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『カルハリニャタン奪還戦〜前哨・裏〜 』
ソーニャ・デグチャレフaa4829)&マルチナ・マンチコフaa5406)&日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001)&マシーネンカバリエaa5406hero001)&葛城 巴aa4976)&レオンaa4976hero001)&迫間 央aa1445)&マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001

『こちらデグチャレフ。現在陽動部隊はニャタン連峰の裾に足をかけたところだ。そちらの準備はどうだ?』
 陽動部隊と共に行動する本作戦の指揮官、ソーニャ・デグチャレフからの通信を受けたマルチナ・マンチコフは、アイドリング中のAGSC(アンチ・グライヴァー・ステルス・コーティング)仕様輸送機の爆音に負けぬよう、大声で返した。
「エンジン“合わせてる”とこや! なんせ外づけマシマシやからなぁ!」
 操縦席の機器と繋いだノートパソコンのキーを叩き続け、返ってくるデータを見ながらまた叩く。
 なにせ六基の高バイパスターボファンエンジンを搭載している機体の胴体部に、ライヴス式ロケットエンジン四基を無理矢理に接合しているのだ。全開でぶっ飛ぶどころか普通に飛ばすだけでも、気が遠くなりそうなほど繊細な出力調整が必須となる。
『小官の霊廟への到達予定時刻に合わせて待機ポイントへ移動してくれ』
 できるのか、とは訊かず、ただそれだけを告げて通信が切れた。
「こんだけ重たいもん空中待機させて、燃料保つんか?」
 副操縦士席の椅子をとっぱらい、その銀甲冑に包まれた巨体を床に座させたマシーネンカバリエが契約主へ問う。
「テスト飛行もできひんやったしアレやけど行ける行ける」
 かるく言い返すマルチナ。
 しかし、それを為すためにマルチナが砂粒を縦に積み上げるような作業をここまで重ねてきたこと、マシーネンカバリエは誰よりも知っている。
 そんだけやなくて、あれこれ企んどるわけやしな。危ない橋渡り過ぎやろ。
「空中待機しとる間に最終調整すませるから、それまで運転頼むで」
「……任しとき」

『落っこちたらゴメンなぁ!』
 追加エンジンの排熱をカットするため、防熱壁を何枚も重ねて貼った狭い貨物室内にマルチナのアナウンスが響く。
「一応、共鳴しておいたほうがよさそうだ」
 日暮仙寿が契約英雄たる不知火あけびに促した。
「爆発とかするのかな?」
 微妙に引き攣った顔を仙寿へ向けるあけび。
 機体はまだ飛んでもいないのに激しく振動し、これでもかとばかりに不安を増幅してくれる。
「それはさすがにないと思うけどね……むしろ俺たちが墜ちるほうが怖い」
 苦笑したのは迫間 央である。
 事前の説明によれば、愚神が出現するまでは通常エンジンのみを使用して、地上一万五千メートルの高空で待機。ゴーサインが出た瞬間、ライヴスロケットエンジンに点火して突入し、強行偵察部隊を愚神目がけて“撃ち出す”。
 部隊がわずか三組であるわけはさまざまあるが、もっとも大きな理由はごく単純なことで、作戦を遂行できるだけの練度を備え、さらには回収地点まで欠けることなく生還しうる信頼と連携を為せる志願者がこの三組ばかりであったためだ。
「弾の代わりに撃たれるなんて、なかなかない経験よね」
 貨物室の床に穿たれた“薬室”行きの穴を見やり、マイヤ サーアが薄笑む。
「パラシュートで投下するって聞いてたんだけど……パラシュート、ないよね?」
 葛城 巴がん〜と小首を傾げる。
 当初の作戦計画では、戦闘ヘリを動員してのヘリボーンが実施されるはずだったのだ。
 しかし。愚神の超重力圏の影響を考えれば、ヘリの出力での脱出は非常に困難であるとのマルチナの意見、さらには敵に対空戦力がどれほど含まれているかが未知数である以上、迅速な突入と離脱を実施しうる機体を用意すべきとのソーニャの判断から、作戦の大枠を変更することとなった。結果として、発着に長居滑走路を必要としない大型長距離輸送機が採用されたのは、無謀を無茶のレベルに引き落とすための苦肉なのである。
「フォローは任せてください。どこへでも駆けつけますから」
 巴の契約英雄、レオンが皆に笑みかける。
 バトルメディックの仕事はデッドラインにライフラインを通すことだ。そう心得ていればこそ、どれほどの困難を前にしても肚を据えられる。
 そして巴は真剣な顔で。
「この前哨戦を本戦にちゃんと繋いで、無事に終わらせる。それが衛生兵の役目だから」
 今日ばかりでは終わらぬ戦いを、共に戦う者の命と共に次へ繋ぐ。
 巴の意志を感じた他の面々は強くうなずいた。
 果たしてターボファンが甲高い咆吼をあげ、全長五十メートル超の輸送機が短い助走と共に空へと駆け上がる。


「陽動部隊の様子は見れないのか」
 窓すらもない貨物室の内、仙寿がかすかに熱を帯びた息をつく。
『待ってるだけなの、辛いね』
 あけびも同じように息を漏らした。
「せめて見守ることができたなら……」
 共鳴体の主導を取るレオンが同意する内で、巴は拳を握ったり開いたりしつつ。
『焦っちゃだめなのはわかってるけどじれったい!』
 今、カルハリニャタンに残されたわずかな大地の上で友が戦っている。彼ら強行偵察部隊を愚神へ突入させる、その隙をこじ開けるがために。
 しかし、自らの存在意義を他者の救いたらんことと定める巴にとって、その事実が胸を突く。友の祖国奪還という大義を助けるためとはいえ、眼下の戦場を見過ごすことにはどうしても抵抗を感じてしまうのだ。
『部外者に情報を与えないことには理由があるわ。知らせる必要がないからなのか、知られたくないからなのかはわからないけど』
 元は暗殺者であるマイヤの言葉に、央は苦い表情をうなずかせる。日常は公務員として仕事をこなす彼であれ、広義ではスポンサーであるはずの市民に知られたくない内情や情報はいくらでもあるのだから。
「組織は大きくなればなるほど情報を統制する必要が生じる。それが国ともなれば、ね」
『ですね』
「ああ」
 応えたあけびは忍、仙寿もまた暗殺稼業と、それぞれ裏から「都合」のために動いてきた者の末裔である。マイヤ同様、知るべきではないのだろうことに嘴を突っ込むことはしない。
『あー、あー、貨物室? 今んとこ順調やし、なんも心配いらんで。なんかあったらちゃんとお知らせするしな』

 貨物室へのアナウンスを切り、マルチナは打ち込み終えたデータが正しく機体制御していることを確認、マシーネンカバリエを見た。
「運転替わるわ。もう大丈夫や」
 操縦をパイロット席へ切り替えたマシーネンカバリエは厚い壁で隔てられた貨物室を振り向いて。
「説明いらんのんか?」
 マルチナはかぶりを振り、苦笑する。
「ヘタにしゃべちらかしたら怒られるやん? うち、そらもうひっどいことばっかしてんやし」
 口にできない資金繰りはもちろんだが、それよりも傭兵――その実特定のメンバーを守るためにそろえたライヴスリンカー百組だ。
 マルチナはありったけのデータを調べ上げ、難病を患った家族持ち等、近々に大金が必要な者をピックアップし、ささやきかけたのだ。カネはなんとでもするから、命をくれ。
 貨物室を外部から完全に遮断しているのも、戦局から疑問を抱かれぬためであり、まかりまちがって助けに行くと言い出されないためであった。
 情っちゅうんはニンゲンをインスタント聖人にしてまうからなぁ。
 だからこそなにも知らせない。なにも知らないまま愚神へ飛んでいってもらうために。
「救いはなぁ。他人様ばっかじゃなぁて、うちらも酷い目ぇにあうっちゅうことや」


 マルチナの述懐を知らず、カルハリの霊廟の内に篭もったソーニャは従魔と対する陽動部隊の指揮に徹していた。
「中央二十、ファイブ・ツーを保って敵の前進を阻止せよ! タッチダウンを食らえば挟撃されるばかりだ! 左翼十二はディフェンスラインをカバー、右翼十八は換装と待機!」
 地形図に反映された兵のポジションと部下たる人型戦車からの映像を頼りに、頭の内にコンマ一秒単位で変化する戦局を描き、適切な指示を送る。損傷率、残弾数、回復タイミング……ええい、視認できぬ戦場に対して考慮すべき要素が多すぎる。マルチナのように副脳を装備するべきだったか!
『こちら強行偵察部隊や。こっからやとカルハリはんの霊廟もよぉ見えるわウソやけど。……いつでも突っ込めるからな。号令、待ってるで』
 空の高みより降り落ちるマルチナからの通信にソーニャは否を告げ。
「小官の号令を待てば機を逃す危険がある。そちらの判断で適当に突っ込んでくれ」
 あちらもこちらも人任せとなっているのは心苦しいばかりだが、この前哨戦においてソーニャに必要とされるのは観察であり、為すべきことはそれをもっての作戦立案だ。戦うために戦えぬとは皮肉なものだが……。
 それに強行偵察部隊の友と言葉を交わし、激励を送りたいところでもあったのだが、事前にマルチナから止められている。愚神へ接触するまでノイズを吹き込むなと。
 言葉がノイズとなる――それはつまるところ、外部との接触が偵察部隊に悪い影響を与えるということだ。ソーニャ自身に思い当たるところがない以上、マルチナやロジスティクス担当者にとっての不都合に他ならない。
 どうやら一介の指揮官に告げられていない“作戦”が裏では動いていて、情報交換がそれを削り出す危険性があるということらしい。
 思い至りながらも、憤りを覚えはしない。軍人とは限られた権限の内で最良を求めるよりない代物で、許された返答は「はい」のひと言ばかりなのだから。
 せめて皆無事であれと祈るよりないか。
 感慨を振り切り、陽動部隊への指示を重ねるソーニャ。
 そして。
『ようやく愚神のお出ましだ』
 時は来たる。


「愚神の歯ぁ抜けた!?」
 副操縦席のマシーネンカバリエに続き、マルチナがマイクに向けて叫んだ。
「愚神出現! データどおり、でっかい口しとぉでぇ! 今、右下の犬歯んとこ一本抜けて穴空いとぉし、そっから中に突っ込めぇ!」

 ライヴスロケットに火が入り、機体の振動は大地震級に高まった。
「この期に及んで最新の映像資料はなしか」
 スマホ――当然電波は切られている――に記録させていた過去の記録映像を確かめ、央が床の穴へ身を滑り込ませた。
『口に出せば舌を?みそうだ』
 穴の縁を掴んで身を支える仙寿が内で漏らし。
『あ〜れ〜』
『目をつぶって黙ってろ』
 振動と急加速に目を回す巴へ内で返したレオンが仙寿同様、縁に両手をかけて踏ん張った。
『誤差修正、照準セット』
『射出用意――ゴーゴー!!』
 マシーネンカバリエとマルチナが言い終えた直後、“薬室”に収まった央が、次いで跳び降りた仙寿が、最後にレオンがかき消える。
 高度千五百メートルまで突っ込んでいた輸送機が機首を起こして飛び去る頃にはもう、三組のエージェントは愚神の抜け落ちた犬歯の穴をくぐり終えていた。

 ここで時間を二秒ばかり巻き戻す。
『――ここまでサイズ差があると、さすがにどうしていいかわからないわね』
 空を一文字に裂いて飛ぶ央の内、マイヤが思わずつぶやいた。
 秒速二千三百八十メートルで迫ってなお、射出の瞬間から印象を変えられぬほど、一国をにじる愚神は巨大だったから。
『図体だけならレガトゥス級より上か。しかし、ライヴスがほとんど感じられないのはおかしくないか?』
 ライヴスゴーグル越し、愚神の表面を視線で探っていた央が眉をひそめた。見かけどおりに愚神の体内は広大だろうが、それよりもこの不可思議な有り様のほうが気にかかる。。
『ソーニャが言ってたみたいに、外殻って可能性もあるね』
 目をすがめて愚神を見据えるあけびに仙寿が内でうなずき。
『少なくとも、刃が届く相手であってほしいところだ』
 風詠みのゴーグル越し、千メートルを隔てた地上に巴がなにかを見つけて『あ』。
『白い狼? なんだろう?』
『遠すぎてわからんが、あれが愚神の犬歯なのか』
 と、通信機から下方の誰かの報告が飛び出してくる。
 ――ライヴス強度からトリブヌス級愚神と推定!
 それを聞いた巴はふと。
『内に入ったら注意だね。人と同じ本数歯が生えてたら三十二本あるってことだから』
『残り三十一本分ってことか。せめて一斉に襲われないことを祈ろう』
 レオンは重いため息をついた。


『強行偵察部隊、愚神内に進入確認! うちは高高度から戦闘データの収集と集積するで』
 マルチナからの報告に、ソーニャは握りかけた拳を押しとどめ、小さく息をつく。三組とも、まずは深淵に墜ちることなくたどりついてくれた。
 現状、通信回線は開いたまま保っているが、三組からの報告どころか、ライヴス反応すらも途絶えている。
 どうやら仮説は正しかったか。
 まず、強力なドロップゾーン内ではライヴス通信機を始め、あらゆる電波が遮断される場合が多い。
 そして愚神のライヴス強度は、上位とはいえレガトゥスの内に収まっている。ならばあの圧倒的巨体はなにか? ソーニャは、外殻状に展開されたドロップゾーンであるとの仮説を打ち出していた。核含む本体をドロップゾーンの肉で包んでいるイメージである。
 もしこの仮説が実証されるならば、次なるお題は空間に過ぎないドロップゾーンをどのように“受肉”しているかとなるが……ともあれああして口がある以上、本体へ続く路はあるはずだ。
 考えるのはそこを辿り、帰ってくる強行偵察部隊の報告を受けてからだ。
 迫間殿と日暮殿は歴戦のシャドウルーカー、葛城衛生兵は粘り強く判断力に優れたバトルメディック。適当に任務を果たしてくれることはまちがいない。
「しかし待つ身がこれほど辛いものとは、な」
 貨物室であけびが漏らした言葉をなぞっていることに、ソーニャが気づくことはなかった。


 ジェットパックの逆噴射で強引に減速し、愚神の口中へ跳び込んだ三組は、なだらかな下りの一本道を辿って空洞を奥へ。
 潜伏移動で二十メートル先行していた央が大きく掲げたハンドサインで仙寿へクリアを告げ、呼ぶ。
 同じくハンドサインでレオンを促した仙寿が、いつ何時襲撃に合おうとレオンを護れるよう左斜め後ろについて五感を澄ませた。
『なんにもないね』
 内のあけびのささやきで気づく。愚神の体内でありながら、ここにはその生命活動を示すにおいや鳴動、現象がなにひとつ感じられなかった。
『歯はあるけど歯茎はない。舌も血管も分泌液も、なにもない』
 念のため新型迷彩マントで身を隠したレオンの内で、巴が首を傾げる。
 衛生兵の規準を大きく上回る巴だからこその疑問ではあったが、だからこそ愚神の異様さを他のふたりより強く感じてもいる。
『脳とか下垂体とかに行き着くなら背骨に出るしかないかなって、思ってたんだけど』
『そもそも背骨があるのかどうか……しかし、なんのにおいもしないのは残念だ』
 レオンは仙寿に触れ、アルファベットを置き換えたリズムで巴と自分の見解をローマ字信号で伝えた。
 通信機が使えないのはすでに確認済みだが、余計な音を立てて愚神の注意を引くのは避けたいところだ。
『本当にドロップゾーンなのかしら?』
 警戒を続けるマイヤが眉をひそめて央へささやいた。
『経験則と言ってしまえばそれまでだけどな。でも、ここがドロップゾーン内ってことはマイヤも同じ意見だったろう?』
『それはそうなのだけれど、薄いのよ』
 言われた央が足元へ意識を集中させ、踏み下ろした。忍ばせていたときには気づかなかったが、確かにその弾力は分厚い肉ならぬ薄板さながらの頼りなさである。
 どうした?
 レオンを護衛し、追いついてきた仙寿の信号に、央は言葉で応えた。
「しゃべるくらいじゃ反応しない。どうやらこの場所は本体と繋がっていない、ハリボテの隙間らしいからな」
『ハリボテ?』
 あけびの問いに、なにかを確かめながら着いてきたレオンが応えた。
「央さんの言うとおり、僕たちを包んでいるこれは肉ではなく、板状のドロップゾーンなのではないかと巴は言っています。現状で確認はできませんが、ミルフィーユ状の階層構造になっている可能性もあると」
 ごうん。レオンの言葉をさらうように空間が揺らいだ。
「愚神が活動を開始したのか?」
『ちがう。これって多分、沸いた音だよ』
 疑問を発した仙寿があけびの言葉に守護刀「小烏丸」を抜き放つ。
 ドロップゾーンの特性として、外世界とは比べものにならぬほどの従魔が出現することが挙げられる。たとえハリボテでも、ここがドロップゾーンの内ならば必然、その特性は発揮されるはずだ。
「走るぞ。この“口”の果てになにがあるかだけでも確認して帰らなきゃ、もらってもないのに給料泥棒だと責められるぞ」
 そして駆け出した央の後ろにつくレオン。
「いちばんの問題は距離になりそうですね」
 ここから穴の最奥まで何キロあることか。ゾーン内のどこからでも沸き出してくるだろう従魔と追いかけっこをしながら進み、帰ってくるのは実に骨の折れるミッションである。
『従魔だけじゃなくてほかの愚神も出てくる可能性、あるよね』
 殿についた仙寿と共に、近づいてくる邪なライヴスの鳴動を背で感じたあけびが厳しい目を巡らせて語った。
「眼前を塞がれるなら、斬り拓いて護るだけだ。仲間と――あけびの一歩の先を」
 言い切った仙寿に一瞬目を見開いたあけびだったが、すぐに決意を笑みに変え、うなずいた。
『じゃあ私は仙寿様の一歩先を護る。この守護刀にかけて、絶対!』


 陽動部隊は新たに現われたトリブヌス級愚神との戦闘ですり減らされつつある。
 地形図に反映された兵らのライヴス反応が消えゆく様に、ソーニャは眼帯で塞がれた右眼を歪め。
 こちらの数が百ではなく千であったなら!
 吐き捨てかけた悪態を飲み下し、戦い続ける者たちへ連結指示を送った。
 ロジスティクス担当者が義勇兵の動員を却下した理由はわかる。戦闘経験の薄い義勇兵は果敢に戦場へ突撃し、華々しく散るからだ。その勇ましさが美談と語られるには、誰の目にも知れるだけの勝利が必要となる。が、この前哨戦における勝利条件はその規準を満たすものではない。結果、カルハリニャタン奪還の本戦は、人道と感傷を練り込んだ美しき世論によって潰されるわけだ。
 それを避けるために義勇兵を後方支援へ回したとて、戦場の現実を思い知った彼らが戦意を保てる保証もない。
 今はとにかく数が欲しかった。しかし、その数を使い切れるだけの策もないのだ。
 ソーニャは胃の底を炙られる思いで指揮を続け、心を決める。
 本戦においては強行偵察同様、少数精鋭による電撃戦を採るよりあるまい。そのためにも、愚神内へ踏み入った強行偵察部隊の成果が不可欠だ。
「頼むぞ――!」
 祈りを込めて、ただひと言を紡ぐ。


 見つかったわけではない。
 ただ身を隠す場がないまま、そこかしこから従魔が沸き出してきただけだ。
「本体はまだ動き出していない」
「なら簡単な話だ――進む!」
 合わせていた互いの背を肩で蹴り、左右へ分かれた央と仙寿が四つ足の体に口ばかりを備えた従魔の群れへ跳んだ。
『万象は形(かた)あれどその形すべからく仮初なり。ゆえにこそ仮初は形を成し、万象が一とならん――』
 句によって精神を研ぎ澄ませたあけびが印を切ったと同時、仙寿の掌より舞い上がった桜の花影が従魔どもへまとわりつき、かき乱した。
『目は見えないようだけど、感じられるかしら?』
 先に走らせた分身と共に天叢雲剣をはしらせた央の内、マイヤが冷めた笑みを見せれば、刃から漏れ出した“雲”が両断を免れた従魔を包み、五感を塞ぐ。
 他愛もなく崩れる敵の先陣だったが、後ろから詰め寄せる従魔どもは同胞を噛み裂き、突き飛ばし、踏みにじり、仙寿と央へ殺到した。
『さっし〜君と仙くんのピンチ!』
「言いたいことはわかったから暴れるな!」
 内から巴に揺さぶられながら、レオンがアルス・ノトリアを開いて光図を飛ばす。
 果たして図が先頭の従魔を捕らえて爆ぜた、その次の瞬間。
 激突に備えて足を踏ん張ったはずの央と仙寿の姿は消えていた。
「こっちだ」
 従魔群の横合へすべり込んでいた央が、鯉口を切った際の、刃と鞘のこすれる固い音をあえて高く響かせて従魔の目を引きつけ、EMスカバードから一気に刃を抜き打った。
 ギギッ! 首を飛ばされた従魔が歯をきしらせる。しかしその音こそは他の従魔にとって聞き逃してはならぬはずの音を遮るノイズであり、央の意図を汲んだ彼にとっての福音となる。
「しぃっ!」
 裏を取っていた仙寿が、無防備な従魔の後頭部から口へ刃を押し通し、蹴りつけながら引き抜いた刃を薙がせてさらに一匹を屠った。
 挟撃を受ける形となった従魔群はどちらへも対応しきれず、さらにはレオンの書の攻撃に巻かれてうろたえる内に斃れ伏していった。

「あの数が相手だとさすがに大変ですね」
 駆けながらレオンがケアレイを唱え、央と仙寿を癒やす。
 言葉こそ軽く装ってみせたが、ふたりの傷はかなり深い。いくらH.O.P.E.に名高い回避特化のシャドウルーカーふたりでも、広さを限定された空間の内、上下左右から染み出してくる従魔のただ中で立ち回りを強いられたのだ。かわしきれるはずがない。
 そしてそれは、援護とカバーに回ったレオンも同じ。
「さあ、これでもう少し先まで行けるでしょう。できれば囲まれるのはもうおしまいにしたいところですけどね」
 従魔の口にかじりとられた肉をネメアの軽鎧の影に隠し、レオンは笑んだ。
『生命特性で助かったね』
 痛みにしかんだ眉根を指で押し上げ、巴が息をつく。
『ここからは断固としておまえの意志より安全を優先するからな』
 内でこっそり言い返すレオン。誰かのためにと暴走しがちな巴のストッパーを務め、その生存を最優先するのが彼の使命であるのだが、状況と巴の思いが彼に思わぬ行動を取らせてしまっていた。
『それはどうかな〜?』
 巴の言葉を完全無視、レオンは唇を引き結んで周囲の警戒へ加わる。


「女神はんから連絡や。拙者たちの世話は問題なし。で、誰ぞが乗れるコクピット型の依代送ってくれるそうやで」
 マシーネンカバリエが特製の鉱石ラジオからの音声をマルチナへ伝言した。
「一方通行の連絡はいかんわぁ。交渉の余地っちゅうんがないやんけ」
 ぶすくれるマルチナだが、その実十二分にわきまえている。彼女とマシーネンカバリエ、そして亡命政府代表だけが知る極秘計画の中軸を担う“女神”は、これ以上の交渉を受け入れる気がないのだと。
「落としどころやんな。拙者たちのおとんとの盟約と、本来の立場っちゅうのんの」
 そう返したマシーネンカバリエは同時に、口にできない疑問を胸中で唱えていた。
 カルハリはただのニンゲンやろ。なにをどうして女神はんと盟約なんぞ結べたんや?


 従魔を退けながら内へ進むにつれ、愚神の体内――ドロップゾーンの特性が明らかとなっていく。
 もっともたるものは、予想どおり、薄皮――幅はそれなりにあるが、やけに安普請の――状のドロップゾーンを幾重にも重ねることでこの巨体が保たれていること。これは皮と皮の間に通路の切れ目があることで知れた。
『どうやってドロップゾーン制御してるんだろうね?』
 仙寿の代わり、あけびに応えたのはマイヤ。
『中に行くほどドロップゾーンの膜も縮小していくはずだから、進んで行けばわかるかもしれないわね』
「!?」
 央が手で一行を止めた。
 かくて他の二組も気づく。
 自分たちが今までよりも広い、なにもない亀裂へ飛び出そうとしていたことに。
「念のためにマーカーを打っておこう。帰りに越えそこなえば、どこまで落とされるかわからない」
 央が蛍光塗料を詰めたペイント弾を指で弾き飛ばし、穴の縁に目印をつけた。
「央、先陣を替わる。あけびの目を前に置きたい」
 仙寿の申し出は、忍であるあけびに前方の監視を任せ、いざというときのフォローを心強い先達に任せる布陣である。
『二十七。これってもしかして……』
 考え込む巴にレオンは声をかけようとして、やめた。考えがまとまれば自分から告げてくるはずだ。それまで邪魔はしないほうがいいだろう。
『前の穴から従魔が十! 数はどうせ増えるだろうけど』
 あけびの警告が飛び、三組は強行突破すべく裂け目を一気に跳び越えた。


 ソーニャの命令を聞かず、六十秒を過ぎても兵らは戦い続け、死んでいった。
 いったいなにがどうなっている!?
 募る苛立ちを抑え、ソーニャは粘り強く指揮を続ける。
 死すよりも生きるがために戦え!
 届かぬ思いを込め、必死で――


『多分だけど、中心に着くよ』
 なにかをカウントしていた巴がレオンに告げる。
「中心に着くと巴が言っています」
 そのまま他の二組へ伝えれば、央と仙寿もまたわかっていた顔でうなずいた。
「ライヴスの動きはないが」
「気配が変わった」
 かくて踏み出せば洞窟の行き止まり、球状の空間へ踏み込んだことに気づく。
『それでも百メートルはありそうですけど』
『床と言っていいのかわからないけど、踏み応えもちがう』
 あけびが夜目を生かして空間の直径を測り、マイヤが足裏に返る感触を確かめた。
 央は攻防どちらにも即応できるよう天叢雲剣を正眼に構え、仙寿は鯉口を切った小烏丸の柄に右手を置き、開いたままの書を携えたレオンを守ってさらに歩を進めていく。一、二、三、四、五……その歩みが五十を数えたころ。
 闇の内に、ふと光が染み出した。
 球の中心に浮かぶ燐光、それは。
『……人?』
 あけびに言われて目をこらす一行。
 果たしてそれは、見も知らぬ偉丈夫であった。
 足を下にし、直立不動を保ってはいたが、その目は静かに閉ざされ、豪奢な衣に包まれた胸上で組んだ両手はかすかにも動かない。
「ライヴス反応がある。反応パターン、ミーレス級愚神――」
 央がとっさにゴーグルを投げ捨てた。
 パギリ! 床に転がったゴーグルが跳ね、ガラス部分が割れ砕けて散る。
『ライヴスの急速活性化――あれはミーレス級なんかじゃない!』
 マイヤの言葉を噛みちぎるようにガチガチガチガチ……甲高く、それでいて魂を突き上げるように太い音が空間を揺るがせた。
『これ、あの人のこと起こそうとしてる!』
 あけびの警告に、三組は駆け出した。偉丈夫に背を向け、元来た路を外へ、外へ、外へ。
 ――我が王国侵す者、何人たりとも赦すまじ。
 それは声音ならぬライヴスのささやき。しかし圧倒的な厚みと重さを備え、雷轟さながらに三組を打ちのめし、その足を押しつける。
「重力です! 押しつけられてしまう前に脱出を!」
 レオンの言葉を受け、三組は背負ったままでいたライヴスバックパックに点火、重力を振り切っての短距離ジャンプ。
 しかし行く手には無数の従魔がひしめき、彼らに噛みつかんと歯を噛み鳴らしていた。
「させん!」
 Red string of fateで繋いだ“椿の短剣”を投じ、先頭の従魔を突き通すと同時、央はバーニアの加速に乗って跳躍し、前を塞ぎにかかった従魔を跳び越えざま、繚乱の花弁を吹きつけた。
 翻弄される従魔のただ中へ跳び込んだ仙寿が小烏丸を閃かせ、さらに短剣を天井へ放って。
「央!」
 糸の標を伝い、央が敵の裏を突いた。突き出された歯をターンでかわし、代わりに刃を喰らわせ、従魔の首をはねる。
「二十五秒でバックパックを交換する! 足が止まれば最後だ。タイミングをまちがえるなよ!」
 仲間に言い放つ央の内、マイヤは後ろを振り向いた。
『あの男、ワタシたちを“国を侵す者”と言ったわ。だとすれば――』
 一方あけびもまた、仙寿の内で首を傾げていた。
『――だとしたら、あの人ってカルハリニャタンと関係ある人?』


「強行偵察部隊三組のライヴス反応復活や! 来るでぇ!」
 マシーネンカバリエの報告に続き、こちらも復活した通信機からレオンの声が飛び出した。
『巴からの要請です! 愚神の上の歯――できるだけ右奥の歯を破壊してください!』
「意味わからんけどわかったわ! って、こちとら豆鉄砲しかあれへん!!」
 とはいえ輸送機の武装は二十ミリバルカン砲二門。愚神にダメージを与えることはまず不可能だ。
「レールガンあるやんけ! なんかちぎってぶっ飛ばしたったらどうや!?」
 マシーネンカバリエの思いつきにサムズアップ、マルチナは砲撃と偵察部隊とのランデヴーのため、機首を愚神へと向けた。
「っしゃ! いらんもん全部いったれぇ!」
 マシーネンカバリエが貨物室へ走り、内装をちぎっては穴へ落としていく。
 即席の砲弾はそのほとんどが愚神の表皮に触れることもできず深淵へ飲まれたが、内のひとつが愚神の上唇に当たって隙間をこじ開け、続くもう一発が右の第二小臼歯をへし折った。――バギン。


 ドロップゾーンが崩れる。正確には、三十二枚重ねのドロップゾーン、その外から四枚めが割れ砕けたのだ。
『やっぱりそうだったね!』
 巴が口の端を吊り上げる。
 彼女が立てた、三十二枚のドロップゾーンは“ユニバーサルシステム”に対応し、固定されているとの仮説がここに証明されたのである。
 ユニバーサルシステムとはアメリカの歯科で用いられるもので、一から三十二までの番号で歯を表わす。先に抜け落ちた右下犬歯は二十七番であり、ゆえに二十七枚めのドロップゾーンは空白化していた。
 そして今、右上第二小臼歯――四番が損なわれたことで、執拗に三組を追ってきた従魔は奈落の底へ消えたわけだ。
『報告しなきゃいけないこと、いろいろありますね』
 あけびにうなずいたマイヤがすがめた目を差し込んでくる光へ向け。
『次は光の下で戦えるかしらね――』


「貨物室には聞こえとらんよ」
 マシーネンカバリエに支えられ、剥き出しの床に座すソーニャへマルチナが言う。
「いろいろ言いたいこともあるが、言わぬ。先に聞いていればここまで戦い抜けなかったであろうしな」
 ソーニャは平らかに返した。指揮官の非情に徹しきれぬは小官の咎。貴公らを責められるはずはない。
「これも言うてなかったんやけどな。実は愚神討伐用の極秘作戦が進行中や。デグチはんもうちも英雄のみんなも、命賭けるやつや」
「なぜ今になって言う?」
 マルチナは皮肉な笑みを浮かべ。
「覚悟、できたやろ?」
 否定せずにマルチナから視線を外し、ソーニャは残された左眼を前に据える。
「今は祖国を返り見たりせぬよ。父なるカルハリ――いや、祖国躙りし愚神と対峙するまでに飢え、餓えておかねばならぬからな」
 骸は充分な数積み上がり、敵へ続くきざはしとなった。
 あとは志を鋼に据え、敵を撃ち果たすのみだ。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ソーニャ・デグチャレフ(aa4829) / 女性 / 13歳 / 決魂】
【マルチナ・マンチコフ(aa5406) / 女性 / 15歳 / 隠魂】
【マシーネンカバリエ(aa5406hero001) / ? / 20歳 / 黙魂】
【迫間 央(aa1445) / 男性 / 25歳 / 尽刃】
【マイヤ サーア(aa1445hero001) / 女性 / 26歳 / 刃支】
【日暮仙寿(aa4519) / 男性 / 18歳 / 先刃】
【不知火あけび(aa4519hero001) / 女性 / 19歳 / 先見】
【葛城 巴(aa4976) / 女性 / 25歳 / 唯愛】
【レオン(aa4976hero001) / 男性 / 15歳 / 護救】
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2018年08月06日

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