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『ある素封家の娘 』
剱・獅子吼8915

 柵は嫌いだ。

 何故なら自分にとって大事なもの、とは到底思えないものにまで心を砕き気を配らなければならなくなって来るものだから。伝統や格式等色々と言い回しはあるが、結局どれも無意味かつ面倒としか思えない事柄ばかりが多過ぎる。
 勿論、それら柵にきちんと意味を見出す事が出来、それなりに大事だと思えるようなら、私であってもただ放り出そうとは思わない。
 けれど正直この場合、私にとって素直にそう思えるような柵が――残念ながら、無かったのだ。

 だから私は、その「柵」を捨てた。
 即ち、古くから続く素封家の娘である事を。



 …要するに、受け継いだ――受け継がされてしまった家の全てを放棄した訳である。元々、両親は私が幼い頃に亡くなっているし、親代わりに私を庇護し育ててくれた兄ももう居ない。
 残ったのは、私だけ。
 それだけならば残った私が好き勝手にすればいいだけの話なのだが――生まれた家が家だった。素封家と呼ばれる程に金銭的に恵まれた、古い家。…金に困らない、そこについては単純明快に悪くは無い。が、人間関係をはじめそこに付随する諸々は単純明快とは程遠く、ただひたすらに面倒だとしか思えなかった。
 それら丸ごと受け継ぐくらいなら、放棄した方がましだ。そう思える程に。…金のある古い家であるだけで柵と言うのはもう雁字搦めに付いて回るから。
 まして、この風体では余計に…妙な気を遣われてしまうのが更に鬱陶しくもある。

 右目の上から眉間を通り、左頬に達する斜めの大きな刀傷。
 左の前腕半ばから、失って久しい左腕。

 まず、気にされるのはその二点。私自身は特にどうとも思っていないのに、相対した者はそこを気にして来る事がどうしても多い。言葉の上では全く触れられない事も多いが、その場合でも奇異や憐憫、何故そんな傷や欠落を負っているのかを想像しての怯え――のどれかもしくは複数だろう感情が籠った視線が雄弁に突き刺さって来るので大差無い。ああ、逆に見ないようにとわかり易く視線を逸らしてくる場合もあるか。素直に話題として触れて来る場合も、凄く言い難そうに言葉を選びに選んで腫れ物に触るようにして触れて来る。…まるで、こちらを傷付けないようにとそれはそれは人格者らしく遣い過ぎるくらいに気を遣い。
 …そういう反応をされる私の方は、その傷も欠落も全く隠そうとしていないのに。

 それは傷や欠落を隠そうと努めている相手に対してなら、そういう反応もきちんと気遣いになる場合もあるのかもしれない。が、「隠そうともしていない」相手にそんな見当違いの気遣いをする事自体、不快を与える事になるとは思わないのだろうか。

 いや、私自身は特に不快と言う程の事も無いのだが。…そういう反応をして来る相手に対して、そこまで自分の気持ちを持っていく気にそもそもなれない。
 つまり、どうでもいい。
 ただ、こういう傷や欠落を持っていて、隠さない事を選んでいる「私以外」の相手だったら…そう思うとも限らないんじゃないのかな、と客観的に思う。即ち、思慮しているようで思慮が足りない、そしてそれに自分で気付こうと努めさえしない相手――そのくらい、浅い人間、とは言えまいか。

 つまり、何が言いたいのかと言うと。

 今相対しているこの相手は、こちらの快適な隠遁生活の為にはあまり付き合いを持たない方がいい相手だ、と見極められると言う事だ。
 折角きれいさっぱり断った柵を、また新たに作ろうとする事も無い。今の私に必要な柵はボディーガード兼家事手伝いの同居人だけで充分だ。

「…で、わざわざ私の住まいを探して押し掛ける事までして私にお話を持って来た理由は、それだけなんですね?」
「だけ…って、あ、あの」
「剱の家の事については、どうぞなさりたいようになされば宜しいかと」
「…では!」
「但し、私を巻き込まない範囲でお願いしますよ。私はもう家とは距離を置いていますから、何も出来る事はありません」
「そんな事は無いでしょう。獅子吼お嬢様がその気にさえなれば、いつでも…――」
「ですから。その気になる事が無いと言っているんです」
「そんな訳…」

 獅子吼お嬢様が身を引かれたのは、家を狙う魑魅魍魎共から身を守る為の一時的な事で、いずれ返り咲くおつもりなのでしょう? ですから、我々はその手伝いを――とか何とか、見当違いもいいところのストーリーが目の前で滔々と紡がれる。…ああ、私の名前は剱獅子吼と言う。だから「剱の家」の「獅子吼お嬢様」になる訳だ。
 にしてもそのストーリーを紡いでいる当人が、その「家を狙う魑魅魍魎共」の一角だと気付いていないんだろうか、と相手のストーリーに合わせてちらりと思う。だがまぁ、見ている限りは本気も本気で、私がこのストーリーに乗って来ない訳が無い、と確信しているようにしか見えない。
 つまり、話が通じない類の人種である。この手の輩は、幾らはっきり断っても、それは本心じゃない裏がある、と自分に都合のいいストーリーを信じ込みたがる。特に私の場合は眉間の傷と左腕欠損が家から身を引いた理由である筈だとか、何かにつけそこを理由に色々想像されてしまいがちである。…個人的には本気で全く関係無いのだが。女が顔に傷を作ったり隻腕だったりするのは、この相手の中では余程気にしなければいけない事になるらしい。

 さて、どうしたものか。

「獅子吼お嬢様、どうか私の事を信じては下さいませんか!」
「? 別に疑ってはいませんよ?」

 ほら、来た。自分にとって都合のいい本心が裏にあると勝手に思い込んでいる。…ここで変に間を措くと意味深な含みに受け取られてしまうので、取り敢えず即答だけはしておいた。信じるも疑うも無い。話している言葉通りに受け取った結果、私にはこの相手がそういう厄介な輩だと認識出来ている――どうやったら新たな柵を作らずに上手く切り捨てられるかだけを思案しなければならない相手だと。

「ですが…」
「疑うも信じるも無いですよ。…お話の要点は、何とかして上手い事剱家に取り入りたいって事ですよね?」
「…っ」
「それなら見当違いになってしまいますよ、って事です。今の私はただの隠遁者に過ぎませんし、今のこの気ままな生活も気に入っているので、わざわざ神輿として担がれる気もありません」
「…」

 まだ、駄目かな。
 仕方無い、ちょっときつく行こうか。

「…もっとはっきり言わなきゃ駄目かな。私への用件じゃなく「獅子吼お嬢様」への用件を持ち出されても困ってしまうんだよ。私はそういう話に巻き込まれるのが嫌で隠遁してるんだから――申し訳無いがキミの役には立てない。そういう話をするのが目的なら、二度と来ないでくれるかな?」

 他人行儀な敬語を崩して普段通りに喋る。本音であると強調する為――敢えて、相手への敬意を取り払って見せる事でこちらの言い分を強めに聞かせてみる。改めて相手の様子を窺う――少しはこちらの意図が通じてくれたようで、今日は何とか引き下がってくれた。
 次、が無ければいいとは思うが――実際のところ、どうなるかまではわからない。

 まぁ、次があったらあった時に考えればいいか、と思う。
 それより今は、食事の用意をする方が先。目玉焼きでも食べたいと思っていたところなのだが、自分で作るか同居人の帰りを待つか――どちらにするべきかで、少々悩んでいる。

 さて、どうしたものか。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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■PC
【8915/剱・獅子吼(つるぎ・ししく)/女/23歳/隠遁者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 PL様にはいつもお世話になっております。お久し振りです。PC様には初めまして。
 今回は発注有難う御座いました。
 東京怪談でも当方にお任せ頂けるとの事で、改めまして宜しくお願い致します。

 と、お久し振りにも関わらず相も変わらずお渡しが遅くなっている訳なのですが…。
 大変お待たせ致しました。

 また、西の方で大変な雨災害があったり、逆行台風があったりしましたが…もし被災されていたとしたならお見舞い申し上げます。
 近頃暑さが尋常ではないですから、熱中症等にもお気を付けてどうぞご自愛下さいませ(これは被災されていなくともですが)

 内容は顔見世との事でしたが…こんな形になりました。御家の方が「PC様が嫌うような柵のある素封家」との事なので、何か家の利権とか狙ってるような関係者居たりしないかな、と思いまして、剱獅子吼様を神輿に担ぎに来た人をじっくり観察の上追い返す、と言う、プレイングを汲んでいるのか微妙かもしれない線の話になってしまっております。

 それと、今回実は諸事情ありまして、このライター通信部分や本題のノベルの方で普段やらないようなポカをやっていないかどうかが非常に心配な状況だったりしています。いや、自分では確りやっているつもりでも何かしらすぽーんと抜けている可能性がありそうな状況と言うか…。
 取り敢えず、何も問題無くまともにこちらの意図通りにお届け出来ていればいいのですが…。

 如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、次はおまけノベルの方で。

 深海残月 拝


■追記:欠損部位についての諸々、こちらこそ勝手に失礼致しました(謝)
東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年08月10日

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