▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『桜の先 』
日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001

 あいつの様子がおかしい。
 日暮仙寿は契約英雄たる不知火あけび、その今朝からの様子を思い描き、あらためて「うん、おかしい」と視線を傾けた。
 もちろんその視線の先にはあけびがいて、焦りながら顔を逸らしているのが丸見え。
 おまえ、忍の業はどこ行ったんだよ。それじゃそのへんの女子大生とかとかわんねーだろ。
 ――そのへんの女子大生!?
 他愛のないワードに、思わず心臓がびくーっと跳ねる。
 なにうろたえてんだよ俺! あいつの歳考えたら女子大生だろ!
 と、ここで思考がぶつ切れ、ハングアップ。
 だめだ、なんで俺がおかしくなってんのか、ぜんぜんわかんねー!

 仙寿様の様子がおかしい!
 不知火あけびは契約主たる日暮仙寿、その今朝からの様子を思い描き、あらためて「うんうん、おかしすぎるでしょ」と視線を傾けた。
 もちろんその視線の先には仙寿がいて、なんとも据わりの悪い浮ついた目を向けてきていて。
 仙寿様、剣士の菩薩眼はどうなってるわけ!? そんなんじゃ剣道部の高校生とかとかわんないよ!
 ――そのへんの高校生っ!?
 他愛のないワードが、あけびの胸をぷすーっと貫いた。
 思わず、小倉袴に角帯を締め、絣の小袖の衿元からはシャツの立襟がのぞく……いわゆる書生スタイルの仙寿を浮かべ、自分と並べてみたりして。
 うーん、これはあり! じゃなくてちがうから! おかしいおかしい、私、おかしい!

 互いに自分がおかしいことを自覚しながら、互いへ自分がおかしくないことをアピールしたくて、居間のテーブルを挟んで向かい合った。
「その、あの日から、ずっと考えてた」
「なにをっ!?」
「いや、おまえの師匠に、ふたりがかりでも届かなかったことだよ」
 八重桜の路で対峙した、あけびの師匠。
 あけびはなつかしくて、うれしくて。でも、師匠は仙寿の才が咲くほどのものかを問うてきて。今考えれば、どうしてあけびにそれを問うたものかも、自分が「答える」と断言したのかも知れないが……仙寿と共鳴して挑んで、敗れた。
「まさか肘打を使われるとはな」
 古流剣術には肘打ちや蹴りの型がある。それを知りながら、相手が剣士であることに捕らわれすぎて警戒を怠った。
「気づけなかったのは俺のミスだ。すまない」
 ……これなら普通に話ができるな。
 内心でそんなことを思いながら、仙寿は頭を下げた。
「ううん。お師匠様のこと知ってる私が気づかなきゃいけなかったのに。ごめんなさい」
 実際、忍の業を生かすべく古流の剣を取り入れた形で技を教えてくれたのは師匠だ。それを考えられずに術中へはまってしまったのは自分のせい。
 ……これなら普通に話せるね。
 あけびもまた胸中で息をつく。
「俺たちはまっとうな剣にこだわりすぎてるのかもな。強敵と渡り合うには、それぞれの過去を生かす必要があるんじゃないか?」
「忍術で攪乱、暗殺剣でこじ開けて、真剣で断つ! とか?」
「イメージ的には足捌きとか間合の外しかたの工夫って感じだな。斬り込むまでにノスケを崩せれば――」
 仙寿の言いかたに引っかかって、あけびが首を傾げた。
「ノズケ?」
 ぐぅと詰まった仙寿は視線を左右に泳がせ、実に不本意な顔で。
「おまえの師匠! 仙寿之介って、言いたくねーだろっ!」
 ノスケって「之介」かぁ。って仙寿様、自分と同じ名前だから?
 そっか。そっかそっか。仙寿様って、そうなんだ。
「なにやさしい目で見てんだよ?」
「男の子だなーって」
 あけびがぽろりと本音を漏らした直後、仙寿はふいに目を逸らす。
 あ、まずい。怒らせちゃったかな。でもそんなこと気にする男の子っぽいプライドがかわいい――うん、これ以上言い様ないから! 仙寿様かわいいから!!
 などと胸の内で言い訳するあけびだったが。
「……いろいろ必死なんだよ。おまえの前であいつに負けたくねーから」
 仙寿は言ってしまってから内容を咀嚼。自分がなにを告げてしまったのかを思い知って赤らんだ顔を隠し、なにも言えなくなって――居間から遁走した。

 残されたあけびは思う。
 仙寿様がおかしいのって、私のせいなんだ。
 ソファの上で膝を抱え、顔をうずめてゆらゆら。膝がこんなに熱いのは、彼女の顔が火照っているからで、こんなに火照るのは、仙寿があんなおかしなことを言ったからで。
 私がおかしいのは、仙寿様のせい。
 これまで何度もそういった“感じ”はあった。
 その都度、泡立つ心になんとなく蓋をして、なにもなかったように過ごしてきた。結局のところ、怖かったのだと思う。
 ずっと師匠である日暮仙寿之介を追ってきた。けして追いつけぬことがわかっていたからこそ、届かぬ指を精いっぱい伸ばし、迷うことなく全力で駆けていればよかった。
 しかし、仙寿はちがう。あけびの後ろから彼女と同じように駆けてきて、届かない、追いつけないと癇癪を起こして……それでも駆けることをやめず、ついにあけびの背に追いついて、横に並ぶまでになって。
 それがうれしい反面、恐ろしい。共に行くと言いながら、自分のことなど置いていってしまうのではないかと――ちがう。こんなものはあけびが都合よくひねりだした言い訳だ。
 私が怖いのは、仙寿様が私のことなんだと思ってるのかだよ。私は仙寿様の剣? ただひとりの相棒? それとももっとちがうなにか?
 その“なにか”が私の思ってるとおりのものだとしたら――私は仙寿様にとっての“なにか”になれてないんじゃないかって、それが怖いんだ。
 だって気づかなかったんだもの。でも、お師匠様と再会して、はっきりわかった。私は追ってきた背中より、となりに並んだ横顔のほうが大事なんだって。それから仙寿様が私のこと、どう想ってくれてるのか。でも。
「そんなの言わなくてもわかるだろって、思ってる……?」
 恐れと不安で冷めてしまった頬を膝に隠し、あけびは独りつぶやいた。
「……言ってくれなきゃ、わかんないよ」


 自室へ駆け込んだ仙寿は慎重にドアを閉め、鍵をかける。
 もちろん、その程度であけびや家人の侵入が防げるはずもないのだが、鍵をかけたという意志くらいは考慮してもらえるはずだ。
 なに言ってんだよ、俺! さすがに気づかれたよな……。
 仙寿之介に勝って、その上であけびに言うつもりだったことがある。しかし結果は完敗、だからまだ言わないと、そう心に決めたはずだったのだ。
 俺はなんてことを!
 頭を抱えてしゃがみ込む。「おまえの前であいつに負けたくねー」とか、これじゃあどさくさ紛れじゃねーか!
 と。床に落ちた黒猫のぬいぐるみが『奪っちゃったー♪』、絶叫。
「奪ってねーよ!」
 思わず言い返してしまって我に返る。いけない。これは誕生日のプレゼントに友だちからもらった品だ。そっと棚の上に返してながめ。
 奪ってないんだよ。もらってもない。俺はあけびからなにも。
 そう、今さら気づかされるまでもないことだ。
 出逢ったころは自分の先を行くあけびの背がまぶしくて、なにより憎かった。しょせん俺はあの光に届かないんだと決めつけて、それでもあの光に届きたくて、あがいてもがいて走って走って走って――
 今、俺はあけびのとなりにいるよな?
 でも、俺はそれだけじゃもう満足できないんだよ。ノスケなんかじゃなくて、俺を見てほしいって、そればかり考えてた。
 ……って、これじゃガキだって笑われてもしかたない。
「くだらないな」
 くだらねーなとは言わない。大人にもガキにもなりきれないなら、せめて心ばかりは先の自分でありたい。
 そして。先の自分となるためには――


 しゃらしゃらとさざめく八重の葉桜と、その上で弾ける蝉の声。まるでそう、緑の波際に立っているかのようだ。騒々しくて、静やかで、だからこそ落ち着かない。
「暑いね」
 なんとない気まずさを振り払いたくて、あけびは後ろを行く仙寿へ振り向いた。
 夏用の七本絽をまとっているとはいえ、下には襦袢を重ねているし、脚はブーツで固められている。そうでなくとも今年は酷暑が続いているわけなので、暑くて当然といったところなのだが。
 あけびは今、暑さを感じてなどいられないほど緊張している。
『伝えたいことがある』
 仙寿にまっすぐ見据えられて、言われた。
 たったそれだけのことなのに、どうにもならないほど高鳴って――もしかしたらと浮き立ち、もしかしたらと沈み込む。それを数え切れないほど繰り返して、今日という日を迎えたのだ。
「ああ」
 対して、涼しげな顔でうなずきを返す仙寿。
 もちろんその心中は穏やかならず、心頭滅却からは遠すぎる有様で。涼しげに見えるのは、それこそあけび以上に緊張しているからだ。
 くそ。真っ向から行くって、決めただろう?
「あけびっ」
 どくん。鼓動のせいで、仙寿の言葉尻がぎこちなく跳ねる。
「なに? 仙寿さ、ま」
 どくん。鼓動に飲まれないよう、あけびは慎重に言葉を紡ぐが、音が詰まった。
 沈黙が重く押し詰まり――限界へ達する前に、ふたりはどちらからともなく笑んだ。
 なにを気負う必要がある? これは勝負なんかじゃないだろう。思った途端、先ほどまでの気まずさは消え、仙寿は自然に語り初めていた。
「ここで俺は仙寿之介と立ち合った。次はおまえと挑んだ」
「ふたりで挑んで、負けた」
 あけびもまた、ただまっすぐに言葉を返す。
“もしかして”に振り回される必要なんてない。だって仙寿様と私は、いろんなことをふたりで、確かに越えてきたんだから。
「仙寿之介に負けたときわかった。あけびがいてくれなければ、俺はこれからなりたい俺にはなれないんだと。いや、ずっと前から気づいていたんだ。結局、ありのままの心をぶつけるのが怖くて……仙寿之介に勝って告げる。勝手に願をかけて、負けた」
 世界はとうに音を喪っていた。
 なのに仙寿の声音だけが彩づいて、あけびの耳をやさしく揺する。
「――勝手だね」
「ひとりじゃなにもできないくせにな」
 そして、ずるい。
 たった何日かで勝手に男の子から成長して、自分の弱さも弱いままじゃいないぞっていう決意もわきまえた男の顔になって。実は仙寿様ってすっごいダメ男なんじゃない?
 でも。言わずに待つ。遮ってはいけないんだと、心がそう告げるから。
 果たして仙寿はあけびの手を取った。
「好きだ。前でも後ろでもなく、あけびのとなりにいたい。だから俺のとなりにいてくれないか」
「はい」
 即答したあけびがかぶりを振って言葉を継いで。
「私が仙寿様のこと大好きで、仙寿様のとなりにいたいから――はい」
 あらためてうなずいた。
 それだけで仙寿には知れる。俺はくだらない意地にこだわって、ずいぶん待たせたんだな、あけびのこと。
 仙寿は脇に抱えていた風呂敷をあけびに差し出した。
「これを贈らせてくれ」
 開けていいかを確かめて、あけびは包みを解く。
「――仙寿様」
 和装「大紫」。その名のとおり、舞い飛ぶ大紫を刺繍した薄衣である。
「俺はお試しでつきあうつもりなんかないからな。覚悟ができたら、着つけて見せてくれ」
 赤い顔を、精いっぱいの気力で直ぐにあけびへと向ける仙寿。
 あけびとてもちろん、男が女へ着物を贈る暗喩は知っている。仙寿の覚悟も今、思い知った。
 ふわりと薄衣をまとい、あけびが仙寿へと踏み出す。
 まだまだ追い抜かれてあげないし、護らせてもあげないんだからね、仙寿様。
「それは仙寿様しだいだよ?」
 わかってる。でも俺はきっと、おまえがおまえを預けてくれるだけの俺になるから。
「心して努める」
 あけびの顎先を指で支え、唇を触れ合わせた。

 帰り道、仙寿は繋いだ手を通してあけびに言葉をかける。
「これでようやく様づけは卒業だな」
「え!? それはちょっと! 誰かに聞かれたらはずかしいし!」
 あけびがびっくり、肩を跳ねさせる。というか、日暮邸でいきなり「仙寿」なんて呼んだら、それこそ家人に丸わかりだし、友だちにもからかわれるし。
「俺は彼女に仕えられたいわけじゃないんだよ」
「彼女! 確かに彼氏の彼女だけど……」
 困り果てるあけびに、仙寿はため息をついて。
「せめてふたりのときは様づけやめてくれ。いつまでも若様みたいで落ち着かない」
「こ、心得た」
「おまえは武士か」
「サムライガールだよまだぎりぎり! でも仙寿様だって」
「仙寿、だろ?」
 仙寿様ってほんとはすごーくどSなんでは!? でも、約束は約束だし……
「せんじゅ」
「心が入ってないな。心を込めてもう一度」
「仙寿っ!」
「俺はおまえの仇か。もっとやさしく」
「……仙寿」
 言い合いながらも手を離さず、ふたりは桜の路を後にする。
 いずれ戻るときを思い、今は先を向いてふたり、たなごころを重ねて。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【日暮仙寿(aa4519) / 男性 / 18歳 / 八重桜】
【不知火あけび(aa4519hero001) / 女性 / 19歳 / 染井吉野】
【日暮仙寿之介(NPC) / 男性 / ?歳 / 頂の刃】
パーティノベル この商品を注文する
電気石八生 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2018年08月06日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.