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『光ある禍の門 』
ジャン・デュポン8910

「神父様、話を聞いてほしいのだけど、大丈夫かしら?」
 耳に届いた老婆の声に、金髪の青年はゆっくりと振り返る。礼拝の準備をしていた手を止め、彼、ジャン・デュポンは常に浮かべている優しげな笑みを深めた。
「はい、問題ありませんよ」
「お忙しいなら、後でも……」
「いいえ、構いません。お話ししたい事があるなら、お話ししたいと思った時にいたしましょう。言葉にする事で憂いは晴れ、喜びは増すものですから」
 一度は遠慮しかけた老婆だが、ジャンの穏やかな対応にホッと安堵したように息を吐く。
 この教会の神父は、いつだって対応が丁寧だ。忙しい雑務をこなしながらも、こうやって人々の声に耳を傾けてくれる。
 その話がどんなに重苦しい懺悔でも、ありふれた世間話やただの愚痴であろうとも、ジャンは親身に話を聞き慈愛に満ちた言葉を投げかけてくれていた。
 根っからの善人なのだろう。穏やかな笑みを崩す事なく人を受け入れ、時に気さくに声をかけ周囲に笑顔をもたらす彼の姿は、神父とはかくあるべきだと体現しているかのようだ。人々から慕われ、教会に幾人もの人が足繁く通う事になっているのも、当然の事のように思えた。

 ◆

「ありがとうね、神父様」
「いえ、こちらこそ。おかげをもちまして、私も楽しい時間を過ごせました」
 自分の長々とした話は殆どが身内の話で占められているし、若い人が聞いたところで楽しいものでもないだろう、と老婆は思う。だが、今日もジャンはしっかりと耳を傾け、真剣に言葉を返してくれていた。
 彼に話を聞いてもらえるだけで、救われた気持ちになる者も多いに違いない。たびたびこの教会へと足を運んでいる老婆もまた、すっかりジャンのファンになってしまっている。
「そうだ、神父様に渡したいものがあるんだよ。お口に合うか分からないけどね」
 いつも話を聞いてくれるせめてものお礼にと、こうして手作りの食べ物を彼に差し入れる事も珍しくない。大事そうに袋に包まれた中身は、匂いから察するにかぼちゃのパイのようだ。
「感謝いたします。これは……とても美味しそうですね」
 老婆の純粋な親切心に、ジャンは笑みを浮かべ感謝の言葉を述べる。焼き立てのパイの香りの中で、老婆はまるで孫の顔でも見ているかのように幸せそうな笑みを浮かべた。

 老婆とそれからまたいくつか話をし、雑務に戻ろうとしたジャンだが、聞こえてきた慌ただしい足音に再び手を止める。教会に転がり込むように入ってきた少女は、息を切らしながら羽詰まった様子で叫んだ。
「神父様、わ、私……話したい事があって……! 今大丈夫ですか!?」
「ええ、もちろん」
 優しげな笑みを浮かべ、ジャンは迷う事なく彼女を迎える。慌てた様子の少女は、よっぽどジャンに聞いてほしい事があるらしく未だそわそわとして落ち着かなかった。
 自分が話を聞く事で、相手の心が軽くなるなら何よりの事だとジャンは思う。だが、その前に……リラックスしてもらうため、温かな紅茶を用意すべきだろう。
 こういった小さな気遣いが、また一つ彼の評判を高めていくのだった。

 ◆

 それからしばらくして、入れ替わり立ち替わり何人も訪れていた参拝者達がようやく一段落し、しばしの間だけジャンに自由の時間が訪れる。
 先程までの喧騒が嘘のように、人の去った教会はしんと静まり返っていた。
「……いやぁ、美しい隣人愛だねぇ」
 その静寂に、不意に割って入ったのは、男の声だ。誰に向けて語られているわけでもない、一人の男の、独り言。
 声の主の正体など、教会の中の様子を見ればすぐに分かる。今この場所には、一人しかいないのだから。
 ジャン・デュポン、ただ一人しか。
 しかし、その声音も口調も普段の彼とは大きく違っているため、もしこの言葉を聞いてしまった者がいたとしても困惑してしまうに違いなかった。無論、彼がこの本音を人に聞かれるなどという、小さなミスをする事などないのだが。
「タニンの言動に一喜一憂して、振り回されて……それでもまた、タニンとの事で悩む。泣かせるねぇ。人間のそういうとこ、好きだよ」
 ジャンは思いを馳せる。教会を訪れる者達から日々語られる、色々な話に。懺悔に。そしてその裏で渦巻く、各々のたぎるような感情に。
 彼らから話を聞くのは、ジャンにとって最も楽しいひとときだ。老婆にも告げたその言葉に、嘘偽りはない。人間が持つ心の機微は『美しく』、ジャンの関心を大いに誘う。
「――すっごい、虫唾が走るけど」
 しかし、普段はにこにことした穏やかな笑みを浮かべ細められている事の多いジャンの緑色の瞳は、途端に冷徹な色を灯した。
 楽しいからといって、彼らの考えを理解出来るわけではない。
 ジャンは人ではない。故に、優しく接してくる人間も、笑いかけてくる者達も、彼にとっては自らの欲を満たす糧でしかなかった。ジャンから見た人間は、所詮家畜のようなものだ。食うもの、食われるもの。その立場が覆る事は、永久にない。
 故に、ジャンは食らう。人の感情を。人々が何の罪悪感を抱かず牛を食べるように、当然のように鳥の卵を口に運ぶように。彼は人の心を糧とする。
 隣人を愛せと微笑む彼は、最初から人々の隣には立っていない。彼にとって人間は、自分よりも格下である搾取対象に過ぎないのだ。
 ステンドグラス越しに差し込んできた光が、ジャンの後ろへと影を作る。彼の背後揺れるその影は光の加減でどす黒く濁り、悪魔のような尻尾にも、獲物を求めて蠢く舌のようにも見えた。
「さて、次はどんな話が聞けるんだろう。少しは、上質なモノを持った人がきたらいいんだけどねぇ」
 笑う。笑う。捕食者は笑う。
 教会の扉は、常に開かれている。上質な感情を持つ、迷える子羊を食らうために。雛鳥のように口を開けて待っているだけで、餌達は彼の元へ自ら潜り込んでくる。
 ジャンの本当の顔を知っている者はいない。彼を疑う者は、誰一人としていない。
 一切隙を見せる事なく、彼は今までも、そしてこれからもジャン・デュポンという名の優しき神父として、お喋りな食材の話に耳を傾けるのだった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8910/ジャン・デュポン/男/523/聖職者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ライターのしまだです。このたびはご発注いただきまして誠にありがとうございました。
ジャンさんの表の顔と裏の顔、その違いを楽しみながら執筆させていだきました。お気に召せば幸いです。何か不備等御座いましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、またいつか機会がございましたらよろしくお願いいたします。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年08月01日

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