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『Stand by ... 』
夢洲 蜜柑aa0921)&アールグレイaa0921hero002)&スヴァンフヴィートaa4368hero001)&オリガ・スカウロンスカヤaa4368)&ウェンディ・フローレンスaa4019


 白いレースのカーテンを揺らして、心地よい風が吹き込む。
 窓から空は薄紅に染まり、立ち並ぶ樹木は影絵のようだ。
 スヴァンフヴィートが衣擦れの音だけを残してそっと立ち上がり、部屋の明かりを点ける。
「あら、もうそんな時間になっていましたのね」
 この部屋の主、そしてスヴァンフヴィートの契約した能力者であるオリガ・スカウロンスカヤが顔を上げた。
「まあどうしましょう、随分と長い時間お邪魔してしまいましたわ」
 口元に品よく手を添え、目を見張るのはウェンディ・フローレンスだ。
 隣に座る夢洲 蜜柑はウェンディに向けて小首をかしげて見せる。
「楽しい時間って本当にあっというまにすぎてしまうのね、おねーさま」
「本当にそうですわ。蜜柑ちゃんの言う通りですわね」
 この場の空気にあてられたのか、少し大人びた口ぶりの蜜柑に、ウェンディは小さな笑いを漏らした。
 スヴァンフヴィートはオリガの椅子の脇に寄り添う。
「先生、最後にもう一杯だけお茶を淹れますわ」
「素敵ね。では美味しいお茶を待ちながら、ここを片付けてしまいましょうね」

 この部屋はオリガの研究室だ。
 伝統校らしい穏やかで品の良い校風で、職員も学生も礼節をわきまえた者が多いこの大学を、オリガは気に入っていた。
 この大学で講義を受け持つ傍ら、こうしてときどき研究室でお茶を振る舞いながら学生と過ごす。
 オリガの英雄のスヴァンフヴィートも、ここに呼ばれる学生が心からオリガを慕っていることを知っている。
 だからオリガの意をくんで、一緒に話を聞いたり、あれこれと世話を焼いたりする。
 ウェンディはオリガを慕う学生のひとりで、このところ常連になりつつあった。蜜柑はウェンディにくっついて、ここに入ることを許された形だ。
 だが単に幼いというだけでなく、蜜柑の素直なものの見方や、素朴な疑問は、オリガの専門分野には欠かせないものだ。
 そんな楽しい内輪の集まりだったが、研究棟の施錠時間が近づいていた。
 スヴァンフヴィートがテーブルから使い終えた食器を片付けて、奥のシンクへ運ぶ。
 その間にウェンディと蜜柑は、立派な装丁の本や様々なファイルを丁寧に片づけ、オリガの指示通りに本棚に収めていく。

 空は急速に暗くなりつつあった。
 ウェンディがいっぱいに開いていた窓を少し閉めようとして、人待ち顔でひっそりと立木の影に佇む人影に気づいた。
「あら……まあ。お迎えご苦労様ですわ」
 穏やかに微笑みかけると、その人影――僅かに残る夕映えを受けるすらりとした長身、長い髪を風に揺らすさまは、まるで物語から抜け出てきたような青年だ――は微笑で応えた。
「ご機嫌よう、ウェンディ。蜜柑を迎えに参りました」
 その声が終わるよりも先に、隣の窓から蜜柑が顔を出す。
「アールグレイ!」
「折角の茶会を邪魔してすみません。ですが日が暮れてきましたので」
「いいのよ! あ、でも、ひとりでも帰れるんだけど、ああえっとでも、迎えに来てもらえたのは嬉しい、のよ」
「女性を日が落ちてからひとりで歩かせるなど、とんでもありません」
 この間、蜜柑の表情は喜びに輝いたり目を見張ったり照れたりとくるくる変わり、ウェンディの目を大いに楽しませたのだが。
「蜜柑ちゃんのお客様ですか?」
 オリガが立ち上がって背後から声をかけたところで、スヴァンフヴィートが踵を返す。
「この部屋の場所が分からないでしょう。お連れしますわ」
「あらスヴァン、ごめんなさいね」
「いいえ」
 スヴァンフヴィートはオリガだけが知る、とても穏やかな表情を垣間見せると、すぐに出て行った。

 こうして蜜柑は、自分の英雄を憧れのお姉さまたちに紹介することになった。
「あの、あたしの英雄、アールグレイです」
 少し誇らしくて、少し照れくさくて。秘密にしておきたかった、でもみんなに知ってほしかった素敵なひと。
 その名を口にした蜜柑は、レディとしてふるまおうと背筋を伸ばす。
「初めまして、アールグレイと申します。蜜柑がいつもお世話になっております」
 片膝こそつかなかったが、胸元に手を当ててわずかに上体を傾ける仕草は、絵物語から抜け出したように美しい。
「オリガです。大切な蜜柑ちゃんを遅くまで引き留めてごめんなさいね。でも頼もしいお迎えが来られて、安心しましたわ」
 オリガがそう言ってたおやかに微笑み視線を向けると、スヴァンフヴィートが小さく頷く。
「よろしければ一杯だけ、一緒にお茶を如何ですか?」
 空いた椅子を示すと、アールグレイは丁寧な礼を述べて腰を下ろした。


 お茶の時間は短いながらも、とても楽しいものだった。
 お姉さまたちはアールグレイにくどくない程度の関心を持ち、穏やかに言葉を交わしていた。
 アールグレイはそれに対し、完璧な紳士ぶりで言葉を返す。
 蜜柑は自分の大好きな人たちと、自分の大事な人が和やかにお茶を飲む姿に、うっとりしたものだ。

 帰り道でも、蜜柑は幸せだった。
 空はすっかり暗くなり、大学の構内は静けさに包まれている。
 木立を抜けて歩く間、アールグレイとふたりきり。
 蜜柑にはあまり馴染みのない大学の学舎は、街路灯や僅かに漏れる窓からの光を受けて、魔法の世界の建物のようだった。
 まるで見知らぬ世界をふたりきりで旅するようで、蜜柑の心はふわふわと夢の中を漂い続ける。
「素敵な方たちでしたね」
「うん、そうなの。とっても素敵なお姉さまたちなの!」
 蜜柑を『小さなお友達』として扱ってくれる、素敵なレディたち。アールグレイが彼女たちを『素敵だ』と言ったことが誇らしく、そりゃあね、当然よ、と思いつつ、弾む足取りで歩く。
 だが数歩で、はたと気づいたのだ。
(素敵……?)
 さっきまでのふわふわした気持ちが、すっと縮こまる。
 とびきり素敵なお姉さまたちなのだから、そう評されるのは当然だ。しかしその言葉が男性であるアールグレイの口から飛び出したことで、蜜柑は別の事実に気づいてしまったのだ。
(ど、どうしよう!? アールグレイがお姉さまたちの誰かを特別に素敵だとか、そーいう気持ちだったら!?)

 蜜柑は以前に見た、3人のウェディングドレス姿を思い浮かべた。
 あのときの美しさは、今でもまざまざと目に焼き付いている。そこに花婿姿のアールグレイを添えてみた。

 蜜柑の大好きな、ウェンディおねーさま。
 いつでも穏やかで優しく、身についた上品な物腰は、余人が真似しようとして真似できるものではない本物だ。
 アールグレイが隣に並べば、可愛らしくもしっかりとした芯を持つお嬢様と、彼女を守る騎士の図だ。
(そ、それに、ふたりとも本当に優しいし、よく気が付くし……穏やかで、お互いを思いやる、素敵なおしどり夫婦になりそうじゃない!?)
 ざーっ。
 蜜柑の血の気が引いていく音である。
(ま、まって。でもおねーさまは前にもアールグレイに会ってるのよ。特別に素敵だったら、そのときに言ってるはずよ!!)
 どうにか心を立て直す蜜柑。

 そこに、ふわりと赤い影がよぎる。スヴァンフヴィートのドレス姿だ。
 凛として気高い、アールグレイと同じく異世界からの来訪者。
 一見冷たく見えるほどの美貌と、誰にも屈することのない強さを感じさせる足取り。
 控えめで優しいアールグレイならその強さを受け止めて、上手くやっていきそうな気がする。
(何より、ふたりが並ぶと、本当にきれいで華やかよね? 舞踏会なんかでみんなが場所を開ける、みたいな……)
 ざざーっ。
 蜜柑は思わず自分も道を譲りそうになった。
(えーと、ちょっと待って。でもなんかお姉さまはオリガお姉様の傍にいるのが一番いいみたいだし。もし、もしもよ、アールグレイがちょっといいなーなんて思っても、追い払いそうな、そんな感じもしそうよね!?)
 再び立て直した蜜柑だが、新たな名前がまた不安を呼び起こす。

 オリガは確か、アールグレイより10歳ほど年上だったはずだ。
 だがそういうカップルだって、世の中にはけっこういる。
 上品で優しいオリガだが、研究者だけあって好奇心旺盛で、目をキラキラさせているととてもそんな年上には見えないことがある。
 なにより普段から学生たちに接していて年下だからと言って気後れすることはないし、アールグレイのことも大事にするだろう。
 きっとアールグレイも、本物のレディとして誠実に接するはずだ。
(だいたい、英雄って年齢とか、今いくつだとかあんまり気にしなさそうよね……?)
 時間と空間を超えてやってくるのだから、年の差なんて無意味かもしれない。よくわからないけど!

「蜜柑、どうかしましたか? 何か忘れものですか?」
 ハッと気づくと、いつの間にか蜜柑は立ち止まって考え込んでいたようだ。
 気づかわしげにこちらを見るアールグレイは、僅かに洩れる建物の光に照らされ、夜空の星を従えて、本当にきれいだった。
「ううん。違うの、ちょっと考え事を……あっ!」
 慌てて足を踏み出したので、蜜柑がバランスを崩してよろめく。
「危ない!」
 瞬きする間に駆け付けたアールグレイは、すぐに蜜柑の身体を支えてくれた。
 その腕の力強さと、やさしい温かさに、蜜柑はほんの一瞬うっとりとし、次の瞬間には顔から火が出そうになる。
「きゃあ! ご、ごめんなさい!!」
「こちらこそ失礼を。ですが足元は大丈夫ですか? 怪我でもしていませんか」
 いつも優しいアールグレイ。素敵なアールグレイ。
 蜜柑は不意に喉元にこみあげてきたものを、必死に飲み込む。
(今が夜でよかった……)
 今の自分の顔を、アールグレイに見られなくて済むから。


 窓の外を遠ざかるふたり連れの背中が、建物の影に隠れて見えなくなった。
「ウェンディ、お茶が冷めますわよ」
 スヴァンフヴィートに呼び掛けられ、ウェンディは我に返った。
「ごめんなさい、折角の美味しいお茶をいただきそびれてしまうところでしたわ」
 ウェンディは窓を閉め、小鳥のように軽やかに元の椅子に腰かける。
 オリガはティーカップを口元に運びながら、微笑んだ。
「蜜柑ちゃんが心配かしら?」
「先生には何でもお見通しですわね」
 ウェンディもカップを取り上げる。
 少し濃く淹れたミルクティーを飲むと、喉につかえていた何かが溶けてなくなっていくようだった。
「初恋は実らないものと言いますわ。しかも彼は蜜柑ちゃんの理想の王子様そのものですもの、他の殿方では決して代わりになりませんわね」
「ふふ、蜜柑ちゃんのナイトは噂通りの好青年でしたものね」
 オリガの言葉は『評価』以外の何物でもなかった。要するに、異性として意識していない。
「ウェンディちゃんはどうですか?」
「そうですわね、素敵な殿方ですけれど。蜜柑ちゃんの恋が実って、幸せになってほしいと思っていますわ」
 そういって小さくため息をついたウェンディの言葉も『評価』だ。ちなみにウェンディの好みは、5歳から10歳ほど年上の男性らしい。
「でも、ふたりの仲はあまり進んでいないように見えますわね」
 立ち去るふたりの背中は、どう見ても恋人同士には見えない距離感だったのだ。
 ウェンディの言いたいことを察して、オリガがいたわるように微笑む。

 それまで黙ってお茶を飲んでいたスヴァンフヴィートが、不意にきっぱりと言い放った。
「あれで周りに隠しているつもりなのかしら」
 ウェンディが思わずスヴァンフヴィートの顔を見つめる。
「勿論、あなたの小さなお友達のことですわ。あなたから聞いていなくても、誰が見ても蜜柑の好意はわかりますもの」
「……そうですわね。でも蜜柑ちゃんはあれでも一生懸命、想いを秘めていますのよ」
 表情をくるくる変えながら、アールグレイの一挙手一投足に振り回されている可愛い年下の友達を思い、ウェンディは少し困ったように微笑む。
 スヴァンフヴィートはウェンディの表情に気づかないようで、更に言葉を続けた。
「だいたいアールグレイもアールグレイですわ。なんであんなに鈍いのかしら。殿方って皆そうなのかしら」
 スヴァンフヴィートにしてみれば、英雄でありながら契約する相手の能力者の想いに気づかないなど、ありえないことだった。
 自分ならオリガの指一本の動きからでも、今望んでいることがわかるだろう。
 オリガがまた笑った。
 スヴァンフヴィートの言い草は、本来収まるべき場所に収まらない何かに苛立っているようだったからだ。
「スヴァン、あなたはふたりにうまくいってほしいのですね」
 スヴァンフヴィートは表情を変えないまま、オリガを見た。そのスヴァンフヴィートの横顔を、ウェンディが少し驚いたように見つめる。
 一見同じ年頃のオリガの英雄は、大人びていて、貴婦人らしいしなやかな強さを持っている。
 だがこんな風に、小さな恋心にやきもきする面もあったらしい。それが少し意外だった。
 そしてまた少しだけ、スヴァンフヴィートのことを知ったようで、どこか嬉しくもあったのだ。

 ウェンディの微笑みに気づき、スヴァンフヴィートがほんのわずか頬を紅潮させ、顔を引き締めた。
 スヴァンフヴィートのオリガに対する敬愛の想いは、これからも決して変わることはないだろう。
 穏やかな声と、比類ない知性、ユーモアを解する感性を持ち、それでいながら曲がったことは頑として認めない強さをも持つオリガ。
 そしてスヴァンフヴィートは自分の想いを隠したりなどしない。
「進歩のないまま、同じところをぐるぐる回っている事は好みませんの」
「ときにはそれも大事な時間ですよ、スヴァン」
 オリガの落ち着いた声は、空間を満たしたのちに棚に並んだ本の間に吸い込まれていくようだ。
「それに同じところを回っているようで、実は少しずつその道は変化しているものです。蜜柑ちゃんの可愛い迷いも、より良い道を選ぶための過程に違いありません」
 ――オリガも迷うことなどあるのだろうか?
 スヴァンフヴィートは意外に思った。
 けれど学問を究めるということは、敢えて迷路に挑み続けるようなものかもしれない。
 オリガは日々それすらも楽しんでいるのだろう。
「蜜柑ちゃんも結果はどうあれ、いつかそのことに気づくでしょう。自分が彼の何を愛し、彼に何を求めていたのかと」
 蜜柑の名に、ウェンディの顔が曇る。
 オリガにはウェンディの想いを察して、優しく語り掛ける。
「英雄は契約した相手の幸せを願うものだと思いますよ。そうでしょう? スヴァン」
 自分を信頼してくれている瞳に、スヴァンフヴィートは改めて幸福を感じるのだった。


 アールグレイは困惑を覚えた。
 さっきまで楽しそうに素敵なお茶会のことを語っていた蜜柑が、不意に黙り込んでしまったからだ。
 そっと蜜柑の片方の肩に手をかけ、反対の手で恭しく手を取る。
「どうかしましたか、蜜柑」
「ううん、なんでもないの」
「それならいいのですが」
 とてもそうは思えないが、アールグレイは蜜柑の言葉を尊重することにした。
 少しの間があって、蜜柑が小さな声で呟く。
「あのね、少し待ってて」
「わかりました。落ち着くまでお待ちしましょう」
 ――そうじゃないの。
 蜜柑はその言葉を口にしなかった。

 私の隣にいて。
 あなたの傍にいさせて。
 そしてもう少し待っていて。
 いつかきっと、あなたにふさわしいレディになるから。
 もう少し私が大人になるまで、あなたの心を誰にも渡さないでいて――。

 切ない願いが、涙となって零れだしそうになる。
 夜風が優しく頬を撫で、蜜柑をいたわってくれるようだった。
「ごめんなさい、もう大丈夫。でもちょっとだけ、ゆっくり歩いてくれたら嬉しいな」
「無理をなさらないでください、蜜柑。あなたのペースで構いませんから」

 アールグレイの言葉は、そのままの意味なのだろう。
 それでも今の蜜柑には大事な言葉だった。
 自分のペースで。無理のないように。あなたの隣で歩く夜。
 先の見えないこの道が、とても素敵なものに変わっていくから。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0921 / 夢洲 蜜柑 / 女性 / 14歳 / 人間・回避適性】
【aa0921hero002 / アールグレイ / 男性 / 22歳 / シャドウルーカー】
【aa4368hero001 / スヴァンフヴィート / 女性 / 22歳 / カオティックブレイド】
【aa4368 / オリガ・スカウロンスカヤ / 女性 / 32歳 / ワイルドブラッド・攻撃適性】
【aa4019 / ウェンディ・フローレンス / 女性 / 20歳 / ワイルドブラッド・生命適性】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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長らくお待たせいたしました。
可愛くもどかしい乙女の恋心と、それを見守るお姉さまたちのエピソードをお届けします。
少しずつ増えていく思い出を、私も楽しんで綴らせていただいております。
ご依頼の内容から、お姉さま方同士の関りも触れてみましたが、お気に召しましたら嬉しいです。
またのご依頼、本当にありがとうございました!
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2018年08月08日

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