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『 ■ 氷の花嫁達 ■ 』
アリア・ジェラーティ8537)&ファルス・ティレイラ(3733)


「それで、結局どういう事なんですか?」
 その公園でファルス・ティレイラは腰に手をあて憤然とした口調で詰め寄った。とはいえ怒っているというよりは生徒を叱りつける先生…いや2人の歳の差からすれば後輩を叱責する先輩のようだ。
 詰め寄られているアリア・ジェラーティはしかし臆する事無く答えた。
「…アイス、いる?」
 今はともかく普段はこの季節は台車を引いてアイス売りをしているアリアである。ファルスは気勢を削がれて内心たたらを踏むも、この炎天下の中目の前に美味しそうなアイスキャンデーを出されては「いただきます」と答えざるを得ない。
 2人アイスを手に公園の木陰にあるベンチに腰を下ろした。ファルスは抹茶でアリアはストロベリーだ。
「過冷却ってあるじゃないですか?」
 知っていますか、と上目遣いに問いかけられてファルスは記憶の糸を手繰る。
「あの、水がお皿の上でどんどん凍っていくやつですか?」
 そんな映像を以前テレビで見たことがあった。確か、液体のまま氷点下になった水が、小さな衝撃で一気に結晶化が進む現象だったと記憶している。
「それです!」
 アリアはファルスの正解に両手を打った。
「それを見ていたら、思いついちゃったんです」
 そうしてアリアは2ヶ月前の、事の起こりについて話始めた。


 ▼


 それをアリアが作ったのは、そういうものが出来ないかという単純な興味本位からであった。
 刺激を与えればたちまち周囲を凍てつかせる…名付けて極氷の宝石。
 しかし作ってみたはいいが特に使い道を考えていたわけではなかったので、特段どこかで試すでもなく。


「その内、何かに使えるかな…ぐらいに思ってたんです」


 それが。
 極氷の宝石の話をどうやって嗅ぎつけたのかアリアの前にエヴァが現れた。エヴァ・ペルマネント。ブロンドの長い髪にアーリア系の彫りの深い顔立ちをした女性を素体とし設計図を元に開発された最新型の霊鬼兵。
 彼女は言った。ただ美しい輝きを愛でられるだけのその宝石を自分が有意義に使ってやろう、と。
 どうやら極氷の宝石があれば凍死者を大量に生み出せると考えたらしい。赤い目を獲物を捉えた猛禽類のそれにして彼女はアリアを見下ろしていた。
 仁王立つエヴァの姿にアリアの中に深く溶け込んでいる何かのスイッチが入る。
『やれるものならやってみれば!』
 どちらが悪者なのか、陳腐な返事をしてみたらば『もとより!』と彼女が襲ってきた。
 彼女の戦闘力は高かったが、スイッチの入ってしまったアリアの敵ではなく、それはもう振り払う火の粉ぐらいには返り討ちにして氷り漬けにした。
 それが、ちょうど2ヶ月前の事である。
 時はジューンブライド。とあっては花嫁の氷像にせねばなるまい。よくわからない強迫観念に取り付かれアリアはあまり深く考える事無くエヴァをウェディングドレスで飾って、折角だからと件の宝石を首飾りにしてあしらった。
 エヴァが現れたのはアリアの私室だったが、戦闘で部屋が荒らされるのは嫌だったので外に出ていた。だからそれは庭先の出来事であった。


「それを秘密の冷凍庫に入れておこうと思ったら、母に呼び出されてしまって…」


 エヴァを庭に放置したままアリアはその場を離れてしまった。すぐに戻ってくるつもりだったのだが結局店の手伝いをさせられて…。


「戻ってきたら、エヴァの像はなくなっていたんです」
 アリアは今にもこぼれ落ちそうな滴を舐めとってアイスにかじり付いた。
「え? なくなっていた?」
 驚いたようにファルスはアリアを振り返る。
「はい。それで慌てて探していたら、しばらくして配送業者のおじさんが来て、持っていってしまってすみませんって…」


 その日、配送業者の2人は結婚式場の装飾用の彫像を運んでいたという。その業者の1人がファルスも笑えないドジっこぶりを発揮して、何もないところで躓き彫像を落っことして壊してしまったのだそうだ。蒼白に震えた業者の慌てようは話を聞いているファルスとて人事のようには思えない。
 そんな2人の目の前の庭先に、ちょうどいい感じのウェディングドレス姿の氷像が立っていたのだ。ともすれば彼らが、これは神の助けと思いこんでしまっても仕方がない。思いたかったのだ。
 そうして少し借りるつもりで後できちんと返すつもりで持って行ったという。


「なるほど、それで極氷の宝石が結婚式場に飾られる事になったんですね」
 ファルスはふむふむと頷き最後の一口となったアイスを頬張った。自らも運び屋を生業としている以上、そんな事はあってはならないと憤慨しつつも、事情が事情だけに同情の余地はなくもない。 
「それより、私も聞きたいんですけど」
 アリアがふと思い出したようにファルスを見上げて尋ねた。
「どうして花嫁の代役を?」
 それは自然な疑問だろう。
「あ、もう1ついる?」
「じゃぁ、次はストロベリーを」
「どうぞ」
 なんてやりとりも挟みつつ。
「それは…やっぱりウェディングドレスというのは女性の憧れと申しましょうか…」
 今度はファルスが語り始めた。


 ▼


 6月はそう、ジューンブライド。花嫁が幸せになれるとあって、この時期はどこの式場も予約で3年先まで埋まっている。3年前、やむなく挙式を3年後に予約し、入籍だけ済ませたとあるカップル。その2人が此度挙式の時を迎えるにあたり、大きな問題に直面したのである。
 そう、花嫁となるはずの女性が妊娠してしまったのだ。それも臨月だという。
 ここで予約を取り消せばまた3年を待たねばならない。彼女は賭にでた。出してしまえば間に合う、と。出産予定日は予約日の2日後であったが、多少は前後するものだし早まることも少ないと聞く。
 早く出ておいでー、とお腹を毎日撫でる日々。
 その一方で万一に備えて彼女は代理となる花嫁を用意する事にした。中止にはキャンセル料が発生してしまうし、諸々勿体ない。
 そこで白羽の矢がたったのがファルスだったのだ。何故ファルスだったのかと問われれば、背格好が似ているとかそんな具合である。
 出産が先か、挙式が先か。
 一進一退の攻防の末、ファルスが花嫁として代役を務める事になったのだった。


「ウェディングドレス素敵でしたね」
 アリアはファルスの花嫁姿を思い出しながら惚れ惚れとした面持ちで言った。
「そうなんです。頼まれた時は最初、自分なんかでいいのかとか、いろいろ迷ったんですけど…ドレス見ちゃったらやるしかないな、って」
「わかります」
 純白の白ドレス。ゴージャスでもシンプルでも可愛くても大人びていても、女の子なら着てみたい。
「勿論本人さんが着るのがベストだとは思ってましたよ。でも、中止にしてしまうのはやっぱり勿体ないですから」


 ドレスを着て立ち見鏡の前で自分のドレス姿を見た時は我ながら有頂天だったと思う。オフショルダーのマーメイドドレス、胸元をレースやラインストーンで鮮やかに飾りハイウェストで大人なシルエットは、自分が背伸びをしているようでどこかくすぐったくもあった。髪はゆるふわに巻かれティアラをあしらい頭から胸元までを覆うようにベールがかけられている。背中の方は長く床まで広がっていて花の刺繍が施されていた。
 白く透けるベール越しの自分に、これは単なるパーティーではなく結婚式なのだと自覚させられて。自分の結婚式でもないのに、ドキドキしてきて緊張で頭が真っ白になった頃、控え室に花婿が迎えに来たのだった。


「これが結婚式かぁ…って」


 かくてファルスを花嫁代理としての結婚式が始まったのだった。
 バージンロードを歩き、聖歌斉唱し誓約の義へ差し掛かる頃。
 それに飽きたのかぐずり始めた参列者の小さな男の子を、その母親が氷像の影に隠れてあやしていた。子どもが氷像の首飾りに興味をもったのかしきりにそれに手を伸ばす。ぐずるのをやめてくれるのならばと母親は子どもを首飾りに手が届くところまで近寄らせた。
 子どもが首飾りを叩くようにポンと触れた刹那、惨劇は幕を切った。
 子どもが指先から氷り始め、母親は目を剥き悲鳴をあげる。しかしそれは『キッ……』と甲高い音が一瞬したような程度の短さで、母親も次の瞬間には氷り漬けになっていた。その母親に気づき慌てて近寄った女性が同じように氷り漬けになり、更に参列者、スタッフと…まるでドミノ倒しを見ているかのような勢いで次々に周囲の者達が氷り漬けになった。
 その小さなパニックは瞬く間にしかし比較的静かに広がった。大パニックになるよりも早くそれが式場を氷結していったからである。
 後方から静かに押し寄せるざわめきにファルスはブーケを握りしめたまま振り返った。
 一瞬、何が起こっているのかわからなかった。押し寄せる氷結の息吹に気圧されるように1歩後退ったまま、脳内では思考が無駄に右往左往していた。
 どうしようどうしようどうしよう。
「いやーん!!」
 逃げることも、くい止める事もままならないで、ファルスは周囲と同じく氷漬けとなった。その脳裏に諦念が満ちていたのは、こういう経験が初めてではなかったからもしれない。
 そうして式場はブリザードが通り過ぎたかのように全てを薄氷の中に沈められた。
 アリアが“配送業者のおじさん”から事情を聞きだし式場に駆けつけた時には式場は住人まで氷で出来たかのような美しい氷の城のようになっていた。
 エヴァは宝石を手に入れれば人を凍死させられると考えていたようだが、残念ながら氷った人々は凍死しているわけではなく解凍すれば特に問題はない。
 だからアリアは極氷の宝石の力に満足しつつその光景をしばし堪能したのだった。


 ▼


 そこから先も、その少し前も、その場にいて、しかしファルスは何が起こったのかその時はよくわかっていなかった。ただ、解凍後にアリアから結婚式を録画していた3Dビデオの映像を見せてもらったので“あの惨事”の流れは把握していたに過ぎない。
「それであの惨状はわかったんですけど」
 ファルスはようやく本題に入った。
「何故、私はその話を“今”聞いているのでしょう?」
 結婚式があったのは6月。
 しかし今は8月なのだ。
 氷った者達が皆、解凍されるのにそれだけかかった、というわけではない。結婚式のもう1人の主役である花婿は解凍された後、無事奥様の出産に立ち会った上、配送業者がお詫びと称して再度結婚式を用意してくれたおかげで、2人は無事ジューンブライドを達成したと、ここまでの道すがら教えてもらったからだ。
 アリアが氷り漬けの式場を順に解凍していく姿は3Dビデオにも残されていた。
 そう、ファルスが聞きたい“それで結局どういう事”なのかとは、自分が今、ようやく解凍された理由である。
「綺麗だった…から?」
 アリアがおずおずと答えた。
「綺麗?」
 ファルスは一瞬拍子抜ける。
「ウェディング姿のファルスさんが」
 アリアがきっぱりと言った。
「なっ…」
 ファルスは顔を真っ赤にした。綺麗と言われて悪い気はしない。むしろ嬉しいような照れるような。あわわわわ、と自分の熱くなった顔を片手で扇いでアイスキャンデーを頬張る。
「そ、それが…どうして…」


 氷結した式場を訪れ、そこに立つ花嫁姿のファルスを見た時、エヴァと対峙した時のようにアリアの血が騒いだ。しかしぐっとこらえて花婿を先に解凍したら、この花嫁はあろうことか代理であると知れて、完全にスイッチが入ってしまったのである。
 便利屋さんとか何でも屋さんと聞いて、それなら事後依頼という事にしてしまおうと思いついたのだ。


「綺麗だったから、もっと見ていたくなって…エヴァの氷像と一緒に…」


 そうして2つの像を持ち帰り、並べては2人を同じような飾り付けにしたりなどしてうっとり堪能しまくっていたら、気付けば7月が過ぎていたというわけである。
 さすがに、これ以上はと解凍したのが今。


「ごめんなさい」
 頭を下げたアリアにファルスは困ったような笑顔を向けた。
「美味しいアイス貰っちゃったし、いいですよ」
 普段から似たような経験を重ねているファルスなので、怒りは特に沸いてこない。むしろ謎が解けてすっきりした。


「ありがとう」
「こちらこそ、ごちそうさまでした」


「またね」
 と互いに言葉をかけて帰路につく。
 公園には蝉の声が喧しく溢れていた。


 ■大団円■






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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8537/アリア・ジェラーティ/女/13/アイス屋さん】
【3733/ファルス・ティレイラ/女/15/配達屋さん(なんでも屋さん)】
【NPC/エヴァ・ペルマネント/女/不明/虚無の境界製・最新型霊鬼兵】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ありがとうございました。
 楽しんでいただければ幸いです。

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東京怪談
2018年08月07日

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