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『現在地点 』
星杜 焔ja5378

 星杜 焔とその家族が久遠ヶ原島へと到着した。
「やっぱりここも暑いね〜」
 焔は感慨を込めて人工島の空を見た。本土と変わらぬ夏の日射しが一家を照らしている。
「ちゃんと帽子を被ってね」
 やんちゃ盛りの息子を一時とどめて、日除けの帽子を目深に被らせてから、焔は先に立って歩き始めた。

「それじゃあ、またあとでね〜」
 久遠ヶ原学園の校門付近で、焔は妻と息子と分かれた。妻たちは息子が通うことになる幼稚園への入園手続きを済ませてくることになっていた。

 手を振って家族を見送った後向かったのは、彼が学園在籍中に住んでいたマンションだ。
 マンションの屋上へ上がると、日射しについで届いたのは微かな土の匂い。そして、微かに吹いた風がぶつかるざわめきと草の匂いだった。
 そこには家庭菜園が広がっていた。かつては焔自身が世話をしていたものだ。島を離れるときに友人たちに管理を委託していたのだった。
 緑のつるが巻き付いたアーチの脇を通って進む。
 ちょうど様々な夏野菜の収穫時期ということもあって、あちこちで成長した実が色を付けているのが見える。その中で、まだ若葉ばかりが並んだ畝の前に屈み込み、熱心に雑草を取っている人物の姿があった。
 こちらには気づいていないようだ。つばの大きな麦藁帽を被っているて顔は見えないが、誰であるかは察せた。
「佳澄ちゃん」
 焔が名を呼ぶと相手はびっくりしたらしく肩を振るわせた。その拍子に中腰の姿勢が崩れる。
「わととと‥‥」
 不安定な姿勢でしばらく踏ん張っていた春苑 佳澄は、やがて耐えきれなくなって尻餅を付いた。目をぱちぱちと瞬いた後、ようやくこっちを見る。
「あ、星杜くん早いね?」
「時間通りだよ〜」
 佳澄は「えっ、もうそんな時間!?」と時計を確認。
「本当だ。土いじりしてる時って、なんだか時間が過ぎるのが早くてびっくりするよ‥‥」
 尻餅を付いたままそんなことを呟いている。焔は近づいて手を差し伸べた。
「ありがと。えへへ、星杜くん、久しぶりだねえ」
 佳澄は一年前と変わらない無邪気な笑顔を見せるのだった。

   *

「佳澄ちゃん、一年間俺の代わりに菜園をやってみて、どうだった?」
「んー、結構大変だったけど、楽しかったよ!」
 二人で今日分の野菜を収穫する。
「もちろん、あたし一人じゃこんなにちゃんとはできなかったと思うけど‥‥皆と一緒だったし、星杜くんにも教えてもらいながらだったし‥‥」
 でなければ、野菜を育てた経験のなかった彼女がここまで立派に菜園を維持することはできなかっただろう。
 ただ、先ほど熱心に草取りをしていた様子からしても、佳澄はなかなか土いじりに向いている面もあるようだった。
「あっ、ほらこのトマト、もう真っ赤だね!」
「うん、食べ頃だね〜」
 焔が同意すると、佳澄は嬉しそうに目を細めた。それからエプロンのポケットから刃の短い園芸ばさみを取り出す。
「佳澄ちゃん、はさみは使えるんだね?」
 茎に慎重に刃を当てて切り取る動作を見ながら、焔が言った。
「うん、はさみはこう〜挟まないと切れないでしょ? だから何とか‥‥」
 照れたように笑いながら、佳澄は収穫したトマトをかごに移した。
「でも、やっぱり包丁とか‥‥あと農具だと鎌とかくわとかは、まだちょっと‥‥かな」
 はさみも、最近やっと使えるようになったんだよ、と付け加える。
「でも、その辺は皆に手伝ってもらって、なんとかやってるよ」
 過去のトラウマで刃物と火を自分で扱うことが出来ない、というのが悩みだったはずが、今の彼女の言葉は、それほど重さがないようにも思えた。
「トマトはこれでいいかな‥‥。あたし枝豆とってくるから、星杜くんはナスをお願い!」
「了解だよ〜」



 カゴいっぱいになった穫れたての野菜を手分けして持ち、二人は調理場へと移動した。
「たくさんとれたね〜」
「本当だね。使いきれるかな?」
「ふふふ‥‥心配は無用なのだ」
 山積みの野菜を前にして、焔は不敵に笑った。彼ならば一人でも、きっと問題なく捌いてしまえるだろう。
 だが、焔は佳澄を振り返った。
「佳澄ちゃん、今日は何か作るかい‥‥?」
 彼女が火と刃物を使えないことはもちろん承知している。
 そしてそのことを克服したいと訴え努力していたことも、焔はよく知っていた。学園にいた頃、彼女に手先だけで出来る簡単な料理を手ほどきしたり、炎を発しないIH調理器を薦めたりしたこともあった。

 焔に問われた佳澄は電撃を浴びたかのように震えた後、背筋を伸ばした。
「う、うん! あのね‥‥作ろうと思ってたのがあるんだ!」
 そして、事前に調べて準備していたレシピを見せてきたのだった。

「トマトソースのピザに、グラタンか〜美味しそうだね」
「ピザ生地はこないだ料理教室でも習ったから、大丈夫!」
「オーブンは問題ない?」
 これも炎のでない加熱器具だ。
「出し入れするときにえいやっ! って気合いを入れれば、大丈夫!」
 むん、と佳澄は気合いを入れた。
「うん、じゃあそっちは佳澄ちゃんにお任せするよ‥‥切った方がいい具材とかあったらそれは俺がやるからね〜」
「えへへ‥‥よろしくね、星杜くん」

   *

 皮を湯剥きしたトマトを荒く潰しながら、佳澄が呟くように言った。
「あたし、まだ出来ないことはいっぱいあるけど‥‥前みたいに焦らなくなったよ」
 摺り下ろしたニンニクとタマネギの入ったボウルにオリーブオイルを合わせてレンジにかける。
「あの時は、何にも出来ない自分が不甲斐なくて、不安で‥‥早く強くならなきゃ、って思ってた‥‥と思う。でも今は、少しずつでいいって思えるんだ」
 レンジから出したボウルに潰したトマトを加えて味を調え、再びレンジへ。
「皆のおかげだよ」
 焔だけではない、たくさんの人が支えてくれたおかげで成長出来たし、そのことを実感できた。自分は成長できるということを正しい意味で理解した。
 トラウマの完全克服にはまだ遠いけれど。
 出来ないことは、手伝って貰っていいのだから。

「星杜くんどうかな、トマトソース」
「‥‥うん、いい味だよ〜切ったナスとトマト、こっちに置いておくね」
「ありがとう‥‥ってもうあらかた下処理終わってる! 早い!」



「うーん、いい匂い! どれも美味しそう‥‥!」
「壮観だね〜」
 テーブルの上にはすでに、沢山の料理が並べられている。
 畑のまだ青いトマトを薄切りにして乗せ、枝豆やコーンを散らしたサラダ。ナスは揚げ浸し、カボチャはそぼろ餡かけ。ゴーヤチャンプルーに、もちろん定番の夏野菜カレーは忘れずに。
 他にも焔作の夏野菜料理がずらりと並ぶ中、佳澄のピザとグラタンもしっかりテーブルに載っていた。
「あたしが必死になって二品作る間に‥‥やっぱり星杜くんはすごいや」
 やはり手際の差は歴然である。
 でも、と焔が言った。
「今日は佳澄ちゃんと一緒に料理が出来て、楽しかったな〜」
 お手伝いでも応援でもなく。依頼人ということもなく。
 純粋に友人として、今日は一緒に料理をした。
「あたしも、すっごく楽しかったよ!」

「皆まだかな‥‥ちょっと味見しちゃおうか?」
 などと待ちきれない様子で佳澄が口にしたとき、ドアが開いた。

 今日は家族、友人たちを集めての夏野菜パーティ。

「やあ、皆いらっしゃい〜ごはんできてるよ〜」
 二人はにこにこ笑顔で、彼らを迎え入れるのだった。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja5378/星杜 焔/男/18(外見年齢)/帰ってきました】
【jz0098/春苑 佳澄/女/13(外見年齢)/出来ること、ちょっと増えたよ】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました! 2018年の久遠ヶ原、現在地点の一幕をお届けします。
畑の様子も、料理の様子も、後せっかくだし家族の様子も出来る範囲で‥‥と思ったのですが文字数‥‥。
佳澄の成長はちょっとずつですが、でも着実に進んでいます。これも気にかけてくれる方のおかげです。
イメージに沿う内容になっていましたら幸いです。
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嶋本圭太郎 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年08月01日

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