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『カルハリニャタン奪還戦〜前哨・表〜 』
ソーニャ・デグチャレフaa4829)&リィェン・ユーaa0208)&イン・シェンaa0208hero001)&リタaa2526hero001)&月夜aa3591hero001)&沖 一真aa3591)&鬼灯 佐千子aa2526)&サーラ・アートネットaa4973)&オブイエクト266試作型機aa4973hero002

 氷塊混じりの波を押し割り、北極海を南下するフリーゲート。
 アドミラル・ゴルシコフ級と呼ばれるこの艦には、いずれの国籍も記されてはおらず、武装等々からもそれを読み取らせてはくれない。
 そもそもが、未だ存在しないはずの建造中の試作艦なのだ。それがなぜここにあるのか――

「指揮を執るソーニャ・デグチャレフである。しかし戦場の外でまで貴公らを縛るつもりはない。ゆえにお願いしよう……座ってくれ」
 最大五百名を収容できるブリーフィングルームに集まった面々が苦笑を浮かべ、床に座り込んだ。その数は、室内を半ば埋めるライヴスリンカーと英雄が百四名ずつ。ここにソーニャと英雄を加えて総数二百十となる。
 この場のみならず、艦内の調度はごく最低限、据え付けの物があるばかりである。
 空っぽの試作艦を航行させられるまで持って行くだけで時間ぎりぎりだったし、資金のほとんどは、そう。この世界でもっとも値の〜張る“人件費”につぎ込んだから。
「主旨はすでに説明してはいるが、今一度確認をしておきたい。本作戦はカルハリニャタン共和国を奪還するがための前哨戦……まずは別ルートで現地を目ざしている強行偵察部隊を敵愚神の喉元へ送り込むがための陽動である。バディを基本とし、必要に応じてバディ同士で連携、一匹でも多くの敵を引きつけると共にその更新データを収集する。なにせ我らの持つデータは古い。おそらくは雑魚共も強化されているだろうからな」
 その言葉を聞いてひるむ者はなかった。二百名は世界に点在するライヴスリンカーのP.M.C(民間軍事会社)の兵士であり、九名はソーニャと幾多の戦場や狂騒を渡ってきた友であればこそ。
「陽動が威力偵察になるか。どちらにせよ敵とぶつかることにちがいはない。よって問題もないし、作戦に変更の必要もない」
 かるく手を挙げたリタが発言し、一同の顔を見渡した。
 今回、ロジスティクス面での作戦立案と運用マニュアルを担当したのは彼女である。ソーニャ発案のツーマンセルに「連結」を補足したのも、戦力とは数を保ってこそというリタの防衛思想あってのことだった。
「私たちがするべきことは戦場がどこであれ、状況がどうであれ変わらないしね」
 リタの契約主たる鬼灯 佐千子が、アクチュエーターからかすかな駆動音を漏れ出させながら両の義腕を拡げてみせた。
「それは俺たちも同じだな。最大数の首を刈るだけだ」
 応えたのは、鍛え抜いたたくましい腕を組み、壁にもたれかかるリィェン・ユー。
「わらわらにとって慣れぬ戦場、情報どおりの敵とは限らず、さらにはその数も知れず……普通に考えるならば死地じゃがな」
 彼の契約英雄イン・シェンが皮肉な笑みを閃かせたが。
「俺の死に場所は彼女と向かい合う食卓と決めてるよ」
 あっさり言い返されて、苦笑に転じた。
「ま、その意気じゃということよな」
 他愛のないかけあいに和らいだ空気。ソーニャはさらにそれを鼓舞すべく、口を開く。
「貴公らは刃であり、矢弾である。それは――」
「上官殿、もうじき港につくのであります。それまでに食事をすませておかなければ」
 ソーニャの演説を止めたのは、副官を務めるサーラ・アートネットである。
 彼女のかける左右で異なるレンズを繋いだ不格好な眼鏡、その右の丸レンズには、深く長い傷が刻まれていた。
「……ん、そうか。そうだな。ともあれ、こうして作戦に関わらぬ話ができるのもあとわずかだ。戦前最後の晩餐、皆で噛み締めるとしようか」
 程なくして、リィェンが砲弾を運ぶための台車に乗せた巨大な寸胴を押して場へ入ってきた。途端に室内は唐辛子と香辛料の香で満たされる。
「ソーニャの祖国の名物コウライギギは中国でもよく使われる食材だ。今日は食いやすいよう“串串香(竹串に刺した食材を火鍋で煮込んで食べる料理)”風に仕上げてみた」
 続く佐千子は同じように押してきたもうひとつの寸胴を示し。
「カルハリニャタン風のスープもあるから、香辛料が苦手な人はこちらをどうぞ」
「パン、ライス、麺、好きなものをどうぞ」
 それぞれのものが詰まった鍋を抱えたオブイエクト266試作型機が人々に告げる。
 プラスチックの食器にそれぞれの希望で料理が盛りつけられ、渡されていった。
 錆を防止するためのペンキで色づけされただけの壁に背をつけ、他の者と同様に床へ直接座ったソーニャは、スープを満たした皿を見下ろして。
「祖国の味か」
 時々わからなくなる。
 この借り物の体に収まった“ソーニャ・デグチャレフ”の祖国とは、いったいどこにあるものかと。
「指揮官がそんな顔してちゃ、それこそ士気に関わるぞ」
 と、右どなりに座した沖 一真がソーニャの肩に触れ。
「うんうん。威風を堂々、偉そうにしてたらいいと思う」
 左どなりに座した月夜が笑みを向けた。
 友誼を重ねてきたとはいえ、ふたりにとってカルハリニャタンは見も知らぬ土地。その奪還に、なにを言うこともなくついてきてくれたその心が今、ソーニャの小さな体に染み入る。
「辛いより痛い――!」
「……」
 串串香の強烈な辛みにのけぞる佐千子と、黙々と悶絶するリタ。
「なぜよりにもよって四川料理なのじゃ……」
「コウライギギは火鍋がいちばんだからな」
 げんなり息をつくインへ平然と言い返すリィェン。
「事を前に体調を崩してはいけませんので、自分は冒険よりも安全を――ぶぎえぃっ!」
「はっはっは。人生チャレンジっすよ」
 サーラとオブイエクトはあいかわらずだ。
 そう、いつもと同じ光景。その尊さに、今さらながら気づかされる。
 ああ。小官にはなにを返すこともできぬが、その身ばかりはかならず還そう。貴公らが在るべきやさしき明日へ――
「だからさ、思い詰めるなって」
 一真が今度はソーニャの肩をかるく叩いた。
「俺たちは友だちを助けたい。それだけのことなんだから」
 万感を込めた、なによりもシンプルな言葉。
「このスープ、次はカルハリニャタンのお店で食べてみたいなぁ」
 月夜もまたふわりと笑んで言う。
「招待するとも。軍用機ならぬ旅客機を用意して」
 ソーニャはうなずき、スープにパンを浸してひと口。
 さすがリィェン、祖国の味を完璧に再現してくれていた。内も外もない、ソーニャ・デグチャレフのソウルフードを。
 小官は取り戻すぞ、我らが祖国を。そして友の力を頼み、この命を尽くし、共に還る。限りなくやさしく、なんとも騒がしい、あいもかわらぬ明日へ。


 共鳴し、百十となった一群はフリゲートから寒冷地仕様の輸送車に乗り換え、事前に申請していたルートを辿って内陸へ向かう。一キロ進むごとに土は痩せ、それを百も繰り返したころには霜を含み、さらには雪をまとってその厚みを増していった。
 かくて数百キロを走破すれば、今もカルハリニャタン共和国の国境線として機能するニャタン連峰へとたどり着く。
 山頂に在る建国の父カルハリの霊廟を本部とし、兵らを送り出したソーニャは持ち込んだ機材の動作を確かめ、山を下る一行へ通信を飛ばした。
「本来であればHARO(高高度降下低高度開傘)での奇襲が望ましいところだが、敵の対空戦力が不明な内はな」
 先の“帰国”時、輸送機の姿を愚神に見せてしまっていたのは痛いところだ。向こうがよほどの阿呆でなければ、かならず対策は取っているはず。
『私たちは陽動兼威力偵察兼、露払いだからな。敵と当たる前に数を損なうのは避けるべきだ』
 兼ねるものが多すぎるきらいはあるがな。と、リタが口の端に皮肉を刻んだところで、斥候に出ているシャドウルーカー陣から連絡が入る。現状、敵影認められず。カルハリニャタンへの入国許可をくれ。
「許可する。本来であればそれを歓迎すべき小官が背後にいる無礼はお許し願おう」

 一方、山の裾近くまで下っている本隊。
 左右非対称の蒼き『EL』アーマーでその身を固めたリィェンが回線を開き。
「俺も出る。斥候部隊だけじゃ打撃力が足りん。それにもうかくれんぼの必要もないだろうしな」
『他の兵と足並みだけはそろえるのじゃぞ。突出はすなわち死と知れ』
 インへぞんざいに了解を告げたリィェンが、一気に山を駆け下りていった。
「カバーに行くわ。沖さんはアートネットさんのフォローをお願い」
 ため息を交じえて言い残し、佐千子がリィェンの後を追う。
 ふたりの背を見送った一真はやれやれ、狩衣に包まれた肩をそびやかし。
「兵站の担当が先陣を切るのはどうだろうな?」
『鬼灯さん、そのまま敵の真ん中に飛んでっちゃいそうだもんね……』
 月夜の言葉を否定できない一真であった。

 その後方、サーラと共鳴したオブイエクトはいつもの軽口を叩くこともなく、粛々と行軍していた。
「もうじき祖国だな」
 サーラの漏らした声音は重い。
 防衛戦にその身を投じる勇気もなく、父に託された資料を抱えて逃げた自分。
 遙か日本にまで流れ着き、途方に暮れる中で、歳下の少女が不自由な体を押して祖国奪還への道を拓こうとする様を見せられ、逃げ場を失った気分で軍へ志願した自分。
 そして。ライヴスの覚醒により、戦う力を得たサーラが最初に感じたものは……とまどいだった。
 こんなにずるくてちっぽけな自分が、祖国の礎になんてなれるのか?
 答は今もまだ見つからず、サーラはあいかわらず先の見えぬ闇の内にある。
 契約主の思いを知ってか知らずか、オブイエクトは短く応じた。
『はい』
 鋼の体に残された記憶は、攻め寄せる従魔の波に飲まれ、わずかな戦果すら上げることかなわず散ったあの日の無念。
 ようやく、置き去りにしてきた昨日へ還ってきた。
 自らが救うことのできなかった祖国はそこにあり、今なお救いを求めて手を伸べている。
 だが、迷うな。この手は明日のためにこそある。
 口に出すことを禁じられた思いをエンジンの奥底へ秘め、オブイエクトはサーラを祖国へと運ぶ。


 かくて踏み込んだカルハリニャタンの大地は、いつか家族の暮らしを包んでいたのだろう石レンガの塊や朽ちた木材や家具で覆われていた。
 そしてそれは向こうへ行くほどに小さくなり、やがて粒ほどの欠片と成り果てて深淵へと落ち込んでいく。
『彼の愚神は重力を繰るのじゃったか。その影響なのじゃろうな』
 インが鋭くすがめた目を彼方の深淵へと向け、鼻をひとつ鳴らした。
「――来たみたいよ」
 佐千子が20mmガトリング砲「ヘパイトス」を構えて顎をしゃくる。
「ああ、わかってるさ」
 応えると同時、リィェンが“極”の銘を与えた屠剣「神斬」、その切っ先を瓦礫のただ中へ突き込んだ。
 そのまま持ち上げるように引き抜けば、刃に貫かれてあがく従魔の姿が露われる。
「口があるだけの体に四つ足。俺が狙った芯を微妙に外す速さはあるが、反応速度自体は並のデクリオってところか」
 ギィギィと鳴く従魔にとどめをくれて、リィェンは狭間へと目を巡らせる。
「隙間から飛びつかれると厄介だ。燻し出せ」
 言われるまでもなく兵らはすでに展開し、従魔退治にかかっていた。
 巨額のクラウドファンディングと影で募ったスポンサード資金のほとんどを彼らにつぎ込んだのは、義勇兵として名乗りを上げてくれた面々ではこの“適当”が期待できなかったからだ。
『敵を眼前に見据えての戦闘にはなりえないからな。技術と経験がなければ威力偵察はこなせない』
「陽動のほうも派手に行くわよ!」
 リタへ返した佐千子は「ヘパイトス」を撃ち放す。腹に響く乾いた連射音が空気を揺すり、空間を埋め尽くす大口径弾が従魔をまわりの瓦礫ごと引きちぎった。
 佐千子が取り回しに難のあるこの兵器を選んだのは、面制圧を狙うばかりでなく、その音によって従魔の注目を一気に引きつけるがため。そして――
 前方の従魔へ撃ち込んだ砲身を膝でかちあげて上から降り落ちる従魔を撃ち、その反動に乗せて蹴り足を踏み下ろして這い寄る従魔を踏みしだいて拘束、銃口を押し当てて引き金を引く。
「派手に、だな」
 他の兵のカバーを受けぬ形で歩を進めたリィェン。“極”は構えられることなく、その肩にかつがれたままだ。
 ギィィィ!! その無防備な体へ従魔どもが襲いかかる。
「食いついた」
『食いつかせぬがの』
 リィェンとインが練り上げていたライヴスが丹田より噴き上がり、その共鳴体を加速させた。
「おおっ!」
 袈裟斬りに従魔を断ち割り、そのまま剣先を地で弾ませて横殴りにフルスイング。両断され、宙で激しく回転する従魔の上体へ肩を当てて弾き飛ばして迫り来る従魔へぶち当てた。それと同時、回転を踏み止めた反動を勁へ転じ、まっすぐ突き込んで従魔を爆散させ、同じく勁を乗せて引き戻した柄頭を後方の従魔の口中へ突き込み、その内にぎっしりと並ぶ歯のすべてを折り砕きながら喉を貫き。その骸を振り捨てながら先に弾いた従魔へ切っ先を叩き込んだ。
 佐千子のトリオとリィェンの怒濤乱舞、その不協和音による合奏であった。

「敵第二陣、砂中から出現! 歯が迫り出して――射撃型であります! 第一陣の援護に回る模様! これより迎撃します!」
 通信機へ叫び、サーラは反動に備えて四肢を地に突き立てたオブイエクトの主砲――37mmAGC「メルカバ」を撃ち放す。
 低い唸りをあげて飛んだ砲弾は打ち据えた従魔の肉を押し潰し、骨を砕いて臓物を噴かせ、さらにはそのすべてを微塵にちぎった。
 と。その塵のカーテンを割り、従魔どもが噴いた多数の歯弾がサーラに殺到する。
『伍長殿、遮蔽物を探しましょう。このままじゃただの的ですよ』
 十字に組んだ腕でその弾を食い止めたオブイエクトが進言した。たとえライヴスギア「アカラナータ」の守りがあるとはいえ、ただ喰らい続けていてはすぐに限界を越える。
「一歩だって下がるかよ! 祖国が、目の前にあるんだよ!」
 あそこに行かなければ。なくしてしまったものを取り戻すために――
『同志サーラ!! 貴公の任務は祖国を前に斃れることではない! 貴公が尽くすべきは今日このときではない、明日のためにこそだ!』
 通信機から飛び出してきたのはソーニャの厳しい声音であった。
 そうだ。自分には任務がある。従魔のみならず敵愚神の情報を探り、ひとつでも多く仲間の元へ届けるという。
「アートネット伍長、任務を継続いたします」
 ソーニャに応えたサーラは視線だけを振り向け。
「これより自分は前進します! みなさんは後方からサポートを!」
 その行く手を塞ぐ従魔が清浄なる炎にまかれ、崩れ落ちていく。
「百鬼を退け凶災を祓う……急如律令!」
 羽衣と化した金烏玉兎集をその身の周囲に巡らせ、踏み出した一真が口の端を吊り上げた。
「上官殿の言うとおりだ。後をついてこいじゃない。いっしょに行こう、だ」
 ふわりとサーラの脇を駆け抜け、一真は舞うがごとき歩で歯弾をかわし、あるいはその狩衣の袖で払い落とし、さらに。
「此の地に憑きし邪なる者、浄火の内にて彼の淵へ返さん――術火徳真君!」
 再びのブルームフレアで従魔を焼き祓った。
『問題はここからだね』
 月夜の言葉に口の端を吊り上げ、一真は「ああ」。
 その間にも瓦礫の隙間や砂中から新たな従魔が這い出し、敵軍は着々と増強されていく。
「範囲攻撃を温存しつつ、あの数を叩く。言霊は効きそうにないから攻めの一手でな」
『でも、やるんだよね?』
 それが問いではないことを、一真は知っていた。だからこそ強く言の葉を紡ぐ。
「祖国の明日は誰にでも任せるが、友だちの今日を誰かに任せるつもりはない」
『任せたくもない!』
 サーラの道を拓くべく、書から顕われた金烏を飛ばす。
 と、式神を援護するようにロケット弾が従魔へ降り落ち、砂塵と共にその血肉を吹き飛ばした。
「露払いは前衛の仕事だぜ?」
 フリーガーファウストG3を肩から下ろしたリィェンが笑みを傾げ。
「できればそのまま長距離攻撃に徹してほしいところね。カバーの手間が減るから」
 引き金を引きっぱなしにした「ヘパイトス」で一文字を描き、従魔どもを叩き潰した佐千子が息をついた。
「とにかく行こうか。長居すればそれだけ雑魚の数が増える。陽動とはいえすり潰されるわけにはいかないからな」
 かくて一真は仲間を共連れ、増殖速度を加速させる従魔どもへ駆ける。


「兵士諸兄は六単位(バディ六組)で連結し、敵の浸透を阻止」
 ライヴス通信機が知らせてくる各員の位置情報はリアルタイムで更新され、ソーニャに最新の戦局図を知らせてくれる。
 しかし。リアルタイムとはいえ、オブイエクトのカメラからの映像と位置情報、地形図のみで指揮している状況だ。実際に視認していない以上、指示にタイムラグが生じることは避けられない。
 もどかしいな。せめて小官も前線へ向かえたなら……
『こちら強行偵察部隊や。こっからやとカルハリはんの霊廟もよぉ見えるわウソやけど。……いつでも突っ込めるからな。号令、待ってるで』
 高空を旋回し、突入の機を待ち続けているステルス輸送機からの通信。その内にある者たちは、こちら以上に気を張り詰めて戦局を見守っているはずだ。
 指揮官たる小官が逸るわけにはいかん。戦局の先を読むのではなく、戦局の先を組み立てるのだ。
 思考の内にて詰め将棋さながらに敵と味方の機動をシミュレートし、最適手を抽出していく。
「右翼十八(単位)、ショットガン!」
 アメリカンフットボールを参考にしたショットガン・フォーメーションを組んだ十八組。左右に位置するカオティックブレイドが従魔へ範囲攻撃を食らわせ、後方のソフィスビショップとジャックポットの援護を受けた前衛が横列を組んでまっすぐ突っ込む。
 かくて面で押し広げた突破口に、続く兵士がすかさず雪崩れ込んだ。
 ライヴスリンカーの得物は国軍に属する兵士とちがい、統一できるものではない。ゆえにこそ、ソーニャとリタは隊列機動と個々人の独立機動を両立しうるフォーメーションを採用したのだ。
 固まっては叩き、散っては防ぎ、そのまま浸透してまた固まる。有機的な機動で戦線を砂漠にまで押し上げた、そのとき。
『ようやく愚神のお出ましだ』
 リィェンからの通信がそのときを告げた。


 深淵の淵に手をかけ、迫り上がる巨大な愚神。手と言いながら、それが手なのか触腕なのか、別のものなのかはわからない。
 その体のすべてが黒きライヴスの靄めきに包まれていたから。
 唯一見えるものは、前面にはしる亀裂――巨体にあっても見合わぬほど巨大な、口。その内に並ぶ歯が獣のそれならず、人の歯を摸しているあたりは悪趣味の極みである。
『重力は感じられない』
「這い出してくるには重いより軽いほうがいいからじゃない?」
 リタのうそぶきに、「ヘパイトス」へ新たな弾帯を食わせた佐千子が応えた。
 それに対し、インは肩をすくめて。
『寝起きというだけかもしれぬがの』
『あくびしてるみたいだもんね』
 月夜にうなずいた一真が一歩進み出た。
「とにかく遠距離攻撃型の掃討をしながら動きを見よう。愚神のほうは強行偵察部隊に任せる」
「愚神はとにかく、雑魚だけ相手にしてればいい感じじゃあないようだがな」
“極”を斜に構えたリィェンが言い終えるのを待たず、愚神の口から前歯がこぼれ落ちた。と同時、バギン。愚神の内から得体の知れぬ音が響く。
「オブイエクト、記録は撮ってるな!?」
『それはもう……しかしあれは、なんでありますかね?』
 砂にめり込んだのは犬歯だ。それはぶるぶると震え、四足を吐き出したかと思いきや唐突に立ち上がった。固き外皮を体毛状に逆立て、歯先を裂いて顎と為す。
 果たして顕われた白獣が高く吼え、跳んだ。
 すぐさま迎撃にかかる兵士らだったが、その刃弾はあえなく弾かれ、白き爪牙で命を刈られていく。かろうじて避けた者たちもまた、殺到する従魔に飲まれ、二度と浮かび上がってはこなかった。

「全員散開! 足を止めず、移動攻撃!」
 地形図から一気に消失した兵士の反応に、ソーニャは奥歯を噛み締めた。
 迂闊であったとは思わない。事前情報がない以上はイレギュラーを想定できるはずもない。それでも、悔いることばかりは止められない。
 くそ! 指揮官としての失態をこの手で晴らすことすらも許されぬのか!
「敵増援に攻撃を集中! 撃破ないし六十秒の交戦データの採取後、全員速やかに戦場を離脱せよ!! ――強行偵察部隊、突入準備はよいか!?」

『ライヴス強度からトリブヌス級愚神と推定! ……ぎりぎりじゃあありますがね。単独で押さえられる敵じゃありませんな』
 圧縮データを上空と山頂へ送り出したオブイエクトが告げた。
「上官殿から六十秒いただいた。その時間を最大に生かし、探る! 自分たちが帰る必要はない。データさえ届けられれば――」
 サーラの言葉に応えず、オブイエクトは沈黙を保つ。
 そういうわけにはいかないんですよ、伍長殿。こっちもいろいろしがらみがありますんでね。

 リィェンは跳びついてきた従魔を踏み台にして宙へ逃れ、“極”に刻まれた龍紋より溢れだしたライヴスを衝撃波に変えて次の足場を空けた。
 着地した瞬間、横合から噛みつきにきた従魔の口へ柄頭の刃を突き込んでひねり、頭の内をかきまわして振り捨てて、また跳んだ。
『まさに動きを止めれば飲まれるか食われるか……本戦を前にあまり力を晒しとうはないところじゃが』
 舌を打つインにリィェンは口の端を吊り上げ。
「洒落じゃあないが、歯ごたえのありそうな奴が出てきたところだ。逃げ出す前に一度は見せておくところだろう」

『連動を切らず、戦線を保て!』
 リタの指示に応える声はない。しかし、それでも兵らは連動を保とうと死力を尽くし、斃れ伏していった。
「そういうこと……」
 ガトリングでの支援を続ける佐千子が奥歯を噛み締める。
「お金で買える命なら、失われたとしても心理的損害、世間からの批判は低く抑えられる。デグチャレフさんもアートネットさんも知らないところでその案は承認されたのね、リタ」
 全員を生かして還すことがソーニャの指揮方針であり、サーラの信念であることはこれまでの言動で知れている。だとすれば、その立案に関わった少なくともひとりは、ロジスティクス担当であり、この状況で撤退指示を要請しないリタ。
『戦争は命の数で決まる。長期戦ならば生きて可動し続ける数が、短期戦ならば目的を十全に果たすまで持ちこたえる数が……この場の兵士はみな大金が必要な者だ。死後の保証を条件に、ソーニャ・デグチャレフの撤退命令を無視することに同意してくれている』
 声音を漏らさぬよう歯を食いしばったまま、佐千子は内で叫んだ。
『トリブヌスを撃つ!!』
 どんな事情があるとしても、せめてひとりでも多くを生かす。それが佐千子の任務だから。

 一真は自らの肩口に歯を突き立てた従魔へ式神を叩きつけ、砂に転がって間合を取った。
 当然その先にも従魔が待ち受けていたが、すくいあげた砂をその口へ詰め込み、ブラインド代わりの狩衣の袖に隠れて転身、三歩を稼いで式神を送り込む。
「兵士が撤退しない……普通に考えれば背中向けて逃げ出してるところだろうにな」
『ソーニャちゃんからの命令、ちゃんと伝わってるよ』
 耳を澄ませていた月夜が翳りを帯びた声で報告する。
 意図的に無視してるってことか。
 それはつまり、兵士たちは自分が死んでもいいと考えているということだ。
 なんだよ、それ。
 式神を逆方向へ飛ばして従魔の目を散らし、一真は乱戦の中を駆ける。
 彼とて自分と勝利を天秤にかけ、勝利のために自分を捨てる覚悟はある。しかし、誰のためとも知れぬ戦いで命を投げ出すなど……
『きっとみんな、すごく大事なもののためにここまで来たんだよ』
 月夜の言葉に一真は「ああ」。
「そうだな。そうでなきゃ、誰も救えないし、救われない」
 努めて表情を消した面をうつむけた。

『伍長殿、少しばかり揺れますよ!』
 鋼をきしらせ、白獣の足元へオブイエクトは「メルカバ」を撃ち込む。
 踏み出しかけた足を引いた白獣は、それを反動に変えてオブイエクトへと跳びついてきた。
「一瞬でいい、動きを止める!」
 主導を撮ったサーラが、白獣の顎目がけてまっすぐ左拳を突き出す。
「っ!」
 白獣はくわえ込んだサーラの腕を激しく振ってがぶり倒そうとするが、その対策として、自ら縦に腕を突っ込んだのだ。四百キロの重量をもって腰を据えてしまえば、バランスを崩される心配はない。
『長くは保ちませんよ!』
 装甲にはしった傷はすでに亀裂となった。あとわずかで割れ砕け、サーラの生身を晒すこととなる。
「長く保たせる必要はない!」
「そういうこと!!」
 佐千子が外骨格式パワーユニット「阿修羅」で鎧った肩を白獣の横腹へ突き立て、足を踏み止めた。三百八十九キロの自重に「阿修羅」の重量を加えた“重さ”に残された前進力が衝撃となり、擬似的な発勁を為して白獣を吹き飛ばす。
「先を越されたか」
“極”から衝撃波を飛ばし、宙にある白獣を追撃。
「銀なる兎、月より降り落ち邪を穿て! 急々如律令!」
 舞い上がる書が月光さながらに地を示し、駆け出した兎たちが砂へ落ちた白獣へとその前歯を突き立てた。
 グオオオオン!!
 毛先をへし折られながらもその体を振るい、式神を振り落とした白獣がガギギ、歯を噛み鳴らした。
 それに応えた従魔どもが左右を固め、一斉にガチガチガチガチ――噛み鳴らすリズムは共振して砂を泡立て、淵より口を突き出した愚神を揺らす。
 と。
「オ、オ、オ」
 重く低い唸りが巨大な口から漏れ出して。
「っ!」
 世界を押しつけた。
『愚神が……目覚める! 命令も義務もない! 全員離れるのじゃ……っと、リィェン!?』
「その前に置き土産だ――!」
 インの内功でその身を支えられたリィェンが、体にのしかかる重力をかき分け白獣へ駆ける。
「だから! 突っ込まれたらカバーしきれないわよ!」
 佐千子の「ヘパイトス」が砲弾を撒き、リィェンを縁取った。迎え討たんと顎を開いた白獣はその機先を制され、動きを止める。
「標になるかわからんが、九天応元雷声普化天尊!」
 一真の編んだ呪句が雷を形作り、道を塞ぐ従魔ごとまっすぐに白獣を貫いた。
 かくて身をこわばらせた白獣に、リィェンが届く。
「この重さ、使わせてもらう!」
 重力に引かれるまま加速した右足で砂を突き。その絶大なる反動を、膂力のすべてをもって螺旋状に引き上げ、増幅。セイクリッドフィストで鎧った右拳を叩きつけ、開いた掌底で追い打ち、さらに畳んだ肘で打ち据えた。リィェンの最終奥義、疾風怒濤の三連勁である。
「カルシウムが足りてなかったようだな」
 砕け落ちる白獣にリィェンが背を向けたと同時、重力が緩んだ。そして知らぬ間に断たれていたらしいソーニャからの通信が復活する。
『全力後退! 愚神が夢現の狭間にいる間に!』
「オ、オ、オ」
 愚神が呻き、重力が再びいや増していく。
「掴まって!」
 外骨格の背に増設したブースターを噴かし、跳び込んできた佐千子がリィェンを抱えて加速した。跳び上がれば重力に引かれて墜ちるだけ。地をなぞるよりなかったが、行く手は無数の従魔が塞いでいて――
 と、従魔が刃の嵐に巻かれて消し飛んだ。続く猛攻がさらに従魔を削り、佐千子のための滑走路を拓く。
 ここで死ぬことを決めた兵士たちの、最後の手向け――
 ごめんなさいとは言わない。でもこの命尽きるとき、あなたたちの手で地獄に引き落とされる覚悟だけはしておくわ。

 マジックブルームで浮き上がった一真は振り向きざま、愚神目がけて最後のサンダーランスを放つ。
 空を裂いて飛んだ雷は、愚神へ近づくにつれその重力に押し下げられ、届くことなく砂に墜ちた。
「至近距離からぶつけてやらなきゃ届かないか。憶えておくぜ」
 ここで味わったこと全部、絶対に忘れない。
 補助として背に負っていたライヴスバックパックを噴かし、一真は戦場を離脱する。

「オブイエクト! これはどういうことだ!?」
 リィェンが白獣へ向かった直後、オブイエクトはその場から離脱していた。
 申し合わせていたかのように退路を確保し、死んで行った兵の骸に目もくれず、その足の限りに先へ、先へ、先へ。
「たとえ生まれを違えても、戦場を共にした同志を捨てていけるか! 戻れ! せめて今生きている同志の撤退を援護する!!」
『データだけじゃなく、視認した情報を持ち帰るのが情報部の仕事です。それが中尉殿にも伍長殿にも知らされてない、自分に与えられた最上位命令なんですよ』
「祖国のために誰かの命を使い捨てることが義か!? そんなもの――」
 認めないなどと、言えるはずがなかった。
 祖国のために散った数多の命と父の残した思いを否定することなど、できない。
 だからせめて誓う。
 愚神を討つ――ここまで重ねてきた骸のきざはし、その一段となって、祖国の明日へ繋ぐ。
「終わらせない! 絶対に、このまま終わらない!」
 血涙を手の甲で拭い、サーラが吼えた、そのとき。
 愚神の開いた口が超重力を伸べ、すべての骸を無数の従魔ごと引きずり込んで飲み下した。

 すべてを見届け、聞き遂げたソーニャは、悔いと怒りに揺らぐ左眼を静かに閉ざす。
 一瞬前までにらみつけていた地形図に残された光点は、ゼロ。それはすなわち兵士の全員が愚神に飲まれたことを示していた。
 伝えられてはいなくとも、兵士たちの揺るぎない必死を見せつけられれば知れる。彼らは対価で命を売った死兵だったのだと。
 それでも。小官はすべてを生かして還すつもりだった。
 かなわなかったのはすべて、小官の責だ。
 見開いた眼に感傷はない。あるのはただ、覚悟ばかりであった。
『愚神の重力、大分弱いなぁ。まだ寝とぼけてるっちゅうこっちゃろね』
 オブイエクトに代わり、映像データをソーニャに送る輸送機からの通信。
「偵察部隊は?」
『こっちは全部回収済みや! デグチはん拾って帰りまっせー!』
 機器のすべてをそのまま残し、ソーニャは霊廟を後にした。どうせまた帰ってくるのだ。わざわざ持ち帰る手間はかけることもあるまい。
 数百メートル先の合流地点へ向かう中、一度だけ祖国を返り見る。
 次は、小官が貴様の前に立つ。貴様の核に鋼を撃ち込むがため。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ソーニャ・デグチャレフ(aa4829) / 女性 / 13歳 / 決魂】
【サーラ・アートネット(aa4973) / 女性 / 16歳 / 誓魂】
【オブイエクト266試作型機(aa4973hero002) / ? / 67歳 / 据鋼】
【リィェン・ユー(aa0208) / 男性 / 22歳 / 屠神】
【イン・シェン(aa0208hero001) / 女性 / 26歳 / 導眼】
【鬼灯 佐千子(aa2526) / 女性 / 21歳 / 清噛】
【リタ(aa2526hero001) / 女性 / 22歳 / 濁噛】
【沖 一真(aa3591) / 男性 / 17歳 / 屈不】
【月夜(aa3591hero001) / 女性 / 17歳 / 思結】
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2018年08月06日

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