▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『貴方の時間を私にください 』
不知火あけびjc1857)&不知火藤忠jc2194

●時計
「こんにちはー!」
 からんころん。軽快に鈴が鳴る。藤色の髪を揺らし、不知火あけび(jc1857)はある骨董品屋に足を踏み入れた。黒い木目の柱や床。漆喰の壁。中央のショーケースと、木製のカウンター。店そのものが骨董品のようだ。ハイカラな服装の不知火(旧姓:御子神) 凛月(jz0373)は、義妹を微笑みで出迎える。
「あら、いらっしゃい。どうしたの?」
「この時期はもうレポートばっかりで疲れちゃって……遊びに来ました!」
 あけびはからっと笑う。彼女は経営学部に進んだ。不知火家の新たな在り方を求めて、彼女は平和の裡に戦い始めたのである。凛月はブローチを筆で手入れしながら、ショーケースへ眼をやる。
「どうせなら何かプレゼントしてあげたらどう? 暮れる日さんに」
「仙寿様に……そうですね! 仙寿様、最近何だか細工物に興味があるらしくて、自分で透かし彫りのランプとか作ってるんです」
「随分と器用なのね」
 作務衣の日暮仙寿之介(ゲストNPC)を想像すると、これが妙にハマっている。思わず凛月はくすりと笑ってしまった。
「はい。だから、こういうのプレゼントしたら、きっと喜んでくれるかなぁ、なんて……」
 あけびはそう言って、錦の小さな座布団に乗せられている金の懐中時計を指差した。蓋には鶴の紋様が刻まれている。ルーペを手に取りながらあけびを一瞥した凛月は、さらにくすくす笑いを強くした。
「あらあら。……あけびったら、暮れる日に随分と首ったけみたいね」
「え? どういうことですか?」
「時計の贈り物にはね、“あなたの時間までも独り占めにしたい”って意味があるのよ」
「ふえっ!?」
 あけびは頬を真っ赤にした。
「た、たしかに! もっと仙寿様とは中々会えないけど、それってむしろ私が忙しくて話す暇がないだけで、むしろ私の時間を独り占めさせてあげられなくて申し訳ないというか……」
「ふふっ」
 他の商品に目を泳がせ、わたわたするあけび。その意味合いはさておいても、金細工の懐中時計を見つめる恋人の絵を見たいと思ったのは事実だ。あけびは火照る頬に手を当てつつ、改めて懐中時計を見つめる。
「……ん? あれ、桁って、これであってます?」
 しかし値札には無慈悲な六桁の数字。あけびは声を震わせ尋ねた。凛月は肩を竦める。
「有名な金細工師の作品よ。妹だからって、それはまけられないわね」
 あけびはしばらく黙り込む。だが、最後にはきりっと眦を締め、胸をどんと叩くのだった。
「いいですとも! サムライガール不知火あけび! 耳を揃えて支払ってみせます!」

 数時間後、依頼掲示板の前であけびは途方に暮れていた。
「とは言ったものの……」
 表向き平和になった世界でも、久遠ヶ原学園の仕事はある。野良ディアボロやサーバントの討伐、共存否定派の三族が起こす事件の対処などだ。世界を危機に晒すような事件はないが、片手間でこなせる仕事も多くない。レポートの事を考えると、怪我などしてはいられないのがネックだった。
「ん……?」
 眼を皿のようにしていると、あけびは隅っこに一枚の張り紙を見つけた。
――急募! 依頼斡旋所の受付業務担当!――
 あけびは掲示板のガラスを伝うと、しゃがみ込んでその張り紙をしばらく眺めていた。

●指輪
「そういえば、凛月の付けている指輪、前とは違うようだが」
 その頃、大学部のテラスでイチゴフローズンを啜っていた仙寿之介。目の前の不知火藤忠(jc2194)にふと尋ねると、藤忠は彼に自らの左手を差し出した。その薬指には白金の指輪が輝いている。
「あいつが前につけていたのは婚約指輪だ。で、今俺達が付けているのは結婚指輪。婚約と結婚は別々の誓いだからな、指輪もまた別になるんだよ。そういうのは無かったか」
「誓いも何も……俺が生まれた世界では、結婚相手は戦功の報酬として上位の天使から与えられるものだったからな」
「与えられる……」
 藤忠は一瞬眉を寄せる。アイスティーを飲みながら、彼はこれまでをちらと思い出した。
「まあ、人間界でも似たような事はあるか。政略結婚だったり、そうでなくても上司の勧めで見合いしたり。『うち』もそうだったしな」
 そこまで言うと、藤忠は眉を開く。丸テーブルに身を乗り出し、彼は仙寿之介に尋ねた。
「で、お前はどうするんだ。指輪」
「そうだな。実際の婚儀を何時にするかはともかく、婚姻の約定は早いうちに取り付けておくに越したことはないか」
 乗り気な仙寿之介。それを見た藤忠は、ふっと笑って立ち上がる。
「なら、今のうちに稼いでおかないとな。婚約指輪は月給の三か月分が相場だ」

「あ、仙寿様! 姫叔父!」
「あけび……? こんなところで何をしている?」
 そんなわけで藤忠に連れられ依頼斡旋所に向かった仙寿之介。そこにはあけびがいた。スーツを着た彼女はにっこりと笑う。
「アルバイトだよ! 今はちょっと依頼には行けないから、その代わりにね」
「そうか。……無茶はしてないようで、何より」
 仙寿之介は咳払いする。そうしないと声が弾んで弾んで仕方がない。そんな親友を見てニヤリとしつつ、藤忠はあけびに尋ねる。
「戦闘依頼はないか? さっと、一日二日で行って帰って来られるようなヤツだ」
「じゃあね、こんなのはどうかな? 駆け出しの人も多いし、お目付け役みたいな感じで!」
 藤忠はあけびから手渡された書面に目を走らせる。野良ディアボロの討伐。そう難しいものでもなさそうだ。仙寿之介も横から身を乗り出してくる。
「ディアボロ討伐か……普段は要人護衛ばかりだからな。それよりは気楽か」
「じゃあ、決まりだな」

――依頼当日――
「剣を力ずくで握るな。そんな握り方ではどんな名剣も鈍らになるぞ」
 刀を片手に、仙寿之介は駆け出しの撃退士に向けて言い放つ。そのまま、彼は自ら敵の懐に踏み込んだ。
「剣は刹那刹那に気を払え。刃の触れるか触れぬかという時に……手の内を一気に締めろ」
 言い放ち、仙寿之介は渾身の袈裟切りを見舞った。狼型のディアボロはその一刀の下に崩れ落ちる。その鮮やかな太刀捌きに、撃退士達は拍手するしかなかった。薙刀を担いだ藤忠は、遠目に彼を見て肩を竦める。
「ノリノリだな……ったく」

――依頼後――
「とまあ、こいつが美味しいところを掻っ攫って終わりだ」
 藤忠はあけびに向かってかくかくしかじかを話す。あけびは我が事のようにその言葉を喜ぶ。
「仙寿様は私の御師匠様だもんね! みんなもきっと何か掴めた筈だよ!」
「だといいがな。……あけび、何か新しい依頼は入っていないか?」
「は?」
 仙寿之介の言葉に、思わず藤忠はずっこけそうになる。依頼から帰って来たばかりだというのに。どういう風の吹き回しなのか。
「うん! あるよ、たくさん!」
 あけびは呑気に依頼状を差し出してくる。仙寿之介は両手にとって次々目を通す。
「少し入り用になったからな。それに……」
 ここでアルバイトをしているという事は、ここに来ればあけびに逢える。そんな事を考えた自分がほんの少し女々しく感じられて、口には出せなかった。
「仙寿様も? 私もなんだー。大学生になったら何かと必要経費がね……だって指定のテキストが9千円だよ? 9千円! 高い!」
 そんな仙寿之介の心模様には気付かず、あけびは早口でまくし立てる。話し足りない分をここで賄おうとでもいうかのように。
「だから、これからオペレーターもやってみる予定なんだ。私なら出来るよ、だって!」
「どの任務だ」
 仙寿之介は食い気味に尋ねる。あけびは仙寿之介から用紙を受け取ると、一つ選び出す。
「えーと……とりあえずこれだよ!」
「よしこれにしよう。日時は……だな。うむ。宜しく頼むぞ」
 それを横で見ていた藤忠は思わず溜め息を吐く。
「お前なぁ……」

――多分十日くらいあと――
『敵影確認! 気を付けて!』
 藪の深い山地。通信機からあけびの声が聞こえる。仙寿之介と藤忠は、銘々得物を構えて周囲を見渡す。茂みが揺れたかと思うと、サーバントが次々飛び出してくる。二人は目配せすると、踊るような動作で次々サーバントを斬って捨てていく。命を削るような戦いを切り抜けた二人にとって、それらなどものの数ではなかった。
「……やったぞ」
 消滅するサーバントの群れ。二人が武器を担ぐと、通信機から再びあけびの声。
『お疲れ様! 周囲に敵はいないみたいだよ!』
「そうか。じゃあこっちは任せとけ」
 藤忠は欠伸しながら応えると、通信機の電源を切る。げんなりと肩を落とし、彼は尋ねた。
「なあ、寂しいんじゃないか?」
「む?」
「数えてみろよ。今日までで一体幾つの任務に出た? ……流石に俺も疲れたぞ」
 仙寿之介に藤忠は小言を言う。最初こそ親友を応援しようと自分から誘ったものの、そこからはあけびがオペレーターを務める任務を選んで入れ食いのように参加している。付き合わされる藤忠は堪ったものではなかった。
「それは――」
「ようし、当ててやろう。一つ目は簡単だ。斡旋所に行けばあけびと話せる。二つ目も簡単だ。指輪を買う為の報酬が欲しい。三つ目は……そうだな。気立ての良い美少女のあけびに悪い虫がつかないか心配、というところか?」
 一つ目、二つ目と澄まし顔で聞いていた仙寿之介だったが、三つ目を聞いた瞬間に背中の翼が毛羽立った。藤忠は肩を竦めて歩き出す。
「やっぱりな。依頼で憂さ晴らししてんだろ、お前……」
「そんなことはない」
「子どもか」
 やたらと突っ張る仙寿之介。普段の余裕はどこへやら。
「まあいい。後は要救助者の無事を確かめて終わりだ。これが終わったらとりあえず休むぞ。俺はお前が何と言おうと休むからな」
 藤忠は背筋を丸めて呟く。凛月越しに、妹分がやたらバイトに励む理由は聞いていた。互いのプレゼントの為に互いに時間を削るとは、オー・ヘンリーもびっくりだ。
「……しかし、何故今回の依頼人はこのようなところに住んでいたのだろうな」
「ん? 依頼人はここで金細工師として工房をやってるとか聞いたが」
「金細工師……」
 仙寿之介ははたと足を止める。その顔を覗き込み、藤忠はただただ目を瞬かせるばかりだった。

――さらに翌日――
「あー、難しい……」
 あけびはぼそぼそと独り言を呟きながらパソコンに向かう。レポートが中々纏まらないのだ。これが終われば晴れて夏休みだというのに。暮れる日との素敵な日々が待っているというのに。
 ふと、あけびは机の小引き出しを開けて通帳を取り出す。開いて預金残高を指でなぞると、決心したように唇を結ぶ。
「よし、やるぞ」
 彼女は一人で意気込むと、レポートをやっつけに掛かるのだった。

●心
「仙寿様!」
 久遠ヶ原学園のとあるバルコニー。西日が美しいその場所で、あけびは仙寿之介を迎えていた。仙寿之介は着物の懐に片手を差し入れたまま、彼女へ歩み寄る。
「今日で最後のレポートを提出し終えたらしいな。お疲れ様、というところか」
「ありがとう! 今まで会う時間取れなくて寂しかったけど、今日からはもう仙寿様との時間取り放題だから! ……だから、ね」
 あけびはしおらしい顔をすると、手に提げていたポシェットから小箱を取り出し、開く。
「これを受け取ってよ、アディーエ」
 暮れる日の光を受けて、金細工の鶴は美しく輝く。それを手に取って開くと、時計がコツコツと二人の為の時を刻んでいた。仙寿之介は微笑むと、懐に入れていた手を差し出した。
「……全く奇遇だな。俺も、渡したいものがあった」
 彼も小箱を取り出すと、あけびに向かって開く。白金の地金に、桜の模様が細かく刻みつけられた美しいソリティアリング。中心には深紅のルビーが輝いている。
「依頼で細工師に会ってな。……彼と共に手ずから作った」
 突然の事に、あけびは眼を白黒させている。
「今すぐでなくても構わない。時が来たら、使徒ではなく、人として、永く俺のものになってほしい。……と、言うのだったか」
 たどたどしいプロポーズ。だからこそ、彼の言葉は本物となって、あけびの胸を捉えた。
「……ありがとう。いま私、とっても幸せだよ」
 二人は静かに身を寄せ合う。世界も時も、今は彼女達だけのものだった。



「そう。二人に振り回されて大変だったわね」
「堪ったもんじゃない。ここからはもっと計画的に恋愛して欲しいもんだ。焦る必要はないんだからな……」

 To be continued…





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

不知火あけび(jc1857)
不知火藤忠(jc2194)
御子神 凛月(jz0373)
日暮仙寿之介(ゲストNPC)


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
どうも、影絵 企我です。この度は発注いただきありがとうございました。
掛かってこい! との事なのでまたまたさっくりとお二人の恋愛模様とそれを影に日向に後押しする兄夫婦を書かせて頂きました。かなり踏み込んだように書いてしまいましたが、大丈夫ですかね……? 今回は明確に結婚前なので、仙寿之介さんの苗字も固定です。
あと、向こうの仙寿さんがお菓子作りに凝り性との事だったので、こちらの仙寿之介さんは細工物とかに凝ってそう……と勝手に考えて今回のストーリーラインを組ませて頂きました。問題がありましたらリテイクをお願いします……

ではまた、御縁がありましたら。


パーティノベル この商品を注文する
影絵 企我 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年08月20日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.