入れ、薄く焼き上げたものにこし餡を巻き込んだあん巻き、赤エンドウを練り込んだ餅生地を伸べて粒餡を包んだ豆大福と、黄身餡にマッッシュバナナを混ぜてコクと香りを含ませた変わり大福をキリルに差し出した。
「いただく!」
「単純に餡と言っても種別はさまざまだ。味ばかりでなく、その姿もな」
 粉で繋いだ白餡の固まりにナイフをはしらせたシドが示したもの、それは見事に咲いた練切の白菊であった。
「さらに言えば脂分を含まないだけにカロリーも低い」
 その繊細な美しさ(と低カロリー)に、厨房をのぞきこんでいた女子たちがわっと沸き立った。
「美と餡の、和か」
 キリルさん、新たなる甘味への目覚めであった。

 背を駆け上る悪寒にぞくりと身を震わせた一二三。
「どうした?」
 ひと足先にダンスの輪から抜けていた拓海に問われ、あんでもあれへんとかぶりを振る。
「あれ?」
 と。ダンスをながめやりつつ、ようやく落ち着いてウェディングケーキをいただこうとしていたゆらのフォークがカチリ。固いなにかに当たった。
「あ、ゆらさんそれ当たりだよ」
「当たり?」
 ゆらのフォークの上に現われたのは、表にゼラニウムが、裏にその花言葉が刻まれたコインだ。
「“君在りて幸い”――うん、そうだね。ほんとにそう思う」
 ゆらは噛み締めるように語り、一二三が渡してくれたおしぼりで綺麗に拭ったコインへあらためて視線を向ける。
 不思議だね。思っただけのことがこうして形になって現われるなんて。
 感慨に沈みかけたゆらを拓海と一二三が左右から引き戻した。
「コインを当てたゆらさんが女王様です!」
「うちらで思いっきりおもてなししますえ!」
「え? でも主役は」
「ワインはいかがですか? 奥様にお似合いのいい赤をご用意しております」
 そこに茶目っ気を発動した槻右も加わって、一気に大騒ぎへ。

 一方。リンディホップ、ジャイヴ、ジルバという、アメリカンスイングダンスの数々で多数の男をノックアウトさせた春月は、残された人々とマイムマイムに興じていた。
 テクニックや体力を競い合うより、先頭も最後尾もなく、みんなで繋がって“ひとつ”を成すことがなによりも楽しくて。
「せっかくですからみなさんもごいっしょにー!」
「行きましょうか女王様!」
「お手をどうぞ、女王様」
 拓海と槻右がゆらの手を取って導けば、ゆらは張り詰めた面で。
「もうちょっとゆっくり! 帯がお腹に食い込んで……あのバラエティなお肉のせいなのよー!」
「そんなんで女王様のお美しさは霞みまへんよって」
 とびきりの笑顔を決めた一二三にゆらは困り眉を向ける。
「女王様はそろそろやめて!?」

「む、シド殿のすばらしき甘味を皆にも配ってやらねば!」
 キリルがシド特製の和菓子を盆に乗せ、厨房を飛び出していった。
「すばらしいのはこちらのほうだと思うがな」
 シドはキリルのドイツ菓子を抱え、後に続く。

「ベッサンソン! ……ってなんでしょう?」
「イスラエルの言葉だそうじゃがようわからんの!」
 千の質問に笑みを返し、野乃は輪を縮めては拡げて。
「剣太さんもテレサさんも混ざって混ざって♪ 報告官もそのお顔禁止よ!」
 メリッサに引っぱられてきた剣太とテレサ、八生も輪に加わって。
 マイムマイムマイムマイム、マイム、マイムベッサンソン。


 大いに食べた。大いに飲んだ。大いに語らって大いに笑って、なにより大いに祝った。
 名残惜しさに後ろ髪を引かれながら帰路につく人々。
「こちらは添え物だが、この日を祝う俺からの気持ちだ。ぜひ食べてくれ」
 その手に、シドが手製の紅白饅頭を渡し。
「それ、オレたちの分も残しといてよ! ――ってことで、一応はこっちがメイン」
 続けて拓海と槻右が、心づくしの引き出物を渡していく。
「かさばらなくて記念になるものをと思って。剣太さんにもお世話になりました」
 槻右の言葉に剣太が「いやいや」。
「ほんの少し案を出させてもらっただけじゃ」
「強化に使ってもらうのも悪くないしね」
 そう言った拓海の腕にも、引き出物のそれと同じスポーツ用腕時計がはめられている。
 同じ時を過ごした皆は、これからも同じ時を刻んでいくのだ。

「それじゃあまた! お邪魔にならない程度に遊びに行きますねー!」
 最後まで残っていろいろと手伝っていた春月が会場を後にした。英雄三人もそれを送り出しにいって……拓海と槻右はふたりきりになる。
「すごく長くて、すごく幸せな一日だったね」
 そんな槻右の肩を拓海はそっと抱き寄せて。
「明日からは幸せすぎてあっという間に一日が過ぎるようになるよ」
 ついばむように口づけて、槻右と笑みを交わした。


 後日。
 拓海の言うとおりな毎日を過ごしている夫婦の元へ、撮影を担当していた参加者たちから式の様子をまとめたアルバムとダイジェストムービーが届けられた。
 ソファに並んで座り、アルバムをながめるふたりはひとつひとつの出来事を思い出し、語らい、笑って唇を尖らせて、思うのだ。
 あの日に初めて刻んだ幸せの一歩を忘れたりしない。
 ふたりで重ねた手の内にしまいこんで、どこまでも連れていく。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【荒木 拓海(aa1049) / 男性 / 28歳 / 幸いなる右手】
【メリッサ インガルズ(aa1049hero001) / 女性 / 18歳 / 導きの手】
【三ッ也 槻右(aa1163) / 男性 / 22歳 / 幸いなる左手】
【酉島 野乃(aa1163hero001) / 男性 / 10歳 / 守りし手】
【隠鬼 千(aa1163hero002) / 女性 / 15歳 / 支えし手】
【加賀谷 ゆら(aa0651) / 女性 / 24歳 / ゼラニウムの女王】
【シド(aa0651hero001) / 男性 / 25歳 / 和菓子職人】
【弥刀 一二三(aa1048) / 男性 / 21歳 / おもてなしホストはん】
【キリル ブラックモア(aa1048hero001) / 女性 / 20歳 / 覚醒せし甘王】
【春月(aa4200) / 女性 / 18歳 / 和と輪を繋いで】
【剣太(az0094) / 男性 / 22歳 / ただひたむきに友を祝う】
【テレサ・バートレット(az0030) / 女性 / 22歳 / ジーニアスヒロイン】
【電気石八生(NPC) / 男性 / おっさん / 報告官】
イベントノベル(パーティ) -
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2018年08月15日

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